ルルッカ、商業区街を走る
私とユーシャさんは冒険者ギルドを後にして、商業区街の入り口にある広場へと向かった。
「そういえばユーシャさん、お金っていくら持ってます?」
鼻息荒く前を歩いていたユーシャさんは、立ち止まるとポーチを覗きこんだ。
「父さまから二万リディアもらったよ。いる?」
五千リディア札四枚を出し、こちらに突きだす。
「あ、大丈夫です。私もアルバイトで貯めた冒険資金が二万リディアあるので、とりあえずはそれで事足りますから。……あー、でも、銀行とかに預けといたほうがいいのかな……」
銀行は、冒険者用のものがギルドによって運営されているので、使うならそこが便利なんだけど……。戻るのめんどくさい。
「ユーシャさんって、強いんですよね?」
「うん、強いよ」
「じゃあ、万が一盗賊とかに襲われても、お金奪られたりしないですよね?」
「ウンコしてるときとかを狙われないかぎりは」
「それなら、お金はそのまま持っててください。どうせゴールスロウですぐに下ろすことになりますし、手間ですから」
「わかった」
花で飾りつけがされた階段を上っていき、アーチをくぐって商業区街の西口広場に到着。
「それじゃ、まずは荷物を入れるリュックを買いに行きましょうか」
「ルルッカ、それってわたしも行ったほうがいい?」
ユーシャさんが立ち止まって聞いた。
「え? どっちでも大丈夫ですけど、どうかしました?」
「うん。人が多いの慣れてなくて、ちょっと疲れちゃった。ここら辺で休憩してようかな」
言うと、ユーシャさんはトコトコと木陰へ歩いていき、そこへ腰を下ろした。
「なにか飲み物でも買ってきましょうか?」
「大丈夫。水筒もってる」
ユーシャさんはパンパンと布ポーチをたたいた。
「じゃあ、買い出しのリクエストは何かありますか? 旅の道中食べたいものとか、必要なものとか」
「必要なものかー。紅茶とビスケットかな。あとおぱマガ」
「? おぱマガ?」
「月刊おっぱいマガジン」
「わかりました、紅茶とビスケットですね。種類はなんでもいいですか?」
「うん、なんでもいい。あとおぱマガね」
「それじゃ行ってきます。夕方ぐらいには戻りますから」
「わかった。おぱマガ忘れないでね」
私は商店街へ向かって歩きだした。
買い出しはすこぶる順調に運んだ。まずリュック(ウイングコボルトのおっきなアップリケがついた、かわいいデザイン!)を買って、それから火打石、ランプ、ナイフ、天幕……。お鍋にやかんに食器、干し肉、ビスケット、玉ねぎ、じゃがいも……。とりあえず必要なものはすべて買えたし、お金も予定していたより安く済ませることができた。
うーん、我ながら本当に買い物上手。将来絶対いい奥さんになれるぞ。
私はご機嫌な気分で広場へ戻った。
「あ、ルルッカ。おかえり」
「あー疲れた。ただいまです」
ユーシャさんは広場を出発したときと同じ場所で座っていた。
「ユーシャさん、ずっとここにいたんですか?」
「いや。素敵なおっぱいをした女の子が通りかかったから、あとを尾けたりしてたよ」
いやいや……。
「完全に変質者じゃないですか。やめてくださいよ、もう……」
まったく呆れるやら、先行きが不安やら。思わず脱力して、買ってきたリュックを地面に下ろす。すると、ユーシャさんが待ってましたとばかりに手を突っこんできて、中をまさぐり始めた。
「いや、買ってきてませんよ」
「なにを? 紅茶?」
「本ですよ」
「えー、なんで? どうして?」
「そもそも私、まだそういう本を買える年齢じゃないですから」
「そっかー……。それじゃ仕方ないね……」
悲しげな顔になり、がっかりと肩を落とすユーシャさん。なんだか悪いことしたような気分になってくる。おかしいな、私は法律を遵守しただけなのに……。
「もう、わかりましたよ……。買える本のなかで似たようなの探してきますから、そう気落ちしないでください」
ユーシャさんの表情がパッと明るくなった。
「ほんと? ほんと?」
「ほんとです。ちょっと走って行ってきますから、リュック見といてください。胸の大きい女の人にフラフラついてったりとかして、目を離したりしないでくださいよ。買ってきたものが全部入ってますし、そもそもこのリュック自体がめちゃ高いので」
「へー、ダサいのに高いなんて、ナマイキなリュックだね」
ダサくないし! リュックに生意気とかないし!
「き、生地が魔玉から抽出したエネルギーで織られてるんですよ。見た目の五〇倍以上の荷物が入るうえに、重量も軽くなるっていう特別製です。それだけで一万三五〇〇リディアするんですよ」
「ふーん。ダサくてナマイキでフシギなリュックなんだね」
ダサくないし! かわいいし!
「と・に・か・く! 目を離さないでください! もし女の人を尾けまわすんなら、リュックも持ってってください! ……いや、尾けまわしちゃダメですけどね」
「まあわかった。まかせてよ」
うーん、不安しかないけど……。本屋遠いんだよなぁ。早く行かないと日が暮れたら閉まっちゃうし、リュック背負って走ると中のものが痛んじゃうし……。
まあ、ユーシャさんでもリュックの番くらいはできるよね、さすがに。
「それじゃ行ってきます」
「行ってらっしゃーい」
ぶんぶん手を振るユーシャさん。私は苦笑いしながら手を振りかえして、商店街に向かって走りだした。
走って走って本屋へたどり着いた私は、水着の女の人の絵がたくさん載っている『ゴージャスミルク』という雑誌と、『王都通信』というファッションの本を買った。ついでに、『最強冒険者読本』と、『勇者クエスト実録記』という本も買った。
本四冊を小脇に抱え、夕暮れの商業区街をひた走る。やっと西口広場に着いたときには、もう日が落ちかけていた。
人もまばらになった広場に――。
はたして、ユーシャさんの姿はなかった。
「もう~……。なんでいないのユーシャさん……」
不幸中の幸いというかなんというか、リュックは誰にも奪られていなかった。きっと薄暗い木陰にひっそりと置かれていたせいで、誰も気づかなかったのだろう。私はとりあえず荷物の無事を確認しようと、リュックに近づいた。その時、ユーシャさんの声がした。
「ルルッカ?」
「! ユーシャさん?」
どこから聞こえたのかはわからなかったが、だいぶ近い感じがした。私は辺りを見回してみた。しかしユーシャさんどころか、近くには人影すら見えない。
「ユーシャさん? どこにいるんですか?」
首を左右にきょろきょろ振りながら呼びかけると、足元から返事が聞こえた。
「ここだよ、ここ」
声がした先に目を向けると、そこにはリュックがあった。
「まさか……」
急いでリュックを開けると、いた。アホが。
「何やってんですか!」
魔玉リュックの中は、例えるなら入り口は狭いけど中は広い落とし穴のような感じになっている。ユーシャさんは落とし穴から地上を見上げるみたいに、うんと背伸びして私を見上げていた。
「入ったら出れなくなっちゃった」
「出られなくなっちゃった、じゃないですよ、もう! 何で入るんですか!」
「ごめん。引っぱってー」
私は本を石畳に置いてリュックの中に手を伸ばした。このカワイくてフシギなリュックは、外から手を伸ばすと中のものを何でも触ることができる。ユーシャさんが伸ばした手も、その足元に転がってるニンジンの入った袋も、腕の位置をほんのちょこっと変えるだけで、どっちにも自由に触れることができるのだ。うーん、とってもフシギ。
それはともかく、ユーシャさんの手をつかんで引っぱりあげる。……重っ! 人間って重っ! ウンウン唸って踏んばって、どうにかこうにか外に出すことに成功。
「ふうー、出れた。ありがとルルッカ」
「ハア……。ほんとにもう、カンベンしてくださいよ……」
「ごめんごめん。それにしても出れなくなったときは焦ったー。このダサいリュックのなかで一生を過ごさなきゃいけないのかと思ったら、目の前がまっ暗になったよ」
うう、ダサくないもん……。カワイイもん……。
めそめそしていると、ユーシャさんがマントをくいくい引っぱってきた。
「ねえねえ、本は? 本は?」
「はあ、買ってきましたけど……。これでよかったですか?」
『ゴージャスミルク』と『王都通信』を拾って渡す。
「おおっ、ありがとう!」
ユーシャさんは本を受け取ると、さっそく『ゴージャスミルク』を開いて読み始めた。
「むむっ、これは……。なかなか……。ふんふん……。なるほど……。…………」
「ちょっとユーシャさん、こんなところで熟読しないでくださいよ」
「…………」
うん、聞いちゃいない。
「ねえ、ユーシャさんってば。もう日も落ちますし、暗くなったら本も読めませんから。早く宿へ行ってゆっくり読みましょう」
「む……。待って、あと五ページだけ……」
私は軽くため息をついてリュックを背負った。そして、本から目を離そうとしないユーシャさんを半ば引きずるようにして、東門区街方面へと歩きだした。