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ユーシャちゃんの日常  作者: 無題
2/6

ユーシャとルルッカ、冒険者ギルドへ行く

『ナジル&ミスィー』でユーシャさんと出会ってから二日後。

アパートを引きはらった私は、正午三十分前に第三区街の中央広場に到着した。

天気は快晴。この日は市がたつ日で、広場周辺は人とモノとでごった返しになっていた。私は待ちあわせ場所に指定した噴水のへりに座って、ユーシャさんを待つことにした。

広場のそこここでは、行商人や小売商、それに第三区街のあちこちの工房から商品を持ち寄ってきた職人たちが、敷布を広げ、その上に品物を並べて、簡易店舗を作って道行く人々に呼びこみをかけていた。

食料雑貨、陶器の皿や置物、布地、皮革製品、鉄ナベなどの調理器具……。冒険に欠かせない薬草屋や、武器屋もある。それに、おいしそうなにおいを漂わせてる屋台も!

お昼がまだだった私は、誘われるように屋台へ歩いていき、じゃがいもの串揚げと肉団子入りのスープを買って噴水の前に戻った。

噴水のへりに腰かけて、いただきます。……うん、じゃがいも、さくさく、ほくほく。肉団子入りのスープ……鳥のうま味がたっぷり! ああ、おいしい、おいしい。

青空の下でのお昼ご飯を余すところなく堪能。うむ、余は満足じゃ。――なんて独りごちつつ、幸せで満たされたお腹をすりすりさすっていると、正午の鐘が鳴った。

「おーい、ルルッカー」

「あ、ユーシャさん!」

ユーシャさんは正午ぴったりにやってきた。赤いチュニックに薄手の皮グローブ、白いズボンに大きめの皮ブーツという服装。腰のベルトホルダーには、白いさやにおさめられた幅広の長剣が下げられている。背中に羽織っているフードつきマントは海色に染め抜かれており、太陽のにおいがしそうな金色の長い髪とよく似あっている。

「わ、ユーシャさん素敵です! かっこいいです!」

「ありがとう。ルルッカもなかなかサマになってるよ」

 私は腰に下げているショートソードの鞘をにぎって言った。

「えへへ。私のこれは飾りみたいなものなんで……あ、お昼って食べました?」

「うん。たべてきたよ」

 うなずくユーシャさん。私は荷物を拾って言った。

「それじゃ、さっそく行きましょうか!」

「うん。でもどこに行くの?」

「もちろん、冒険者の基本・冒険者協会ギルドです。パーティ登録手続きをして、良さそうなクエストがあったら受けてみましょう。いやー、楽しみですね!」

「うん、楽しみだね。じゃ、行こう」

「はい、ついてきてください!」


私たちは中央区街へむかって歩きだした。

石畳で舗装された街路を、二人ならんでてくてく進む。

「それにしても、昨日はひどい目にあいました。一昨日飲みすぎたせいで、夕方まで吐き気と頭痛のダブルパンチで……。二度とお酒なんて飲むもんか! って思いながら、ベッドの上でひたすら耐えてました」

「そうなんだ。私も飲みすぎて大変な目にあったよ」

「え? ユーシャさんが飲んでたのミルクでしょ?」

「うん。ミルク飲みすぎたせいで、昨日の朝、ウンコがいつもよりまろやかな色してて大変だった」

 ……いやいや……。

「旅立ちの日に汚い話をしないでくださいよ……。あと、ウンチがいつもよりまろやかな色してただけなら、別に大変ってほどのことでもない気がしますけど」

「うん。でも初めてのことだったから、なんか変な病気になったのかと思ってびっくりした」

中央区街に入ってさらに進み、ギルド通りへ出る。製パン、紡績といった生活に密着したものから、傭兵、楽士などの直接暮らしに関わらないものまで、種々多様なギルドの本部が建ちならんでいる。そのなかにあって、ほかの建物の二倍以上の大きさを誇っているのが、目指す冒険者協会エルデューア支部だ。

「でかいね」

「エルデューアが冒険都市と呼ばれる所以ですね」

 ギルドに到着。剣をかたどった意匠がほどこされた石の門柱をくぐり、開け放されている両開きの扉を通って中へ。

ギルド内はたくさんの冒険者たちでにぎわっていた。休憩スペースで丸テーブルを囲み、次にどの街へ行くかを相談している男女混成のパーティや、いまにもおいしい依頼が貼りだされるのではないかと、クエストボードの前にべったり張りついている若い冒険者。それから、買取所の係員と慣れた様子で交渉し、少しでも魔玉を高く売ろうとしているオジサンもいる。新人からベテラン冒険者まで、めいめいが思い思いにギルドのサービスを利用していた。

「ここがギルドか。すごいね。初めてきたよ。……ん? おかしいな。初めてきたのになんか見覚えがある」

「初めてじゃないからじゃないですか? 冒険者試験の会場ここですし」

「なんだそうか。びっくりした。怪奇現象が起きたのかと思った」

広々とした明るいエントランスをぬけ、正面受付へ到着。カウンターの奥で事務作業をしているお姉さんに、すみませーんと声をかける。

「あ、はい――お待たせいたしました。冒険者協会エルデューア支部へようこそ。本日はどのようなご用件でしょうか?」

 にこやかにお辞儀をするお姉さん。――と、ユーシャさんが私の前にササッと踊りでた。そして言った。

「はじめまして、こんにちは。とても素敵なおっぱいだね。ちょっと揉んでもいい?」

「は……。はい? あの……」

だああああ! 私は慌ててユーシャさんを押しのけ、お姉さんにごまかしの笑顔をむけた。

「い、いや、なんでもないんです! あはは……。いまのは軽い冗談というか、ええ。その、なんというかまあ、気にしないでください!」

私はお姉さんに頭をさげ、ユーシャさんを引っ張って受付から離れた。人のいない隅っこまでユーシャさんを連れていって、ひそひそ声で詰問する。

「ちょっとユーシャさん、なにやってんですか! 変なこと言わないでくださいよ!」

「変なことじゃないよ。ウソ偽りのない正直な気持ちを伝えただけだよ」

「いやだから、伝えちゃダメなんですってば!」

「ダメなの?」

「ダメです! 受付のお姉さんも困ってたじゃないですか!」

 受付にちらっと目をやる。お姉さんは、私たちに困惑した視線をむけていた。

「いいですかユーシャさん。正直な気持ちだろうとなんだろうと、知らない人に胸を触らせてほしいとか、そういうことは言っちゃダメなんです。今後ああいう発言は慎んでください」

 ユーシャさんは不満そうに下唇をつきだした。

「でも、自分の気持ちを伝えずに後悔するより、たとえ玉砕したとしてもきちんと伝えたほうがいいと思うし」

いや……そういう話をしてるんじゃなくて。

「そういうことじゃなくて、相手を不快な気持ちにさせてしまうかもしれないから控えましょうってことです」

 納得いっていない様子のユーシャさん。唇をとがらせてぶつぶつ言う。

「でも、自分の気持ちに正直に行動したからこそ、ルルッカともパーティを組めたわけだし……」

「それはそうですけど……。普通の女の子は、知らない人にいきなり胸が素敵だとか揉みたいだとか言われても、怖いな、とか、この人危ないな、としか思わないんですよ。私みたいに、『よくわかんないけど、私いま褒められて求められてる?』ってなって、ホイホイ話につきあってくれたりはしないので――」

……んん? とりあえずユーシャさんを諭さなきゃと思ってしゃべってるけど、これじゃ私が頭からっぽの尻軽女だってことになっちゃわない? ――自分の発言に多少のひっかかりを覚えつつも、私は続けた。

「――なので、今後はなるべく、知らない人に胸を触らせてほしいとか言わないようにしてください。いいですね?」

ユーシャさんはしばらくの間黙っていたが、やがてしぶしぶといった様子でうなずいた。

「わかったよ。ルルッカみたいに隙だらけで、この娘押したらいけそうだなってとき以外、なるべく言わないようにするよ」

「……。ええ、ぜひそうしてください……。私もこれから気をつけようと思います……」

パーティメンバーとしてユーシャさんをたしなめ諭していたはずが、なぜか私もダメージを負う結果に。試合に勝って勝負に負けたような虚しさを感じながら、私はユーシャさんを連れて受付へ戻った。

「すみません。パーティ登録をしたいんですけど……」

「登録申請ですね。こちらの用紙に必要事項をご記入のうえ、登録される方全員の免許状と一緒にあちらの申請窓口へご提出ください」

私たちはカウンターから『パーティ登録申請用紙』と書かれた紙を取ると、そばの書き物机にむかった。二人して名前やら出身都市やらを記入し、言われたとおり免許状と一緒に指定された窓口へ提出する。

しばらく待たされたあと、免許状が返ってきた。係の人が言うには、これで登録手続きは完了だそうだ。

「じゃ、クエストボードを見に行きましょう。こっちです」

私たちは受付を離れて、クエストボードがあるロビーに向かった。

ロビーは冒険者ギルドの顔と呼べる場所で、クエストボードの他にも、冒険を助けてくれる様々な施設が一同に会している。低価格帯の武具を扱っているお店や、道具屋、情報屋、それに軽食が取れるカフェスペースなんかもある。パーティあっせん所などはクエストボードに匹敵するほどの人気ぶりで、私もアルバイトの合間を縫ってよく通っていた。一向にパーティに誘ってもらえず、そのうち受付の人に顔を覚えられて、なんだか恥ずかしくなって行かなくなっちゃったけど。

ロビー中央のクエストボードの前には、ざっと七、八十人、二~三十パーティほどの冒険者たちが集まっていた。私はユーシャさんを連れて、端っこの方に陣取った。

「これがクエストボードか。今度こそ初めて見た」

ボードには種々多様なクエストが貼りだされていた。隣の都市へ移動する商人の警護、鉱山の護衛、入手に危険がともなう薬草の採取、レムルスを倒したときに得られる魔玉の納品……。その中に一つ、周りを青い枠線で囲まれているクエストがあった。

「あ、ユーシャさん。あれ勇者クエストですよ」

勇者クエストは、勇者クラスの冒険者しか受注できない特別なクエストだ。主に危険度の高いクエストや、魔王関連のクエストなどがこの指定を受ける。

「えっと、内容は……。ロック地方に出没するレムルスの一団をうんぬん……。討伐クエストみたいですね」

「ロック地方か……」

ユーシャさんは難しい顔をして考えこんでしまった。

「ロック地方がどうかしました?」

「いや、ロック地方がってわけじゃないんだけど」

「なにか他に気になるクエストでも? ちなみに私は冒険できればなんでもオッケーなので、どこへでもついていきますよ」

水を向けると、ユーシャさんはうなずいて答えた。

「じゃあ、ちょっと王都へ行きたい」

「王都ですか! なんか意外な答えかも。王都で何をするんですか?」

「うん。王妃様や姫様の高貴なふくらみにお目にかかりたい」

いや……魔王討伐は?

「……ユーシャさんの趣味を否定はしませんが、そういうのはあくまでも冒険のついでってことにしません?」

「でも、やんごとなきおっぱいって全人類の憧れだし……。花の都でいろんな女の子のおっぱいを眺めたり揉んだりするのも、小さいころからの夢だし」

最初に会ったときから変態だとは思ってたけど、考えてたよりも程度がひどい。こういう業の深い変態には、さっきみたいに真正面から説得を試みるよりも、背負っている業を利用して言い聞かせた方がいいのかもしれない。

「でも、ユーシャさん。いきなり王都へ行ったって、王妃様やお姫様になんかそう簡単に会えないんじゃないですか?」

「そこなんだよね。一応作戦としては、投獄覚悟で忍びこむっていうのがあるんだけど」

それは作戦とは言わない。

「それだったら、やっぱり魔王討伐を優先しませんか? 勇者クエストをこなして名声を高めたり、首尾よく魔王を倒したりなんかできれば、勇者として王宮に招かれたりするかもしれませんよ?」

「王宮に……?」

ユーシャさんの耳がぴくぴくと動いた。

「どうします? やってみて無理そうなら後から取り消すこともできますし、とりあえず受注してみましょうか?」

「もちろんだよルルッカ。由緒正しい勇者の末裔であるわたしがやらなくて、いったい誰が魔王をたおすっていうの? うえっへへ。でゅひひ」

由緒正しい家柄の人間が出しちゃいけない笑い声がもれてるけど、とりあえずやる気になってくれたようで良かった。私はクエスト受付へ向かい、ロック地方のレムルス討伐任務を受注して、ユーシャさんのところへ戻った。

「ロック地方の中心都市・ゴールスロウまでは一週間くらいの旅になります。いまから商業区へ行って旅荷をそろえておけば、明日の朝すぐに出発できますけど、どうします?」

「もちろんそのプランで行くよルルッカ。だってわたしたちには、魔王を倒して世界を平和にするっていう使命があるんだからね。一分一秒たりとも無駄にはできないよ。じゅるり」

じゅるり!?


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