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ユーシャちゃんの日常  作者: 無題
1/6

新米冒険者・ルルッカ、変態勇者・ユーシャと出会う

 冒険都市エルデューアの第三区街にある酒場・『ナジル&ミスィー』は、今日も活況を呈していた。

 ライ麦パンに牛脂のスープ、フルーツをたっぷり使ったパイ、そしてなみなみと注がれたエール……。店主のナジルさん自慢のメニューの数々が、厨房から出てくるや否や、まるで魔法のように冒険者たちの胃袋のなかに消えていく。空になった陶器の皿やジョッキは、アルバイトの給仕たちによってすぐさま厨房に下げられ、再び料理やお酒で満たされて戻ってくる。

中央のテーブルで、一仕事終えた冒険者のパーティが大騒ぎしながらクエストの成功を祝っている。カウンター席では、地元出身らしい冒険者と、ポートメアからはるばる山脈を越えてやってきた勇者の一行が、たがいの冒険を称えてお酒を組みかわしあっている。

店にいる客たちは、誰も彼も、命がけで自由を謳歌する者だけに許された心からの笑みを浮かべていた――私をのぞいて。


ああ。いいな、うらやましいな……。私も、仲間とあんな風に笑いあいたいな……。


にじんだ瞳を隠すため、私はカウンター席に突っ伏した。お酒が入ると、どうも感傷的になっていけない。

ぐすぐす鼻をならしていると、隣の席に誰かが座った。

「ハーイ、ルルッカ。また泣いてんの? ほら、ミートボール食べな」

ミスィーさんの声だった。顔をあげると、ミスィーさんが、『ナジル&ミスィー』名物・揚げたてパリパリ皮ミートボールを、私の鼻先で左右に揺らしていた。

「ほら、あーんだよ」

朝から何も食べていなかった私、思わずぱくり。

「……あふ、あっふい!」

慌ててミスィーさんの手からジョッキを奪い、エールを口腔内に流しこむ。(軽率にも)熱々ミートボールにかぶりついた代償は、よく冷えた琥珀色の液体のおかげで、上あごの皮が少しめくれる程度の火傷で済んだ。

私はエールだけを飲みこむと、あらためて適温に下がったミートボールを咀嚼した。カラっと揚がった衣を噛み破ると、凝縮された肉汁と旨味が口の中でとろけ、ほっぺたに幸せが広がっていく。

ああ、いつ食べてもたまらなくおいしい。店が流行るのも納得だ。

ミスィーさんは、ミートボールを味わう私を、ほお杖ついて満足げに眺めていた。

「あんた、本当においしそうに食べるわね。……で? ルルッカちゃん。今日はどんなフラれ方したの? お姉さんに聞かせてごらん」

 ミスィーさんが私にしなだれかかってきた。

「もう……。また人の不幸を肴にするつもりですか?」

「まあね! あんたのフラれっぷりで飲む酒の美味さったらないからね。今日もルルッカの不幸話で飲み明かすぞー!」

「ひどい……。鬼畜……。ミスィーさんに相談した私が間違ってました」

「まあまあ、いいじゃない。で? 今日の成果のほどは? どうだったの?」

「嫌だ。もう絶対話さないもん」

「そうむくれるなよ~。お酒タダにしてあげるからさ、ね? おかわりもし放題よ」

タダとか、おかわりし放題とか、そんなの……。

「んー、ミスィーさん、タダになるのお酒だけ? お酒だけなの?」

 そんなのに目がない私。

「よし、特別にミートボールも一皿タダ!」

「ああん、ミスィーさん大好き! すいませーん、パリパリ皮ミートボールとリンゴ酒くださーい!」

「あ、ミートボール二つね。あとエールもおかわり!」

しばらくして、お酒がやってきた。私が頼んだリンゴ酒は、煌めくような蜜色をしていた。

「はい、乾杯~」

ミスィーさんがジョッキを強くぶつけてきたせいで、お酒がテーブルにこぼれそうになった。やん、もったいない。私は慌ててジョッキに口をつけた。

さわやかなリンゴの甘さと程よい酸味が、淡い発泡とともに舌の上で上品におどった。まるで果樹園のなかに佇んででもいるかのように、豊かな果実の香りが鼻孔をくすぐって抜けていく。

ああ、酔った。アルコールにじゃなくて、お酒のおいしさに。

気分が良くなった私は、約束どおり、本日お店で冒険者たちと交わしたやりとりを、ミスィーさんに披露することにした。


「はあ? 戦技0点? マジかよお嬢ちゃん、どうやったらそんな点数が取れんだ? 酒でもかっ喰らって試験受けたのか?」

「悪いけどうちのパーティ、自分の身は自分で守るのが原則なんだ」

「あなた、戦技0点でどうやって合格したの? ――ああ、冒識が満点なのね。それはそれで凄いけど。……でも戦闘で役に立たないってのは、ちょっと致命的かしら」

「はじめまして、こんにちは。とても素敵なおっぱいだね。ちょっと揉んでもいい?」

「いや、俺も大概ウデには自信あるがね。足手まといのお守りしながらレムルスどもと戦うってのはな。まして魔王討伐なんて無理だよ、無理」

「え? 戦技0点!? ……あー。いや、ごめん思いだした。そういえばウチらもう定員なんだった! 悪いねー。他あたって」

「違うよ。おっぱいが素敵っていうのは、変な意味じゃなくて……。純粋に魅力的ってことだよ。えっと、なんていうのかな、無垢だけど無知ではないというか。自分の魅力に気づいてるけど、それでも純朴な静謐さにあふれてるというか……。はっきり言って、こんなおっぱい探したって出会えるものじゃないよ。だから、ちょっとだけ揉ませてもらえないかな?」

「あのさ君、悪いけど冒険者に向いてないと思うぜ。諦めて別の道を探しな。……しかし君みたいなのが合格しちまうなんて、冒険者試験も制度を見直した方がいいかもな」

「だから違うよ、そういうことじゃない。そういうことじゃないから、おっぱい揉んでもいい?」


「――と、こんな感じでした」

「なんか一人、胸を揉むことしか考えてない変態がいたんだけど」

「そうなんですよ。なんか今日、一人胸を揉むことしか考えてない変態が……」

 ふいに、背後から抗議の声が聞こえてきた。

「変態じゃないよ」

酒場にはあまり似つかわしくない、鼻にかかった少女の声。振りむくとそこに、さきほど何度も私に声をかけてきた、胸のことしか考えていない変態が立っていた。

「あ、ミスィーさんこの子です。さっきの変態」

「あら? 野郎じゃなくてカワイイ女の子なのね。どっちみち変態には違いないけど」

「変態じゃないよ」

 変態は可愛らしく首を横にふりふりしながら言った。

「ほう? 変態じゃない? ならなんだっての?」

「求道者」

 ミスィーさんの呆れたため息。

「……物は言いようってヤツね。いい、お嬢ちゃん? あなたが生まれた国ではどうだか知らないけど――この国では、初対面の人間の胸を揉もうとするヤツはおしなべて変態の誹りを受けるものなのよ」

 ミスィーさんが紙巻き煙草に火をつけた。

「この店で今後も飲み食いしたいなら、あんまり他のお客さんの迷惑になるようなことはしない方がいいと思うけど?」

「迷惑はかけてないよ。だってこのルルッカって子、おっぱい褒めたら喜んでたもん」

 ミスィーさんのなじるような視線。思いっきり身に覚えがあった私は、できるだけ小さくなろうと肩をすぼめた。

「ルルッカ……。あんたねえ」

「だって! 次から次へとパーティ入りを断られて、戦闘技能のこともボロボロに言われて……。否定ばっかりされるなかで急に褒めてくれる人が現れたから、嬉しかったんですよ! そりゃ、初対面の人の胸を手放しで絶賛しておまけに揉もうとしてくるとか、この子ちょっとヤバイな、ていうか変態だなとは思いましたけど……」

「だから変態じゃないってば。わたしはユーシャ・アウレリアス。天にまします大いなる精霊神様によって選ばれた、崇高なるおっぱいの求道者だよ」

「精霊神様がそんなもの選んでたまるか」

 ミスィーさんが鼻から煙をはきだした。

「ったく、ルルッカ。あんた、隙だらけだからこういう変なのに引っかかるんだよ」

 縮こまる私。ミスィーさんは、ユーシャと名乗った変態に向きなおった。

「とにかく! ユーシャ・アウレリアス。ここは冒険者が集う酒場なの。女の子を口説くための場所じゃないのよ。……いや口説いちゃだめってことはないけど、それ目的でウロつかれるのは困るわけ」

「別に口説こうなんて思ってないよ。おっぱいを物色しながら、魔王討伐の仲間探しをしてただけ」

「おっぱいを物色とか、ウチで一番下品な酔っ払いでも言わないセリフだっての……んん?」

 ミスィーさんは、タバコを挟んだ指でおでこをかいた。

「もしかしてユーシャ・アウレリアス、あなた冒険者なの?」

 変態の少女はうなずくと、腰の布ポーチから一枚の羊皮紙を取りだした。冒険者試験に合格した『証』、ギルド発行の免許状だった。

「えっウソ! てうぃうかすごい、勇者クラスの免許状じゃないですか!」

私は思わず身をのりだした。変態少女が掲げていたのは、戦闘技能試験において特に優れた成績を残し、かつ魔王討伐を希望する者にのみ発行される『勇者免許状』だった。――ん?

んん? 勇者? アウレリアス? って、もしかして……。

「ねえ、アウレリアスさん――」

「ユーシャでいいよ」

「……ユーシャさん。アウレリアスって、あのアウレリアスじゃないですよね?」

「そのアウレリアスだよ」

 私は椅子から飛びあがった。

「ウソ! 本当に!? ……いやウソですよね? いまの適当に言いましたよね?」

「ウソじゃないよ。適当でもない。勇者ヴィルザ・アウレリアスのことでしょ? わたしのご先祖さまだよ。アウレリアス家の初代」

衝撃と興奮のあまり口がきけない私に代わって、ミスィーさんが叫んだ。

「わお! 勇者ヴィルザですって!? 誰でも知ってる大昔の英雄じゃない。本当なの?」

 ユーシャさんはこくっとうなずいた。

「うん、わたしは七代目」

「すごいじゃない! ただの変態じゃなかったのねぇ。そうだ、なんか飲む? おごるわよ」

「じゃあミルクで」

 私はワナワナしながら二人の間に割って入った。息は荒くなっていたし、足は震えていた。

「あ、あの、あの、ユーシャさん。つかぬことをお伺いしますが、戦技って何点でした?」

「一〇〇点だったよ」

「ひ、一〇〇点……ひええ……」

興奮しすぎて魂が抜けそう。減点法式なうえ、受験生同士の模擬戦闘もある試験なのに……満点だなんて聞いたことない!

「すごい、すごすぎます! さすが勇者の末裔……!」

「ちなみに、冒識は〇点だった」

 ミスィーさんがほう、とうなった。

「一〇〇点と〇点ねぇ。ルルッカと逆じゃない」

私はミスィーさんの言葉に激しくうなずきながら、自分を指さして言った。

「わ、私、私! ちょうど正反対です! 試験の成績が……ユーシャさんと! あの、戦闘技能が〇点で……」

興奮する私をなだめるように、ユーシャさんがうなずいた。

「冒険知識が一〇〇点、でしょ? 知ってるよ、ずっと見てたから。今日一日、がんばって仲間さがしをしてたもんね」

「え!? み、見られてたました? いやん、お恥ずかしい……」

 私は手のひらをほっぺたに当てた。顔がとても熱かった。湯気が出そうなくらい熱かった。

と、ミスィーさんが私の肩に手を置いた。

「ねーぇ、ユーシャ・アウレリアス。あなた冒険者仲間を探してるのよね? この娘……ルルッカっていうんだけどね、彼女とパーティを組んでみる気はない? あなたの苦手をこの子が補って、この子の苦手をあなたが補う……。どう? あなたたちいいコンビになれると思うんだけど」

「うん、いいよ」

 あっさりとうなずくユーシャさん。ミスィーさんは口笛をひと吹きすると、肩越しに私の顔を覗きこんできた。

「やったじゃないルルッカ! もちろんあんたもいいわよね?」

「そりゃ、私の方は大歓迎ですけど。……いや、え? ええっ? えええっ? ユーシャさんいいんですか? 本当に?」

「いいよ」

 ふ、不安になるほど返事が軽い。もしかして、私を仲間に加えるということがどういうことなのか、よく理解できていないのかもしれない。頭弱そうだし。

「あの……真面目な話、私本当に戦闘からっきしですよ? 役に立たないどころか、きっと足引っ張っちゃうと思います。だから……」

「だいじょうぶだよ。わたし強いから。――それに……」

 ユーシャさんは勇者免許状をひらひらさせて言った。

「わたし、物心ついたときからずっと家で剣の修行ばっかりしてたから、世のなかのこととかよくわからないんだ。冒険どころか、一人じゃ買い物すらできなくて」

 ユーシャさんはミスィーさんにちらっと視線をおくりながら続けた。

「だから、さっきその慎ましやかなお姉さんが言ったみたいに――」

「おっ、この私を評して慎ましやかとは! わかってるじゃないの、ユーシャ・アウレリアス」

「あ、慎ましやかっていうのは性格じゃなくておっぱいのことだけど……」

「誰が貧乳だコラ」

「まあとにかく、お互いの苦手なことを助けあったりできると、いいなって」

 そう言って、ユーシャさんはパチっと左目をまたたいた。悪戯っぽいそのウインクを見て、私はハッと気がついた。

「……もしかしてユーシャさん、最初から私をパーティに誘うつもりで……?」

 私がそう指摘すると、ユーシャさんは照れ隠しのつもりなのか、ヤンチャっぽい仕草で鼻の頭をこすった。――そうだったのだ。胸がどうのこうのとか言っていたのは、私を仲間に誘うための単なるきっかけづくりに過ぎな――。

「いや、最高にいいおっぱいしてたから声かけただけ。うー、鼻かゆい」

 ――あ、そうですか……。

「ま、まあ、それはともかく……」

 たしかに、私たちがお互いにお互いのことを必要としてるのは間違いなさそうだった。とくに私なんて、この機会を逃しちゃったら、もう二度と冒険者になるチャンスなんてめぐってこないだろうし。

冒険者になって、仲間と一緒にこの世界を自由に冒険する――小さいころから憧れてきた、私の夢……。今が叶えるときなのかもしれない。

私はあらためてユーシャさんに向きなおった。背筋を伸ばして、しゃんとして、えいっと右手を差しだす。

「――ルルッカ・レウニカです! ユーシャさん……もしよかったら、私とパーティを組んでもらえませんか?」

「ユーシャ・アウレリアス。もちろんだよ。よろしくね」

 ユーシャさんの小さな手が、私の手をぎゅっとつかんだ。

「……! はい! よろしくお願いします!」

 うわ、やばいこれ、めっちゃ嬉しいぞ。嬉しすぎてどうにかなりそうだ!

「――うん、二人とも素晴らしい!」

 カウンター席から、ミスィーさんが拍手する音が聞こえてきた。

「いやー、めでたい! お姉さん、ガラにもなくちょっと感動しちゃったよ。夢が叶う瞬間ってのは実にいいもんだねぇ。――うん、今夜は飲まなきゃウソだよ! ほら、二人ともこっちおいで!」

 もっともらしく感動したとか言ってるミスィーさんだけど、この人は要するに何でもいいから飲みたいだけなのだ。でも、お誘いをことわる理由もない。私はユーシャさんと一緒にカウンター席へ戻った。

 机の上にはジョッキが三つ並んでいた。私のリンゴ酒とミスィーさんのエールと、それからさっきユーシャさんが注文したミルク。

私たちはそれぞれのジョッキを手に持つと、ミスィーさんの音頭にあわせて高く掲げた。

「ルルッカとユーシャ・アウレリアス、二人の若人の出会いと旅立ちを祝って、乾杯!」

「かんぱーい!」

 最初にユーシャさんと、それからミスィーさんとジョッキを合わせる。それからジョッキを口に運び、半分くらい残っていたリンゴ酒を一気に空ける。「おいしー!」

ミスィーさんも瞬殺でジョッキを空にして、「かー! うまいねぇ!」と豪快に一言。

そして、そんな私たちに対抗したわけじゃないだろうけど、ユーシャさんも白い口ヒゲを作りながら、ミルクを何口かにわけて飲み干した。「ぷはー。げふ」。

「いい飲みっぷりねぇ二人とも。そう来なくっちゃね! さあ、飲み物のおかわりは? おつまみも何でも頼んでいいわよー? 今日はぜーんぶ店のおごりだからね!」

 ――その夜はとにかく楽しかった。ユーシャさんはチーズ料理ばかりをいくつも注文して、「好物なの?」というミスィーさんの問いかけに、「求道者だから」と、答えになってるのかなってないのかよくわからない返事をしていた。それから、胸の大きさや形に対する持論を語ったり、私やミスィーさんの胸を服の上から品評したりもした。私は、この人は本当に女の人の胸が好きなんだな、と、妙に感心してしまった。

 時間はあっという間に過ぎていった。私たちは店が閉まっても飲み続け、空が白みはじめてから解散した。ユーシャさんとは、二日後の正午に第三区街の広場で落ちあうことにした。

アパートへ帰りついても、私のウキウキはおさまる気配がなかった。ひと眠りして、お昼すぎに起きて、ひどい二日酔いにウンウン苦しめられながらも、心だけは相変わらずワクワク小躍りしていた。

さあ、いよいよ念願の冒険が――私の、私たちの冒険が始まるんだ!


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