1.混沌の始まり
数週に一回程度更新出来たらと思います。
続けたいです。はい。
「ここは……?」
一人の男が灰色に染まる世界に佇んでいた。見覚えのない世界、荒れに荒れたこの世界。自分の住む世界とは異なる事が分かりながらもその現実を受け入れることの出来ない思い。
男の頭の中は混乱していた。
* * *
事の始まりは仕事帰りの事だった。仕事疲れを癒そうと、仕事仲間と飲み会をしていた。季節は冬。世間は年末年始で盛り上がっていた。だが、俺の仕事場には年末年始という言葉は無い。
「全くやってられねえよ!俺らの会社は筋金入りのブラック企業だからな……。」
────ブラック企業。
言ってしまうには簡単だが、その実は全く簡単ではない。休みなど無いに等しい。労働者に殆どの自由は与えられず、ひたすら仕事があるのみ。残業も揉み消され、貰える有給休暇も使う事は不可能。そんな事を上司が許す筈がない。
その上司ですら、大変だと言うのだから皮肉なものだ。恐らく、更に上からの圧力が強いのだろう。結局、企業全体が腐敗しているだけなのだ。これは簡単なようで複雑に絡み合ったものが原因となっている。解決する望みは無いに等しいのだろう。
まあ、そんな話は置いておこう。誰も得しないからな。
俺は飲み会の二次会までを終え、帰路に着いているところだった。だが、残念な事に終電を逃してしまった。明日も仕事は早い。仕方なしにビジネスホテルを探しているところだった。
「ここ……何処だ?」
酔っていたからだろう。そこに着くまでの道を全く覚えていなかった。だから、どこにいるのか分からなくなっていた。迷子だ。
辺りを見回すが、何も無い、音もしない。だが、分かることはある。
「……ここ、東京じゃねえな。」
俺は辿り着いた不思議な世界で、何かを探すように歩き回った。それが何故かは覚えていない。まあ、酔ってるからな。
頭の中に出口を探そうと言う気は無かった。仕事で疲れていたのだろう。気晴らしになると理解したからかもしれない。
そして、更に進んだ先で。いつの間にか俺の周りは灰色に染まっていた。そう、人のいる様子すらない、瓦礫に囲まれた世界に。
* * *
「取り敢えず、頭を整理しよう。」
自分に言い聞かせるように、俺は言った。俺は頭の回転が速いとは言い難い。この状況を整理するには、まず心を沈める必要があった。落ち着け、落ち着け……。
まがりにも頭の良い方法とは言い難いが、念じることは自分の中で最も心を沈める良い方法であった。ブラック企業に勤めていたからだろう。上司のストレスを八つ当たりされることに慣れていた。心を落ち着かせるには、最も良い訓練だったのかもしれないな。
「……よし、落ち着いた。」
まだ少し頭がぼーっとしているのは、酔いのせいだ。決して俺が頭が悪いからではない。それは断言しておく。
「ここは東京で無いのは分かる。」
当たり前だが、辺りを見ても高層ビルは全く無い。自動車の音もしない。真っ暗では無いから、何かしらの光はあるようだが、電灯の灯りも無い。そして……空気が汚れていない。
「森林浴してる訳じゃないが、空気が綺麗なのは良い事だな。まあ、都会で無いと認めてる事になるが。」
田舎にこんな沢山の瓦礫があるとも思っていないが、不安を取り除くには効果的な方法だと思ったから口に出した。それだけである。だが、その勘違いは自分の精神状態を安定させるのには良い。これも経験談だ。勿論、ブラック企業の。
「後は……歩きながら考えるか。」
時刻は夜。空は暗く、星空が見える。そこで漸く気付いた。
「……空が。」
瓦礫の景色に見飽きた俺は空を見ていた。空には都会では殆ど見えない、星空が見えたのだが、同時に明らかに不自然なものも見えていた。
「あれは……何だ?」
見えたのは巨大な檻。空を囲むように存在している巨大な檻。恐らく、これは世界全体を覆っているのだろう。……ということは地球でも無いのだ。
「……はぁ、本当にここはどこなんだ?」
いつの間にか驚く事を辞めてしまった自分に驚きつつ、とぼとぼと歩く。どこまで行っても人の気配が無いのだ。瓦礫しかない。
瓦礫があるという事は、人が住んでいたのだろう。だが、その人がいない。では、どこに行ったのだろうか。結局、分からずじまいである。
「……寝る所が欲しいな。」
瓦礫がある事にはあるのだが、崩れ落ちそうで怖いのだ。そして風が強く、外気に晒されたまま寝れば、風邪を引きそうで怖い。一石二鳥ではなく、一石二鮫と言ったところか。まあ、石投げたら二匹の鮫が、ってツッコミ要素満点だけどな。
一人でいる事に退屈はしないが、衣食住の定まらない今の状態は困る。というより死ぬ。水すら無いのだから。
しかし、俺の心配は無くなったようなものだ。何故かって?目の前に人がいたからだ。
俺が遠目で見つけた人に近付くにつれて、違和感を感じずにはいられなかった。
「あれはー……何だ?」
────白。少女は髪も肌も服も白かった。余りにも少女は世界に馴染んでいない。だが、可愛い。それだけは言える。充分なおっさんである俺だが、その判定に間違いは無かった。
目を閉じて、動かない様子はまるで人形のようでもあった。時折、世界に響き渡る瓦礫の崩れ落ちる音は、少女の瞼を開かせるには至らなかった。静かに佇んでいる。
どれだけの時間、少女がそうしていただろうか。やがて少女は目を開く。少女の目は青く、何もかもを見通すような目であった。
「……誰?」
少女は短く、俺に問い掛けた。少女に見蕩れていた俺は、返事をするのに遅れてしまう。
「……お、俺は日向宗一。まあ、呼びたいように呼んでくれ。」
「……貴方は味方────それとも敵?」
少女が敵、という時に見せた表情は凍り付いていた。まるで敵であれば、何であれ殲滅するという意思すら見えた。この世界で何が起こっているのだろうか。
「み、味方だ。」
「そう……じゃあ、気をつけてね。」
「あ、ああ────ってそうじゃなくて!」
「何……?どうしたの?」
興味が無さそうに返事をするが、しっかり応えてくれる辺り律儀だな、と思う。
「行き場が無いんだ……俺は。この変な世界に入り込んでしまったんだ!元々、別の世界に住んでいたんだ!」
「……そうなの。確かに服装は滑稽ね。」
少女は俺の服装を見て、言う。どうだ、信じてくれたか……?
「だけど、私に貴方を助ける義理は無いわ。」
言われればそうである。見ず知らずのおっさんにそんな事を言われた所で誰が助けるというのか。突き付けられた正論に俺は何も言えなかった。
そこまでで少女の言葉が途切れていれば、俺は仕方なしに再び歩き続ける事になったのかもしれないが、生憎と少女の言葉は続いた。
「……でも、借りを作るのも良いかもしれないわね。良いわ。
ついてきて。」
白い少女は歩き出した。俺が来た方向に。まさか俺は歩いてくる方向を間違えたのか。その衝撃で暫く言葉が発せないのであった。
「どこに……?」
漸く発せた言葉はあまりに小さかった。だが、少女には聞こえていたようだ。返事をする。
「そうね、貴方の世界がこの世界と異なるのであれば、驚くかもしれないわね。そんな場所よ。」
少女の抽象的な説明に、俺は頭を捻るしかなかった。