中編
モモタロウは丘陵を登っていた。
先程、着地した場所にたまたま角なしもとい人間が居て見つかってしまい。
アヤカシがどうのこうのと騒がれたからその場を立ち去ってからはチマチマ歩いて登っている。
日も暮れそうだからそろそろ休憩したいところだ。
そしてモモタロウはとある山で鬼を見つけた。
モモタロウより一回りも二回りも大きな鬼だ。
「こんばんは」
鬼は何を言うでもなく、モモタロウの角を持って引っ張る。
「ホンモノか、どっから来た?」
「鬼ヶ島からです。ミカドに会いに行く道で通りかかりました」
「島だ?んじゃ勘兵衛の所から来たのか」
「父さんを知ってるんですか?」
僕の父さんは昔「黒角の勘兵衛」と呼ばれていたらしい。
なぜそう呼ばれていたのかは謎だけど。
「じゃあおめえ、勘兵衛の息子か?遠くからよく来たな。俺は鹿枝楙、ここらの山の鬼共を抑えてる。まあ、今からの時間の山は鬼にもあぶねぇ、朝まで休んでいけや」
「そうさせて貰います」
「今から宴会なんだ、お前も来いよ。旨い酒と旨い飯を食わしてやるからよ」
モモタロウは鬼に連れられて山を進む。
既に日は落ちて足下が悪い山道は非情に歩きづらかった。
「もう少しで会場だ。にしてもお前、体力ないな」
今まで「体力がない」と言われたことはなかった。
島ではピョンピョン山を飛び越えて、風のように陸も海も駆け抜けていたからだろう。
「あの勘兵衛の息子だとは思えんな。まあその角が立派な証拠だからお前は勘兵衛の息子だが…」
「角?これですか?」
モモタロウには勘兵衛と同じ黒い角が生えている。
「それはな、黒角って言ってな非常に珍しい角なんだ。鬼の中でも超絶エリートの血筋の直系に現れる角なんだ」
「直系ですか…」
海で拾った桃から生まれたって…
「着いたぞ、ここが今日の宴会場だ」
そこは林がちょっと開けて広場のようになっていた。
そこには十数人の鬼族が居た。
「遅かったな鹿枝梦」
「ん?そいつは誰だ?」
「遥々島からきた勘兵衛の息子の…名前何だっけ?」
「モモタロウです。鬼ヶ島から来ました。ミヤコに行く同中立ち寄った次第です」
「直系だとよ。勘兵衛にも嫁が出来た訳だ」
「いや勘兵衛に嫁が居なかったら俺らにも嫁はいねぇだろうよ」
「おめぇは今も嫁いねぇだろ?」
「俺は一匹狼なんだ」
「なら来るなよ…」
「そう言うことで今日の客の一人ってことでモモタロウとも仲良くやってくれ」
「同族同士で睨み合っても良いことはないしな」
「島育ちも山育ちも仲良うしような」
モモタロウは薦められた大きな器を手に取る。
それはジョッキと呼ばれるそれに似た形状をしていた。
「まあ呑めや、呑んじまえば門地だ性別だなんて関係ねぇからな」
器に並々と少し白く濁った液体が注がれた。
おそらく酒だろう、あまり美味しそうには見えない。
が注がれてしまったので飲むことにする。
「ん?果汁?」
「ああ、俺らが長年改良し続けて作り出した果実酒だ。蜜柑と林檎を主に、蜂蜜や塩を使って飲みやすい酒に仕上げた」
「いきなりキツイので酔うよりはこう言うのでジワジワ酔った方が楽しいだろ」
「それに弱いやつも居るし人間が来たりもするからな」
「人間と関係があるんですか?」
「まあ、時折山で迷子になった人間とどんちゃん騒ぎする程度にな」
「いえ、先程人間とすれ違ったときにかなり驚かれたので」
「まあ、驚くだろうな」
「最初に会った人にはそんなに驚かれなかったんですが…」
「まあ、そういう場合もある」
そうして鬼達の宴もとい飲み会は続いていった。
だいぶ酒が回った頃、モモタロウは茂みの向こうに右頬に瘤のあるちょっと太ったおじいさんを見つけた。
「ひいぃぃー」
おじいさんは恐れおののいて、膝を揺らす。
だが、モモタロウは既にただの酔払いであった。
モモタロウは何を言うでもなくおじいさんの着物の襟を掴んで会場に戻り、おじいさんをパラパラを踊る酔払いの集団に放り込みました。
おじいさんは最初はカチコチでしたが、酒が入るにつれて動きが滑らかになり、躍り狂う酔払いの集団の仲間入りを果たしました。
「えらいやっちゃ、えらいやっちゃ、ヨイヨイヨイヨイ、踊る阿呆に見る阿呆、同じ阿呆なら踊らな損々」
躍り狂う酔払い達はいつの間にかパラパラを止めて阿波踊りを踊っていた。
モモタロウは既に何杯目呑んだか解らないぐらい呑んで、呂律は回らず、足下は覚束無い状態で酔払いの集団に割り込んでいきました。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
そして朝が来て
「う~~っ頭痛い…」
小太りじいさんも含めてもれなく全員二日酔いでぶっ倒れていた。
モモタロウはふらつく足で立ち上がって荷物を纏めて、地面を蹴る。
朝靄の立ち込める林から飛び出して山頂に立つ。
「はぁあ…朝か、ミヤコに向かわないと…」
モモタロウは山頂を蹴って谷を飛び越える。
眩しい朝日が目に刺さる。
「流石に飲みすぎた?」
モモタロウは身体能力が高いと言ったが、肝機能も例外ではない。
多少飲んだ程度では二日酔いなどにはならない。
が、今回は流石に行き過ぎていたようだ。
モモタロウはふらつく足で向かいの山の中腹に降り立つ。
再び地面を蹴って、山頂に登り、隣の山へと移動する。
そうすること一時間程
モモタロウは流れ作業の様に山頂を蹴った。
そして次の山の中腹に降り立つつもりだったが、急に突風が吹いてモモタロウの軌道がずれて
モモタロウはそのまま山の麓の村に落下した。
「うわ!」
そしてモモタロウは集落の一件に落下、屋根の上に到着した。
「危ない危ない…」
モモタロウは屋根を壊さないようにゆっくりと体勢を整える
「空から人が降ってきたぞ!」
「角がある!鬼だ!鬼が出た!」
「皆、家のなかに入って!」
「あ、やっちったか…」
モモタロウは地面に降りて再び飛び上がる準備をする。
「ちょっと待ちな。俺の居る村を襲おうたぁ、いい度胸じゃねぇか」
目の前に腰に刀を差した大男が立っていた。
そいつは腰に刀を差していながらに手には大きな鉞を持っている。
なんともチグハグなヤツだ。
「熊に乗ってお馬の稽古をし、帯刀を許され、鬼を切ったら天下一、泣く子も黙る侍、サカタノキンタロウたぁ俺のことでぃ」
「危ないので退いてもらっても?」
モモタロウは気にせず右足に力を込める
キンタロウは鉞をモモタロウに向ける
「恨むなら運のなかったてめぇを恨みな」
だが鉞がモモタロウに届く前にモモタロウの左膝がキンタロウの顎に入った。
キンタロウは派手に打ち上げられて、荷車に叩き付けられた。
「いてて…」
キンタロウは腰を擦りながら立ち上がる。
「いてて」で済んだことに驚きだ。
キンタロウは鉞を腰だめに構えて一気に間合いを詰めてきた。
モモタロウもこれには金棒を使わざるを得なかった。
ギィィン
金属音が辺りに響き渡る。
二人は再び間合いを取る。
「安倍よりは強いか」
金棒にうっすらと傷がついた。
キンタロウは再び間合いを詰めてきた。
今度も金棒を構える。
だが今度は守る為の構えではない
モモタロウは金棒を下から振り上げて鉞を破壊するつもりなのだ。
キンタロウは鉞を渾身の力で振り下ろす。
そして三つの相反する力が衝突する。
空から赤い角の鬼が急降下してきて、そのままの勢いで金棒を二人の得物に振り下ろしたのだ。
二つの金棒にサンドされた鉞はひしゃげて鉄屑と化した。
鉞を破壊されたキンタロウは呆然としている。
「人を襲うな若造」
「?僕は襲われたから鉞を壊しただけですよ」
鬼は鉞をさっとある程度直してキンタロウに放る
「まあいい、こいつも悪気はなかったんだ、許してやってくれ」
鬼はモモタロウをひっ掴んで向かいの山へと跳躍した。
「はあ、運がないな。島から態々ここまで来て、坂田の金太郎と鉢合わせとわな」
「あなたは?」
「俺は千兵衛、赤鬼で、ここら辺の人間とそれなりに仲がよくて、お前の母さんの旧友だ」
「母さんの?」
「勘兵衛とは腐れ縁だ。俺は昔、お前の母さんのお陰で人間と今の関係を築くことが出来た」
千兵衛は続ける
「だがお前の母さんは俺の代わりにここを去ることになった」
もうお分かりですね?
彼は泣いた赤鬼です。
「お前の母さんと再開したのは更に数十年が過ぎてからだ。ちょうど勘兵衛がこの辺で暴れまわってた頃だ。お前の母さんは勘兵衛を止めようとしていた。そして村人伝いに俺に話が回ってきて、俺がお前の父さんを止めた」
千兵衛は傷だらけの金棒を持ち上げる。
「最後はこいつに物を言わせることになったがな」
「父さんはエリートだったんじゃ…」
「血筋では俺なんか足下にも及ばないぐらいだが、世の中生まれが全てじゃない。努力次第ではどんなことでもできる。俺は努力の差で勘兵衛を破った、まあ三日三晩に及ぶ戦闘の末に兵糧責めで勝ったんだがな」
「僕はモモタロウです、黒角の勘兵衛の息子で、ミヤコに」
「大丈夫だ鹿枝梦から連絡が来ている」
千兵衛の周りを黄色の小鳥がパタパタと飛んでいる。
「鹿枝梦さんとも知り合いなんですか?」
「ああ、あいつは近所の山を上手く治めているからな。長いことこの辺に住んでるから付き合いがあるんだ」
「では、事情は鹿枝梦さんから?」
「ああ、ミヤコはあっちだ。くれぐれも人と問題を起こすなよ?まあ無理な話か、お前にその気がなくても人は恐れおののき突っかかってくるからな」
「無理でしょうね。僕は人間の一番偉い人を説得しに行くので」
「だろうなかなりの騒ぎになるだろうな。人間も数が揃えば相応に驚異となる気を付けろよ。あと数日分の食料も別けてやろう」
千兵衛はドサッと干肉の塊をモモタロウに渡した。
「水はいいか…ここから西に進めば古都『平城京』がある。帝が居るのはそこから少し北に行ったところの平安京だ。ここからは山にも人が居ることが増えてくるからな」
「うん、色々ありがとう」
モモタロウは荷物を纏めて地面を蹴る
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そしてモモタロウは北に向かって移動して行き、巨大な水溜まり(ぶっちゃけ琵琶湖)に出た。
「ここからは地面を歩いて行くか」
モモタロウは道中拾った笠で角を隠しながら水溜まりの周りを歩く。
何人もの人とすれ違った。
そして垣根越しに覗きをする身なりのいい変態も数多く見掛けた。
「彼らは一生懸命働いてるのに、あの変態は覗くだけ…どうなんだろうな」
モモタロウは少し疑問に思いつつも足を進める。
暫くすると、遠くを威風堂々と進む兵士の集団を見掛けた。
各々弓矢や刀を持っている。
時折沢山の荷物を持っているだけで武器の類いを持っていないのも居た。
そして安倍晴明風なのも居た。
モモタロウはその一団を見送ってミヤコへ向かった。
そして歩くこと数時間
日が暮れる頃になって、やっとミヤコの門に到着した。
聞いていた通り非常に人が多い
今までの農村とは比べ物にならないほどに
今ここを突っ切るのは危険か…夜にミカドの居る場所の近くまで行って、朝伺うのがいいか
そうと決まればこのまま門前に居るのはマズイから、モモタロウは門の上に登った。
そこには数多くの屍体が無造作に捨てられていた。
「うっ、酷い臭いだ…」
「…仕方ないさ、おや見ない顔だね」
そこには粗末な着物を身につけた老婆がいた。
「ここは屍体置き場か何かなのか?」
「いや、ここは門だ。本当の意味でも門であり、比喩的な意味でも門だ。ここから都に入ったり出たりする。そしてここから人が死出の旅に出たりそれ以外の道を進んだりする。まあ、大概は死出の旅に出るんだがね。ある意味屍体置き場と言っても指し違わないだろうね」
「あなたはこんなところで何をしてるんですか?」
「あたしはここで死体から髪を抜いて鬘を作って売っているんだ。そうしないと食べ物すら買えないからね。ここに来るやつはどいつもこいつもあたしみたいな夢を見て都にきて適応出来なかった奴ばかりだ。平安京とはよく言ったものだよ…」
「ここの屍体は埋葬したりとかしないのか?」
「ふっ、皆引取り手がいないからここに捨てられたんだよ。さっきは門だと言ったけど、ある意味ここは門ではなく執着地点なんだろうね」
「こんな状況になっていることをミカドは知っているんですか?」
「知らないだろうね。貴族ってやつは、囲まれた空とそれを囲む塀しか知らない。その外の事は知らないし知ろうともしない」
「だけどそれならなんで敬われてるんですか?」
「敬われてなんかいないよ。あいつらは羨まれてるんだ。生まれながらにあらゆる事が約束され、苦労する事のない身分を、何人が楯突くことを許さなくてもいい身分をね。皆、内心は不満があるはずだけど、それを表に出せばあっという間に落とされてここに流れついちまう、皆はそれを解ってるから文句一つ言わずに貴族の言いなりになることでここよりはマシな生活を送っているんだ」
「でも…」
モモタロウは反論したかった。
もっと良いように持ってくはずがあるはずだと
だが、モモタロウにはどうしていいか解らなかった。
金棒で貴族を片っ端で殴って従わせる事は容易いが、それにより転落してここに流れつく者が新に現れるだけだと気づいたからだ。
モモタロウは奥歯を噛み締める
「ふっ、歯痒いだろ?悔しいだろ?だが人の世は鬼の世ほど単純にできてはいないんだよ。皆、仕方ない、どうしようもないって割りきって、苦い思いを圧し殺して生きてるんだ。確かに農村での暮らしは大変だ、だけど都の暮らしは決して楽ではない、楽なのは貴族ぐらいだ。都で華やかな暮らしを送ろうと思ってたならもといた村へ帰りな」
「いえ、僕にはやるべき事があるので、ミカドに会いに来たんです。安倍晴明を送り込むのを止めてもらうために」
「ムリだね。帝はあたしらみたいな者にはお会いにならない」
「なぜですか?」
「帝はあたしらなんかに会わなくても満足に生きていけるからね」
「どうしてですか?」
モモタロウはそう言わざるを得なかった。
何故ならその気になればモモタロウはミカドをここに転がる屍体のように葬り捨てる事ができると自負している。
アベノセイメイにもキンタロウにも勝てた。
それよりも強いとしても負ける気はしなかった。
「ふっ、それはね所詮あたしらはここに転がる屍体と同じ価値しかないからだよ。この都で帝に楯突く奴はそういない、そしてあたしらの話を聞く人間はそれよりもっと少ない。居るとしたら余程のお人好しか余程の反社会的人間だよ」
モモタロウは無言になって、門の外を見る。
どれだけの時が過ぎたのか、門の外には濃紺の空が広がっていた。
モモタロウは歯痒い気持ちをとっくに忘れてやるせない気持ちになっていた。
全てはこのミヤコという町の劣悪な環境とそれを変えようともしない住人の意思を知ったからだ。
モモタロウは金棒を持って門から飛び降りた。
朝になってからミカドに会いに行くつもりだったが、気が変わった。
今から乗り込んでやる。
そして諸悪の根源をこの金棒で断ち切ってくれる。
モモタロウはふつふつと静な怒りに任せて着地した。
勢いを殺さずに着地した結果、その衝撃で地面がひび割れてしまった。
ズンッ
尋常ではない圧力で地面を踏みしめる。
そうするしか思い付かなかったのだ。
モモタロウは一歩、一歩、と歩みを進める。
その度に地面が揺れて罅割れる。
その衝撃に耐えられず笠が地面に落ちた。
夜空よりも深く黒い角が露になる。
それは月明かりを浴びて、鋭利に輝く。
モモタロウの前には道を塞ぐように安倍晴明風の人間と刀を構えた人間とキンタロウが隊列を成して待ち構えている。
後ろにも弓矢を構えた人間、槍を持った人間、馬に乗った人間、刀を構えた人間、数多くの式神が立ち並んでいる。
モモタロウは静かに笑って言う。
「来いよ…全員纏めて壁に練り込んでやる」
モモタロウは金棒をキンタロウに向けて言った。