前編
昔々、あるところにお爺さんとお婆さんが住んでいました。
お爺さんは山に芝刈りに、お婆さんは川へ洗濯に行きました。
お婆さんが川で洗濯をしていると、どんぶらこ、どんぶらこと大きな桃が流れて来ました。
お婆さんは桃を無視して洗濯を続けて、桃はどんぶらこ、どんぶらこと流されていきました。
海まで流されて、ざぶん、ざぶんと海を渡って、流れ着いたのは緑豊かな火山島だ。
三日三晩、海を流された桃は確り塩漬けになっている。
そして海岸には一人の異形の姿があった。
それは黒い肌をして、頭には金色の角を二本生やして、右手に軽く100kgはありそうな金棒を持った身長2mの鬼だ。
「んっーふぅ」
鬼は溜め息を付くと漂流物を吟味し始める。
「はぁ、今日だって言うのにこれと言った物がない…あるのは流れ着いたデカイ桃だけ…こんなんでもないよりマシか」
黒鬼は再び溜め息を付く
今日は彼と妻の青鬼の結婚記念日だ。
奥さんに贈る物を探しに夜明けから海岸線を歩いているが見つけたのは異常にデカイ果物だけだったのだ。
鬼族の族長である彼だからこそ相応の物を用意できるはずと周りの期待も大きくハードルも高い
が、特に物珍しい物も見つからず日々の雑務に追われてまともに時間も作れずに当日を迎えてしまった。
彼は流れ着いた桃を拾い、海岸に座り込む。
そんな彼の背中はそこはかとない日々に追われるお父さん感を醸しており、見てて泣きそうになる。
「とりあえずこれを家に置いてから海底も見に行くか」
黒鬼は立上がり、桃を片手に一度家に帰り桃を自分の布団の上に置いて再び出ていった。
それをこっそり見て頬を赤くしているのは妻の青鬼だ。
ここ鬼ヶ島では記念日には男が何か贈り物をするという習慣がある。
島の掟に「言葉で気持ちを伝えるな!行動で気持ちを伝えろ!」というのがあるからであるが、私的には凄くいい掟だと思うがそこは賛否両論だ。
青鬼は徐に桃を持って台所に行き、桃を切る。
帰ってきた黒鬼に食べさせるつもりらしい。
黒鬼と青鬼は鬼ヶ島では鴛鴦夫婦で通っている。
こういった互いに気遣う姿勢もそう言われる所以だろう。
そして青鬼が桃に包丁を入れると種に阻まれて包丁は止まった。
青鬼は器用に包丁を種に合わせて動かして桃から果肉だけを削ぎ落とした。
種は透明なガラス質の何かで作られており中には黄色い液体が入っており、そのなかに小さな人間の赤ちゃんが浮き沈みしている。
「なにかしら…でも綺麗ね」
すると中の赤ちゃんが急に大きくなり始めて、数秒後には倍の大きさになった。
数十秒後、ガラス質の種が真っ二つに割れて中から元気な男の子が出てきました。
その子の肌は肌色で見た目は殆ど人間そっくりだが、その頭には小さな黒い角が生えていた。
そして暫くすると、黒鬼が赤い珊瑚と真珠の山を乗せた笊をもって帰ってきた。
その顔は不安そうだ。
「受け取ってくれるか?結婚記念日の贈り物」
「ええ!最高のプレゼントよ」
「本当か!珊瑚でも真珠でも幾らでも取っ手来てやるからこれからも俺の妻てくれ」
「珊瑚と真珠?そんな物は要らないよ。ねぇ、この子なんて名前つける?」
黒鬼は桃を食べようと一切れ摘まんでいた。
「え?桃食ったろうって思っただけだけど?」
「モモタロウがいいわね。あなたは今日からモモタロウよ」
「え?俺?」
「あんたじゃない」
こうしてこの男の子は「桃食ったろう」ではなく「モモタロウ」と名付けられたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それから14年余りが過ぎた。
モモタロウは他の鬼達と違い成長が速かった。
14歳で既に身長が170cmある。
鬼ヶ島という特殊な環境故か元からの才能かはわからないが、既に150歳の鬼の大人と同じだけの身体能力を獲得した。
自分の3倍の大きさの岩を持ち上げるだけの膂力を持ち、山を飛び越え、音と一緒に走る。
鬼としては少し小柄だが、その分普通の鬼を越える身体能力を持っていた。
同時に人と同じだけの思考能力と心を持っていた。
そしてある日から徐々に鬼ヶ島に不穏な空気が漂うようになる。
急に草木が枯れ始め、病が流行るようになった。
最初は軽い風邪のような症状出て、体力のある者は時間が経てば症状は治まり完治したが、小さい子どもや年老いた者は違った。
日が経つに連れて症状は悪化して高い熱が出て、更に数日経つと徐々に熱は下がり始めて、最後には死に至る。
恐ろしい病だ。
鬼ヶ島は疫病と飢饉で危機に陥っていた。
そして時が経つに連れて犠牲者も増えて行った。
そしてある日、鬼ヶ島で不審者を見たという者が出始めた。
不審者が原因だと島中が決めつけるのにもそう時間は掛からなかった。
「父さん、ここを拠点に四班に別れて一班は西側から二班は東側から海岸を警邏、島を一周して帰還。三班は山の西側、四班は山の東側を捜索すればいいんじゃないかな?」
「モモタロウがそう言うならいいんじゃないか?不審者は町中には現れてないからきっと何処かに隠れてるのか、角無しかだな」
「角無しって?」
「モモタロウはまだ遭遇したことなかったな。手先が器用で、我々に近い言葉を話して、臆病で弱いヤツだ。だが侮るな。追い詰められた角無しは我々をも打ち倒す力を発揮する。そして奴らは時折、フネと呼ばれる木で作られた篭に乗ってやって来る。だから一班二班はフネにも注意して探せ。フネは大きいから隠すのは容易じゃない。茂みや洞窟の中にある可能性が高いからそう言ったところも確り確認しろ。フネを見つけたら、その地点を中心に捜索を続行フネの監視を怠るなよ?」
「ウイッス!」
「角なしを見つけても殺すな。生け捕りにしろ。これほどの事をしでかした者だ尋問と厳罰が必要だろう」
「ウイッス!」
「見つけたら連絡を寄越せ、皆でそこを重点的に捜索しよう。捜索開始!」
鬼達はわらわらと集会所を出ていった。
「父さん、僕も探しに行くよ。嫌な予感がするんだ…」
「そうか、父さんはここで連絡を待つ」
「ウイッス!」
『イエス サー』みたいなのりで『ウイッス』ってどうなんだろうか?
とか思った人はお口チャックだ。
そうしてモモタロウは走って跳んで、山の山頂に来た。
「どっちだ?」
島中に嫌な空気が満ちている。
まるで目に見えない何か小さい者がウヨウヨ居るような。
「ん?あれが父さんの言ってたフネかな?」
家ほどの大きさの何かが海岸から離れた海に浮かんでいる。
それから海岸に向かう小さいフネが幾つか浮かんでいるのを確認した。
それには幾つかの人影と大量の壺が乗っているのが見て解る。
角が無いから例の角無しだろう。
モモタロウは火口の縁を蹴って跳び上がり、麓に降り立って足元の悪い森を一気に駆け抜ける。
そしてモモタロウはフネを森に潜んで待ち伏せる事にする。
フネは待ち伏せるモモタロウに気づくことなく海岸に揚陸した。
モモタロウは透かさず飛び出して、一番大柄で強そうな角無しを拘束する。
「無駄な抵抗はしない方がいい、じき仲間が来る」
拘束された角無しはしゃべらない。
喋らない所か、全身から煙を吹き出してみるみる縮んでただの紙切れになってしまった。
「その膂力は称賛に値しますが、真っ先に私を捕らえなかったのが運のつき。其奴を捕らえよ!」
他の角無しが迫り来る。
「父さんに生け捕りにしろって言われてるんだけどな」
モモタロウは透かさずフネを持ち上げ、迫り来る角無しを凪ぎ払う。
フネで殴り付けられた角無しは煙を吹き出して紙切れに変わる。
「角無しは死ぬと紙切れに変わるのか」
「角無し?何だねそれは?これは式神と言って私の手足として働いてくれるモノだ」
不審者は追加の紙切れをばら蒔く。
紙切れはみるみる膨らんで角無しもとい式神に変わる。
「面妖な術を使う…角のない…何か?まあ、捕縛して拷問して解剖すれば何か解るか…」
「鬼風情がこのアベノセイメイに勝てるとでも?」
アベノ生命?残念ながら家は三井住友だ。
「負けるつもりはない」
新たに現れた式神を船底で叩き潰す。
アベは何処からともなく紙を取り出して次々と紙をばら蒔く。
その度にフネが轟音を立てて閃く。
「そろそろ終わりにしましょう」
アベは金の装飾の施された紙を取り出す。
透かさずモモタロウはフネを放り出して、アベの鳩尾に掌底を捩じ込んだ。
巨岩をも割る膂力で捩じ込まれた掌底はアベを一直線に弾き飛ばし、アベは二度三度と海面で跳ねて沈んだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そのあと満身創痍のアベは鬼達によって回収されました。
なんだかんだで鬼印の傷薬で口が聞ける程度に回復した。
「貴様の言ったことが本当だとすれば、この病の元凶は壺の中身ということになる。そしてその中身を焼却処分すれば病の発生は止まり、いずれは飢餓と疾病は完治するということだが…既に発症している者に対しては効かないとはどういうことだ?」
「壺の中身は瘴気でも呪詛でもない。単なる病魔です。いや病魔に感染したモノの亡骸と言った方がいいですね。あれはただの病です。病の元を絶った所で新たな発症は抑えられても、既に発症した者をどうこうすることはできまい。その者の生命力を信じることですね」
「ふんっ、女子供と年寄りにはちゃんと換気して乾布摩擦してよく食ってよく寝るように言え。おい安倍晴明、お前の雇い主は誰だ?」
「雇い主ですか。それを言うと神に歯向かう事になってしまうから言いたく無いのですが?」
「まあ、あの大きさのフネをほいほい用意できるのはそんなにいねえはずだから。やっぱり帝か…」
「父さん、ミカドって?」
「ああ、昔海の向こうに住んでた頃に聞いた話に出てきた角無しの王らしい。都に住んでて、神様らしい」
「言っておきますが、私を殺した所で本格的な駆除が始まるだけですよ。私は帝の命を受けて来たので、私が戻らなければより強い者が派遣されるに違いない。蘆屋道満とかが群れを成して襲い来る筈だ」
「角なしらしい手段だな」
「ならその帝ってやつを説得すればいいんだな?」
一堂は静まり返った。
「強い=偉い」の方程式を信じる鬼達にとっては一番偉い帝は角なしの中でも一番強い奴だと解釈されており、それに異議を唱えようというのは彼らにとっては自殺行為に等しかった。
まさに清水の舞台から飛び下りるかのようだ。
モモタロウは彼らの目には板戸を持って清水の舞台から崖下へと飛び下りた某検非違使の様に映っただろう。
※現在、清水寺の舞台の真下には通路と柵があり、かなり勢いをつけて飛び降りなければ崖下に下りることはできません。飛び下りるときは勢いをつけて飛びましょう、柵で何処かを打って悶えたくなければ…
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そして七日あまりが過ぎた。
『ねぇ、作者~時間飛ばし過ぎじゃない?』とかどうのこうのというのは聞きたくない。
ダラダラ書いたら文句言うでしょ?
モモタロウは三隻の小舟を繋いだ筏で大海原を漂っていた。
晴明が来たという方角に向かって進めば都に辿り着けると踏んでいたのだが、陸に辿り着くことはなく、モモタロウは帆と舵を操って四日を小舟で過ごした。
幸いな事に食には困らなかった。
魚が多い海域らしく何度も鮫の襲撃を受けたからほとんど食には困らなかった。
ただ、持ってきた水が底を尽きそうなのであった。
鬼族は孤島に住むが故に海水も飲めなくはない。
だがそれは飲めなくはないだけであって決して好んで飲むことはなかった。
そんなこんなでモモタロウは潮の流れ(ぶっちゃけ言うと黒潮)に流されながら楷をこいで、陸を目指した。
そして上陸…
モモタロウは一人浜辺に這い上がった。
持ってきた食料はまだ少しある。
水は使いきってしまったが、陸に上がってしまえば水があるはずだから気にしていない。
「ふむ、ここは何処だ?セイメイの言っていた町とは様子が違う」
セイメイ曰く、かなり活気のある港町住吉津とはかなり異なっていた。
住吉津は非情に人の多い町だと聞いていたが、人など居らず船もない、お世辞にも活気のある港町とは言えなかった。
そんなこんなで立ち往生していると浜辺の向こうから男が歩いてきた。
「んだ?こんなところに見慣れん影だな」
「うむ、調度いい。Excuse me ?」
「いくすくう何だって?」
「えーと、Is it kown where MIYAKO is ?」
「ええ?なんばいっちょるかさっぱりわからん。普通にしゃべっちはくれんか?」
「都がどっちか知らないか?」
「都だぁ?あんた貴族か?」
「なぜ僕が鬼族だと解ったんですか?」
「まあ、立派ななりしてるからな。だがちと服が見窄らしいですな、それに御付きの方もいねぇみてぇだな」
モモタロウは適当に話を合わせる
「実は船が難破して…命からがらここまで小舟で来たので…」
船は難破してないが小舟で来たのは嘘じゃない。
「大変だったなぁ、まあとりあえず家で休んでいけや。貧相な家でアレだがゆっくりしてけや」
モモタロウは男の家に通された。
「お初やい、この貴族様、お船が難破してこんなところまで小舟で来たんだとよ。とりあえずなんか食わしてやってくれや」
「あなた、もう家には小魚の干物しかありませんことよ」
「あっ、いけね!俺、釣りに行くんだったな…」
男はいそいそと竿と糸を持って立ち上がる。
モモタロウは逃がすまじと持ってきた荷物から身の丈もある麻袋を引っ張り出す。
「良ければコレ食べますか?」
モモタロウは袋に詰めて持ってきた、鼬鮫を取り出す。
「おんりゃ、こりゃおったまげた…鮫でねえか」
「道中海で拾ったので」
ホントは金棒で殴って捕まえただ
「お初、こいつ捌いてやってくれや」
男はそれを妻に渡す。
この奥さん以外と力持ちだ。
「ほんとにいいんですか?」
「ああ、食べて貰って構いませんよ。魚は鮮度が大事ですから」
モモタロウはそれっぽい事を言って凌いだ。
鮫は奥さんの手で捌かれて煮付けになって、三人?によって食された。
「で、都はどちらですか?」
「ああ、都は西の方にあるらしい。行ったこたぁねぇが、たいそう雅な場所らしいな。人もようけ居るって聞くな」
「なにか解りやすい目印があればいいんですが…」
「流石に無いな。一先ず西に向かえば古都がある。そこまでいけば何かしら目印になるものがあるかもな」
「でも古都へ行くには山脈を越えないと」
「今の時期、下の方はまだ雪が降ってないから行くなら今のうちだろうな」
「そうですか、では早速行ってみます。色々ありがとうございました」
「山頂は雪が積もってるだろうから気を付けろよ」
「気を付けます」
礼を言うとモモタロウは荷物を持って、家から飛び出した。
「えーと西は…」
モモタロウは太陽の位置から西を割り出して、地面を蹴る。
モモタロウは一蹴りで丘の頂上まで跳ぶ。
更に西に向かって地面を踏みつける。
そうしてモモタロウは西に向かって山を昇っていった。