7
霧によって隠されていたものが、近づくにつれ、その姿を露わにしてきた。
「こんなものがあったとはのう……」
とガカロが見上げている。
テヌフもただ見上げるしかなかった。
そこには巨大な獅子の石造が二体そびえ立っていたのだ。ただし、片方の獅子は顔半分が欠けており、もう一体は片足が崩れ落ちている。
「だれがこんなものを」
テヌフが訊くと、
「さあ、わたしも詳しくは知らないが、ずいぶん古いものだとは聞いている」
とウペルは答えた。
周囲には岩が積み上げられており、壁が続いている。獅子はその門番といったところであろうか。左右の獅子を過ぎて、正面には奥へと石畳が続いており、その先にはひとつの建物が見えている。
ウペルが立ち止まった。
「ガカロ殿、お疲れのところでしょうが、奥でわたしの仲間が待っておりますので」
ガカロはふむ、とだけ答えた。
「ただ、テヌフ、お前のことだが……。もともと、わたしの役目はガカロ殿をここへと連れてくることだった。仲間にはお前のことを説明するから、それが終えるまで黙っていてほしい」
「わかった」
「本当にだな」
「ああ、大丈夫だ」
「そうか、ならいいのだが……。わたしたちの状況はあまり良いものではなくてな。気がたっているものも、なかにはいるから」
とウペルはいった。
その言葉にひっかかるものを感じながらも、テヌフは口を閉じ、奥へと進んだ。
獅子の正面で見た岩の壁はそのまま周りを囲っており、中央に位置する場所にはこれもまた岩で組まれた、寺院らしき建物が存在する。わずかに高くなっており、階段を上ると扉のない、四角い入り口があった。
なかからは明かりが漏れている。
ウペルを先頭に足を踏み入れると、腕を組む一人の男が岩壁に背を預け、立っていた。
「いま戻った」
とウペルがいうと、男は組んだ腕を外し、片手をあげた。
「――おう」
「ご容体は?」
「……変わらず、といったところだ」
「そうか……」
「……で、その人が、例のあれなのか」
「ああ、ガカロ殿だ。失礼のないようにな」
「わかっているよ」
といい、男は片膝をつき、拳と拳を付けて頭を下げた。
「ガカロ殿、はるばるご足労いただき、感謝しております。ご用がございましたら、このタミルスになんなりと」
「えっえっえ、よろしく頼むのう、タミルス殿」
「どうぞ、タミルスとお申しください」
「ん、わかったえ。じゃがもう、顔をあげてくれぬか、わしはそんなに人から敬われるものでもないからのう」
とガカロはいった。
そして、テヌフは顔をあげたタミルスと目をあわせることとなった。
「ん、そいつは?」
と指をこちらにさし、ウペルに訊いている。
「そいつは道中でガカロ殿が保護されたものだ。賊かなにかに身ぐるみをはがされたらしくてな、そこらに転がっていたということだ」
タミルスは立ち上がった。
「で、ウペルよ、お前はそのまま連れてきたってことなのか?」
「……ああ」
頭に手をやり、タミルスはいった。
「しょうがねえなあ、なにかあったら、お前が責任とれよ」
「わかっている」
「なら、いいさ。いけよ」
ウペルは頷き、ガカロを呼ぶと、壁に掛けられた布をめくった。どうやら、奥へと続いているらしい。テヌフもあとに続こうとすると、タミルスが立ちはだかった。
「お前は駄目だ。この奥へと通すことはできん」
テヌフが身体をずらし、ウペルを見ると、首を振られた。
「タミルス、すまないが、そいつに衣を与えてやってくれ」
「はあ? なんで、俺がこんなやつの面倒を」
「わたしはガカロ殿を案内せねばならん。だから、テヌフのことは頼んだからな」
といって、二人は奥へと入っていった。
「って、面倒くせえ」
タミルスは舌打ちをして、こちらを見下ろした。髪はウペルらと同様、腰辺りまで伸ばしており、テヌフより頭一つ分背が高い。
「ついてきな」
いったん外に出て、階段を下りた。
森から鳥が数羽、飛んでいった。
――と、急に目の前よりタミルスが消えた。
いつの間にか冷たいものが喉に当てられている。
「動くなよ」
タミルスの声が左側より聞こえた。
「両手を上げな」
テヌフはいわれたとおり、両手を上げた。
「一応これだけは伝えておくが、もしお前がこの後いなくなってもよ、俺ら誰ひとりとして困ることはないわけだ。それは、わかるな」
テヌフはゆっくりと頷いた。
「ウペルはお前のことをどう思っているのか知らねえが、やっぱり俺としては考えるところがあるわけさ。俺らにも事情があるからよ」
開かぬ左目の死角でタミルスの姿がない。剣先が右側に見えた。
「もしかしたら、今後面倒なことになるかもしれない。だったら、いま、このときにどうかするべきとは思わないか?」
「……」
テヌフは何も答えられなかった。いったいなんと答えれば、正解なのか。そもそも正解などあるものか。言葉がみつからない。
このまま振り切られれば、喉を掻き切られ、最悪は絶命するであろう、と頭によぎるものの、その先にある死に対しては、まるで他人事のように考えている自分もいた。
タミルスがひとつ大きく息をはいた。
「……冗談だ、悪かったな」
といって、首筋にあてられたものが外された。
「こっちだ。さっさと、ついてこい」
タミルスが手招きをする。テヌフは横へと並んだ。
「いっておくが、別に本当に斬ろうなんざ、思ってなかったからな。ただ、お前の態度しだいでは、どうなるかわからないことだけ覚えておいてくれ」
とタミルスはいった。
口を閉ざしたまま、テヌフは頷いた。