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三人はオオカミの後を追い、森のさらに奥へと進んでいた。うっすらと霧がかかってきており、辺りが白くなってきている。
ウペルがいっていた。これが案内をしてくれる、と。
確かに目印にするものも無く、どこも同じような風景である森のなかで、しかもこう霧が深くなってきては、迷ってしまう恐れがあるな、とテヌフは納得していた。しかし、オオカミが人を助けるような真似をするなど、思いもしなかったのである。
テヌフの故郷では家畜を襲う、いわば敵なる存在であった。群れをなし、夜に行動をする。これは人が行動を避けるときに合わせたものであり、あちら側も相反するものとして、人間の存在を見ていたのかもしれない。
だが、このオオカミは全く別のものである。人間を警戒する様子もなく、いや、むしろ、その必要すら無いのかもしれない。
大きさは成人女性ほどあるが、艶やかな灰色の毛におおわれた肉体は盛り上がっており、四肢は太く、その爪で撫でられれば人間の皮膚など簡単にめくれてしまい、その鋭い牙に噛まれれば一瞬にして食いちぎられるだろう。
ゆっくりと人間たちの歩幅に合わせるように、オオカミはときに振り向き、一定の距離を保ちながら前を歩いている。
「昔から、ここらには霧がかかりやすくてのう」
とガカロはいった。
「ふうん、ガカロは前に来たことがあったのか?」
「もともと、ここの近くに住んでおってな。辺ぴな場所じゃが、ひっそりと暮らすには、もってこいの場所でもあったわけじゃ」
「暮らしにくそうな場所だな」
「いやいや、住んでみれば、それはそれでなかなか楽しかったぞ。えっえっえ。まあ、結局は別の場所へと移ったわけじゃがのう」
テヌフはふと思った。
「そういえば、ガカロは連れてこられたんだよな」
「そうじゃよ」
「おかしくないか。用があるなら、こんな場所にじゃなくて、もっと別の場所もあっただろうに」
「ちと訳があるようでな。のう、ウペルや」
「……ええ、まあ」
と曖昧にウペルは答えた。
「それはそうと、どうやら目的地についたようじゃの」
オオカミが立ち止まり、こちらを振り向いていた。
「案内ご苦労じゃった」
とガカロはいい、懐から何かを取り出したかと思うと、オオカミに投げた。しかし、興味がない様子で見向きもしない。
「あれは?」
テヌフは訊いた。
「肉じゃよ」
「……隠していたのかよ」
「ええじゃろ、少しくらい。万が一のためじゃ、なにかあったときの」
「万が一ねえ」
「ほら、遠慮せんでええぞ。わしからの礼じゃ」
「あれは知らぬ人間からの施しを受けませんよ」
ウペルはいった。
「なんじゃと……」
とガカロは声をあげ、しぶしぶと肉を拾っている。微笑していたウペルが二人に対し、頼みがある、といった。
「これより先に進むにあたって、一つ約束ごとがあります。念のため、武器などをお持ちでしたら、預からせていただきたい」
その言葉にガカロの声は急に低くなった。
「……なんじゃ、それは。わしは招かれておったはずじゃがのう」
「間違っておりません。しかし」
「ウペルや、わしは別にここで引き返しても良いのじゃぞ」
「この霧のなかをですか?」
「ああ、なんとかなるじゃろうて」
「……申し訳ありません。悪いようにはしませんので、どうかお願いできないでしょうか」
いっときの沈黙が流れた。
「よく、わからないが、そうしなくてはいけないなら、しょうがないだろ」
テヌフはいった。
「そういう問題ではないのじゃ」
「どうゆう問題だよ」
「……お前さんのも渡すこととなるのじゃぞ」
「別にやるわけじゃないだろ、預けるだけだ。その代り、こっちも条件として衣をなんとかしてくれ。まあ、客人でもない俺が要求するのも、おかしな話しだがな」
テヌフはウペルに斧を預けた。
黙りこみ、思いにふけているガカロであったが、やがてはため息をついた。
「……やれやれ、仕方がないのう。……わしからも条件じゃ。決して、わしらのものを下手に触ってはならん。よいな」
とガカロは荷より取り出したものをウペルに渡した。
「……申し訳ない」
「もう、ええわい。それよりも早くいくえ。暗くなってきたからのう」
ウペルは頷いた。
いつの間にかオオカミの姿はなく、霧の向こうから遠吠えが聞こえていた。