5
ガカロがいびきをたて始め、どれほどのときがたったのであろうか。ウペルは退屈そうに焚火の炎と遊んでいる。テヌフはそこらの樹に巻きついていたつるを集め、草履を編んでいた。
「何をつくっている」
ウペルはいった。
「草履だよ」
「ふうん、楽しそうだな」
「……別に楽しくはない」
「痛むのか、足が」
「まあ」
「手伝ってやろうか」
「いいよ。もうすぐできあがるから」
「ふん、なんだつまらん」
とウペルは不満げな表情で立ち上がり、何かを探すかのように辺りを見渡しはじめた。テヌフは訊いた。
「俺らは、というよりウペルらはここで何をしているんだ」
「待っているのさ」
「何を」
「それは、来ればわかる」
ウペルはそういって、荷に立てかけてあった剣をとった。鞘から抜くと、鋭利な刃が姿を現す。
足をひらき、剣を持つ両手を後ろに、剣先は前を向けて構えた。そして、止まってしまうほどゆっくりと剣を振り、宙を切った。いったん身を引き、横に回転しながら再び、宙を切る――。
一振り一振りが滑らかで、まるで踊っているかのようだ。目の錯覚か、剣の残像が残り、静かに消えていく。
「みごとじゃのう」
ガカロの声だ。テヌフは驚いた。
「……起きていたのかよ」
「いま起きたえ」
と、伸びをした。
「なあ、ウペルは女だよな」
「そうじゃろうな」
「めずらしいな、女で剣なんて」
「そうじゃなあ、めずらしいといえば、めずらしいかのう」
草履を編み終え、テヌフは踏み心地を確かめた。悪くないようだ。
「……気になっていたんだが、ガカロとウペルはどんな関係なんだ?」
とテヌフが訊くと、ガカロは髭を撫でながらいった。
「ふむ、どういう関係かと尋ねられれば、お前さんと変わらんえ。つい先日あったばかりじゃからのう。いきなり、一緒に来いといわれたときは驚いたわい。……面倒ごとは避けてきたのじゃがのう」
「俺をここに連れてきたくせにか?」
そういうとガカロは目を点にし、やがては笑った。
「む、確かに矛盾しとるの。ふむ、じゃが、仕方ないとも思える。人と人が出会ってしまえば、ことは起きる。しかし、出会わなければ、なにも起こりはしないのじゃよ」
「当たり前だろ」
「そう、当たり前じゃ。じゃが、そうやって人は交わり続け、助け合い、ときには争い、やがては導かれる。そういう風にわしは考えておる」
「よくわからない話しだな」
「そうじゃ、わしも何がいいたいのか、よくわからん」
と再び笑い、ガカロは続けていった。
「のう、そういえば、すまんが、お前さんの斧をちと見せてもらってもええかえ?」
テヌフは一度斧を眺めて、渡した。
「これは俺にとって大事なものだから」
「わかっておるわい」
ガカロはじっと斧の刃を凝視し、様々な角度から眺めている。そして、ふいに斧の刃を舐めた。テヌフは驚いた。
「なにを」
目を閉じ、いっとき黙っていたが、ふいにごくりと音をたて、喉を鳴らした。
「味を確かめただけじゃ。ええじゃろ、少しくらい」
と斧を返してきた。
斧の刃には唾液がつき、てかっている。あとで流さねばと思った。
「わしものう、ずっと気になっておったんじゃ。お前さん、それをどこで手に入れたんけ?」
「どこって、これは……形見だ」
「……ふむ、形見かえ。なるほどのう。……テヌフや、それをわしに譲らんかえ?」
ガカロはいった。
なにをいっているのだ、この爺さんは。テヌフはそう思った。
「冗談はよしてくれ。さっきもいった通り、これは俺にとって大事なものだからな」
「そうか、駄目か……。けちじゃのう」
「けちで結構だ」
ウペルの剣舞が終わったようで、額に汗をかきながら息を切らしている。剣を鞘へと納めていた。
「……仕方が無いのう。ひとつお前さんのことを想って伝えるが、それをあまり人前にだしてはならん。なにか目立たぬよう、刃に巻いておくとええ」
「なぜだ?」
「なぜか、と訊かれれば、答えるがのう。その斧の――」
「――なに、二人してぼうっとしているんです。きました、早く準備を」
とウペルが話しを割った。
「お、おお、そうかえ。なら、いくとしようかのう」
ガカロは不自然に身体を寄せてくる。まるで、斧を隠すかのようだ。そっと耳打ちしてきた。
「ひとまず、後で話すからのう。お前さんは、わかっとるな」
釈然としないものの、テヌフは頷き、身体に巻きつけた布の端に切り込みを入れて裂くと、刃に巻きつけ、つたで縛った。
「ほうほう、なにが来るかと思えば、これはまた」
とガカロはいった。
オオカミが一匹、こちらを眺めていた。