体重計が嘘を吐く(卅と一夜の短篇第13回)
私は太っている。鏡を見られぬほどに。ぶくぶくぶくと、醜い豚のように。
自制が利かず、食べつづけては太りつづけてきた。食べることをやめられない。カロリーの高い料理のほうが、低い料理よりも確実においしい。「カロリー表示を気にするくらいなら、食わなければいい」と、頭のなかの悪魔が囁く。カロリーの高低に食べたいものをえらばないのは、じつにばかげている。痩身信仰。スーパーフード。アンチエイジング。納豆ダイエットと聞けば、棚から納豆が消える。そんな風潮を嘲笑し、私は食べつづけてきた。
体重計に乗る私は、まるで受刑者。日々増えていった目盛り、罅だらけのメモリ。また一キロまた一キロと、私は膨らみつづけていった。「でぶ」。それが私の名であり、それにあまんじてきた。
けれどある日を境に、体重計の目盛りが減っていった。また一キロまた一キロと、日に日に私は痩せてゆく。体重計に乗るのがたのしみになる。
体重がもとの半分くらいになり、とうとう三分の一にまで落ちた。さらにさらに減りつづける。しかし、私の体型は以前とまったく変わっていない。「でぶ」のまま、体重が減少しているのだ。痩せたという実感は、まるでない。そこで私は問うてみる。白雪姫の母親が、鏡と会話したように。
「体重計さん、体重計さん。この体重の減りはどういうことですか? 痩せた感じはしないんですけど」
「それはね……」
体重計がこたえる。
「あなたの存在の重みですよ」
納豆ダイエットはテレビ局の捏造だったわけだけれど、どう考えたって納豆で痩せられるわけがない。バカじゃなかろうかと。
アサイーボウル? あれ、ぜんぜんおいしそうじゃないよね。
美魔女? あいつらの行きついたさきが、エリザベート・バートリだろ。マスコミが「若い乙女の生き血が」とか「胎児の生き胆が」とか言いはじめたら、それに乗りだすんじゃないのか。魔女だけに。
それでいて「ありのぉままでぇ」とかいう歌が流行るんだよね、訳がわからない。