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前編


 先に言っておこう。

 私は前世の記憶を持って、とある王国の王女として転生した者だ。

 前世は日本という国の、女子高生だった。

 アニメ大好き! ゲームも大好き! ファンタジーなら、なお良し!

 さらにさらに、騎士さまが出てくるのなら、大好物である!

 そう! 前世の私は、騎士さまが大好きだったのだ! 主君に忠誠を誓い、女性には優しく紳士に、悪漢には厳しく対処する!

 そんな、そんな格好良い騎士さまが、大好きだったのー!

 ……おっと、訂正。今も好き。凄く凄く好き。現在進行形だ。

 だって、私が転生したのは先に述べた通り、王政のある王国だ。

 つまり、騎士さまが居るのだ。実在するのだよ!

 思えば、高熱を出した四歳の頃。前世を思い出し、私は納得したものだ。

 何故、護衛についてくれる騎士を見ると胸が高鳴るのか。

 どうして、騎士たちから目が離せないのか。

 全ては、全ては。前世から続く、騎士さまへの愛ゆえだったのだ!

 元々、私と前世の人格は似ていたようで、混乱なく記憶は定着してくれた。

 前世の家族は凄く恋しいけれど、今の優しいお母さまや、厳しくとも凛々しさ溢れるお父さまも大好きだし。

 前世の家族を思い出すと、涙が出てしまうが。そういう時には、お兄さまが笑わせてくれる。

 私は、良い家族に恵まれているのだ。

 だから、高校生で亡くなるという親不孝をしてしまったけれど、お父さんお母さん。あと三つ子が生まれててんやわんやだったお姉ちゃん。

 私のことは、心配しないでください。

 私は、今でもあなたたちが大好きです。

 前世で頂いた愛に報いるためにも、幸せを追求して生きていきますから!

 私は拳を握った。

 幸せのための第一段階。専属の護衛騎士さま選びが間近に迫っていた、十二歳の春。マグファーレス王国第一王女である私、エレファ・マグファーレスは気合いを入れている!

 来るべき日のために、私は頑張ってきた。全ての騎士さまに好かれるために、いや好かれるだなんておこがましい! 素晴らしい騎士さまに相応しい王女となるべく奮闘してきた。

 選び抜かれた教師による授業は真面目に受け、もちろん教師たちに敬意を向ける。私を騎士さまに相応しい、立派な王女にしてくれる人たちだ。尊敬しないわけがない。

 そして、周りの人たちには優しく。これ、基本だ。理想の王女とは、分け隔てなく優しいものだ。

 私付きの侍女にも、下働きをしてくれる女の子にも、態度は変えません。皆が居てくれないと、私の生活は成り立たないという思いもある。かしづかれるのに慣れていないということも、あるにはあるけども。

 あ、でも。王族としての所作は守っている。私がなめられたら、お父さまたちに迷惑が掛かってしまうし、王女らしくない言葉使いや仕草を憧れの騎士さまに見られて、幻滅されるのは嫌だ。

 だから、私は美しい所作を心がけつつ、皆には丁寧に接した。

 全ては、尊い騎士さまと並んでも遜色のないように!

 十歳になると、習った刺繍で作ったハンカチなどを教会で開かれる慈善市に出品したりした。

 敢えて王女の作品だと分かるようにしての出品。そうすると、貴族に高値で売れると知ったからだ。

 収益は、孤児院や学校の運営に回されるように手配もした。お母さまに手伝ってもらい、不正がないように目を光らせる。

 と言っても、今の教皇さまは不正などしないお人柄だけど。でも、末端までは分からないし、ね。念のため、念のためだよ。

 大々的な慈善活動が出来るようになるのは、社交界デビューをする十五歳からだ。王族として活動出来るのも十五歳から。大人として認められなければ、何も出来ない。

 だから、私は小さなことからコツコツとやっていくのである。塵も積もれば、何とやらだ。焦りは禁物。騎士さまに相応しくなるためなら、我慢も努力も苦にはならない。

 そんな忙しい日々の癒しは月に一度、騎士さまたちの稽古を見学することだ。

 本当なら、毎日でも見ていたいけれど。警護の面でも時間的余裕を見ても、月に一度が限界なのだ。

 それに王族が見学とか、騎士さまたちにも負担かもしれないとは分かっている。

 でも、私は月に一度は騎士さまの勇姿を見たいのだ。我が儘でごめんなさい!

 そうして、専属騎士さまを選ぶ時期の迫った見学日も、私は目一杯おめかしをして訪れていた。

 と言っても香水やお化粧はしない。匂いが稽古の邪魔になるだろうし、まだ子供だからお化粧も必要はない。

 なおかつ、目立ちすぎる服装も駄目だ。ちらちら視界に入っては、気を散らせてしまう。

 だから、私は限られた条件のもと、精一杯のおしゃれをして見学に挑むのだ。


「は……っ!」

「やあ……っ!」


 今日も、騎士さまたちの訓練所からは剣戟の音が響く。

 はあー! いつものかっちりした騎士服も麗しいけど、最低限の防具を着けたシャツとズボン姿も素敵!


「……姫さま、このような場所。姫さまには似合いませんわ」


 私付きの侍女の一人が、控えめに部屋に帰るように伝えてくる。

 私たちは、訓練所の入り口にひっそりと立っていた。後ろには、本日の護衛に選ばれた騎士さまが二人控えてくださっている。ああ、もう、立ち姿が様になっている。麗しい!

 私は、内心の興奮をよそに、付いてきてくれた侍女二人を見る。


「そのように言っては、駄目ですよ。あの方々は、わたくしたちを守ってくださる大切な存在なのだから」

「ですが……もし、姫さまが怪我をなされたらと思うと」


 侍女たちは、私を心配してくれているのだ。

 それは分かっている。付き合わせてしまっているのも、本当に申し訳ない。

 だけど、分かって! 騎士さまと同じ空気を吸えているだけで、すっごく幸せなの! 今だけ! 今だけだから、ここに居させて! 本当に今だけだから!


「ありがとう、メアリー。わたくしの身を案じてくれて。でも、わたくしは彼らの日々の努力を見たいのです。わたくしにとって、彼らの勇敢な姿は勇気になるのですよ」

「姫さま……」


 私の言葉に、メアリーは言葉を詰まらせる。十二歳の王女が、色々考えていて感動してくれたのだろう。

 でも、ごめん。本音は騎士さまの色気、ハンパねえからもっと見たい、だ。本当に、ごめんね。


「姫さまがそうおっしゃるのであれば、わたくし共に否やはありません」

「ありがとう」


 私は微笑んで、訓練所に視線を戻す。

 ああ、素敵! 素敵! なんて素晴らしいお姿! 皆さま、頑張ってください! 飛び散る汗、尊い!

 私は熱い視線を送り続けた。



 そして、そして、やってきましたー!

 私の専属騎士さまを選ぶ日がー!

 やった! やっほい! うっきうきー!

 髪を結い上げてもらうために、ドレッサーの前に座る。鏡の中の私は、頬が赤くなっている。興奮しすぎたか。


「姫さま、楽しそうですわね」


 メアリーが微笑ましく笑っている。

 私は胸の前で、手を組む。


「ええ! わたくしを守ってくださる騎士を選ぶのですよ。素晴らしいことです」


 ああ、私だけの! ここ、重要! 私だけの、騎士さま!

 候補は、二十代が殆どだという。私に候補の騎士さまについて書かれた書類を持ってきた騎士団長さま曰く、選りすぐりの騎士さまたちだという。

 髪を結ってもらいながら、何度も読み返した書類に目を通す。

 名前もちゃんと覚えた! 尊い騎士さまたちの名前は、文字で記されただけでも輝いて見える。

 ああ、胸が高鳴る!

 騎士さまの年齢は、騎士団長さまがおっしゃったように、二十代が殆どだ。でも、一人だけ十六歳と若い騎士さまが居た。

 新米では、ないと思う。

 第一王女の護衛騎士に新米は推さないはずだ。私としては、初々しい騎士さまも大っ歓っ迎! なのだけど。

 うーん。つまり、この十六歳の騎士であるエスト・シルヴェスタさまは、早いうちから入団を果たし、頭角を現している、と。そういうことだよね。

 ……少年騎士! 大好物! 美味しい! 幼い騎士さま、ごちそうさまです!


「ああ、楽しみです」


 私は、うっとりと呟く。


「姫さまならば、素敵な騎士を得られますわ」


 メアリーの言葉に、私は恋する乙女のように微笑んだ。



 王城の一室で、私は騎士さまたちと引き会わされる。

 これが王太子であるお兄さまだったら、謁見の間で行われるのだけど。

 王太子が居て、私が五歳の頃に生まれた弟が居るうえ、賑やかな場が苦手な王女なのであまり物々しく行わないように、とお父さまが指示なさったのだ。

 感謝感謝である。

 重臣ひしめく謁見の間、苦手なのだよ。


「さあ、姫さま。候補の四名と、騎士団長さまが中でお待ちです」

「分かりました」


 メアリーに促され、部屋の前で待機している衛兵さんに扉を開けてもらい、入室する。はー、ドキドキするー。


「皆さま、マグファーレス王国第一王女エレファさまのご入室です」


 室内に目を向ければ、騎士服に身を包んだ騎士さまたちが敬礼をしていた。

 ああ、皆さま。騎士服お似合いです! 素敵! 素敵!

 興奮してくる気持ちを静め、私は騎士さまたちに微笑む。


「皆さま、楽になさって」


 騎士さまたちが敬礼を解く。

 ああ、皆さま。それぞれに魅力があるううぅ……!

 候補の皆さまの横に立つ、壮年の騎士団長さまも、大人にしかない色気やら渋みが、ああ、駄目、気が遠くなりそう!


「エレファ王女、我が国が誇る騎士団より、選りすぐりの候補たちですぞ」

「はい。事前に頂きました書類を読みましたが、皆さま実力が高く、わたくしにはもったいない方ばかりです」

「はっはっは。慈悲深くいらっしゃるエレファ王女が何をおっしゃるか」

「ふふ、持ち上げすぎです」


 いやいや、もっと誉めて。騎士さまへの私の評価あげてください!

 この日のために、エレファ頑張ったのよ!

 ああ、心なしか騎士さまたちからの視線が優しい気がする! 好感度高い? そうなの?

 控えめに皆さまを順々に視線を向けていくと、私から見て一番右に立つ比較的小柄な騎士さまに私は釘付けになった。

 だって、その騎士さま。仮面を被っているのだもの。白くて、目のところに穴が空いているシンプルな仮面。

 私の視線に気が付いたのか、後ろに控えていたメアリーが口を開く。


「そこの貴方。姫さまの御前で顔を隠すとは、無礼ですよ」


 メアリーの言葉に、小柄な騎士さまは仮面に躊躇いながら手を伸ばす。その動きは美しい。彼は、きっと育ちが良いのだと分かった。私自身が徹底して所作の美しさを身に着けてきたからこそ、彼の内からにじみ出る美しさが理解出来る。所作に目を奪われていたけれど、私はハッと意識を戻す。

 彼は仮面を取るのを躊躇った。仮面を取らせてしまったら、仮面の騎士さまの私への好感度が下がる。それ、駄目! 絶対、駄目!


「メアリー、良いのですよ。わたくしは気にしません」

「しかし……」

「怪しい方を、騎士団長さまが推薦なさるとは思えません。ですから、何ら問題はありませんよ」

「姫さまが、そうおっしゃるなら……」


 メアリーは納得しかねるという風情だったけど、私は騎士さまを優先するのである。ごめんね、メアリー。

 何かを言いかけていた騎士団長さまが、ほっとしたように笑みを浮かべている。

 どうやら、仮面の騎士さまは騎士団長さまに目を掛けてもらっているみたいだ。

 ふむ。よし、決めた!


「では、エレファ王女。順に彼らを紹介させていただきたいと思います」

「はい、お願いします」


 騎士さまたちが、名乗っていく。当然ながら全部、覚えた名前ばかりだ。はあ、騎士さまって名前も素敵。

 最後に、仮面の騎士さまが前へと出る。


「エスト・シルヴェスタです。エレファ王女に誠心誠意お仕えする所存です」


 仮面の騎士──エストさまは、穏やかな声の少年だった。

 エストさまの声を聞いた時には、私はもう決めていた。


「では、姫さま。護衛の騎士を」

「はい」


 私は一歩前に出る。

 エストさまを見つめながら。



「エレファが、彼を選ぶとはね」


 専属の護衛騎士さまを選んでから、数時間後。

 私はお兄さまのお部屋で、お茶を飲んでいた。お兄さまの部屋のソファーはふっかふか! 厳選されたお茶も美味しい! 大好きなお兄さまは、とっても優しくて私幸せ! と、二人のお茶会を満喫していたのだけど。

 お兄さまに、エストさまを専属に選んだと伝えたら、残念そうに微笑まれたのだ。

 お兄さまは金髪碧眼の、正に世の女性が夢見る王子さまそのものの容姿をなさっている。性格も穏やかだ。年は、十四歳だ。あと一年したら社交界にも出るし、お父さまのお仕事も手伝うことになっている。

 そんな世の女性をとろけさせるお兄さまの、微笑みが私に向けられた。うん、妹として耐性が付いてて良かった!


「エストを選んだのは、いけませんでしたか?」

「ああ、いや。エレファが選ばなかったら、私の近衛に引き入れようと思っていただけだよ」


 お兄さまは、困ったように笑って言う。

 近衛騎士を持つことを許されているのは、王であるお父さまと王太子であるお兄さまだけだ。

 ふむ。やはりエストさまは、実力のある少年騎士さまなのだ。人を見る目のあるお兄さまが、目を掛けているぐらいだもの。

 実力があって、気品をも備えているエストさま素敵すぎる!

 とても素晴らしい騎士さまを、私は専属に迎えられたのだと実感する。

 そのエストさまは、今は騎士団の方に他の候補たちと共に戻っている。

 今日はあくまでも選定の日。

 実際に専属騎士さまとしておそばに来られるのは、数週間後なのだ。楽しみすぎて、体が震えてしまう。


「ふふ、わたくしの方が早かったみたいですね」

「そうだね。ふう、あの年であそこまでの実力を持つ騎士は希だから、残念だよ」

「今回は諦めてくださいな」

「……実際のところ、王女としてのエレファは目立っているから、エストほどの実力があるのは良いことだよ」


 お兄さまは真剣な表情になった。

 確かに、私は騎士さまに釣り合うべく、色々やってしまっている自覚はある。

 国民受けも相当良いということも。


「エレファが十五歳になったら、縁談は山のように来るだろうね」

「……そう、ですね」


 結婚か。他国に嫁入りするにしろ、臣下に嫁ぐことになっても。私はこの国の騎士さまとはお別れだ。

 他国には他国の騎士団があるのだし、臣下に嫁入りした場合は騎士さまを連れてはいけない。騎士さまは、国に仕えているのだから。

 うう、我が国の騎士さまは皆、素敵な方ばかりなのに! 見た目だけじゃなく、内面も輝いているのに! お別れしなくては、ならないなんて!

 表情が暗くなった私をどう思ったのか、お兄さまは柔らかく笑う。


「安心なさい、エレファ。我が国の情勢は、安定している。父上も母上も、お前には自由な結婚を望んでおられるよ」

「お兄さま……」

「もちろん、私もね」


 そう言って、片目を瞑るお兄さま。実に様になっている。

 私は本当に、家族に恵まれているんだなぁ。

 でも、私知ってます。

 お兄さまの幼い頃からの婚約者である侯爵令嬢とは、相思相愛であることを。お二人が並んだ姿は、本当に素敵。お互いに想い合っているのが分かるから、なおさら。

 私も、そんな相手が現れると良いなぁ。



 そして、数週間後!

 今日は待ちに待ったエストさま着任の日!

 エストさまは侯爵家出身なのだとか。あの気品の理由が分かり、納得した!

 仮面を付けている理由までは分からないけれど、私の騎士さまになってくださった以上は、誰にも嘲笑させないんだから!

 エストさまは、黒を基調とした騎士服ではなく、深緑色の騎士服で現れた。

 深緑色は、私を象徴する色だ。私の目の色から選ばれたんだよ。

 ちなみにお兄さまは赤。弟のリュードは青。専属騎士は、仕える相手を象徴する色を身にまとうのだ。


「エスト、良く似合ってますよ」

「お褒めにいただき、恐悦至極」


 少しだけ震える声で、エストさまは応える。

 仮面の向こうの表情は分からないけれど、緊張しているようだ。

 まだ、十六歳だものね。私、脳内こんなでも完璧なお姫さま演じているし。


「エスト。気を楽になさってくださいな。今日から貴方が、わたくしを守る剣となるんですよ」

「はい」


 まだまだ硬い声音だけど、私とエストさまの関係は今日始まったばかりなのだ。焦りは禁物。

 エストさまが、右手を胸に当てた。


「私、エストは。エレファ王女の剣となります。生涯を貴女さまに捧げます」


 私は軽く目を見張る。でも、動揺を表に出さないよう全精神力を動員して耐えた。

 エストさまの言葉は、騎士の誓いだ。

 あなただけの騎士になりますという、誓い。

 普通の貴族女性が相手ならば、愛の告白ともなる。

 だけど、王族に対してとなると、死が訪れる時まで守り抜くという意味になる。

 騎士の誓いをした者なら、婚姻先の国にも連れて行けるし、国内の貴族に嫁いだ場合でも側使いとして共にあれる。本当に、特別な騎士になるのだ。

 私が幼い頃から憧れてきた、夢のような場面に今、遭遇している。結果的に王太子以外の王族への誓いは、出世を諦めるのと同義だから。騎士の誓いを立てられるのは諦めてきた。永遠の憧れとして、胸に秘めようとしていたのに……。


「エスト、わたくしに誓ってくれるのは嬉しいです。ですが、もう少し考えた方が良いのでは」


 本当に大丈夫? お兄さまに認められるぐらい実力のあるエストさまなら、この先の出世は充分にあり得るんだよ?

 私なんかのために、棒に振っても良いの?

 そんな思いを込めて問えば、エストさまは首を横に振った。


「いいえ、必要ありません。私は、エレファ王女だけの剣となりたいのです。私をお選びくださった貴女に、誓いたいのです。お許しいただけませんか?」


 仮面の向こうからひたむきな視線を感じた。

 許すも何も、許すよ! 当たり前だよ! というか、光栄すぎて目眩が……!

 騎士さまに誓われるなんて、今まで頑張ってきたご褒美に違いない。ありがとう、神さま! これからも、慈善活動に精を出します!


「ありがとう、エスト。嬉しいです」

「エレファ王女、いえ、姫さま。お許しいただき、光栄にございます」


 ああ、エストさまの声が心なしか弾んでる。私こそ、夢見心地です!

 私に、永遠の騎士さまが現れました。幸せ!



 それから私はエストさまに、常に守られている。専属であり誓いの騎士なのだから、当然だ。

 エストさまに恥じないよう、今まで以上に言動には気をつけている。

 皆に優しく、慈悲深く、そして騎士さまへの愛を貫く!

 エストさまという騎士が、私だけの騎士を得られた幸せを、日々噛みしめて過ごしている。


「エスト、庭園の花が咲き誇っていますね」

「はい、姫さま」


 仮面の向こうから、穏やかな声がして流れるような美しい動きで、手が差し出される。

 今から下りようとしている王宮内にある庭園には、段差があるのだ。転ばないように配慮してくれるなんて、とっても紳士!

 私は内心大喜びで、エストさまの手を取る。


「ありがとう、エスト」

「いえ」


 ちょっと寡黙なところも、良い!

 エストに手を引かれながら、庭園に下りる。季節の花々が咲き誇っていて、とっても綺麗。


「この庭園は、我が王宮の至宝です」


 娯楽の少ない現世。お花鑑賞は、貴重な目の保養。そう! 花に囲まれたエストさまも、目の保養! 堪能せねば!

 エストさまの手にある剣だこの感触、尊い。

 ふふふ、あははと薔薇色の幻想の中でエストさまと笑い合っていると、王宮の方から賑やかな一団がやってきた。


「リュードさまっ! お待ちを!」

「嫌だ! もう、お勉強なんかしたくないっ!」

「そんなことをおっしゃらずに!」


 ……もうっ! せっかくのエストさまとの時間だったのに!

 一団の中心は、弟のリュードだ。まだ七歳だから仕方ないかもしれないけれど、ちょっと我が儘な年頃だ。

 いや、お兄さまが七歳の頃はもっと大人だったぞ。

 リュードは甘やかされてるな。遠まわしにでも、リュードの周りの大人に伝えておこう。もっと厳しくしなさいって。

 エストさまが、私から離れる。

 リュードが私に気づき、庭園に下りてきたからだ。


「姉さま!」


 輝く笑顔でやって来られては、叱れないな。

 私は、笑みを浮かべてリュードを迎えた。


「リュード、いけませんよ。王族たるもの、周りの人々の模範とならなくては」


 私とエストさまの時間を邪魔した罪は重いんだから!


「もはん? 姉さま、難しいです」

「ちゃんとお勉強しなさいと言うことですよ」

「はい……」


 リュードは肩を落とした。私は優しくはするけど、甘やかさないよ。

 リュードは俯き、そして顔を上げる。すると私の後ろを見たリュードは、目を見開いた。

 そして怯えた表情を浮かべて、口を大きく開いた。


「な、なんで、お前が居るんだ! 化け物!」


 エストさまを指差し、叫ぶリュード。

 リュードの視線追った先でエストさまの肩が僅かに跳ねたのを見た瞬間、私はリュードの頬を叩いていた。


「姫さま、何を!」


 リュードの従僕たちが悲鳴を上げる。

 私は、鋭い視線を頬を押さえるリュードや従僕たちに向けた。


「お黙りなさい。リュードは、我が騎士を侮辱したのです。その責は負いなさい」

「で、ですがっ。リュードさまはまだ幼い……」

「年齢は言い訳になりません。リュードは、他者を貶したのですよ。王族としての、誇りはないのですか。わたくしは情けない」


 今まで私は、身内や他人に対して怒りを見せたことはなかった。周りに恵まれていたということもあるし、何より騎士さまに釣り合う人間になるべく努力してきたのだ。

 リュードは、そんな私の努力を忘れさせるほどの言葉をエストさまに向けたのだ。


「姉さま、ご、ごめんなさいっ」

「謝罪はわたくしにではなく、エストにしなさい」


 私の怒りはおさまらない。けれど、エストさまが許すならば、まあ不問にしよう。


「……すまなかった!」


 リュードはそう叫ぶと、後ろを向け走って行く。あっ、こらっ!

 リュードの従僕たちは私に頭を下げると、慌てて後を追う。

 私はため息をつく。リュードの教育について、お母さまにちゃんと言っておこう。

 私は後ろに控えるエストさまに向き直り、軽く頭を下げる。


「ひ、姫さま……っ」


 エストさまが慌てる。

 それはそうだ。

 先ほどはリュードに謝罪を求めたけれど、王族は簡単に頭を下げてはいけない。威厳というものがある。謝罪が出来ないからこそ、なおさら言葉には気をつけなくてはならない。

 リュードに謝罪させたのは、まだ彼が社交界に出ていない子供だからである。私も、そういう意味ではまだ子供なのだし、周りには人影がない。

 だから、頭を下げた。


「弟が失礼をしました」

「あ、頭をお上げください!」


 視線を上げれば、仮面の向こうで軽く息をはくエストさまが見えた。


「……あの子、甘やかされていて。困った子」

「いえ……、リュードさまに不快な思いをさせたのは、私ですから」


 エストさまの声には自嘲が込められていた。


「エスト……?」


 疑問に思い、問いかけるように名前を呼ぶと、エストさまの視線を感じた。


「リュードさまは、私の素顔を知っているのです。醜い、私の、顔を……」

「何を言うのです。エストが醜いなどと……」


 エストさまは、私の騎士になってからひたむきに仕えてくれている。礼儀正しく、理想の騎士さまそのものだ。

 そんなエストさまの所作に、私はいつも見惚れていた。


「姫さま、私は醜いのですよ」


 仮面の向こうで、エストさまが泣いている気がした。

 それほど、声が震えていたのだ。

 エストさまは、仮面に手をかける。


「二年前、リュードさまが訓練所に来られたことがありました。その時、私に仮面を取るようにおっしゃられたのです」

「あの子、そんな我が儘を……っ」


 そもそも、五歳で訓練所に行けたなんて! 私なんか、女の子だからって理由で、一年半前ぐらいからしか見学を許されなかったんだよ! 差別だ!

 私の憤慨が伝わったのか、仮面に手をかけたままエストさまは顔を横に振る。


「王族の方の前で、仮面を付ける無礼を働いたのは私ですから」

「そんな、騎士団長は許しているのです。無礼ではありませんよ」


 騎士団内は、騎士団長さまの領域だ。口を出せるのは、国王であるお父さまぐらいだ。


「姫さま、良いのです」

「エスト……」

「リュードさまに乞われ、私は仮面を外しました。そして、私の醜い顔を見て、リュードさまはお泣きになられたのです」


 リュードが泣いた? 我が儘に育ち、負けん気の強いあの子が?

 困惑する私に構わず、エストさまは話を続ける。


「短い間でしたが、姫さまのおそばに居られて、私は幸せでした」

「何を、言って……?」


 その言い方だと、まるでお別れのようだ。

 事態が呑み込めない私の前で、エストさまは仮面をそっと外す。


「姫さまは私のような者にも優しく、そして私を選んでくださった。私の誓いを受け入れてくれた」


 そう言って完全に仮面を外した顔を上げるエストさま。

 その顔を見て、私は息を呑む。

 まず、目に入ったのは無数の傷、傷、傷。

 エストさまの幼さの残る顔には、縦に横に、痛々しい傷跡があったのだ。


「そ、れは……」


 ああっ、震えるな! 私の声!

 エストさまに失礼だろうっ!

 私の様子に、エストさまの深緑色の目が悲しげに揺れる。


「私は侯爵家の人間です。父はその地位に見合うよう立派に努めています。私は父が誇りです。ですが……そんな父を快く思わない人間が居たのです」


 エストさまのお父さまの弟、つまりエストさまの叔父が爵位を常に狙っていたという。


「叔父は次期侯爵だった私の存在が邪魔だったようです。幼い私をならず者に誘拐させ、そこで私は……っ」


 エストさまの表情が辛そうに歪む。

 その時の恐怖を思い出したのだ。


「エスト、無理をしては……」

「いいえ、いいえ。私は姫さまのおそばにはもう居られません。だから、話を聞いてください」


 懇願に近い声に、私は言葉を呑む。

 エストさまは悲壮感に溢れていた。


「ならず者たちは、私の顔、体を切り刻みました。叔父の不審にいち早く気が付いた父が騎士団に捜索を頼み、直ぐに発見され命は助かったのです」

「そんな……酷い」


 幼いエストさまを傷つけた輩が許せない!

 エストさまは、傷で引きつる笑みを浮かべた。


「姫さまは、お優しい。そして、騎士団の皆も。リュードさまを泣かせてしまい、そして私が王族の方にこれ以上不快な思いをさせないように、と。姫さまの見学日は、私は別で訓練していたのです」


 だから選定の日までの間に、私は一度もエストさまを見たことがなかったのか。

 騎士団の騎士さまたちは、エストさまの心を守ろうとしたのだと思う。

 私は正しい王女であろうと心がけていたけれど、私がエストさまを見て動揺しないとは言い難い。現に、悔やまれることに私は動じてしまった。

 俯く私に、エストさまの優しい声がかかる。


「姫さま。いえ、エレファ王女。貴女のおそばに居られてエストは幸せでした」


 決意に満ちたエストさまの言葉に、私は顔を上げる。


「エレファ王女。私の任は本日を以て……」

「駄目です!」


 咄嗟に私は叫んでいた。

 エストさまの目が、驚きから見開かれる。


「わたっ、わたくしは、許しませんっ」


 頬に涙が落ちていく。

 嫌だ。エストさまが、私の騎士さまでなくなるのが。

 許せない。こんなにも立派で清い心のエストさまを傷つけた存在が。

 そして、悲しくて辛い。私から離れようとするエストさまの決意が。


「わたくしは、エストにそばに居て欲しい……っ!」

「姫さま……、いいのです」

「何が、いいというのですか!」

「私は……醜い。こんな男を貴女のそばには……」


 もうそれ以上は聞いていられず、私はエストさまの手を握りしめた。からんと音を立てて、仮面が地面に落ちる。


「姫さま、何を……」

「エスト、わたくしは貴方が良いのです! 美醜がなんですか! 貴方は何物にも勝る清い心を持っているのですよ……っ」


 涙で視界が揺らめいている。

 だけど、言葉は止まらない。


「私への誓いは嘘だったのですかっ」

「い、いいえっ!」


 即座に否定が入り、僅かばかり安心する。

 これで偽りを口にしたと言われたら、私の心が抉られていた。


「私の誓いに偽りなど……っ」

「ならば、わたくしのそばに居て……っ」


 ぎゅうぎゅうと、私はエストさまの手を握る力を強くする。

 とにかく必死だった。

 傷ついたエストさまを見たくない。そんな一心で、彼を見る。


「わたくしは、エストが良い……っ。わたくしの騎士は、貴方だけです!」

「姫さま……」


 ぽたりと、私の手に雫が落ちた。

 ぽたり、ぽたりと、雫が落ち続ける。

 エストさまだ。

 涙でぼやける視界の中、エストさまが泣いている。


「姫さまは、私でいいのですか……?」


 涙声の問いかけに、私は力いっぱい頷く。


「エストが、いいの……っ」


 恥も外聞もなく、私も涙まみれの声で言う。

 エストさまの手が、私から離れた。

 そして、エストさまは地面に膝をつき、私を見た。

 そっと、指で私の涙を拭う。


「姫さま、こんな私ですが。おそばに置いてください」

「当たり前です……!」


 もう私の中で、エストさま以外の騎士を選ぶ意思はなくなっていた。

 エストさまが、いい。

 自分を恥じて、それでも真っ直ぐに前を見る、そんな彼が良いのだ。


「姫さま、私はもう貴女から離れたりはしない」

「……エスト。ありがとう」


 その日、涙にあふれる中。私とエストさまは二度目の誓いを立てた。


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