00-06(旧) 異世界講座
説明回
16/09/10 誤字修正
17/05/26 魔物生息地として迷宮を追加
17/06/02 風の大精霊様の祝福→風の大精霊様の加護に修正
18/01/08 サブタイトルの変更(旧の追加)
24/05/01 誤字修正
「こんな危険なのがいるって聞いてねーぞ!?」
我に返り、思わず声に出てしまった一声がそれだった。
(うははは、ごめんごめん。伝え忘れてたや。でもでも何とかなったんだし、結果オーライじゃないかな?)
いったいどういう神経しているんだこいつは。
レッドボアに蹴りとばされたり腕を抉られたりはしたが、結果的に息の根を止めることはできた。そしてそのときの出血は今は止まっているし、命に関わるということもなさそうだ。けれども事前に警戒なり準備なりをしておけばここまで痛い目をみることはなかっただろうと思う。ほんと命に関わることなら先にレクチャーしておいてくれ。
俺はイライラした気持ちをどうどうと落ち着かせながら、もう二度とこんな目に遭うのはごめんだとティアから聞いておくべきことに思考を巡らせ始めた。
(質問だ、質問させてくれ。今倒したレッドボアは動物か魔物にあたると思うんだけど、こういう危険なのがこの森には生息しているんだな?)
(うん。基本的に森や山などの開拓されてないような場所は、凶悪な魔物の巣窟になってるよ。ちなみにレッドボアはランクDの8…ええと危険度28の魔物。…どちらにしろこの伝え方じゃよく分からないか。
んと、冒険者組合って組織が魔物に危険度とか討伐困難性をつけているんだ。で、レッドボアは倒せると初級冒険者脱出、晴れて中級冒険者、くらいの位置付けの危険度だよー)
(なるほど、森とかの自然は危険だから、近づかないほうがいいと。そして、ティアは冒険者のぼの字も知らない俺に、そんな格上の危険な相手と戦わせたとね。ふーん)
ついイライラとした感情が言葉に乗ってしまう。実際、戦っている中であと少しで死んでいた場面が何度もあったこと、そしてそんな状況だったのに相変わらずのんびりとした雰囲気だったティアの口調。いらつかせる要素しかないだろこれ。
(その件に関しては改めて謝ります。申し訳ございませんでした)
そんな思いの中、普段のティアの言動からはとても想像できない丁寧な言葉が響き、思わず面食らってしまった。言葉の端々から感じる、真摯な態度と感情。普段のおちゃらけた態度とのギャップもあったのかもしれないが、心の底からの謝罪なのだと理解できてしまった。そんな謝罪を受けてしまっては声を荒げるわけにもいかず、結果俺のいらつきは霧散してしまう。
そして同時に張っていた気も思わず切れてしまい、ふと自分の身体の状態に気づいてしまった。どうやら呆然として座り込む際に無意識に女の子座りになり、そして今までそのままだったようだ。意識してしまった途端気恥ずかしさを感じ、何でもないように膝を抱えて座りなおした。ローブの丈は十分あるので中が見える心配はない。
慣れないティアの言葉と気恥ずかしさを誤魔化すようになんとか声を絞り出した。
(…そんな話し方もできたんだな)
(あはは、必要だからこそ、覚えないといけないこともあったんだよ)
その言葉にこれ以上踏み込んで欲しくなさそうな拒絶を感じ、脱線してしまった話を戻す。
(次の質問。魔物について、どういうものなのか詳しく教えて欲しい)
(おっけー。魔物に分類されるやつらは基本的に凶暴で、魔物以外の存在に対して襲いかかってくるの。さっきのレッドボアなんか問答無用だったでしょ。そして、下位の魔物はほぼ知性をもっていないと言われてる。これもレッドボアと戦ったなら何となくわかるでしょ?)
(ああ、下位の魔物っていうのはどれもああいう感じなのな)
(とはいってもレッドボアはさすがに頭が弱すぎるからね、あれ基準で考えちゃだめ。あの攻撃の威力は、本来もっと上の危険度相当なんだけど、攻撃行動が単純すぎて危険度28なんてつけられてる。同危険度ではあそこまで力が強い魔物はいないけれど、どれもあんな単純単調な頭してないからさ、舐めてるともっと痛い目見るよ。ちなみに上位の魔物になればなるほど強い知性をもつ傾向があるからより注意だね)
(レッドボアよりも凶悪で、さらに知性を持った魔物かー。関わり合いにならないことを祈ろう、うん)
(かなわない魔物からは逃げることだね、戦う相手を選ぶのも重要だよー。
…ええと、そのつぎの話。魔物とは何なのかということなんだけれど、実は解明されていないんだ。動物が突然変異したり、みたいな説はあったりするけれど、どうやら何もない空間から出現したりするらしいのさー。強力な魔物ほど、倒した後に体内から魔力結晶――ええと、魔力が濃縮されて結晶化したものが見つかったりするから、魔力との関係性は指摘されてたりするね)
(魔力結晶……なんだからお金になりそうな響きだ)
お金がないと何もできないのはこの世界でも同じだろう。いや、むしろ魔物なんて存在がいたりするし、お金がないということは割と死に直結するのではないだろうか。
(魔力結晶は薬とか魔道具の材料になるし使えないことはないけど、わたしは冒険者組合の素材買い取り窓口で低品質のものは基本的に売り払ってたかな。あと魔物の皮とかの素材なんかも買い取ってくれるよ。例えばさっきのレッドボアだと、毛皮と牙と肉が買い取り対象かな。ただ肉は腐るのが早いし毛皮を剥ぐのも慣れてないと難しいから、こいつからは牙だけを剥ぐのをお勧めするよ)
売れるということなら後で回収しようと心のメモに書き留める。
(それで、魔物は森や山とかの自然の中にたくさんいるって話だけど、他の場所は危険はないのか?)
(ダンジョン、迷宮、洞窟、森、山、海が主に魔物の生息地だね。だからそういう場所以外は大体安全だよ。草原とか街道とか開けた場所はたまに危険度の低い魔物がいる程度。そういう比較的安全な場所に危険度の高い魔物が出たら、冒険者に依頼が出されたり、街によっては自警団や軍が退治するから安全が保たれているのさー。
後は廃村とか遺跡、誰が立てたんだよ的な建築物とか、遺棄された場所に住み着くこともあるよ。えーとだいたいこんな感じで説明はいいかな)
(街とかの人が住んでるところと街道、草原はそれなりに安全。ただし危ないのも出ることはある。後は大自然とか見るからに怪しいところとかに魔物が住み着いてる。こんなところ?)
(ハナマルをあげよう! いやあ、理解が早いって助かるねー。こんな状態じゃなかったらナデナデしてあげるのに)
(そんなことされたら恥ずかしいわ!元年齢21歳だぞ、21)
(わたしは数百歳だから、子供を撫でるようなものなんだけどな)
今の外見を考えると間違っていないことに少し愕然としてしまった。どう見てもこの身体じゃ子供だもんな。できれば誰かから撫でられるなんて恥ずかしい事態になるのは避けたい。俺の精神年齢的に。
(ええと、それで魔族は人族と敵対してるって話だけど、そのあたりに危険はない?)
(うーん、ないとは言いきれないかな。要は、魔族も人族と同じようにいろんなのがいるってこと。人族にも盗賊とかそういった害のあるのがいるでしょ? 魔族も同じだよ。
ただ、ここのところ大規模な会戦は起きて無いけど、両族は戦争状態だからね。魔族領と人族領の境目あたりで魔王軍と人族連合軍がにらみ合っている状態だから、その周辺は危ないと思うよ。
そこ以外は魔族領も人族領と同じように街とかがあるから、そのうち遊びに行くのもいいと思うよ。うへへ、そういうのは見分けのつきにくい吸血鬼族の特権だよね)
吸血鬼族はなんとも絶妙な立ち位置にいるようだ。まさに童話の蝙蝠のようなどっちつかずの存在。吸血鬼は蝙蝠に変身する逸話もあるし、なんとも言い得て妙な話である。
(ちなみにティアの意識的に人族はどういう存在? どう思ってる?)
(んー、ただの隣人、って感じでどうとも思ってないよ。そりゃ魔族か人族かのどっちかに肩入れすることになるなら魔族を選ぶけどさ、人族の文化も、魔族の文化も好きだからね。魔王様も戦争なんかやめて、仲良くすればいいのにねー)
少なくとも人類の敵ではないようでほっとする。俺も一応今は吸血鬼だけど、元人間でもあるので魔族・人族抜きにしてもできれば人族とは仲良くしたい。
危険に関してはそんなところか。まだ聞きたいことはたくさんあるが、済ませないといけないこともある。ひとまず一区切りか。
(とりあえず先に聞いておきたいことは聞けたから、あとは作業しつつ合間に聞くからな)
あいー、と気の抜けた返事を受けながら立ち上がり、レッドボアの死骸に近寄る。まずは売れるというこいつの牙だ。右手しか使えない状態でなんとかして牙を折ろうと試行錯誤したがどうにもならなかった。なので短剣で牙の根元を抉りとることにした。口を無理やり開くと、ひどい悪臭がして思わず鼻をおさえてしまった。そして顔をしかめながらも意を決して鼻から手を放し、短剣を手に取り左の牙の根元の歯茎に剣先を突き立て、牙を抉り取った。右の牙も同様に抉り取る。
(おお、綺麗に取れたね。この見た目だとちょっと買い取り額上げてくれると思うよ)
そのまま湖へ近づき、牙を洗い、こびりついた肉片をそぎ落とす。こんなこびりついた肉片でも腐ったら残念なことになるだろう。
そしてついでに、再び汚れてしまった身体を洗うことにする。真っ黒のローブは左上腕部に穴が開き、袖とローブの左側にはべったりと血が染みている。さらに地面に叩きつけられたり、踏み込みのときなどに思いっきり裾を地面とこすってしまったおかげでボロボロになっていた。さすがにこの服を着続けるのはちょっとなあ、と思い、そこで見栄えのいい方のローブの存在を思い出す。
(紐みたいなのってある? ティアが着ていたローブを洗濯して干したいんだけど)
(前側のポケットに入ってるはずだよー。そうかー、ふふふふ…)
なぜか忍び笑いをするティアは気にしないこととし、まず二本の木の間に紐を通し、物干しをつくる。あまり背が高くないので、背伸びをしつつ片手で紐を結ぶ作業はなかなか大変だった。一生懸命作業する中、ティアから生暖かい何かを感じたのは気のせいではないと思う。
そして物干しの準備を整えた後、まずは身体を洗うため真っ黒いローブを脱いだ。当然ながらその下のさっき身につけたばかりの下着も血に染まっていた。下着のストックはまだあったのでこの際下着も洗濯することにする。
まず胸に巻いた布をするするとほどく。窮屈に押さえつけていたためか解放された時、つつましい胸を前にしても楽になったという気分の方が大きかった。そしてドロワーズも蝶結びで縛っていた紐をほどいて脱ぐ。こちらの場合は水浴び時のレクチャーが頭をよぎり、顔が熱くなってしまった。真っ赤になった顔をぶんぶんと振りつつ、ブーツを履いたまま湖に浸かり、先に身体とブーツについた血を落とす。そして周囲の水がうすく血の色に染まってしまったので少し場所を移し、今度は見栄えのいいローブを右手と両足を駆使してごしごしと洗う。そこにはきらきらと輝く金色の長髪を揺らしながら、ブーツだけを履いたほぼ全裸の少女が洗濯をしているという謎の光景が広がっていた。
ちなみにブーツを履きっぱなしの理由は、また魔物に襲われた時に裸足では不安だと思ったためである。そして短剣は常に拾い上げられる位置に置いてある。
(このローブも基本的に頑丈だけれど、ボタンのついてるとこだけ気をつけて洗ってね)
へーい、と気の抜けた返事をしつつ、ある程度洗ったところで引き上げ、なるべく水を絞る。そして常に拾える位置に置いておいた短剣を拾い、物干しへ行き、見栄えのいいローブを干した。
ずっとほぼ全裸なのが気になって仕方ないのだが、左手が使えない以上洗濯しようとすると全身が濡れてしまうので、こうするしかないと自身を無理やり納得させる。
(大自然の中を全裸の可憐な少女が駆けるって、絵になると思わない?)
危ない、少し同意しかけてしまった。突然何を言いだすのこのひと。
そして再び、残りのローブと下着を洗うために湖へと行く。洗濯する途中、暇だったので質問を再開することにした。
(なんか間が空いて聞きにくいなあ……。で、俺は何でそんなレッドボアとかいう凶暴な、それも格上の相手と殺し合いをさせられたのかな。偶然とは言わせないよ)
(……簡単な話、この世界は弱肉強食だからだよ。リョウがいた平和な世界と違って、この世界では強くなければ簡単に死んでしまうんだ。だから、経験を積んでもらおうと思った。そして――)
ニヤリ、と笑みを浮かべたような雰囲気。
(格上と戦うことで、才能は開花しやすい。現にリョウは、さっきの戦いでおそらく身体加速の技能を手に入れることができたはずだよ。もちろん、ちゃんと調べてみるまで確定ではないんだけどね)
身体加速と呼ばれた技能とかいうものは、おそらくレッドボアと戦った時に起きた、あのスローモーションの現状のことを言っているのだろう。あれが戦闘で自由に使えれば、ぐっと生存確率が上がると思う。今後も魔物と戦うこともあるだろうし、手に入れた経緯はどうあれ密かに感謝するリョウだった。
ドロワーズを洗い終え、前もって水をかけてきれいにしておいた岩の上へ置く。そして胸に巻いていた布へと手をかけ、次の質問をする。
(次の質問。身体加速ってやつは技能だって話だけど、そもそも技能って何?)
(技能というのは特別な力のことで、技能を持っているということは特別な力を使える、ってことだよ。
技能は今の分類だと三種類に分けられてる。
まず一つ目は先天的技能。これは生まれた時から持っていたものと、種族的な特性をまとめたものかな。種族的なものは、たとえば吸血鬼族なら吸血系の技能と急速回復系の技能だね。たぶん、リョウもこのふたつは持っているはずだよ。そして生まれた時から持っている技能はゴミみたいなものからぶっ壊れた性能のものまで千差万別、完全にランダム。選ぶことができないって点でこれまで幾人もの人を泣かせた罪深い存在だね。
二つ目は後天的技能。これは日々の努力によって手に入ったり、極限の戦いで開花するものが分類されるよ。これもショボいのから強力なものまでなかなかに種類が多いけど、どんなものがあるか知っていて損はないと思う。ちなみに身体加速は上位の剣士がよく持ってる技能だね。あとは術師の適正の目安になる得意な魔術系統が技能に分類されたりするよ。
そして三つ目は与えられた技能。これは上位精霊や上位存在から与えられることで手に入る技能だよ。これは滅多にお目にかかれない上に、強力なものばっかりという話らしいよ)
(ふむふむ、つまりただ体を鍛えたりするだけじゃなくて、強力な技能を手に入れるのを目指した方が強くなれる認識であってるか?)
ちなみにレッドボアとの死闘の影響なのか、それとも強くなければ簡単に死んでしまうというティアの言葉を受けてなのかは分からないが、リョウの心の中に強くなりたいという欲求が芽生え始めていたのはまだ誰もあずかり知らぬところであった。
(大体はね。でもせっかく手に入れた技能でも、それに習熟していないと宝の持ち腐れだからね。実際、身体加速中でもひやっとする場面があったでしょ? だからそのあたりは臨機応変に鍛えていくしかないね)
実体験から学んだことは大きい。過信ダメ、絶対。標語のようなどうでもいいことを考えながら、洗い終えた帯状の布をドロワーズと並べた。ちなみに血痕は落としきることができず、ドロワーズと布は生地が白かったせいで褐色の汚れが目立つように残ってしまっている。洗剤が欲しいところだ。
ボロボロになったローブに手をかけ、湖につけながら次の質問へ移る。
(次の質問は魔術についてなんだけど…)
質問を遮るかのようにティアの声が頭の中に響く。
(魔術については、ある程度落ち着いてからじっくりとレクチャーしようと考えてるから、今は知っておくべき最低限の知識だけ教えておくね。
魔術は魔力を呼ばれる力の源を使って、いろんな現象を起こすこと…かな。ええと、それで魔力は個人で持てる最大の量――最大魔力がそれぞれ決まっていて、その多さも才能なんだよ。そして当然最大魔力が高ければ高いほどばんばん魔術を使えるわけで、それだけいろんな点で有利ってこと。
ちなみにこの身体はあの身体を乾かす魔術一発で限界だったけど、まだまだ最大魔力は伸びしろがあるからね、じっくり伸ばしていこう。
そうだ、これも伝えておかないと。所持魔力は眠ると急速に回復するから、 毎日できるだけしっかり眠るようにすること。今くらいの最大魔力だと、一睡どころか一眠りするだけで全部回復するはず)
(うん、だいたいわかった。あと、これはちょっとした想像の質問なんだけど、魔術は相手を攻撃するもの、地形に影響を与えるもの、天候に影響を与えるもの、傷を癒すもの、身体能力を強化するもの、相手の攻撃を防ぐもの、幻覚を見せるもの、洗脳するもの、空間を跳躍するもの、日常生活で簡単に使えるものはある?)
ゲームや漫画の知識を元に、思いつく限り列挙する。魔術講座は落ち着いてということだからまだ先になりそうだし、せめてどういう魔術が存在するのかを把握しておくだけでもためになるはずだ。
(どれもあるよー。ただ、今挙げた中で洗脳するもの――闇魔術と空間を跳躍するもの――空間魔術は適正持ちは少なくて、さらに空間魔術は難易度が桁違いだと補足しておくね。
魔術はほぼ万能だと思ってくれていいよ。もし既存のものに無ければ新しく自分で作ればいいからね。ちなみに水浴びの後に身体を乾かしたあれは私のオリジナルだよ)
(あー、つまり自分専用に作ったから、日常生活に使う魔術なのに消費魔力が大きいなんてことになってたのか)
(ぐぬぬ……儀式前に術式をもっと詰めておくべきだった……)
割とくやしそうなティアの声が響く。アレ、便利だもんな。髪までつやつやになるし、気兼ねなく使えるようになりたいなあ。
ばしゃばしゃとボロボロなローブをすすぐ。湖の水の色の変化がだいぶ薄くなってきたから、もう少しで完了だろう。
(えーと、次の質問。レッドボアを倒すとき、短剣を探すのに使ってた魔術が今までのとは違う感じがしたんだけど、どういうことをしていたの)
その質問に突如ティアのテンションが急上昇した。
(ふふふふ、気づいてくれたか! あれはいろんなところをぽわぽわと漂っているまだ力の弱い精霊さんの力を借り、わたしの血脈の力で精霊さんを強化して手伝ってもらったのだ! 初めての組み合わせの術式で構成と準備に手間取ったけれど、おかげで魔力消費を極小に抑えて目的を達成できたのさ。うはははは、避けられるリスクなんて怖くないのさー)
(なるほど、気のせいかと思ってたけど、どうりで魔力が減ったように感じなかったのか)
しばらくティアの反応がなかったのはこの準備をしてたからなのだろう。そして負うしかないと思っていたリスクを負うことなく戦闘に望むことができた。まさにティアのおかげだったのだ。
(うむ、感謝してもいいのだよ?)
(ああ、ありがとうな。あの時は本当に助かった)
(……! べ、べつにどうってことないのよ…)
照れたようなその言葉に、少し頬が緩んだ。
(次の質問。何回かその単語に聞き覚えがあるんだけど、血脈って何?)
(血脈というのは、先祖代々生まれ持った血にかけられた祝福のことだよ。ちなみに我がフォンベルクには風の大精霊様の加護がかけられているのだよー。ふふん)
代々生まれ持つ技能みたいなものなのかな。血脈がうんたら、という感じで魔術を使ってたし、魔術に関わる力のことなんだろう。
(んんと、魔術に関わるような力、ってことで合ってる?)
(半分くらい正解。実際はもっと多岐に渡る力なんだ。でも、身体がこんなことになってるせいかかなり血脈が薄く――ええと、力が弱くなってるんだよね。でも行使できるだけで十分ありがたい話だよ)
ボロボロのローブも洗い終え、下着と一緒に物干しのところまで運び、干す。日は既に沈みかけており、明日までになるべく乾きますように、と手を合わせる。
そしてある程度身体は乾いていたので、替えの下着を身につける。今さっきまでつけていたものと変わりはない、白いドロワーズと白い帯状の布。
そして、その上に着るものがないことに気づいてしまった。
(あれ、これってもしかして、明日まで下着姿で過ごすことになるのか)
(うん、ローブ全部洗っちゃったからね、堪能し放題だよ)
身体感覚の流路を今後オンにすることはないだろうと心の底から思う。
(とりあえず夜も近いし、一旦遺跡へ戻るのがおすすめ。ベッドを設置した部屋があるから、そこで休めるよ)
(思うんだが、遺跡内に魔物が入ってくるんじゃないのか)
(この遺跡は魔物避けの結界が張られてるから、安心して休むといいよ)
そして再び古代文明遺跡に戻ってきた。滞在しているのは目覚めた部屋とは別の部屋だけれども。部屋にはまるで場違いのような、木のフレームで部分部分装飾が彫られたベッドが存在していた。もちろん敷布団と薄手の掛け布団も完備されている。
(どう見てもこの石造りの遺跡に場違いなんだけど、これ)
(このベッドだけ私が設置したんだよ。さすがにしばらく過ごすのにこんな床じゃとてもじゃないけど寝ていられないからね。それにしても、いやー、こんなことに空間魔術を使って、さらに魔力枯渇寸前になったとか、今考えるとわたしアホだな)
ティアの残念さにいたたまれない気持ちを抱きながら、下着姿でベッドに腰掛け、びしょびしょのブーツをようやく脱ぎ、逆さに立てかける。そしてごはん代わりにティアお手製のビスケットを食べる。濃厚さとほんのり感じる甘みにささやかな幸せを感じながら、水筒の水でのどを潤した。
そして五枚で満足する身体。相変わらず燃費がいいなあ、と思いながらベッドへ横になる。そこで、左腕の傷をむき出しにしたまま寝てしまえば、ベッドが悲惨なことになることに気づいた。せめて何かを巻いておこうとカバンの中を漁ったが特にめぼしいものは見つからない。(なお、カバンに突っ込んでしまったティアがつけていた下着はなかったことにしている)
そして仕方ないか、と胸に下着代わりに巻いてある布を二巻き分短剣で切り取り、それを包帯代わりに傷口に巻きつけた。これでひとまずはマシになるだろう。
ようやく思い切りベッドでくつろぐ。思えばあまりに濃すぎる一日だった。
そしてティアと他愛もない雑談をしながら、ごろごろと転がったり、掛け布団をぼふぼふさせて感覚を楽しんだりした。
ちなみにここから一番近い街は、森を抜けた後、徒歩三時間ぐらいのところにあるらしい。森を抜ける時間込みで考えると、日が昇った頃に出発すると、日が傾きだした頃に到着するだろうとのこと。
こんな魔物の住む危険な場所なんて速攻立ち去って、安全な場所に行きたいものだ。
そんなこんなしているうちに眠気を感じ、うつらうつらしてきた。
明日は一日中歩くだろうし、魔物にもまた遭遇すると思う。当然短剣を振るうことになるだろうし、ティアにも魔術をお願いすることになるはずだ。
何か技能が手に入ったとはいえ、俺は昨日始めて武器を握った素人である。まだ攻撃に直結する魔術は見たことがないものの、魔術が使えるティアがいるというだけで妙に安心感があった。そして次からはあの身体を乾かす魔術だけは封印してもらおう、うん。
そんなことをぼんやりと考えながら、そのまま眠気に身を任せることにした。
そして、意識が落ちる寸前という絶妙なタイミングでティアが爆弾発言を投下しやがった。
(そうそう、伝え忘れてたや。今回の件で思いっきり血脈の力使っちゃったから、しばらく魔術使えないのでがんばってね!)
安心感とは一体何だったのか。明日も大変な日になりそうだな、とどこか遠く感じながら、俺はそのまま眠りについた。
さじ加減がむずかしいね。
次話は16/08/13 18:00予定です。