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自由奔放な吸血鬼  作者: 望月すすき
序章(改稿後2017~2018)
48/48

01-02 妖精の囁き亭にて

 一行が冒険者組合を後にしたとき、日は沈み、辺りは外灯の光に照らされていた。空には星が(またた)き、欠けた青白い月と共に空を飾っている。

 アヤの紅の瞳は月を映し爛々(らんらん)と輝いていた。すっかり胸が(おど)ってしまっているのは、月の光を浴びると本領を発揮するという吸血鬼族の種族特性(ゆえ)であろうか。

 身体をうんと大きく伸ばすと、様変わりした街並みに視線を巡らせる。(あい)も変わらず見慣れない光景であるが、昼間とは違った情緒がある。酒場では今日の仕事を終えた者共が酒を掻っ食らい、騒がしい声を通りへと響かせている。


 やがて西の宿が集まった区画にある、二階建ての木造の建物へと辿り着いた。妖精が飛び回る様子を模した看板が、外灯の光を鈍く反射している。


「さて、ここが私達の泊ってる宿、『妖精の(ささや)き亭』なんだけど――」イルミナは少し声のトーンを下げる「本当に大丈夫? 一泊銀貨一枚だよ?」


 妖精の囁き亭は中級冒険者以上ご用達の宿で、それなりの強気な価格設定の割に利用者の間からは人気が高い。実直に理由を述べるのならば、部屋にシャワーがついていて、ごはんがおいしい。

 シャワーに関しては言わずもがな、普通身を清めるのには水属性の魔術で水を出したり、井戸で水を汲む必要があり、その手間が省ける。

 ごはんに関しては、そもそもエガード王国は質実剛健を()としており、手の込んだ料理をするという文化がないのだ。良く言えば素材を生かした素朴な味、悪く言えば大雑把な味。それが外の国から来る者にはとても評判が悪いのだ。何が楽しくて態々(わざわざ)宿に泊まって固パンと干し肉のスープのような味気ない食事をとらねばならないのか。妖精の囁き亭の主人は元冒険者であり、そのあたりのニーズを実に捉えていた。


 アヤの所持金を案じるイルミナであったが、アヤは「お試しで一泊するだけなので」と笑いかける。お金を幾ら持っているのかは数えていないから分からないが、ミスリル貨があるので少なくとも銀貨二百枚分はある。先の冒険者組合でレッドボアの牙とゴブリンの討伐報酬で銀貨二枚と大銅貨七枚になった。もしレッドボアの毛皮や肉を持ち帰っていたならばさらに値がついただろう。無駄遣いはできないとはいえ、今のところ銀貨一枚支払っても収支はプラスなのであった。


 戸をくぐれば、髭を蓄えた中年の男性が、一行を迎えた。その身体のいたるところには傷跡が刻まれており、歴戦の古兵(ふるつわもの)のような雰囲気を漂わせている。宿の名前のファンシーさの欠片もなかった。アヤの身体に自然と緊張が走るが、そんな様子を露知らずイルミナが軽い調子で男に話しかけた。


「やあおっちゃん、帰ってきたよ!」

「おう、イルミナか。ハイエムもカイも居るな、今回も無事だったみてえだな。……それでそこの嬢ちゃんは? また新しい依頼か?」

「違うよー。今日冒険者になったばかりの新人ちゃん。お勧めの宿ってことで案内してきたの」

「がははは、そうかそうか。俺ぁメイナードっつって、この宿のオーナーだ」


 その見た目とは裏腹に人懐っこそうな笑みを浮かべるメイナード。アヤは肩の力を抜くと、名乗り返した。


「アヤ・ランバスといいます」

「おう、よろしくな。うちは大部屋はなく、個室だけだ。その辺はイルミナから聞いているか?」

「ええ。お試しということで、まず一泊をと」

「あいよ。銀貨一枚だ」


 アヤは銀貨と引き換えに鍵を受け取る。続いてイルミナも鍵を受け取っていた。トライラントは妖精の囁き亭を定宿(じょうやど)としており、料金を(まと)めて先払いしている。


「見て分かると思うが、メシは左にある食堂だ。朝は三の鐘から、(しま)いは(つい)の鐘までだ。連泊するのならまた朝にでも言ってくれや」


 アヤがお礼を言い一旦部屋に行こうとすると、イルミナに呼び止められる。


「ね、ね、折角だから一緒にご飯食べよう? 奢ってあげるからさ」


 イルミナが茶目っ気を含ませてウインクを飛ばした。アヤは少しだけ考えた後、頷き返した。この後は部屋で冒険者証を眺めようと思っていただけで、特にこれといった予定はない。それに、せっかくできた繋がりである、ちょっとしたものでも良いので情報を得たかった。どうにもティエリアの言葉だけを鵜呑みにするだけではいけない気がする。


 イルミナはハイエムとカイに荷物を頼むと、アヤとふたり席の確保に向かう。この宿の食堂(けん)酒場には宿泊客以外の客も訪れるため、早めに席を取っておくべきなのだという。

 席は既に半分ほど埋まっていた。食欲を誘う匂いが鼻腔をくすぐる中、一角にある丸テーブルを確保する。早速とばかりにイルミナがエールを四人分注文した。水質の悪い地域では当たり前のように水で薄めたお酒が飲まれているのだから、年齢制限というものは存在しない。


「アヤちゃんは何か食べたいものはある?」


 イルミナに壁に貼られたメニューを指さす。が、当然の(ごと)くアヤにとってメニューはよく分からない物ばかり。奢ってもらうという手前もあり、イルミナに任せることにする。

 部屋に荷物を置いたハイエムとカイが合流し、丁度いいタイミングでエールが運ばれてくる。イルミナが木のジョッキを持ち立ち上がると、音頭を取った。


「では、今回も依頼の成功と、アヤちゃんの冒険者登録を祝って、かんぱーい!」

「「「乾杯!」」」


 掲げられた木のジョッキがコツンと音を立ててぶつかり合い、中の琥珀色のエールが(おど)った。

 四分の一程を飲み、アヤは「はふぅ」と息をついた。芳醇ほうじゅんな香りに、雑味が混じる手作り感の溢れた、悪くない味であった。


 イルミナが「ぷはぁー!」と音を立ててジョッキを置いた。一気呑みしたようで、すぐさま次のエールを注文している。ハイエムは「ほどほどにしておけよ」とイルミナを諭しつつジョッキを傾け、カイは静かに飲んでいる。飲み方にも性格の違いが出るなあとアヤはジョッキを傾ける。

 各自思い思いにお酒を楽しんでいると、料理が運ばれてきた。()かした芋、ごろごろと具の入ったスープ、鶏肉の香草焼き、兎肉のステーキ。アヤのジョッキは直ぐに空き、追加でミードというものを注文してみた。蜂蜜から造られたお酒で、口当たりの良いやさしい甘さがあった。


「そういえば――」


 一行が料理とお酒に舌鼓を打っている中、イルミナの声。


「アヤちゃんって貴族だったりするの?」


 あけすけな質問にハイエムが(むせ)た。アヤの白い肌、使い込まれていない手、つやつやの髪、デザインに凝った衣服は全くもってただの平民らしくなかった。そんな風体(ふうてい)の子供が一人で冒険者になるなど、何か深い理由があるに違いないと考えていたのである。ある意味では正解、また別の意味では全くの誤解であった。


「まさか、そんな訳ないですよ」


 アヤは一笑すると、兎肉のステーキを切り分け、小さな口に運んだ。淡泊な味にグレイビーソースの濃厚な味がよく絡む。アヤからしてみれば、元の世界のごく普通のマナーで食事をとっているのだが、平民は普通、もっと豪快に食べるものであった。ハイエムは平民であるので貴族のマナーは知らない。だが教養が感じられるそれに「嘘つけ」と心の声を漏らした。


「そうだったんだー。お嬢様然してるから、てっきりね」

「あははは、私がお嬢様だなんて、ありえません」


 ――そもそも性別からして違うのに、お嬢様て。

 心外だとアヤはきっぱりと言い放つが、全くもって伝わっていなかった。向けられるのは変わらず疑惑の目だ。


「そのジュリアみたいな言葉遣いは?」

「それは知り合ったばかりですからね。こうやって丁寧に話すものじゃないんでしょうか?」

「ないない、そんな口調は頭の固い連中だけだよ」

「そっか。そう――なんだ」

「おぉ、いいねいいね。あたしはそっちの方が好きだよ。親しみやすそうな気がする」


 アヤの中にある人族共通語の知識では、先に丁寧な方の言葉が出てくるのでそのまま話していたのだが、イルミナの口ぶりから相当浮いていたようだ。下手に目立ってもいいことなどない、とアヤは即座に言葉遣いを直すことに決めた。


(ぷくく、()()が、お嬢、様……うははははっ、あー、おかしい)


 そして勘違いされた内容が内容なだけあってか、ティエリアは笑い転げていた。言語知識はティエリアが持っていたものを丸々コピーしたような形なのだから、どうしてもティエリアが使っていた言葉に似てしまうのは仕方がないのに。睨みつける感覚を送りつけるが、逆に笑い声が大きくなった気がする。

 アヤは憮然(ぶぜん)とした表情でミードを呑み干すと、次の酒をと火酒というものを注文してみた。既に気分がふわふわしている。体質かそれとも肉体年齢が若い所為(せい)か、この身体はそれ程お酒に強くないようだ。


「アヤちゃんってお酒強いの?」

「そこまで強くないと思う。酔いが回ってきてる」

「そっかー」


 イルミナはおざなりに言いつつジョッキに口をつける。彼女は既に五杯目、ペースを考えて呑んでいるのだろうか怪しい。蟒蛇(うわばみ)であるならば僥倖(ぎょうこう)、悪酔いするのならばさっさと退散したいところ。なんだか嫌な予感がするのだ。


「火酒は酒精がかなりきついぞ?」

「……一口飲んてみて、駄目そうなら水で割るよ」


 果たして出てきた火酒は、文字通り喉が火に焼けるようなものだった。アヤは()き込み、喉をさする。目の端には涙まで浮かべている。


「――先にどんなお酒か聞いておくべきだった」

「代わりに飲んであげようか?」

「……注文した以上、ちゃんと飲むよ」


 アヤは水を注文すると、火酒を割り恐る恐る口を付ける。酒精が丁度いい案配になった火酒にほっと息をつく。

 そんな様子にイルミナはくすりと微笑すると、ジョッキを(あお)った。


「トライラントの皆はどうして冒険者になったの?」

「それは勿論、魔物をぶち殺すためよ!」


 持っていたジョッキを音を立てて置き、強く言い切るイルミナ。その目は仄暗(ほのぐら)い光を(たた)えている。和やかな様子から打って変わった彼女の豹変(ひょうへん)ぶりにアヤは目を丸くした。ハイエムは肩を竦めてみせると、補足を加えるように言葉を口にした。


「誰しも魔物は敵視してるだろうけど、イルミナは特に確執があってな。俺は冒険者になるのが一番いいと判断したからだ。カイは――」

「剣を極めるため」

「――そういうこと。俺達は同じ町出身の幼馴染み同士でね、その(えん)でパーティを組むことにして、今に至るって訳だ」

「ははぁ、なるほどー。特別仲が良さそうに見えたのは、幼馴染みだったから」


 アヤはやや大げさに納得してみせた。イルミナの剣呑な雰囲気に、深く聞くのは(はばか)られたのである。イルミナはバツの悪そうな表情を浮かべると、悪くなってしまった空気を換えるように、やや上擦(うわず)った声でアヤに質問した。


「アヤちゃんはこの街で暮らしていくつもりなの?」

「いや、世界中を巡るつもり。でもある程度の実力がつくまでは、この街にいる予定。力が足りなくて、死ぬのは嫌だから」

「そっかそっか。じゃあ先輩として色々と教えてあげるよ」

「……いいんですか?」

「うん、アヤちゃんみたいな可愛い子なら大歓迎だよ!」

「ええと、よろしくお願いします」


 少女の姿とはいえ、中身は男子大学生の身。アヤは“可愛い”と言われることに困惑を覚えつつも会釈(えしゃく)した。


「よーし、魔物を殺し尽くすことを目指して、頑張ろうね!」


 物騒なことを言ったイルミナはニカッと白い歯を見せた。



 お酒の席は皆が揃って楽しめるのが一番よいのではあるが、そうはならない場合も存在する。この場で割を食ったのはアヤであった。彼女はべろんべろんに酔ったイルミナの膝に抱かれ、身を縮めていた。


「うりうり、うりうり。はぁアヤちゃんのもちもちほっぺ可愛いよぅ」


 頬をぐりぐりとされるアヤは助けを求めハイエムへと視線を向けるが、手遅れだと言うかのように首を横に振られた。

 嫌な予感は的中せり。がくりと肩を落とすアヤに憐れみの視線が向けられる。世の中は弱肉強食、猛獣と化したイルミナの前では男二人は赤子のようだった。


「こうなるとイルミナは手がつけられなくてな。なんというか、すまん」

「寝落ちするまでの辛抱だ」


 イルミナの可愛いもの好きという“病気”を知る冒険者は多い。この宿のオーナーの主人には幼い一人娘がいるのだが、その面倒を見る姿はよく目撃されている。アヤが抱きかかえられているところで日常の延長の出来事であった。変わっている点と言えば、アヤが息を呑むような風貌をしているという点だろうか。それでも冒険者たちの感情は微笑ましさが大半を占めているようで、それを酒の(さかな)にしている者までいた。

 要するに。アヤは孤立無援であり、(しばら)くの間イルミナのおもちゃになったのだった。




 *―――――*―――――*




 借りている部屋に入ったアヤは、ふらふらとする足取りで即座にベッドへぼふんっと転がった。

 酒に酔っているというのはあるが、なにより気疲れがひどい。少女になってしまったことで色々と大変な目に遭うというのは覚悟していたが、女性に抱きつかれるというのは想定外であった。今後は酔ったイルミナに近づかないようにすることを決めた。


(ひと眠りする前に、冒険者証の確認だけは先に済ませておこう。さあ、取り出した取り出したっ)

「はいはい、確認ねー……」


 アヤは重い身体を転がしたまま、手だけでカバンの横ポケットに入れた袋を漁り、中から冒険者証を取り出し、目を通す。


|アヤ・ランバス 女性

|ランク:F

|所在地:なし

|年齢:10歳 出身地:不明

|生誕日:不明

|登録日:ドラク歴36年1月23日

|交付日:ドラク歴36年1月23日(一年間有効)

|賞罰:なし

|技能:

| 吸血(眷属化・隷属化) 血の導き

| 急速回復(生命力) 相対加速

| 魔力適正(火・水・風・土・闇・空間)

| 自由奔放 リピカ適正


 黒い字で書かれた文字が並ぶ中、自由奔放とリピカ適正の文字だけが薄く灰色で記載されている。


(吸血鬼族の種族技能に……お、見込んだ通りちゃんと『相対加速(アクセル)』が記載されてるね。魔力適正は確認した通りで、加えて空間属性がある、と。……自由奔放? む、リピカ適正と同じく灰色かぁ)


 ふむふむとティエリアが記述されている技能を読み上げていく。

 名前から賞罰までの表面に記載されている項目は理解できる。だが裏面に記載されている技能について、アヤにはさっぱりだった。辛うじて魔力適正が魔術で使えるという属性を表しているのだけは分かる。吸血のところにロクでもなさそうことが書かれているのも。


「てぃあー? これってどういう意味?」


 アヤはふわふわとした口調でティエリアに聞いた。

 吸血と急速回復、血の導きは吸血鬼族の種族技能である。吸血は血液によって精を得るだけではなくて、力を注ぎ込むことにより支配したりできる。急速回復は傷の治りが早くなる技能で、血の導きは血を操り武器を作り出したりする血操術の基となる技能だ。

 魔力適正は扱える魔力の属性を示しており、行使できる魔術の種別に関わるものだ。

 そしてティエリアによると、自由奔放とリピカ適性については分からないという。リピカ適性は割と持つ者が多いという謎の技能で、(すべから)く灰色の文字で記載されるという。自由奔放に至っては見たことも聞いたこともないらしい。


「ふーん。まあ分からないならどうしようもないよね」

(リピカ適性は古くから謎とされてるんだ。たぶん自由奔放も似たようなものなんでしょ)

「そっちは言葉の意味だけは分かるけどね。……あ、そうだ。教えてもらった通り、書き込まれた技能消しておかないと」


 アヤは人差し指でそっと冒険者証に触れ、『隠れよ(スクリーチ)』と唱えると、書き込まれた技能の文字が掻き消えるように消失し、「わぁ」と声を上げた。

 血液による所有者登録、古代の遺物である識者の石による書き込みとキーワードによる消去。アヤにとってこの世界は不思議に溢れている。


(フォアグリムには慣れそうかい?)

「不思議なことばかりで目が回りそう」


 ティエリアから苦笑するような気配が伝わってくる。慣れるまで時間はかかるだろうが、慣れざるを得ないだろう。アヤはこれからこの世界で、この身体で、長い年月を過ごすことになるのである。

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