01-01 交易都市アルレヴァ
内容は旧01-01、01-02、01-03をこねくり回したようなものです。
そろそろ原型が怪しくなってきました。
18/05/27 イルミナの一人称を私→あたしに修正
18/06/01 ランクF+になっていたのをランクFに修正
エガード王国領南部の街アルレヴァ。王都に次ぐ大きさの街にして、グラント王国及び【マイス聖王国】の三国の中心に位置する、人族領北部交易の要である。北の山脈から南南西に流下する【ロールス河】に接することもあり、陸路だけではなく船路の往来も盛んである。都市中心部は高く聳える城壁に囲われており、街門は街道に貫かれるように北と南、そして河と荷をやり取りする西の三か所に存在している。
城壁の周囲には畑が広がっている。その大部分の作物は植えられてから日が浅いようで、土色の面積が多い。所々固まるようにして農民の住む掘っ立て小屋のようなボロ屋が建っており、村が点在しているようにみえる。
西門の向こうの大河には数多の船が往来している。陸から延びる桟橋にも多くの船が停泊しており、荷が下ろされては馬車に積まれ西門へと運ばれていく。逆も然り、荷が積まれていく船もある。
アヤ・ランバスと名乗る少女は金糸のようなブロンドの髪を靡かせながら、アルレヴァの北門が見渡せる小さな丘の上に立っていた。視線の先は北門に並ぶ人々の列。城壁といい、列に混じる馬車といい、その光景は彼女に此処が日本とは違う場所であるということをはっきりと突きつけていた。だが既に魔物との命の奪い合いという熾烈な体験をした身だ、愕然とする感情はとうに過ぎており、ただ観光地を訪れた旅人のように見入っていた。
(入街審査かぁ。ティアは街に行くときいつもどうしてたの?)
(『空隠れ』っていう姿を隠す魔術でちょちょいと。……使うかい?)
(……うん、お願い)
あっけらかんとまともな手段で街に入っていなかったと言うティエリアに、アヤは呆れを含ませながらも了承の意を伝える。列に並び審査を受ける煩わしさ、そして万が一警備兵に吸血鬼族だと見抜かれるリスクを考えると、ティエリアの採っていた手段はあながち間違いではないように思えたのだ。
少女は水を掬いあげるように前方へと右手を伸ばすと、小さな口を開き柔らかな声で魔術を行使するために呪文を詠唱しようとするが――
「光よ、我が望む――」(――だめみたい、光の適正が無いっぽい)
(適正?)
(人によって扱える魔力の【属性】が決まってるのさ)
魔術は火や星など属性という性質を持つものがある。そのうちの火、水、風、土、光、闇の属性はフォアグリムに住む者にとって特に馴染みが深いことから六大属性と呼ばれている。ティエリアは、既に判明しているというものを除いた残りの六大属性、水と闇の性質を魔力に込めて確認を行った。
結果、アヤは六大属性のうち光の属性のみ扱えないということが判った。
(失念してたよ。わたしは六大属性全部使えたから)
(つまり姿は隠せないのか。一応聞くけど、普通に街に入ったことはある?)
(あるよ、当たり前だよ! 何そのわたしに常識がない、みたいな質問はっ)
ぷんすこと声を荒げるティエリア。アヤは忘れていない、パスを通すどさくさでティエリアが行った所業を。まともな常識を持つ者ならば斯様な行動をするはずがない。
(まあまあ。あの列に普通に並んで問題はない?)
(……うん。入街審査って仰々しい名前だけど、顔と身分証を確認してるだけだからさ)
(その身分証が無いと思うんだけど)
(そこはほら、市民証とかだけじゃなくて冒険者証も身分証になるから)
冒険者証とは冒険者組合に登録する際に発行される、名前やランク等が記載されたものである。それを受付などに提示することで、組合による仕事の斡旋などを受けられるという仕組みになっている。
(この街で冒険者に登録する予定、だよね?)
(そうだったね。うは、うははは……)
空笑いするティエリアに、アヤは少しだけ冷ややかな目線を向けるような感覚を送る。ふたりを繋ぐパスは言葉をやり取りするだけでなく、身体まで共有することができるのだ。感情を送りつけるのことなどお手のものである。
(ま、まあ身分証なくても街に入れないってことじゃないし。入街税は余分に取られるけど)
(お金って――)カバンからジャラジャラと音のする大小二つの袋が取り出される(この中に入ってるコインのことだよね?)
(それそれ。大きい方の袋、【クレスタ貨】の方ね)
クレスタ貨はその名の通り、エガード王国のある【クレスタ大陸】の人族領で主に使われている通貨である。種類はミスリル貨、金貨、銀貨、大銅貨、小銅貨の五種類となっている。
(大銅貨は一枚で小銅貨十枚、銀貨は大銅貨二十枚、金貨は銀貨十枚、ミスリル貨は金貨二十枚。大体金貨一枚で平民の一月の生活費くらいだよ)
アヤは硬貨の入った袋の中に一枚だけミスリル貨を見つけ、思わず二度見した。この世界では一年は十か月に当たるため、ミスリル貨一枚だけで二年もの生活費になる。こんな大金を持ち歩いていることに「馬鹿か」と声を漏らした。
(莫迦とは失礼な。逃亡資金なんだから持ち歩かないと意味ないでしょ)
(逃亡ね……もしかして魂を移してた、っていうのが関係ある?)
(……もう済んだ話だよ。さあ、お金はたっぷりあるんだから、さっさと行った行った)
あからさまに話を逸らすティエリア。仔細を話す気はないのだと判断したアヤは、クレスタ貨の入った袋をカバンの横ポケットに仕舞い、大人しく入街審査待ちの列に向かって歩き出した。
列の最後尾では男性二人と女性一人の三人組が会話をしていた。剣や弓、軽鎧等で武装している姿に、アヤは冒険者の人達だろうかと考えていると、何故か女性が杖を持った手を振ってきた。
「ほら、来た来た。こんにちはっ」
「……こんにちは」
肩に当たるか当たらないかの長さの赤毛で、パンツルックに革の軽鎧を身につけた活発的な様子の女性だ。手に持つ杖とは別に長弓を背負っている。やけにフレンドリーな様子で話しかけてきた女性に、アヤは怪訝な表情を浮かべた。その様子を見て取った女性は慌てた様子でぶんぶんと手を交差させる。
「そんな警戒しなくても大丈夫だよ。丘の上からこっち見てたから気になってね。アルレヴァに住んでるのかな?」
「いえ。冒険者に登録するために来ました」
「おー、後輩ちゃんか! あたしはイルミナ、こっちの仏頂面なのがカイ、尻軽そうなのがハイエム。この三人でトライラントっていうパーティ組んでて、Bランクだよ」
冒険者の大半は数人でパーティと呼ばれる徒党を組み、一緒に依頼を受けることでリスクを減らし金銭を稼ぐ。長いこと寝食を共にすることから、パーティに属する者は家族のように親密な間柄であることが多いという特徴を持つ。
カイと呼ばれた、短く刈り込まれた黒髪の男性がアヤに軽く会釈し、ハイエムと呼ばれた、耳を隠す長さのブロンドの髪で長身の男性が「おい、尻軽そうって何だよ」と半眼をイルミナに向けた。
「見たまんまでしょ? 見た目だけだと女の尻追いかけてそうだし」
「ひでえっ。おいカイ、如何にも関係ないって顔すんな。嬢ちゃんも、イルミナの冗談だから半歩下がらないでくれ」
気の置けない様子でやり取りする三人を見て、アヤはふっと表情を緩めた。
「仲がよろしいのですね。私はアヤです。よろしくお願いします、先輩方」
アヤがぺこりと頭を下げる。そして目線を上げるとイルミナが固まっていた。いや、正確には小刻みに震えていた。はて何かやらかしてしまったのかとアヤが疑問を浮かべていると、突如として視界が真っ暗に覆われ、呼吸がしづらくなった。アヤは何が起きたのか分からず目を白黒させる。
イルミナは頬を軽く染め、恍惚とした笑みを浮かべながらアヤを抱きしめていた。カイとハイエムの二人はまたか、とでも言いたげな微妙な表情を浮かべている。
「……イルミナ。その抱きつき癖、どうにかならないのか」
「抱き着かないなんてとんでもない! 可愛い子に対する冒涜だよ!」
だらしない表情で戯言を抜かすイルミナの胸の中では、自身の置かれている状況に気が付いたアヤが踠いていた。だが抜け出すこと能わず、ただイルミナの豊かな胸をふにふにと揺らすだけであった。
「暴れてるぞ、おい。放してやれよ」
カイに続いてハイエムの諫める言葉にイルミナは渋々とアヤを放す。ぜいぜいと息を吸うアヤは二つの意味で顔を赤く染めていた。
「うちのバカが迷惑をかけてすまない」
「――ッ!」
イルミナの傍に寄ったハイエムが拳骨を落とし、火花を散らせた。声なき叫びを上げたイルミナがその場に蹲る。鮮やかな手並みであった。ティエリアは、うははは愉快な奴らじゃないか、と笑い転げていた。
「このバカは可愛い物に目が無くてな――おっとと、挨拶が遅れた。アヤちゃん、よろしくね」
ハイエムは軽薄そうな雰囲気ながら、人ができている様子。アヤにとって変人は既にティエリアだけでお腹いっぱいであったので、防波堤のような存在がいることにほっと胸を撫で下ろす。
「皆さんは仕事帰りですか?」
「ああ。【ヒレグヴァ】の方で鉱山の魔物の間引きだよ。ジャイアントモールって分かるか? F+ランクの魔物なんだが、厄介なことに坑道を穴だらけにしていてな」
冒険者組合のつける区分のうちの一番下、Fランクは襲われてケガをすることがあっても命を落とすことが極めて少ない魔物につけられる区分である。だが中には厄介な性質を持つものも居る。そんな魔物に梃子摺ったという話をするハイエムと所々補足を入れるカイ。そして復活したイルミナも交えながら彼らの冒険譚が語られ、アヤは相槌を打ちながら目を輝かせる。事前にティエリアからは冒険者は何でも屋のようなもの、と聞かされてはいたが、間違いなく彼らは“冒険”者であった。仕事として薬の材料を採取したり魔物を退治することもあれば、未開の地や遺跡を探索することもあったのだ。
話している間に列は捌けていき、気が付けば順番はトライラントの番になっていた。入街審査ではまず身分証の提示を求められ、身分証によっては入街料を支払う。この時しっかりと依頼をこなし街に貢献している冒険者は入街料を免除される。次に顔を検められ手配書に載っていないかのチェック。馬車に乗る者であればさらに運搬物を検分され税が課される。これらが問題なく済むと晴れて街に入ることができる。
トライラントの皆が通過し、いよいよアヤの番となった。人の良さそうな笑みを浮かべるおっちゃんに身分証が無い事を告げると、入街料は銀貨一枚だと告げられる。街に入るだけで一月の生活費の十分の一と、意外とかかることに吃驚しつつもアヤは言われるがままに支払った。指名手配は当然されておらず、魔族だと見抜かれることなく無事通過。木札でできた入街証を手渡され、アルレヴァの街へと足を踏み入れた。
アルレヴァの街並みは、一言で言い表すならば雑多だろうか。通りが石畳で均一に整備されているのに対し、建物は石やレンガ、木などによって統一感なく建てられている。新古も様々であり、中には蔦が這いボロボロになっている建物まで存在する。
大通りには人が溢れていた。男女普通の人間から獣のような耳や尻尾の生えた人、耳の尖った人、背が成人の半分くらいの成人と様々な人種が行き交っている。黒やブロンド、ブラウンとアヤのよく知る髪色が多い中、青や桃、緑など地球では染めない限りは在り得ない色の人もちらほらと居る。
「ようこそ、アルレヴァへ!」
ぽかんと口を開くアヤへ、イルミナが両手を広げおどけてみせる。
「驚いたかい? アルレヴァは王都に次いで人が多いんだ」
イルミナの言葉でスイッチが入ったかのようにあっちを向き、こっちを向き、と興味が赴くまま視線をきょろきょろと忙しなく移すアヤ。そんな微笑ましいアヤの様子を見てトライラントの面々が口元を緩める。傍から見るとお上りさんであった。辺境の村から出てきた娘っ子のような微笑ましさがあったのである。実際は辺境どころか世界が異なるのであるが。
「ほら、アヤちゃん。目的の場所はこっちだよ」
イルミナがアヤの手を引き、冒険者組合を目指し中央通りを進む。アヤは態々手を繋がなくても、と憮然とした表情を浮かべているが絵面は間違っていない。剥れた妹を引き連れる姉の図のようにも見え、周囲からは生暖かい視線を向けられているがアヤは気づいていなかった。悪意には敏感ではあるのだがそれ以外には割と鈍感であった。
アルレヴァの冒険者組合は中央の広場を抜けた南側にある、レンガ造りの三階建ての建物だ。冒険者組合を示す紋章である竜と剣のシンボルが描かれた看板がぶら下がっており、一目で何の建物か分かるようになっている。
イルミナが勢いよく両開きの扉を開く。限界まで開かれた扉の蝶番がみしり、と悲鳴を立て跳ね返る。
「ここがアルレヴァの冒険者組合だよ!」
イルミナの大声に建物内外の人の視線が集まり、アヤはぴくりと身体を揺らし眉を顰めた。衆目を集めるのは気分が良いものではなかった。
「イルミナさん、扉が壊れるので止めてください!」
女性の鋭い声が響く。声の主は建物内の右側、カウンター内に居る【狼人族】の女性だ。ハイエムと同じぐらいの長身で、犬のような耳を生やしている。彼女は釣り気味の目をより鋭くしてイルミナを睥睨していた。
「まあまあ、そんな怒ると額に皺が残るよ、ジュリア」
「誰の所為だと思ってるんですか!」
「あたしのせいだろうね」
「だったら、そのちゃらんぽらんな姿勢を直してくださいよ!」
その様子を見ている冒険者のうちの一人が「またやってんのか」と呟いた。暴走しがちなイルミナと、それを咎める冒険者組合職員のジュリアとのやり取りは割と頻繁に行われているのであった。額に手を当て、ジュリアへと頭を下げるハイエムには心なしか同情の視線が向けられている。
「はぁ、もういいです。それでヒレグヴァの依頼は終わりましたか?」
「ばっちり終わらせたよ」
イルミナがハイエムに目で合図すると、彼はカウンターへ近づき、カバンから木札と封蝋された手紙を取り出しカウンター上へ置いた。依頼を完了した証として依頼者から渡されるものである。ジュリアはカウンター内の別の職員を呼び寄せると、それらを渡した。
「ジャイアントモールの奴が空けた大穴は奥までびっしりとアシッドスライムが大量発生していた。一通りは片づけたが、漏れがあるかもしれない。【ヒレグ鉱山】の討伐依頼は暫く魔術士込みのパーティ推奨にした方がいいだろう」
「了解しました、注意喚起しておきますね」
「それとね――」イルミナがアヤの両肩を掴み、ずいっと受付へ押し出した。「この子、アヤちゃんが冒険者に登録したいって」
「えっと、よろしくお願いします」
アヤは目をぱちつかせながら会釈すると、ジュリアがカウンター越しにぐいと手を伸ばし、イルミナの胸当てを掴み寄せた。ジュリアは背が高いのでイルミナを覗き込む形になった。
「ちょっと、こんな可愛い子、何処で攫ってきたんですか!?」
ジュリアの言葉に、今度はアヤへと冒険者達の視線が集まる。アヤはぽりぽりと頬を掻き、イルミナは口を尖らせた。
「……ジュリアはあたしのことをどう思ってるのかな?」
「可愛い子のためには手段を選ばない、性格破綻者」
「性格がアレなのは自覚あるけど流石に手段は選ぶって! たまたま街の入り口で並んでるときに会ったの!」
ジュリアはイルミナの胸当てを掴んだままアヤへと視線を向ける。本当に、とでも言うかのような疑わしげな目だ。アヤはカクカクと首を縦に振った。攫われはしていないが抱きしめられたな、とイルミナのクッションのような胸を思い出してしまい、顔が熱くなりそうになるのを必死に霧散させようとしていたのであった。
その必死さが伝わったのか、渋々と言った面持ちでジュリアはイルミナを解放した。判定は黒に近いグレーだが保留。ふっと息を吐き出すと、職務を全うすべくカウンター下にある引き出しから紙を取り出した。
「アヤちゃん、だっけ」
先程の荒れた声とは違い、落ち着いた声音。できればちゃん付けは止めて欲しいところだったが、この見た目では仕方ないかとアヤは不承不承頷く。
「登録料は大銅貨十枚だよ」
アヤが袋からクレスタ貨の大銅貨を取り出し、ジュリアへと手渡す。
「確かに受け取りました。文字は書けるかな?」
「はい」
「なら代筆は必要ないね。登録のために、用紙に記入が必要なんだ」
羽ペンとインク壷、登録用紙がカウンターの上へと置かれる。アヤの指先から肘まで届きそうなくらい大きな羽だ。アヤがその羽ペンを握ってみると、思いの外撓って慌てて握る力を緩めた。筆圧が高い人は大変そうだとどこかずれたことを考えると、ペン先をインクに浸け、上から順番に項目をカリカリと埋めていく。
名前。アヤ・ランバス。
性別。……女性。
年齢。たぶん十歳程度。
生誕年月日。今がドラク歴三十六年二月二十三日らしいので、ドラク歴二十五年に、菱谷涼介の誕生日であった五月六日。
連絡先。……なし。
特技。……剣。
できるだけ項目を埋めたはいいが、出来上がったのは如何にも胡散臭そうな書面であった。日本だと確実にアウト判定されるであろうそれは、この冒険者組合では問題ないらしかった。ジュリアは登録用紙を手に受付内部を見回す。ちょうど手の空いている職員は居なかったため、自ら登録手続きを行うべく立ち上がった。この紙を元に冒険者証をつくるから暫く待っていてね、とアヤに言うと受付の奥へと消えていった。
「おっどろいた。小さい子と話してるの初めて見たけど、ジュリアってお堅い喋り方だけじゃなくて、柔らかい喋り方もできるんだ」
ジュリアの背に向けて感心した声でのたまうイルミナ。イルミナの後ろではハイエムとカイが互いに目を合わせて肩を竦めていた。
「私くらいの年の子が登録するのって珍しいのですか?」
「んーん、FやEランクだとアヤちゃんみたいな年の子もいるよ。ジュリアは中級以上の冒険者――ランクでいうとBランク以上の担当でね、今まで小さな子と話すのを見たことなかったんだ」
冒険者のランクは実力や知識量、実績に密接に関わっている。そのため、まだ身体が未発達な少年少女は冒険者業には不利であり、ランクの低い者ばかりだ。彼らは戦闘能力や身体能力があまり求められない採取や害虫退治など、ランクの低い依頼をこなして日々小金を稼いでいるのである。
ジュリアを待っている間にイルミナの行った依頼完了手続きが終わり、先ほどの職員がイルミナへと報酬の入った袋を手渡す。イルミナは袋の中を確認した後、それを自身の財布代わりの袋へと移し替えた。職員はイルミナと二言三言話した後に再び奥へと引っ込んでいった。
それから待つこと数分、ジュリアが戻ってきて、冒険者証――名刺より一回り大きいサイズの、銅のプレートである――をアヤへと手渡した。冒険者証に記載されていたのは、記入した事項に登録日と交付日、有効期限に空白の賞罰欄、そしてランクFというのを加えた内容であった。
「この冒険者証に血をつけて、所有者登録すれば終わりだよ」
次いでナイフが手渡される。血判みたいなものだろうかと、アヤはナイフで人差し指を浅く切ると、冒険者証へと押し付けた。するとどうだろう、冒険者証が淡い金色の光を帯びて輝いた。アヤが机の上の不思議な光景をまじまじと見つめていると、光はゆっくりと収まっていった。
「登録は以上だよ。もっと詳しい情報を知りたければ、奥の【識者の石】を使ってね。使い方は窪みにその証を置いて、上から手のひらを乗せるだけ。依頼は入り口脇のボードに張り付けてるから、受けるなら紙を剥がして持ってきてね。証に書かれてるランク以下の依頼を選ぶといいよ。素材の買い取りは奥の窓口。資料を読みたかったら二階ね。何か質問はあるかな」
「いえ、大丈夫です」
「分からない事があれば気軽に聞いてね。そこのイルミナ――ではなくて、カイやハイエムにも聞くといいよ」
(わたしにも聞くがいいよ!)
イルミナがどんとこいと胸を張り、ティエリアがついでとばかりにテンション高く言葉を連ねるが、アヤは素知らぬ顔をしていた。どうにも藪蛇な気がする。
「そういえば、ジュリアさんは中級冒険者以上専門ではなかったんですか?」
「イルミナからそう聞いたんだね。担当ではあるけど専門ではないんだよ。アヤちゃんと同じ年頃の子はみんな朝一番に来るんだ。その時間帯は私も初心者を相手に対応してるよ」
「なるほど。……では何かあったらよろしくお願いしますね」
ぺこりとお辞儀をするアヤ。ジュリアは微笑みを返した後一転、きっ、とイルミナへ双眸を向けた。イルミナは平素と変わらぬ目でジュリアを見つめ返す。
――とてもいい子じゃないですか。くれぐれもよろしくお願いしますね。
――分かってる分かってる、そんな心配しなくてもちゃんと目をかけとくよ。
二人が無言のやり取りを繰り広げる中、アヤは改めて建物内を見回す。注目は既に薄れ、冒険者達は思い思いの行動に戻っている。一階は受付の他にラウンジが併設されており、ちらほらと同業が席につき木のジョッキを片手に談笑している。奥には目を引く白い大きな岩。ジュリアの言っていた識者の石である。
そこへティエリアの声。
(やるべきことは、まず識者の石で技能の確認。次に買取窓口で素材の換金だよ)
(ん? 識者の石とやらで技能が分かるの?)
(あれれ、言ってなかったっけ。識者の石は遺跡でよく見つかる【アーティファクト】でね、冒険者証や市民証へ一時的に技能などの情報を書き込んで閲覧できるのだ。レッドボアと戦った時のものが本当に『相対加速』だったのか、正式な属性の適正はどうなのか、という確認にもってこいって訳さ)
そう聞けば確認せざるを得ない。アヤが識者の石へ向かうと、イルミナ達は当然のようについてきた。識者の石はアヤが両腕を伸ばした長さと同じくらいの大きさの、上部が削られた白い岩のような形状をしている。アヤの胸くらいの高さで平べったくなっており、手前寄り中央に縦長の楕円状の窪みがある。
アヤは窪みに冒険者証を置きその上に手を重ねると、先ほどと同じように冒険者証が光を帯びる。今度は銀光という違いはあったが。
「これで完了、冒険者証の後ろに技能と魔術適正が書き込まれたよ」
イルミナの言葉を受けてアヤは冒険者証をひっくり返そうとするが、慌てた様子のハイエムに止められる。
「――待って待って、確認する時は一人になれる場所でした方がいい。技能は冒険者の切れる手札だ、むやみやたらに晒さない事。確認した後は、証に触れながら『隠れよ』って唱えて書き込まれた内容を消しておくんだよ」
尤もな話だと同意を込めてアヤは頷くと、冒険者証の後ろを見えないようにしながら、お金の入った袋に仕舞い込む。
「次は素材とかを買い取ってもらおうと思います」
「素材? 旅中で見つけたのかな?」
「ええ。レッドボアに遭遇したんですよ」
「……D+の魔物と遭って大丈夫――だったみたいだな」
トライラントの三人は瞠目した。ランクDはゴブリンの上位種やオオカミの魔物など、一筋縄ではいかない凶暴な魔物が分類される区分だ。FランクやEランク成りたてなど、戦い慣れない子供ではあっさりと命を落としかねない相手である。レッドボアは対処の容易さからD+に分類されているが、単純に突進力だけを見るとワンランク上に分類されてもおかしくない魔物であった。それと遭遇し、目立つ傷を受けることなく対処した華奢な少女と言えばその特異さはよく分かるだろう。先ず何らかの有用な特技もしくは技能を持っていると考えられるのだ。
「確か得物は剣、だったか。その割に――」カイはアヤの頭から足先まで視線を流した。「剣を帯びてないようだが」
「剣は剣なんですけど、今持っているのは短い剣なんですよ」
アヤがぽんぽん、と肩に掛けてあるカバンをたたく。カイは「なるほど」と呟くとアヤの持っているカバンをじっと見つめた。
「長い剣は使わないのか?」
「そうだ、剣を探そうと思っていたんです! レッドボアを斃したときに苦戦してしまいまして」
アヤが持っているミスリルの短剣は、切れ味はいいのだが長さが心許な過ぎた。魔物を斬り伏せるためには至近距離まで近づく必要があるのだ。もしミスリルの短剣に長さがあれば、レッドボアとの一戦はもっと楽にやれただろう。
「なら武器屋を紹介してやろうか?」
「お願いしますっ それであの、私が扱える剣って幾らくらいなのでしょうか」
「そうだな、腰に下げるならショートソード、背負うならロングソードというところか。鋳造の鉄のショートソードは金貨一枚、ロングソードで金貨一枚に銀貨五枚。鍛造なら倍以上する」
「なるほど。手持ちのお金で足りそうでよかった」
目を細めるアヤをカイは静かに見つめる。アヤが持つカバンは外見だけなら彼女が片手で抱えられるほどの大きさであり、入る大きさは高が知れているように見える。そんなカバンに収まる長さの剣でレッドボアを相手取ったとなると、アヤの実力はそれなりにあるのではないのか、と考えていたのである。歩き方は剣術を修めた者のそれではない、だとすれば独学だろう。師事する者が居なかったのであれば、おそらく実戦経験をそれなりに積んでいる。身綺麗だったので最初は貴族の子供かと思ったが――。
そこでカイは思考を止めた。彼にとって他人の過去は詮索するものではなかった。それに、剣を振る姿を見れば直ぐに実力は明らかになるのだ。
「そういえばアヤちゃんの荷物はそのカバンだけ? 必要なものは持ってる?」
イルミナの言葉にアヤはカバンの中に入っていた品々を思い返す。冒険者には何が必要なのかがいまいち判断がつかないが、少なくとも食料と裂けたローブの補修が必要だろう。アヤはその旨を告げると、あれよあれよという間に明日の予定が決まってしまった。
様子を眺めていたハイエムは心の中で安堵の息を零す。心のうちに何かを秘めていそうではあったが、将来有望とおぼしき冒険者と誼を結べそうであったからだ。後々のために売れる恩があるのならば売っておくべき。同業との繋がりはあればあるだけよいのだ、繋がりからは情報が入って来る、合同でパーティを組めると受けられる依頼の幅が広がる。特に情報は冒険者が飯を食う種になり、生死を分かつ岐路となる。
トライラントはよくイルミナがパーティを引っ張っているため、彼女がリーダーかとよく勘違いされるのだが、実のところリーダーはハイエムである。思考と行動が直結しているイルミナと剣術馬鹿のカイではパーティとして成立しない、打算を以って現実的に行動するハイエムが居るからこそ、この三人はパーティとして成立しているのである。
ハイエムはとてとてと買取窓口に向かう少女を見つめながら、口元に笑みを浮かべた。