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自由奔放な吸血鬼  作者: 望月すすき
序章(改稿後2017~2018)
45/48

00-05 異世界講座

内容は旧『00-06 異世界講座』をベースにしています。

旧『01-07 不穏』からイベントを持ってきています。

危険度表記から具体的な数値を削除。A-、A、A+と曖昧な表記に変更。


18/01/18 サブタイトルの変更(改の削除)。ルビの修正。キーワードの修正。文章の修正。

18/02/05 誤字修正。

「こんな危険なのがいるって聞いてねーぞ!?」


 我に返ったリョウが放った荒々しくも幼さの感じられる声がシェイムの森に響き渡った。


(うははは、ごめんごめん。伝え忘れてたや。でもでも何とかなったんだし、結果オーライじゃないかな?)


 けらけらと軽い調子で言うティエリアの神経をリョウは疑った。魔物――レッドボアを(たお)すことはできたが、もし一歩違っていれば死んでいたのはリョウの方だった。そして同じ身体に宿ったティエリアはいわば一蓮托生にある。死にそうな目に遭ったのは彼女も同じはずであった。

 そんなティエリアの様子に眩暈(めまい)のようなものを感じたリョウは傷口の痛みに我に返り、手当てをするために左のローブの袖を右手で(まく)り上げた。相変わらず左腕はぴくりとも動かないが、地面に鮮血を撒き散らす程の出血の勢いが既に弱まっていることに驚きの表情を浮かべた。


 ――もしかすると、この世界の人間は頑丈にできているのだろうか。


 ふとそんなことを考えてしまったリョウだが、吸血鬼なる未知なる種族になってしまっていたことを思い出して眉を寄せ渋い表情を浮かべた。


 ティエリアはといえば、思わぬ収穫があったとほくそ笑んでいた。吸血鬼族という種族はこの世界屈指の強大な種族であるが、戦い方を知らなければ簡単に殺され、もしくは(さら)われ奴隷として売られてしまうだろう。そしてリョウが居た『日本』という所は平和過ぎた。そのためティエリアは荒療治としてあえてリョウと魔物をぶつけてみたのだった。

 結果は上々過ぎた。もちろんティエリアは知識でしか知らないが、一般的な『日本人』と比べリョウは明らかに異質な存在だった。命のやり取りに慣れている感じではなかったが、荒事に慣れているような印象であった。そして土壇場で力を発揮した『相対加速(アクセル)』とおぼしき【技能】。まさに運命の巡り合わせのような出来事に、ティエリアは予感の確信を深めた。


(この傷の手当て、どうすればいい?)

(この程度の傷、放っておけば勝手に治るよ)


 ティエリアのぞんざいな言葉にリョウは軽い頭痛を覚え、そして確信した。この世界は荒事に満ちている。それも日本のより遥かに危険度が高いものが。

 リョウはため息をつくと、頭の重さを振り払うようにかぶりを振った。


(質問。今殺したレッドボアみたいな魔物が、この森には生息しているんだな?)

(うん。このシェイムの森みたいな、殆ど開拓されていない【空白地帯】は特に魔物の巣窟になってるよ)

(ちなみにこの森の中には、レッドボアよりも凶暴な魔物は居る?)

(勿論。基本的に奥に行けば行くほど凶暴な魔物が増えていく傾向にあるよ。レッドボアはランクD+……ああそっか、基本的なとこから説明しないといけないんだ)


 ティエリアは声音に少しばかり面倒そうな様子を含ませながらもリョウにこの世界のことを説明する。冒険者という、荷運びから魔物退治、果ては遺跡探索まで仕事としている、言わば“何でも屋”である職業が存在すること。そしてその冒険者を取り(まと)めている組織、【冒険者組合】というものがこの世界には存在すること。

 冒険者組合は危険度や困難性といったものをランクという名称で区分している。ランクは低い順にFからA、さらにS、SS(ダブル)SSS(トリプル)と九段階に分けられており、さらにその中でも強弱を-(マイナス)+(プラス)でつけている。レッドボアの討伐困難性のランクはD+、つまりランクDの中でも危険な部類という意味である。


(ランクDは達成すると初心者脱出、晴れて冒険者の仲間入り、くらいの位置付けかな)


 ティエリアは説明をそう()めたが、冒険者という存在自体を見たことがなく、そもそもティエリア以外の人物と出会っていないリョウには現実感のない話だった。


(はあ、こういう危ない事は先に説明しておいてよ)

(うはは、ごめんごめん。つい何時もの調子で()()しちゃってた。次からはできるだけ気を付けるね)


 相変わらず軽い調子で話すティエリアに、リョウは本当に大丈夫なのだろうかと不安になった。今のうちに気になることは徹底的に聞いておくべきではないかと考え、そしてそもそもの話、魔物について何も知らないということに気づいた。


(そうだ、魔物について聞いておきたい。さっきのレッドボアも魔物らしいけど、そもそも魔物って何?)

(んー、そうだね。定義から言うと、『人族と魔族以外の存在のうち、“【魔力】”を持ち自律行動する生物』のこと。凶暴なものが多く、大抵が害をなす存在。こちらを見つけたら即襲ってくるようなヤツばかりだよ)

(イノシシが肉食って聞いた時になんだそれ、って思ったけど。やっぱり世界が違うと生態系もかなり違うんだ)

(リョウがいた世界とはだいぶ違うみたいだね。今ので実感したと思うけど、この世界(フォアグリム)で生存率を高めるには戦うための力を身につけるのが手っ取り早いし確実。そして魔物の生息域では気を抜かず、危険な場所には近づかないこと)


 ティエリア曰く、魔物の主な生息域は空白地帯と呼ばれる、開拓が進んでいない場所全てである。森、山、海、洞窟、【ダンジョン】、【迷宮】。加えて廃村や遺跡などの遺棄された場所などがそれに当たる。

 リョウはダンジョンと迷宮というのはどういう場所なんだろうと内心首をひねりながらも、遺跡と森の中という、列挙された中にばっちりと含まれる場所に転移してしまったことに思わず天を仰いだ。そしてティエリアが偶然居てくれたことに密かに感謝した。


(じゃ、整備された道とか町なら安全ということ?)

(基本的にはね。街は言わずもがな、街道は人の往来があるから、定期的に冒険者や自警団、軍が安全を確保してる。それでも、どうしても討ち漏らしが出たり野盗が出たりするんだけどね)

(野盗)


 リョウは予想していたその単語を繰り返すと、刻みつけるように頭の中で転がした。刀傷沙汰や犯罪が珍しくない物騒な世界らしいのだから、そういった存在がいる事に見当をつけていた。

 物騒な世界という言葉に何かが引っかかる。警戒心を高め身を守る(すべ)を身につける。大まかにこの世界での生き方を(まと)めるとそんなところであったが、喉に魚の小骨が刺さったようだった。


 ――ティアとの会話を思い返せ。吸血鬼族、魔族、人族……。


(戦争! 人族と魔族はお互いを敵視してるってことだけど、どういう状況にあるの)

(ここのところは大規模な会戦は起きてないみたいだよ。だからといって魔族領と人族領の境目が安全って訳じゃあないんだけどさ)

(戦争はいつから続いてるの)

(三十年くらい前。ミーファ――先代魔王の時代には停戦してて細々と交易もしていたけど、人族と魔族の対立自体は遥か昔から続いてる。まるで【血脈】にくっきりと確執(かくしつ)が刻まれているみたいに)


 ティエリアはいつもよりも少しだけ平坦な声で言った。リョウにはそれが務めて感情を隠そうとしているように感じられたが、彼女の過去と何らかの関わりがあるのだろうと推測し深くは聞かなかった。


 現在地は人族領である。吸血鬼族の外見は人間とほとんど変わらないとはいえ、リョウは気を一層引き締めた。そしてふと考える。一般的な人族と魔族の関係については聞いたが、ティエリア個人としてはどう考えているのだろうか。


(ちなみにティアの意識的に人族はどういう存在? どう思ってる?)

(んー、ただの隣人、って感じでどうとも思ってないよ。そりゃ魔族か人族かのどっちかに肩入れすることになるなら魔族を選ぶけどさ、人族の文化も、魔族の文化も好きだからね。それなのにドラク――現魔王は戦争なんておっぱじめちゃって)


 リョウはティエリアが人族に対して悪印象を持っていないことに安堵の表情を浮かべた。まだあまり実感は湧かないが、元人族、現在魔族の身として両族の関係については少しだけ複雑な思いがあった。


(いろいろと込み入ってそうだね。まあその辺りは追々(おいおい)聞いていくよ)


 ティエリアの(あいー)という気の抜けた返事を受けながらリョウは立ち上がった。会話をしているうちに左腕の出血は完全に止まっていた。ただしローブは裂け、血をたっぷりと吸っている。当然水浴びをしたばかりの身体も汚れてしまっていて、もう一度洗い落とさないといけないことにリョウはため息をついた。レッドボアの死骸も転がったままであり、こちらも埋めるなりしないといけないだろうとさらにため息を重ねた。


 リョウはティエリアとレッドボアの死骸の扱いについて二、三言葉を交わすとその死骸に近寄った。

 魔物の身体は部位によっては素材や食材として買い取りが行われている。レッドボアの場合は死骸となっても尚大きく主張している牙と肉、それと魔物の体内に共通して存在するという魔力結晶だ。魔力結晶はその名の通り魔力が固体化し結晶となったものであり、魔術関連の様々な用途に使われている。


 流石にレッドボアの巨体の肉は持ち帰れないので、素材の狙いは牙と魔力結晶だ。リョウはまず右手でミスリルの短剣で牙の根元を抉りとった。魔力結晶は大概の魔物の場合は心臓の中にあるらしく、ティエリアの指導の下レッドボアの腹を切り開き、内蔵をかき出して心臓から魔力結晶を取り出した。

 取り出した魔力結晶はパチンコ玉くらいの大きさの歪な形で、血に塗れていたが濁った透明な色をしていることがわかる。この時リョウは祖父の指導の下、鶏の解体を行った経験があったことに心底感謝した。


 残った死骸の処分は、ティエリアが『焼却』(インシニレート)という魔術を行使することであっさりと終了した。フォアグリムでは死体を放っておくと地球で放置する以上の様々な悪影響があるらしく、埋葬したり物理的、魔術的問わず処理するのが一般的らしい。


 『焼却』(インシニレート)は死体を処理するための専用の魔術であり、それ以外――例えば周囲の植物等には全く影響を及ぼさない。リョウは白炎がレッドボアを燃やし尽くす様をぼんやりと眺めていた。毛が、皮膚が、肉が、内臓が(ただ)れ炭化し形を失っていくのは、まるで肉体がこの世界に還元されていくようだと感じた。

 骨以外を燃やし尽くしたところで白炎は消え、リョウはふっと息を吐きだした。


(さて、ティアにはまだまだ聞きたいことが山ほどあるんだけど――)リョウはボロボロになり汚れた自身の身体を見下ろした。(先にこれを何とかしようか)




 *―――――*―――――*




 魔術の中には身体や物を清めるといった便利なものも存在するらしいが、ティエリアから告げられたのは魔術の力の源である魔力の残量が足りないとの言葉であった。リョウは仕方なしにブーツだけを身につけたほぼ全裸でじゃぼじゃぼとローブと下着を洗っていた。ローブは血塗れ、その下に着ていた下着まで血に汚れていたので致し方なかった。

 リョウは少女の身体になってしまったこと、さらにほぼ裸であることに顔を真っ赤に染めていたが、左腕が動かないことで思った以上に洗濯が難航し集中しているうちに気にならなくなっていた。当初羞恥に顔を染めるリョウを面白がりからかっていたティエリアは、興味をなくし他のことに思考を巡らせていた。


 リョウはできるだけ血を落とし終えると、傷の処置にかかる。とはいっても放置しておけば治るらしいので、下着代わりに胸に巻く白布を切り取り、それを巻いておくに留めた。

 続いて洗濯物を干す準備にかかる。まずカバンに入っていたロープを物干しにと木に結び付けた。身体が小さくなってしまったので背伸びしながらの作業だった。ティエリアとの流路から伝わってくる生暖かい視線のようなものは極力無視した。


 洗濯物をロープにかけ、下着ともう一着のローブを身につけ一息つく。魔物を警戒しながらの作業だったので思っていた以上に気力を使ってしまっていた。

 手ごろな岩に腰かけ、ミスリルの短剣の柄を握ると再び質疑の態勢に入った。


(さっきティアが言ってた、相対加速(アクセル)だっけ? それって何?)

(レッドボアと戦ったとき、自分以外の全ての時間が遅くなったように感じたでしょ? たぶんだけど、それは相対加速(アクセル)と呼ばれてる技能なのさ。もちろんちゃんと調べてみないと、本当にそうなのか確定はしないけどね)


 技能というものは、この世界に住む者が持ちうる特別な力である。例えば、吸血鬼族は先天的に【吸血】と【急速回復】という技能を持つ。前者は血液から精を得て食料とするもの、後者は傷が早く治るというもので、吸血鬼族が他者の血を(すす)り頑丈であるという理由の一端だ。

 相対加速(アクセル)は世界そのものに対して自身が加速できる、といった効果らしい。魔術の才能が有るか否かも持っている技能に左右されるという。


相対加速(アクセル)って、単純に早く動けるって、相当強力な技能なんじゃないか?)

(そうだね。でも、折角の技能でも習熟していないと宝の持ち腐れだよ? それに早いというだけで渡っていける程この世界(フォアグリム)は甘くない。例えば、そうだね、一ガメルト(一キロメートル)の範囲を一瞬で吹き飛ばす魔術を使われたら?)

(ああ、確かに、その通りだ)


 リョウはティエリアの言葉に納得し頷く。早く動けるということだけで対処できない事は沢山ある。ティエリアの言う広範囲に効果を及ぼすもの。意識外の不意打ち。毒を使われることもあるかもしれない。そもそもだ、そんな力が代償もなしに使い続けられるのだろうか。

 リョウは油断なく行動しようと改めて決意を固めると、質問を続けた。


(次に聞いておきたいのは魔術について、なんだけれど――)

(魔術については、ある程度落ち着いてからじっくり教えようと考えてる)


 リョウの質問を遮ってティエリアの声が響く。


(だから今は知っておくべき最低限の知識だけ教えておくね。魔術は自身が持つ魔力を呼ばれる力の源を使って、いろんな現象を起こすこと。そして魔力は個人で持てる最大の量――最大魔力が違ってる。この身体はまだまだ最大魔力の伸びしろがあるからね、じっくり伸ばしていく予定。所持魔力は眠ると急速に回復するから、毎日できるだけしっかり眠るようにすること。今はこのくらい知っておけばいいかな?)


 前もって質問自体を想定していたかのように、すらすらと紡がれるティエリアの説明にリョウは苦笑いを浮かべた。そしてゲームなどの知識に似通っていることに思い至ると、せめてどういう効果のものがあるのか知っておかねばと考えた。


(これはちょっとした想像の質問なんだけど、魔術は相手を攻撃するもの、地形に影響を与えるもの、天候に影響を与えるもの、傷を癒すもの、身体能力を強化するもの、相手の攻撃を防ぐもの、幻覚を見せるもの、洗脳するもの、空間を跳躍するもの、日常生活で簡単に使えるものはある?)


 思いつく限りの列挙。ゲームの世界の中だったらいいが、ここは今紛れもない現実だ。知識とは武器であり身を守る盾でもある。知らなかったから罠にはめられました、殺されました、ではお話にならない。


(どれもあるよー。ただ、今挙げた中で【闇魔術】の洗脳するものと【空間魔術】の空間を跳躍するものは難易度が桁違いで使い手は少ないと補足しとくね。ただ魔術はほぼ万能だと思ってくれていい、既存の魔術がなければ新しいものを創れるのだからさ。例えば水浴びの後に身体を乾かしたあれは私のオリジナルだよ)


 リョウは心の中のメモ帳に魔術は要注意と赤ペンで書き加えた。そしてティエリアの最後の言葉で、今も(なお)続く倦怠感の原因の答えを見出した。


(つまりあの魔術は、ティア専用に作っていたから、日常生活に使うようなものなのに消費魔力が大きいなんてことになってたのか)

(ぐぬぬ……儀式前に【術式】をもっと詰めておくべきだった……)


 過去の怠惰に悔しさをにじみ出すティエリアの声に、リョウは気軽に使えるくらいに改良してくれないかな、と淡い期待を抱いた。


 そんな異世界の入門講座ともいえる質疑応答を行っていると、リョウは下腹部に圧迫感に近い馴染みある感覚を覚え、身体をぶるりと震わせた。生物であれば必ず備えている生体機能、すなわち尿意である。話を一時中断し腰を上げ、そして(ひるがえ)るローブの裾を見て固まった。


 ――そういえば俺の息子様はお亡くなりになられたんだった。


 リョウは手ごろな大きさの石を手に取ると、おもむろに地面をガリガリと堀り始めた。


(どうしたの? ――ああ、おしっこね)


 ティエリアの身も蓋もない単語により、どこか哀愁が漂う姿の少女に、さらにどんよりとしたものが上乗せされる。


(終わった後拭くのはそこに生えてる白いふさふさした【ユコル】の葉っぱを使いなよ)


 リョウは半ばヤケになりながら穴を掘り終えると、ティエリアに従うがままユコルの葉っぱを二、三枚むしり取ると、下着を下ろししゃがみ込んだ。


(ローブの裾を抱え込むように持ち上げて――そうそう、そうしとかないとローブにかかっちゃうからね)


 水浴びの一件で多大な精神力を消耗したリョウは余計なことを考えるだけエネルギーを消耗するのだと学習していた。無心で、ただただティエリアの言う言葉に従った。性器の違いによる戸惑いやローブを持ち上げる事でややもたついたものの、排尿を終えユコルの葉で拭き取ると、服を整え穴を埋めた。

 リョウは一連の流れを終えると、これから先も本当にやっていけるのだろうかと深くため息をついた。



 気が付けば日がだいぶ傾いていた。空が茜色に染まり、木漏れ日に輝いていた森が鬱蒼(うっそう)とした雰囲気を纏っていた。昼のぽかぽかとした陽気とは打って変わって空気がひんやりとしており、日が暮れ真っ暗になる前に移動しなければとリョウは急ぎ立ち上がった。


(遺跡に戻るのかい?)

(うん、森の中で一夜過ごすより安全だと思う)

(あの遺跡は魔物避けの【結界】が張られてるし、寝る場所も整えてるから安心して休むがいいさ!)


 獣道のよう道を進み、再び古代遺跡へ戻る。

 シェイムの森は今や日の殆ど差さない暗闇に包まれていたが、リョウの眼はその暗闇の中をはっきりと見通していた。さすが夜の種族とその身体スペックに感心しながら遺跡へたどり着くと、ティエリアに従って目覚めた部屋とは別の部屋へと歩みを進める。

 辿り着いた部屋は他と変わらずほんのりと光る石畳の部屋だったが、まるで場違いのように木造りのベッドが鎮座していた。フレームの部分部分には装飾が彫られ、木の匂いがほのかに感じられる。


(どう見てもこの石造りの遺跡に場違いなんだけど、これ)

(このベッドだけ私が設置したんだよ。さすがにしばらく過ごすのにこんな床じゃとてもじゃないけど寝ていられないからね。それにしても、いやー、こんなことに空間魔術を使って、さらに魔力枯渇寸前になったとか、今考えるとわたしアホだな)


 リョウはティエリアの残念さにいたたまれない気持ちを抱きながらベッドに腰掛け、血に汚れたブーツを脱いだ。さあ夕ご飯の時間だ、メニューは豪華絢爛ティエリアお手製のビスケットと水。身体に染み入るような濃厚さを感じられる一品は滅多に味わうことのできないものだ。

 そして五枚で満足する身体。リョウは相変わらずの燃費の良さを感じながらベッドに横になった。


 突然の異世界への転移、少女の身体への変化、ティエリアという存在、そして魔物との命の奪い合い。思い返してみればあまりに濃すぎる一日であった。

 リョウはティエリアと他愛もない雑談をしながら、大人サイズのベッドの上をごろごろと転がったり、掛け布団をぼふぼふさせて感覚を楽しんだりしていた。


 目的地である街アルレヴァは、森を抜けた後、徒歩二刻半(約四時間半)ぐらいのところにある。日が昇った頃に遺跡を出発すると、七の鐘(正午)過ぎ頃に到着するだろうとのことだ。こんな魔物の住む危険な場所なんて速攻立ち去って、安全な場所に行きたいものだ。


 雑談を重ねていると少女の目がぼんやりと細まり、うつらうつらしてきた。

 明日は一日中歩くことになる。魔物にもまた遭遇し、当然武器を振るい命を奪うことになるだろう。相対加速(アクセル)なんていう技能が使えるとはいえ、リョウは昨日初めてまともに武器を握った素人である。今日はたまたま偶然、魔物に勝利できただけなのかもしれない。無事に街にたどり着けたとしても、その先どうなるのか分からない。しかしリョウには、ティエリアという存在が傍にいるというだけで何故か安心感を感じていた。


 元来リョウは人嫌いである。日本に居た時に常日頃から人の悪意というものに晒され続けてきており、他人を常に警戒し悪意には敏感であった。そのため、初対面のはずのティエリアに何故ここまで気を許せているのかが、リョウ自身理解できておらず頭にしこりのように残っていたのだった。



 しばらく(のち)、古代遺跡の一室で少女が安らかな表情を浮かべながら寝息を立てていた。

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