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自由奔放な吸血鬼  作者: 望月すすき
序章(改稿後2024~)
44/48

00-04 命の奪い合い

内容は旧『00-05 初戦闘』をベースにしています。

魔鋼の短剣をミスリルの短剣に、剣身を15cmから20cmに変更しています。

精霊魔術なんてなかった。

アクセルの当て字を身体加速から相対加速に変更。


24/03/26 全体的な流れは変わらず改稿。

24/11/24 誤字・表現修正。

 そのイノシシのような巨体の体長は二メートル程だろう。その口からは二本の太く曲がった牙が飛び出ており、人体が串刺しにされる様が容易に想像できた。


 リョウは表情を険しく引き締めながら、慎重に身を起こした。野生動物を興奮させる危険性を知っていたためであった。


(レッドボアかー。最初にしてはいいの引き当てたねえ)


 ティエリアののんびりとした声音が場違いに響いた。リョウはその言葉に脳裏に疑問符を浮かべながらも、巨体を注視しつづける。

 ひくひくと鼻を動かし、その丸々とした巨体を小刻みに揺らしながら、周囲の様子をうかがっているようだ。


(気づかれてないっぽいな。このまま何処か行ってくれたらいいんだけど)

(鼻が利くから無理だろうね。の魔物だし、逃げ切るのも難しいと思うよ)

(肉食、魔物……うげぇ)


 物々しい単語の組み合わせにリョウは顔を引き攣らせた。いつでも逃げ出せるように体勢を低くし精神を集中させるが、明らかにその身体には力が入りすぎていた。


 「どうかこちらに気づきませんように」という願い虚しく、レッドボアと呼ばれた魔物はひときわ大きく鼻を鳴らすとに歓喜するかのような咆哮を上げ、地面を蹴ってその巨体を加速させてくる。


「うおおおおっ!?」


 リョウは地面を蹴り、必死の形相で転がるようにその進路から逃れた。その直後レッドボアの巨体はリョウのすぐ背後を走り抜け、その牙が髪をかすっていた。まさに間一髪であった。


 野性的な暴力に真っ向から晒され、リョウの額に汗がにじんでいた。

 走り抜けたレッドボアを見つめながら、その口から切迫した声が飛び出る。


「死ぬ、死ぬぅぅぅ!!! あんなの当たったら死ぬぅ!!」

(大丈夫大丈夫。吸血鬼族は多少の傷なんてすぐ治っちゃうから)


 一方のティエリアはどこ吹く風といった口調であった。


 ――もしやこの世界ではこんなのが日常風景なのか……?

 リョウは苦虫を噛み潰したかのような表情でレッドボアの様子をうかがった。



 レッドボアは七メートルほど離れた位置で旋回し、再びリョウへ向けてその巨体を加速させた。


 リョウは真横に飛び跳ねるように駆けるが、慣れない身体にその脚がもつれてしまう。つんのめるようになりながらも、必死の形相で体勢を保ち転倒を免れた。


 森を歩く中で今の身体には慣れてきているものの、これほど激しく動くことはまだ未経験である。

 変化した身体の操作性、地面との距離感、移動量の違い。一歩間違えれば転倒し、レッドボアの餌食になってしまう。まさに綱渡りのように危うい状況にリョウの心臓がドクドクと早鐘を打ち、血管を揺らす。


 レッドボアが再び反転し、その巨体を加速させた。リョウはレッドボアから視線を切らないよう、先ほどと同様に真横に避けた。今度は足がもつれず、余裕を持ってかわすことに成功する。



 それから数回、突進と回避の攻防が繰り返される。

 回数を重ねる度にリョウの動きは安定し、格段に動きがよくなっていった。



(……もしかしてこいつ、一度走り出したら真っ直ぐにしか走れない?)


 ぼそり、とリョウは呟くように言った。


 レッドボアの直線的な動き。

 それに対してのリョウの真横に避ける動き。


 二十回に達しようとしていた突進・回避のやり取りは、レッドボア、リョウ共に全て同じ動きの繰り返しであった。


(そうだよー。だから躱せさえすれば、戦闘経験なしのリョウでもボコれると思うよ)


 あっさりと肯定するティエリアに、これが当初の軽い反応の理由かとリョウは納得する。しかしさらりと続けられた言葉に怪訝な表情を浮かべた。

 あの巨体を素手でボコる、とは。正気の沙汰とは思えなかった。


(いやボコるって何。……そういや杖があったっけ、アレを使えば……いや無理だろ)

(アレでボコるなんてとんでもない!!!純粋な媒体ばいたいだよ!)

(だったらっ、)「——っどうしろとっ! ああもういい加減諦めろよ!」


 リョウは地面を蹴ると、執拗に突進してくるレッドボアに苛立ちを吐いた。


(カバンの右ポケットに短剣が入ってる、使うならそれをっ)

(そういうことはもっと早く言えよな!?)


 カバンはリョウから十メートルほど離れた位置に転がっていた。馬鹿正直に駆け寄っても無事にたどり着ける距離ではない。


 リョウはレッドボアの突撃を危なげなく躱すと、ひらりとターンを描くようにカバンへと数歩駆けて距離を詰める。

 突進の度に少しずつ距離を詰め、レッドボアがカバンと反対方向へ突進したタイミングでカバンへ手を伸ばした。留め具を外し短剣を取り出すと、レッドボアとカバンの軸をずらすように移動し、その後の突撃を巧みに避けた。


(短剣……言葉通りほんとみじかッ!)

(儀式用に使ってたやつだからね。でもしっかりしてて実用的なヤツだよ!)


 文句を言いながらも鞘から剣身を抜き放つと、


 ――しゃらん。


 鞘と剣身が擦れたのか、硬質で透き通るような音が辺り一帯に響き渡った。


 森が静まり返るような錯覚と共に鞘から現れたのは、二十センチメートル程の白銀に輝く刃。曇り一つない、まるで丁寧に磨かれた美術品のようなきらめきにリョウは息を呑んだ。


(何だ、この金属……?)

(ミスリル製だよ! 観察は後、来るよっ!)


 ティエリアの言葉ではっと我に返ったリョウは、白銀の刃を手にしたまま駆け、迫っていた巨体を躱した。

 レッドボアを視界の端に捉えつつ、白銀の刃に映る己の紅の瞳を見つめながら一呼吸。


 ――武器はある、頭も回る、この身体も驚くほど軽く問題はない。……足りていないのは覚悟だけだろう。


 きっ、とレッドボアを睨みつける。

 手にした短剣は短く、至近距離でないと当たらない。下手に刃を届かせるにしてもあの巨体だ、致命傷には程遠いものになるだろう。


 ――となると、まずは視界を潰して動きを鈍らせる……!


 右手の短剣を逆手に握り替えると、その手は震えていた。その震えを押さえつけるように左手で手首を握ると、すぐ動けるよう態勢を整える。近くにある大岩をちらりと見ると、再びレッドボアを注視した。



 リョウは先程と同じように突撃を躱しながら状況を整えていく。次の誘導先は、レッドボアの巨体をも超える大きさの岩。突進の進路の先に岩を据えることで減速、あわよくば衝突させるのが狙いだった。


 準備は整った、震えそうになる身体を鼓舞するように、不敵に笑みを浮かべる。少女の紅色の瞳が細まり、口角が上がった。


「さあ、来いっ」


 リョウは駆けてくるレッドボアを引きつけて躱すと、流れるように身体の向きを変えた。直後、ズン、と衝撃音が響きわたり、レッドボアが岩と衝突する。ニヤリと口角を上げ鋭い犬歯を覗かせると、短剣の柄を強く握りしめて腰を落とす。そのまま脚をバネのようにして思い切り地面を蹴った。


 それはさながら獰猛どうもうな肉食獣が得物に飛びかかるかの如くであった。地面を抉り飛ばした踏み込みは、一足でレッドボアに肉薄した。喉笛を食いちぎらんとばかりの勢いで白銀の刃を走らせ、肉を裂く感触に併せて右の視界を奪い取った。


「取った——!」


 続けざまにバックステップを踏み、手負いの獣から距離を取る。岩にぶつかり意識を朦朧もうろうとさせていたレッドボアの絶叫が、鮮血と共にほとばしった。もがき苦しむようにその巨躯が暴れる。


 これでは到底狙いをつけることは不可能だったが、リョウは気にする素振りを見せずに短剣を順手(じゅんて)に握り直すと、間髪入れずに再度踏み込みレッドボアの背に向けて横に銀閃を走らせた。右目に入れた一閃もそうだが、体毛を巻き込みつつも肉を切り裂くことのできる短剣の切れ味に内心驚きを浮かべながらも、さらに刃をひるがえし斜めに切り裂いた。


 一撃で致命に至らなくとも、結果として致命に至ればよい。

 生物であれば、血を流しすぎると命を失うのである。



 それは何事もなく片目を潰せて、何度も傷をつけられた、という事からくる油断だったのだろう。袈裟けさに斬った後に生じた僅かな隙の間に、レッドボアの強靭な筋肉による蹴りがリョウの腹部に叩き込まれた。


「うが——ふっ!」


 その衝撃により肺から空気が押し出され、小さな体は空中へと弾き飛ばされた。地面に叩きつけられ、喉から声が漏れた。

 内臓が掻き回されたような痛みにリョウの意識がくらついた。筋肉が引きつり、上手く呼吸ができない。呼吸に意識を集中させ胸部に力を込め、かひゅ、と音を鳴らしながら空気を吸い込む。


 それでも、寝ている場合ではないと痛みを堪えながら体を起こし、立ち上がる。

 思考が、視界がぐわんぐわんと揺れる中、レッドボアがこちらを睨みつけるよう立っていた。右目から血涙けつるいを流すその姿は憤怒に染まっており、リョウへとその牙を突き上げようと、頭を下げながら地面を蹴った。



 そのときリョウの意識は、不思議なことにレッドボアのももの筋肉が膨張して力が込められ、地を蹴り巨躯が加速するさまをはっきりと捉えていた。


 意識が加速しているのか、時が歩みを遅くしたのか。

 そんな状況に戸惑ったリョウが地面を蹴ったのは、レッドボアからだいぶ遅れてからであった。


 巨躯と矮躯わいくが交差する。レッドボアの牙が、リョウの左上腕の肉をこそぎ取るように抉った。


「——ッ!」


 皮と肉を抉られながらも、同時にリョウは無我夢中で白銀の刃を横一文字にいだ。だがその一閃は浅く、手応えは感じられない。

 レッドボアから距離を取り、舌打ちする。



 傷口から血があふれ、ローブが血に染まっていく。

 傷口から血があふれ、赤い毛がより濃密な赤に染まっていく。



「今のは——? いや、これ、まずい、かも」


 リョウは先程の妙な感覚に疑問を覚えるも、すぐに左手の感覚が無いことに気づき霧散した。力を込めても、肘から先が麻痺してしまったかのようにぴくりとも動かない。

 腕をつたって線を描いていく鮮血が、ぽたりと地面へ大きな雫を落とした。それを合図にせきを切ったように地面が赤く染まっていく。

 リョウは血の香りに無意識に喉を鳴らし、荒い呼吸を繰り返した。


 血を吸ったローブが左腕に絡みつく。見た目以上にローブの下が出血していると察したリョウは焦燥感を露わにした。


 ——血がたくさんでてる、動かない、どうするどうする、どうする……!


 一方で、不思議とそんな状況を冷めた目で見る、冷静さを保った己もいた。


 ——これは持久戦は無理。……けど落ち着こう、取るべき行動は変わってない。



「——こっちが倒れるより先に、あっちをたおせばいい」


 リョウには何故かそれを成せるという確信があった。まるでこの世界そのものが自分自身を味方してくれているような感覚。鮮血の雫は依然として地面を染め続けているが、不思議とそれが何ら問題であるとは思えなかった。

 いつの間にか胸中を満たしていた高揚感に身を任せ、右手に握る白銀の短剣を逆手に持ち替えた。


 理不尽は、今も昔も変わらず唐突に牙を剥いてくる。しかしその潮流に無抵抗に呑まれる気は決してなかった。足掻いて足掻いて足掻き抜き、その先で必ず喉元に食らいついてやる……!


「あああああ——ッ!」


 リョウは殺意をたぎらせ、紅の眼を爛々(らんらん)と輝かせながら吠えた。その威圧にされるかように、周囲の木々が戦慄わなないた。


 レッドボアもまた、リョウの裂帛れっぱくの気合に呼応するかの如く咆哮ほうこうを上げると、その身を弾丸と化した。


 リョウは駆けるレッドボアとすれ違うように紙一重で突撃を躱すと、即座に身体を反転させる。右手の短剣を左腰に添えるように構えると、腰を落とし身体全体がバネであるかのように地面を蹴った。それはさながらレッドボアの突撃を彷彿ほうふつとさせる動勢どうせいで、全身の力が蹴り足に込められていた。


 リョウの後方に、地面を覆っていた植物と土が飛び散る。

 七メートルほど開いていたレッドボアとリョウの距離が、一瞬で消え去った。


 リョウの眼は、レッドボアが速度を落とすための筋肉の動きからこちらへターンする細かな躰の動きまでの一挙一動を鮮明に捉えていた。

 ただ、それは思考や意識だけが加速しているという訳ではなかった。まるで世界そのものがスローモーションで動いている中、リョウだけが平常に動いているようだった。


 レッドボアの左側面に左足を着けると、右足で地面を踏みしめ、白銀の刃を左目へ突き立てた。刃は正確にレッドボアの眼球を捉えて突き刺さり、さらにその奥――眼底を突き破った。


 刃は完全にレッドボアの頭蓋内へ突き刺さり、眼窩がんかふちへ短剣のつばが押し当てられていた。リョウはその短剣を握ったまま右手首をひねると、レッドボアの巨体はビクビクと痙攣けいれんしながら崩れ落ち、その動きを止めた。


「……やった」


 リョウは短剣から手を離すと、脱力してその場に座り込んだ。


(うおお、何、今の?『相対加速(アクセル)』? すごーい、こんなになるんだ。ね、ね、魔物探し出すからさ、もう一度やって見せて、ね?)


 ティエリアが興奮し何やら早口に語る中、リョウはぺたん座りになったまま、呆然と眼前の骸を見つめていた。



 眼の前には命の灯火を失った敵。こちらはなお命が脈動しつづける身体。


 異世界という訳の分からない場所で、訳の分からないまま死へと片足を突っ込み、そして生き残った。

 リョウがそれを実感するのはほんの少しだけ後になるのであった。

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