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自由奔放な吸血鬼  作者: 望月すすき
序章(改稿後2024~)
42/48

00-02 残念な吸血鬼

内容は旧『00-03 残念な吸血鬼』をベースにしています。


24/03/05 垂れ流していた設定をまるっと削除しつつ改稿

24/03/06 カバンからポケットが消去されていた不具合を修正

 ティエリアがパスを通してちぐはぐになった魂を線引きしたことで、曖昧になってしまっていたリョウとティエリアの個がきちんと分かれた。

 『ボク』と称しよくわからないことになっていたリョウも、転移前の口調や考え方の『俺』に戻った。


 さあこれで落ち着いてお話できる態勢になりました!……とはいかなかった。

 リョウは鮮明になった頭で、依然として同じ頭の中にいるティエリアを詰問していた。


(で、何か言う事は?)

(ええとね、……つまんない作業の間に女の子の良さを教えてあげようと思ったの)

(……え?)

(だーかーらー、女の子の良さを教えてあげようと思ったの!)


 リョウは思わずティエリアに聞き返したが、再度返ってきた言葉は同じだった。

 ――はて、自分の理解力が足りないのだろうか?

 考え込んでみるも、やはり意味不明という結論に行き着く。


(意味が分からない)

(ほら、ちょうどいい刺激があったからさ、男()()()リョウにはぴったりでしょ? 「こんにちは(Hello)女の子!(Girl!)」 ってね)

(今も俺は男なんだけど)


 抗議の意を伝えるリョウが自身の身体へ視線を向けると、視界には汗が浮かび先程の火照りが残る幼い肢体が映る。


「………」


 数秒も経たないうちに視線を机に戻した少女の顔はほんのり赤く染まっていた。外見だけならまるで説得力はなかった。


(んふふ、大丈夫大丈夫。精神は肉体に依存するから、否が応でも慣れていくさ)

(不安にしかならないこと言ってる!?……もしかして、ずっとこの姿? 元の姿には戻れない?)

(今すぐどうこうはできないかな。【器】(うつわ)――新しい身体を準備して、術式も用意しなおさなくちゃいけない。最短でも十年はかかるだろうね)


 それよりももっと今の状況を楽しもうよ、とお気楽に続けるティエリア。

 それとは対照的にリョウはさっと顔を青ざめさせる。

 ――これから十年もこの姿で過ごさないといけない? しかも、未知なる異世界で?


「……もしかして、元の世界には」


 絞り出すように発した声は震え、かすれていた。


 ――元の姿に戻るだけで十年単位の時間がかかるのなら。果たして元の世界に戻るにはどれだけの時間が必要なのだろう。

 ――そもそも、元の世界に戻れるのだろうか。


(渡り人が元の世界に帰ったという話は聞いたことがないね)


 ティエリアの言葉でリョウはがくりと机に伏せた。ひんやりとした木材はまるで身体の芯を凍り付かせるようで。「あぁ……」とうめき声に喉を鳴らした。


 ――たとえ元の姿に戻れないにしても、元の世界には帰りたい。

 理不尽ばかりのクソみたいなところだったけれど、それでも亡くなった妹が愛していた世界なのだ。


(それでも、俺は元の世界に帰りたい)

(なら探せばいいじゃん)


 あっけらかんと言い放たれる言葉にリョウは二の句がつげないでいると、ティエリアはさらに言葉を続けた。


(渡り人という存在を生み出す現象があるなら、それを起こすことも可能だって思わないかな?世界を渡るという空間に関係した現象。この世界(フォアグリム)に存在する空間に作用する【魔術】。なんだか(しるべ)となってくれそうじゃないかな?)


 魔術研究者としての血がうずうずしてきた、とティエリアは取ってつけたかのように言葉を付け加える。慰めのような言葉に重ねられる、欲望丸出しの言葉にリョウは鼻を鳴らした。


(ふふっ、その言い方だと、まるで手伝ってくれるように聞こえるんだけど)

(当然、こんな面白そうなこと逃せる訳ないじゃん。それにリョウがいた世界とやらを見てみたいしね)

(……あんな所、行っても楽しくないと思うよ?)

(魔術がなくて、代わりに科学が発展してるんでしょ? 【魔力結晶】じゃなくて電気を使って生活を向上させてるんでしょ? これが面白くない訳ないよ!!)


 だんだんと口調をエキサイトさせていくティエリアにリョウは目をぱちくりさせる。


 ――うーん、魔術かぁ。

 そういうファンタジー丸出しの要素自体に興味がないというと嘘になる。となるとその逆、魔術の発達した世界では科学もそう感じるのかと納得する。

 そこでティエリアの発言にはて、と疑問を抱いた。


(いや待て。何でティアに地球の知識があるの)

(記憶を整理する時にちょいちょいっとね。話すときに共通の知識があると便利でしょ?)

(たしかにそうだけど、あの状態でさらにいろいろやってたとかどんな図太い神経してるんだよ!?)

(うははは、わたしは欲望と打算渦巻く魔性の女なのさ)


 ぺろり、と舌なめずりするかのような声音。ただその声には幼さが混じっているようで、どうにも背伸びしている感が拭えないと感じるリョウ。


 一方ティエリアは我ながら良い機転だったと自画自賛していた。リョウとの会話を円滑に進められるようになった上、異世界の知識まで手に入った。ただそれを活用するには意識して知識を掘り出さなければならない。これからリョウと会話する中でその糸口を掴み、数多の知識をものにしてやろうと内心笑みを浮かべる。

 後ほど、リョウにもこの世界(フォアグリム)の知識をちゃんと写しておけばよかったと後悔するのは余談である。




 *―――――*―――――*




 それからしばらくの間この世界(フォアグリム)について質疑を重ねていると、きゅるるる、と気の抜けるような音が鳴った。リョウが思わずお腹をさすると、思い出したかのように胃が空腹を訴えかけてくる。まるで一食抜いた時のように、胃がへこんでくっつきそうな感覚である。


(お腹の虫が断末魔の悲鳴みたいな声を上げてるし、お話は一旦切り上げてごはんにしよっか)

な表現すんな)

(そこのカバンにビスケットが入ってるよ、お食べお食べ)


 リョウは机の横にあるカバンを取ろうと立ち上がった。

 なんてことのない短い距離の移動だったが、石畳に足を引っ掛けてぼてっと転んだ。無言で起き上がると、釈然としない表情を浮かべなからカバンを抱えて椅子に戻ってくる。


 カバンはいわゆるショルダーバッグタイプだった。こげ茶色の何かの革でできているようで、側面に二つポケットがつき、あとは肩紐と被せがついているだけのシンプルなデザイン。リョウが紐をほどき被せをべろんとめくると、そこには折りたたまれた服やブーツ、布地、革の袋、金属製の筒、ロープやリョウの今の身長を超える程の長杖(・・)などが乱雑に入っていた。


(どう見てもカバンの体積と内部の体積が一致していないんだけど!?)

(そのカバン、『空間拡張』シビナ・エクステンシオが付与されてるんだ。便利でしょ。あ、ビスケットは袋の中ね)


 得意げに言うティエリアにリョウは四次元ポケットみたいなものだろうか、と言葉を飲み込んだ。どこまでファンタジーってすごいという言葉で片づけたらいいのだろう、と少しずれたことを考えながらカバンに手を突っ込む。しかし奥まで手は届かず、仕方なしにひっくり返して中身を机の上にぶちまけた。


 何個もある革袋はどれも似たような外見で、一つ一つ中を確認していく。空の袋、細かく柔らかい白い毛が生えた葉っぱ、身分証のようなものが二枚、金銀銅、鈍色に輝くコイン、黒光りした何かに無数の足が――そっと袋を閉じ見なかったことにする――、水晶のように透き通った鉱石、石ころ、液体の入った小瓶や櫛、手鏡など身だしなみを整える道具セット。


 そしてようやく目的のブツに行きつく。袋の口を開いた途端、胃を直接刺激するような香ばしい香りが鼻腔をくすぐり、リョウは知らず知らずのうちにごくりとつばを飲み込んだ。中のビスケットは丸、四角、三角、星、とさまざまな形をしており、微妙に形が歪んでいて手作り感があふれている。

 材料として()()()()()をぶち込んだティエリアのお手製である。


(お腹の虫が死に絶えちゃう、さあ早く早く!)


 ティエリアに急かされるがままリョウはそのうちの一つを取り出してかじる。すっきりとした甘さの中になんとも表現し難い濃厚な味が混じっている。咀嚼するとまるで身体に()()()ような錯覚を覚え、リョウは自然と顔を(ほころ)ばせた。


(ん゛ん゛ーっ、染みるねえ。水は水筒――その金属の筒ね)


 ビスケットの味にお酒を飲んだ後の第一声のような声を上げるティエリア。その声を聞きながらリョウは改めて妙なことになってしまった、とぼんやり考える。

 少なくとも十年はティエリアとこうして感覚も共有して一緒に生きていく必要があるのだが、先程の醜態といい先行きに不安しか覚えない。これからも断固とした姿勢で臨もうと決意し、水筒を手に取る。


 水筒は日本で見かけるものとよく似ている。ねじ式のふたがコップとして使え、中ぶたはついていない形状。中には水がなみなみと入っていて、ぬるい水がリョウの身体に染み渡った。空腹なだけではなく水分も足りていなかったようだ。



 五枚食べてごちそうさま、リョウ自身驚きの小食だった。何らかの成分により身体はじんわりと暖かくなっていて、気分まで落ち着いてぽやぽやしている。


(ふぁ、不思議な味で美味しかった)

(なにせわたしのお手製だからね、感謝するがいいさ。……あー、満足満足)


 二人は満足気に声を上げると、ごちゃごちゃにひっくり返したものをカバンの中に放り込んでいき後片付けをする。ビスケットはまだまだたくさんの量が残っており、このペースで食べると数日は持つ。


(とりあえずこの世界に慣れないとな。となると……まず人の居るとこを目指すか。ここってたしかなんたら王国の森の中、だったっけ)

(エガード王国のシェイムの森ね)

(それそれ。ここから一番近い……街? そこに行こうと思う)

(ここの西に【アルレヴァ】って街があるよ)


 エガード王国は人族領の果てにあり【魔族領】と接している国だ。人族と魔族は現在絶賛戦争中であり、物資を運ぶ重要な流通路上にあるのがアルレヴァという街であった。シェイムの森はその東に広がる山脈の麓に位置している。

 ティエリアから周囲の簡単な地理の説明を受けたリョウは眉間にしわを寄せる。


(うわ戦争かあ、物騒な。関わり合いになりたくないな)

(同感、南に向かうといいよ。すぐ国境があって【グラント王国】に辿り着ける)

(そうしよう。食い扶持を確保して南へ、だね)


 リョウは早速行動とばかりに立ち上がると、ぺたぺたと血塗れの身体を触って乾いていることを確認し――固まった。そういえば衣服はボロボロ、身体中が血まみれ。これでうろつくと完全に事案である。

 そんな様子を見かねたティエリアが声を響かせた。


(この遺跡を出てすぐの所に、水浴びできる湖があるよ)

(よしっ、まずは奇麗にする。カバンに服らしきものが入ってたけど――)

(今の身体用に用意してたローブと、もともとわたしが着てたローブだね。一応どっちも……着られると思う)

(今なんで不自然に言葉に詰まった)

(……胸まで小さくなっちゃったから)


 少し沈んだようなトーンのティエリアに、リョウはなるほどと他人事のように納得する。


 ――妹も胸については気にしてたし、男にはない悩みがあるんだろう。



 ボロボロの格好の少女は気を取り直してカバンを肩にかけると、スニーカーをぺたぺた鳴らしながら遺跡の外へ歩いて行った。


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