表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自由奔放な吸血鬼  作者: 望月すすき
第二章
40/48

02-03(旧) 殺されたシェイムの森と神樹

18/01/08 サブタイトルの変更(旧の追加)

 シェイムの森からは青々しさが失われていた。木々の葉はくすんだような色をしており、既に地面には完全に枯れ切った葉が転がっている。鬱陶しい程に生い茂っていた草々は細く萎び、ちらほらと枯れてしまっている草も混じっている。

 間違いなく森の中に居るのに、少しも自然らしさが感じられないのである。まるで森の様子に合わせて木漏れ日の光までもくすんでしまっているようだ。


 シェイムの森の管理者権限を失ったとはいえ、キャロはまるで自分の庭を歩くように全く迷う様子を見せず森の中を進んでいく。俺とユッカちゃんはキャロの揺れるツインテールを追いかけるようにその後に続いている。


 途中通りがかったルコの木の近くには、腐り始めた実が転がっていた。


 直接森の様子を目にすることで、昨日ティアが語った森の死という言葉が重く肩にのしかかる。キャロと一緒に森で過ごした穏やかな時間を思い返すと、気分がどんよりと曇るようだ。


 キャロはというと、森が殺されたと分かった時点でこうなることを知っていたのだろう。ひと月程度とはいえ、生まれてからずっと過ごしてきた場所だ。キャロの胸の中にはどんな思いが渦巻いているのだろうか。俺が妹を亡くしたときのようなどうしようもない喪失感なのだろうか。

 ――いや、今尚キャロは自分の足で、しっかりとした足取りで森の中を歩いている。キャロは俺と比べるまでもないくらい強い子だ。だけれど、だからこそ、無理をしているのではないかと心配になってしまう。


「……キャロ」


「どうしました?」


 思わず呼び掛けてしまったことで足を止め振り返った幼女は少し陰りを感じられるものの、外見年齢相応の愛らしくきょとんとした表情を浮かべていた。


「いや、呼んでみただけ、なんでもないよ」


「変なアヤお姉ちゃん」


 髪をいじりながら誤魔化す俺に対し、キャロはくすくすと笑みを浮かべた。それが力の抜けた自然な笑みだったので、彼女の心の中では折り合いがついているのだろう、心配は杞憂だったかなと安堵の息が漏れた。


「それにしても魔物と殆ど遭遇しない。これも森が死んだ影響かな」


「森の恵みがなくなったということですからね、みんな山の方へ移動したのだと思います」


「なるほど……っとと、ユッカちゃん!」


「ん、分かってる」


 右前方に魔力を感じ注意を呼び掛けるも、ユッカちゃんは既に気づいていたようだ。つい大声を上げてしまったけれど、冷静に考えてみれば魔力を感じれられるのはユッカちゃんも同じのはずだったや。

 三人で行動するにあたって、各自の実力を把握して役割分担などを決める必要があるなあと考えながら魔力の気配へと意識を向ける。


 右前方から現れたのは茶色の体毛をもつ小柄なオオカミのような魔物――シェイムジャッカル。危険度10というEランク相当の魔物といえど、戦う力のない者にとっては十分な脅威である。


「打ち抜け!」


 しかし俺たちには戦うための力がある。ユッカちゃんが『氷弾』(アイスバレット)の魔術を行使し、氷礫がシェイムジャッカルの頭蓋を穿ち一瞬にして脅威は取り除かれた。

 魔物を屠った後もユッカちゃんは油断することなく辺りの警戒を続けている。魔物を屠るごとに緊張の解けるような感覚に浸っていた俺とは違う。こういうのが俺と場数を踏んだ冒険者の違いなんだと実感しながら、先ほどのユッカちゃんの魔術の術式へと意識を向ける。


「氷のシンボル、物質化、四、いや五の圧縮に……十の飛……撃……、んあー! 無理、読めるか!」


 術式を読み解こうと頭を働かせるも、まだ術式について学び始めて一日である。いくら術式が見えるなんて特殊体質とはいえ無謀であった。そんな俺へと生暖かいものを含ませながらティアが解説をしてくれた。


氷弾(アイスバレット)だからたぶん撃鉄かな。ほら、銃の発射機構で火薬を点火する雷管をぶっ叩く部品、アレだよ)


(バレットってそこからきてたんだ。というよりこの世界に銃って存在してたんだ……)


(時々アーティファクトとして出土するし、過去の時代から存在してたようだよ。ただ、今普及している銃はそれを元に新たに製造されたものだけどね)


魔力大砲(マギカノン)なんて代物があるくらいだからおかしくはないのかな。地球のものとは弾や発射機構が違うとはいっても、筒から弾を飛ばす発想があるわけだし)


 術式の話から雑談に話をシフトしつつシェイムジャッカルの討伐の証拠になる耳を短剣で切り取っている後ろでは、ユッカちゃんが真剣な面持ちでキャロに話しかけていた。


「……キャロちゃん、この森の管理者だったと聞いたけど、魔物達と面識はあったの」


「面識というよりも、私が一方的に森の恵みを分け与えていただけでしょうか。魔物さんは私には敵意を持っているようですから。実際、魔物さんたちの争いに関わった途端に襲われて、必死に逃げていた時にアヤお姉ちゃんに助けられましたからね。平和に暮らしている魔物さんはともかく、襲ってくる魔物さんには容赦はしません」


「ん、それならよかった」


 キャロは過去の出来事に思いを馳せるように遠い目をすると、楽しいことを思い出したのか口元を緩ませた。そんな年齢相応の表情にユッカちゃんは目を閉じほっと息を吐くと、ローブを指先で撫でながら穏やかな目をキャロへと向ける。ユッカちゃんもキャロのことを心配していたのだろう。

 俺以外にキャロに目を向けてくれる存在がいることに安心を深めながら、テンションの上がったティアとのトークへと意識を戻す。


(いやはや、科学というものは素晴らしいね、銃の機構の理由さえ丸裸にしてみせるんだもの。ああアヤから手に入れた知識が楽しい文化が楽しい組み合わせるのが楽しいな)


(お願いだから変なことに使うなよ!?)


(大丈夫大丈夫、今本格的に考えてるのは性交渉につかう道具――)


(少しはその桃色に染まった思考に別の色を混ぜてよ……)


(失礼な、わたしだってちゃんとやるべきことはやってるんだよ。将来わたしの偉大さに気づいたとき、ひれ伏すがいいさ)


(へいへい)


 ティアはおそらくこの世界有数の知識人だろう、大抵のことは聞けば返ってくる。それにこの世界(フォアグリム)の数百年先を行く文明の知識が加わっては、随一と言っても間違いはないかもしれない。

 その一方、彼女と話せば話す程残念さが増していく。というよりも魂のパスをつないだ時点で残念度は限界突破してたや。

 そういえば前に話に出たティアの知り合いらしき吸血鬼も特殊な性格をしているようだったっけ。もしかしたら吸血鬼族には変なのしか居ないのではないだろうか。

 ぶるりと身体を震わせながら、どうかそんなことありませんように、と嫌な想像を振り払うように身体の前に流れてしまった髪を後ろに払った。




 この世界には神が実在する。伝わっている神話そのものが正しいのかは判断はできないけれど、少なくとも歴史上には神様が関わった出来事がしっかりと記録と共に残っているらしい。現に俺も戦神の加護を得てしまったというのも存在を実感できる理由のひとつである。

 例えば、神官が使う法術。これは魔力と術式よって世界に影響をもたらす魔術とは根本的な仕組みからして違う。どうやら神々の力を借りて行使するものらしく、中には神を降ろし現界させるものさえあるという。神にも位があって、高位の神はそうそう現界できないらしいのだけれどね。

 さて、そんなこの世界の神様方を例えるならばまさに八百万(やおよろず)といったところだろうか、実に日本人の俺が持っている印象に近しい。有名な神から村単位で崇められるようなマイナーな神、そして禍神のような悪神。ティアのいう悪しき神とは悪神にあたるものだ。悪しき神は加護という名前の呪いを地上の存在に与え、啓示を下し時には自ら降臨し、自らの存在理由の下災厄を撒き散らす存在だという。

 ……どうやら悪神とは違って祀って抑えるような存在ではないらしい。


 さて、何故ティアが悪しき神が絡んでる可能性に至ったのかだけれど、話を聞くと実に単純な理由だった。古き悪しき神が存在を憎む神樹がこのシェイムの森に生えていて、通常では干渉できないそれが破壊されたからだという。


「ふう、着きました。ここがシェイムの森の、地脈口だった場所、です」


「……これが、ヤーヴェルの樹」


 キャロが案内してくれた地脈口だった場所には、まるで悪意を叩きつけられたかのように真っ二つに叩き割られた白い樹が無残な姿を晒していた。断面はぐずぐずと液状化して黒ずんでいる。ただ木が腐ったのであればこんな腐り方をしないだろう。

 そして腐敗に侵されようとも、この樹が纏っている荘厳さは損なわれてはいなかった。存在の格が違う、とでも表現するべきだろうか。理由なんてなく、ただ本能的にその姿が脳に焼き付き、樹が巨大に見えるような錯覚にくらくらし、その存在に飲み込まれるようだ。


「いやはや、これは悪しき神の仕業確定だね。この森は神樹であるヤーヴェルの樹が地脈口として機能していた。けれど今は御覧の通り、ただの男爵級悪魔ごときがこうも神樹の子を破壊できる訳がないのさ」


 言うまでもないと思うけど、今大げさな身振りを交えながらアヤの身体で語っているのはティアである。伝言ゲームをするよりも、直接語ってもらうほうが早いからね。質問も投げつけやすいし。

 ただし余計なことを言う可能性もあるんだけども。

 ティアの気取ったような言い回しに、ユッカちゃんが眉をひそめて訝しげにこちらへ視線を向けた。


(今話しているのはティアさん……だよね)


(うん、私にはこんな解説なんてできないからね。こっちの方が手っ取り早いと思ったんだ)


(やっぱり。言動からティアさんらしさがにじみ出てる)


(うははは、私の解説が火を噴くよ!)


(ん、フォンベルクの知恵は頼もしい)


 ユッカちゃんの言葉にティアが目に見えて調子に乗っている。このまま乗せすぎると面倒になるのは分かり切っているので釘を刺すことにする。ティアに餌を与えすぎないでください。


(そうだ、ユッカちゃん。伝えるのをすっかり忘れてたことがあったんだった。ティアはキャロに存在を隠しているんだけど、話を合わせてくれると嬉しいかな。……隠してる理由はものすごい下らないんだけれど)


 タイミングを見計らってキャロを驚かせるためだけに存在を隠しているという俺の言葉に、ユッカちゃんが呆れたような表情を見せた。


(今までのティアさんのキャロちゃんへの不自然な態度に納得がいった。……それでティアさんは何でこんな無意味なことを)


(……これがティアの平常運転だから。頑張って慣れて)


(……んぅ)


 ユッカちゃんの短い返事には困惑した感情が込められている気がした。

 俺とユッカちゃんから向けられる感情にやりきれなくなったのか、ティアは乾いた笑い声を上げてわざとらしく咳をした。伝えることは伝えてあげたから、後のフォローはティア自身がやってください。


「ごほんごほん、ええと、あれは悪しき神の中でも相当禍々しい類の仕業だね。とはいっても降りてきた形跡はないし、おそらく神託でも受けた信者が悪魔のアルレヴァ侵攻に合わせて、呪いの籠った加護か【神器】の力で叩き割ったんじゃないかな」


 あ、無理矢理話を元に戻した。

 ティアの話した内容を聞いたユッカちゃんはさっきまでの緩んだ雰囲気が嘘だったみたいに、腐ってしまったかのような神樹の断面へとすっと忌々しいものを見るかような目を向けた。忘れようがない、底冷えするような憎悪を宿した目だ。ここまで酷く濁った憎悪を持っているのならば、何があっても止まらないだろう。

 ユッカちゃんが剣呑なオーラを振り撒いている一方、キャロはすっかりと姿を変えてしまったのであろう神樹をぼんやりと見つめていた。


「なぜ、悪しき神はこんなことをするのでしょうか」


「一部の悪しき神は善き神を、そして善き神がもたらした神樹を憎んでいる。まさしく伝承の通りに」


「伝承、ですか?」


(神話とかその手のお話かな?)


 キャロがこてんと首を傾けてユッカちゃんへと尋ねる。俺も知らないことだったのでキャロに続いて念話を伝える。


「ん、なら教えてあげるね。私の知ってる範囲でだけど」


 ユッカちゃんは、んっと喉の調子を整えるように小さく声を鳴らすと、人族の間に伝わるという話を語り始めた。



 ―――――



 昔々、人族は善き神々から恩恵を受けたヤーヴェルの大樹の下、幸せに過ごしていました。

 ヤーヴェルの大樹に実る果実は一つで空腹を満たし、病を退け、活力を与えるというものでした。

 ヤーヴェルの大樹と善き神々の恩恵のおかげで人々は飢えにも病にも怯えることなく、平穏を享受していました。


 ところが、そんな世界の在り方を快く思っていないものが居ました。

 人族にヤーヴェルの大樹を与えた善き神々に対して、彼らは悪しき神々と呼ばれていました。悪しき神々は創造神様によって創られた世界を支配しようと考えている邪悪な存在で、善き神々を信仰する人族が邪魔だと考えました。

 悪しき神々はまず善き神々の目を欺くために瘴気を地上にばらまき、人々の姿を天から隠しました。そして疫病や嘆き、嫉妬、狂乱等の負の概念を、呪いをばら撒きました。


 善き神々が事に気づいたときには既に地上は手遅れになっていました。人々は欲望に塗れ、争いを繰り返す存在になっていたのです。

 中にはヤーヴェルの大樹を切り倒そうとする者まで現れ、善き神々が凶行に走った者たちを止めたはいいものの、ヤーヴェルの大樹は深く傷つきました。


 悪しき神々の悪行に怒った善き神々は、悪しき神々へと戦いを挑みました。善き神々が戦いを優勢に進め、次々と悪しき神々は滅ぼされました。

 しかし、悪しき神々の中でもより強大な一柱との戦いは苛烈を極めるものでした。多くの善き神々が滅ぼされ、地上は戦いの余波により破壊され、ヤーヴェルの大樹は真っ二つに折れ、それ以降実を実らせることがなくなりました。


 長きにわたる戦いの結果、勝利を収めたのは善き神々でした。しかし強大な悪しき神は滅ぼすことはできず、なんとかこの世界から追放することで得られた勝利だったのです。


 こうして悪しき神々は倒されましたが、人族が頼っていたヤーヴェルの大樹は永遠に失われました。人族は悪しき神々の呪いが残る荒廃した世界の中で、自らの力で生きなければならなくなったのでした。



 ―――――



 ユッカちゃんの語りに、きらきらと目を輝かせたキャロと二人でぱちぱちと拍手をする。するとユッカちゃんはほんのりと顔を赤くしてローブの裾をいじりはじめた。恥ずかしがるユッカちゃんは何だか新鮮かも。


「人族の間ではヤーヴェルの大樹は神話時代に折れ、失われたという伝承があるけれどヤーヴェルの木自体は数は少ないけど現存してるのさ。……ここの樹は破壊されてしまったけれど」


「お話の通りなら悪しき神は追放されているのではないでしょうか?」


 キャロの質問は尤もだと思う。そもそもこの神話が本当に起こったものなのか、真実だけを伝えているのかなんてわかんないんだけれど。


「その伝承の後に何が起きたのかは伝わっていないけれど、確実に言えるのは今この世界(フォアグリム)には悪しき神々が存在する。研究者の説の中では、長い年月を経るうちに新たな悪しき神が増えていった説が有力。この世界の生命は神に至ることがあるから」


「もしかしたらわたし達の知らないところで、神々は今も戦いを繰り広げているのかもしれないね」


「それは、きりがないのでは……?」


「だろうね、善き神々には是非とも頑張ってもらいたいね。伝承の通り、悪しき神はロクな存在ではないから。悪しき神に見初められた者はほとんどが例外なく悲惨な末路を辿るんだよ」


(うへえ、関わりたくないなあ)


「神様たち、がんば、です!」


 キャロが気合を込めて善き神々を応援しているのを微笑ましく見ていると、ティアがぼそり、とつぶやいた。


「神からの奇跡と呪いは紙一重、ってね」


 (まじな)いと(のろ)いは日本語では全く同じ文字。なんとなくこの世界においても割と真理をついてるんじゃないかなーと思う。ティナの何気ない一言に納得する俺とは対照的に首を傾げるキャロとユッカちゃんの様子に、なんとなく笑みが零れるのであった。



 ちなみに神樹であるヤーヴェルの木は優れた素材になるらしく、ティアのアドバイスに従って腐ってない部分を三人掛かりでちゃっかりと持って帰った。

 人に歴史有り。キャロは癒し。


 02-03は二パターン書き上がってどちらを上げるか悩みましたが、諸々を考慮した結果こちらになりました。ちなみに上げなかった方はこちらと比べ暗さ四割増しな内容でした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ