02-02(旧) 舞い上がる蒼色の花
修正内容:
00-06 風の大精霊様の祝福→風の大精霊様の加護に修正
01-01 冒険者組合加入料が銀貨一枚(1,000イクス)と高いので魔銅貨二枚(200イクス)に値下げ。アヤの能力から耐性(苦痛)を削除。
01-02 アヤの能力から耐性(苦痛)を削除。それに伴いティアのセリフも変更。
17/06/24 スランプ気味でしたが次話投稿の目が見えてまいりました。今月中には投稿する予定です。活動報告の方にいろいろと必要な情報から必要でない情報までを書いてます。
18/01/08 サブタイトルの変更(旧の追加)
カンカンと鳴る金槌の音、重量物を乗せた荷車がごろごろと行き交う音。街には防衛戦以前よりも多くの人々が行き交い、喧騒を大きくしている。
アルレヴァの街は先日の防衛戦の爪痕が大きく残ってはいるが、多くの人々の表情には笑顔があふれている。事前に住人の王都への避難が行われていたと聞いたが、街に残った人も多くいた。そんな住民の心情が映し出されたような光景に感慨深いものを感じる。
「これが復興特需というものなのかな」
ぼそりとむつかしそうなことを呟いてみたけれど、大学での専門は電気でした。経済は専門外です。
「わあ、防壁がもうあんなに修復されています」
北側の防壁を見やったキャロが感嘆の声を漏らす。複数の魔力大砲によって破壊されてしまった北側の防壁は、あの日からたった四日で茶色い建材にて既に復活していた。
「あれは土魔術の応急手当。少しずつ石組みに置き換えていく」
「なるほど、応急手当ですかー」
不思議な建材だと思っていたものは聞いてみればただの土。それでも、たった数日あれば防壁の穴を埋めてしまえるという事実には驚嘆する。魔術がある世界だとこうも違うものなのかと思い、そして自身の手でそれを行えるようになることに自然と小さな拳に力が入る。ちなみに魔術の発動はまだ一度も成功していない。
昨日の魔術講座では、少ない魔力を増やしつつ、ティア先生曰く効率の良い訓練を行い、そして大量の術式を頭に叩き込まれた。大量の術式と、それを構成するシンボルや接続、配置を覚えること、それに術式の操作が組み合わさると飛躍的に魔術の自由度が増すらしい。いわば新しい文字、言語を覚えるようなものなので一回目から苦戦してるんだけど。
人々の間を縫ってキャロ、ユッカちゃんと共に中央通りを進む。向かう先は冒険者組合。キャロの登録と、パーティの申請が目的だ。冒険者稼業は食い扶持を増やすためのたいせつなお仕事。いくらユッカちゃんが資産を持っているといってもそれをあてにはしたくない。
「そういえばユッカちゃん以外にも貴族の冒険者居たなあ。貴族が冒険者になるのってよくある話なの?」
「あまりない。ほとんどが順番が違う」
「順番?」
「平民の冒険者が功績をあげて受爵し貴族になる」
あーなるほど、褒美ってことで国から爵位をもらった、ってことか。俺としてはこれっぽっちもご褒美とは思えないけど。
「でもユッカちゃんは違うよね?」
「ん、私は家の方針。見聞を広めつつ修行も兼ねてる」
修行って……剣術家とか武術家じゃないんだから。ああでもこの世界には魔物がいるのだから、剣や魔術の腕を高めるのは当然のことなのかもしれない。
「ちょうどいいかもしれない、修行の旅。私も強くなりたいと思ってるから」
「私も! アヤお姉ちゃんたちと一緒にがんばります!」
「そうだね、キャロも一緒に三人で修行の旅だ」
「ん、アヤさん、キャロちゃん。頑張ろう」
ユッカちゃんが両手で俺とキャロの頭を優しく撫でつける。気恥ずかしいけれど、こうやって髪に沿うように撫でられるとすごい心地いいのだ。キャロも目を細めてほにゃりと表情を緩めている。
「ふふ、アヤさんとキャロちゃんが妹になったみたい」
藍色、金色、小豆色。全く外見の違う三人だけど、もしかしたら周りからも姉妹のように見られているのかも、なんて思ってしまい少しだけ顔が熱くなる。うー、ユッカちゃんがいきなり変なこと言うから。
「……そういえば、何でユッカちゃんは私のことをさん付けで呼ぶの?」
変な想像を頭の隅に追いやるように、前々から気になっていた事を聞いてみる。するとユッカちゃんはのんびりとした様子から打って変わって、真剣な眼差しを向けてきた。
「私はフォンベルクの血族を抜きにしても、貴女の気高い精神を尊重している。自身のことを顧みず、ただの知り合いを助けるなんてまるで物語の英雄みたいだった。小さな可愛い英雄さん」
「気高い精神……ね」
もちろん私はそんな高尚な性格なんてしていない。今までとってきた行動だけに絞ると結果的にそう見えてしまっただけだ。
大切な人は今度こそ命に代えても助けたい。
好意や興味を持っている人にはできる範囲で手を伸ばす。
――そして、それ以外の有象無象は、全て等しくどうでもいい。たとえ目の前で斬り殺されても。
「私はそんな存在じゃない、本質はちっぽけな取るに足らないものだよ。それに他人行儀みたいで嫌だから、もっと親しく呼んでほしいかな」
元の世界に居た時点で異質な考え持っているのは自覚していた。自論だけれど、こういったものは例えば私みたいに、自覚していないより自覚している方が性質が悪い。社会に溶け込めるように、表面上は人道的に動くことができるのだから。いつか私の本質を知った時、ふたりは今までと変わらなく接してくれるだろうか。
それでも今は、この心地いい関係に揺られていたい。
「アヤさんがそれを望むのなら。……アヤちゃん?」
「……せめて呼び捨てでお願いします」
「ん、アヤ」
ユッカちゃんは少しだけ不満そうな表情を浮かべているが断固拒否したい。パーティを組むからには日常的に呼ばれることになるのだ。キャロからのお姉ちゃん呼びされるのは、なんというか、最初にすっと受け入れられたからこれでいいや。
……初対面の誰かからちゃん付けされるのは仕方ないと諦めた。この外見を考えてみれば嬢ちゃんと呼ばれるのも致し方ないと思う。妥協する度にアイデンティティが削られている気がするけれど。
「私も、私も! ユッカお姉ちゃんって呼んでもいいですか?」
「ん、もちろん」
「えへへ、改めてよろしくお願いしますね、ユッカお姉ちゃん!」
「ん、こちらこそよろしく、キャロちゃん」
呼び方を変えるだけで距離感が一気に縮まったように感じる。ユッカちゃんとキャロも同じだったのか、申し合わせたように三人共に微笑みを浮かべた。私の口調をキャロと話すときのものに統一したことで固さが解けてきているのも関係しているかな。キャロの口調は……ええと、うん、がんばろうとしかいえないや。
冒険者組合の扉を開くと、人人人人人。人がごった返していた。復興の労働力としての依頼でも溢れてるのかな、なんて思いながら中へ入ると、一番手前の列の最後尾に見知った顔があった。
「ちょうどよかった、イルミナさん、ハイエムさん。数日ぶりです」
後ろに並びながら声をかけると、二人はびくりと肩を震わせて振り返り、目を丸くした。イルミナさんが跳ねるような声を上げる。
「アヤちゃん!? 重症を負って目を覚まさないって聞いたけど、無事だったんだね! もう動いて大丈夫なの、後遺症は傷跡は残らなかった!? こんな綺麗な肌を傷つけるなんてあたしも悪魔に一発かますべきだったよ! あ、ユッカちゃん、キャロちゃんもこんにちは!」
一気に言葉をまくし立てるイルミナさんに対して、ハイエムさんは苦笑いを浮かべながら「言いたいことは大体イルミナに言われちゃったけど……もう怪我はいいのかい?」と穏やかな口調で言った。
「はい、心配をおかけしました。今はこの通り完治していますよ」
キャロが溌溂とした声で挨拶を返し、ユッカちゃんが言葉短く「ん」と返す。
俺は手を広げて怪我が残っていないことをアピール。今は大き目であるティアのローブを着ているので、袖からはちょこんと指先だけしか見えない。
俺達の言葉に端を発して冒険者たちから様々な視線を向けられ、ざわめきが広がっていく。中には畏怖の念を含んだかのような視線を向けてくる人もいる。私、コワクナイヨー?
「……あれが噂の『金紺のトロル殺し』なのか?」
「三人とも綺麗な見た目してんな、あんな子たちを嫁にしてえな」
「見た目で判断すると痛い目を見るぞ。何でも魔鋼の剣を軽々と扱い、数千ものトロルを殺したとか」
「あの腰に差しているのが魔鋼の剣か? 嘘だろ、平然としていやがる」
「この虫一つ殺せそうもない嬢ちゃんがか?」
「北中央で直に見たから間違いないぞ。絶命したトロルを放り投げていた光景なんて忘れようがねえよ」
「おいおい、悪魔殺しの『氷雪』も一緒にいるぜ」
「『金紺のトロル殺し』も悪魔討伐に参加したらしいし、その時の繋がりじゃないのか」
ぴきっ。
冒険者連中の話の中に聞き捨てならない単語が混じっているように感じた。
気のせいだよねたぶん。そうだといいなあ。
「なにやら聞き捨てならない単語が聞こえてきた気がしたんですが」
「『金紺のトロル殺し』の事? アヤちゃんにつけられた二つ名だよ、Dランクで二つ名なんて快挙だよ、おめでとうアヤちゃん!」
「何その物々しい二つ名!? 何というかもっと平穏なのがよかったよ!」
心からの俺の叫びに、イルミナさんから言外に何を言っているのかという視線を向けられ、ハイエムさんからは目を逸らされた。なんだこの反応、地味に傷つく。
「アヤちゃんにピッタリだと思うんだけどな。一人でトロルの死骸の山を積み上げていたあの光景を見たら」
(うははは、わたしの『魔女』なんて地味なのと比べるといいじゃない)
イルミナさんの言葉に俺は引きつったような笑みを浮かべた。……事実であるのだからどうしようもない。あとティアは笑い声を隠そうともしてないから面白がってるのは丸分かりです。
キャロは俺たちのやり取りが気になったのか、くりっとした目をユッカちゃんへ向けた。
「ユッカお姉ちゃん、二つ名って何ですか?」
「うーん……何かを成し遂げたり印象的だった人につけられる、その人を象徴するような名前、かな」
ユッカちゃんの説明で俺の心情を知らないキャロが目をきらきらさせてこちらを見つめてくる。やめて! 残念な二つ名にそんな目を輝かせないで!
このまま話を続けると羞恥心に悶えることになりそうなので、無理矢理に話題を切り替える。
「ともかく、何でこんなに混雑してるんです?」
「防衛戦の影響で依頼が増えてるんだよ。復興のための肉体労働はもちろんだし、回復薬の在庫がなくなっての薬草採取、交易路が止まってた分一気に商人たちが押し寄せての護衛任務。これでも冒険者の数が足りてなくて、近くの街からも応援を呼んでいるらしいね」
「本当に復興特需だったや……」
ぼそりとつぶやいた言葉に反応したイルミナさんを、なんでもないと言って誤魔化す。
「俺たちは防衛戦の緊急依頼報酬の受け取りと、ついでに軽い依頼を受けようと思ってるんだけれど、アヤちゃん達は何の用事で来たんだい?」
ハイエムさんの言葉に合わせてイルミナさんが手にしていた依頼紙をひらひらとはためかせた。ジャイアントストームボアの討伐及び素材採取、目安危険度38。たしか危険度38はCランクだったからトライラントの実力的には全く問題はなさそうだ。
「キャロの登録と、この三人でのパーティ申請にきました。この後用事があるので依頼はまた今度です」
その言葉を聞いたイルミナさんにガシリと肩を掴まれると、がくがくと前後にゆすられる。うおおお、世界が揺れるうううう。
「アヤちゃんパーティ組んじゃうの! あああ、先を越されたよ……。防衛戦の時に勧誘しておけばよかった。いやこの際、三人ともトライラントに加入するっていうのはどうかな? ……いやいや、ただでさえカイがAランクで頭抜きんでてるのに、Sランク相当のアヤちゃんまで加入するとバランスが……」
「イルミナ、落ち着け」
Sランク相当と言われるたびに脳裏にちらつく冒険者組合支部長の笑顔に腹が立つ。余計なことをしてくれたとオーギュストさんは一発殴っておきたいけれど、実力的にかすりもしなさそうなのも加わって余計に腹が立つ。
シェイクされて思考が逸れている中、ハイエムさんがイルミナさんを無理矢理引き剥がしてくれた。ふらつく頭を押さえながらハイエムさんにお礼をいうと、ふと浮かんだ代替案を口にする。
「……こちらは三名、トライラントも三名と合わせると丁度いい人数ですし、そのうち一緒に依頼を受けるのはどうでしょう?」
「それはいい考えだね! パーティが分かれてもアヤちゃんとキャロちゃんを堪能できる! 組むときはよろしくね、みんな!」
欲望丸出しのイルミナさんは残ってしまったけれど、なんとかシェイク攻撃から完全に脱することができてほっと息を吐き、乱れてしまったローブと髪を整える。
「パーティ名はもう考えてるのかい?」
実は昨日のノエル様との晩餐の後、俺の部屋に集まりこれからの予定を話し合う時にパーティ名を決めたのだ。長い間粘っただけあってみんなが納得いく名前に決まっている。
「うん、ばっちり三人で考えました!」
「ん、三人の『色』を入れようということで、蒼。それにアヤのアイデアを合わせた」
「『蒼の風韻』。風のようにとりとめもなく、韻のようにちょっとした何かを残せられるように。そんな意味を込めてみました」
人族語での「風」と「韻」。これを合わせた「風韻」を日本語に翻訳すると趣という全く違った意味になるというのもポイントである。……ティア以外には伝わらないけれど。
「へえ、不思議な響きだけれど、素敵な良い名前だね!」
「ですよね! 数刻も悩みに悩んだ甲斐がありました!」
「長いつきあいになりそうな予感があったからよく考えた」
「俺たちの場合なんて適当に決めたからなあ」
「今思えばトライラントってパーティメンバー増えたらどうするの、って名前だよね、ぶふっ」
あ、やっぱり三人組だから"トライ"ラントってパーティ名だったんだ。
イルミナさんとハイエムさんを交えてとりとめのない話をしていると、やがて二人の順番が回ってきて、受付嬢さんとやり取りを交わす。そして用事を済ませた二人は「またどこかで会おうねー」「今度はどこかの依頼で」と手を振りながら列から離れていった。
キャロと一緒にイルミナさんに手を振っていると、「次の方どうぞ」と頬を緩めた受付嬢さんに呼ばれる。ユッカちゃんから向けられる生暖かい眼差しを怪訝に思い、今の行動を振り返ってすぐ頭が恥ずかしさに染まった。明らかに外見年齢相応の行動をしてたよ! はたから見ると微笑ましいだけの光景だよ!
羞恥心を無表情でごまかすようにしながら、カウンター前へと移動する。
「こんにちは、冒険者組合にどんなご用件でしょうか」
「……この子の冒険者登録と、パーティの申請。ついでに防衛戦の報酬の受け渡しをお願いします」
柔らかな物腰で話す受付嬢さんに、俺とユッカちゃんの冒険者カードを渡す。ユッカちゃんは緊急依頼を受けての参戦だったので報酬が出るが、飛び入り参加の俺には緊急依頼の報酬はない。でも悪魔討伐部隊参加の報酬は別途貰えるようだ。
「冒険者登録の手数料200イクスと、パーティ登録の手数料50イクスをお願いします」
キャロは魔銅貨二枚と交換に受け取った登録用紙に早速記入している。
生誕地と出身地欄は当然空。年齢は六歳にしておいた。
一方、パーティ申請用紙は銅貨五枚との引き換え。申請者名(リーダー名)とパーティ名、所在地、後はメンバーの名前を書く欄とシンプルなものだった。
代筆で構わないらしいので、キャロの名前も先に記入しておくことにする。
申請者名:アヤ・ヒシタニ
パーティ名:蒼の風韻
所在地:(未記入)
メンバー:ユッカ・スノウライン、キャロット・シュレス
そうだよ! 何故か俺がリーダーだよ! 外見年齢的にユッカちゃんが適任だと思うのに押し付けられたんだよ!
……ごほん、ええと、所在地はもちろん空白。今のところどこかの都市に腰を落ち着けようとは考えていない。そもそもアルレヴァ以外訪れたことないしね。
書き上げた登録用紙と申請用紙を受付嬢さんに渡すと、彼女は用紙にさっと目を通して不備がないかを確認した。
「キャロットさんの組合登録の後にパーティ登録を行いますので、少しお時間がかかります。冒険者組合についての説明は必要ですか?」
「いえ、こちらでするので大丈夫です」
眉を下げ少し残念そうな表情を浮かべる受付嬢さん。そんなに説明をしたかったのかな。
「あ、パーティの制度の説明はお願いします」
「パーティ制度の説明ですね、わかりました」
代わりにパーティの方の説明をお願いしたら、受付嬢さんは途端に表情を明るくし、生き生きと説明を始めた。この人は説明したがり体質、きっとそう。
「パーティ登録をすると、パーティ単位での依頼を受けられるようになりますので、個別に受ける必要がなくなります。またパーティにもランクがあり、パーティメンバーのランクの平均がパーティランクとして扱われます。パーティランクは個人のランク制度と同様にパーティで受けられる依頼の難度になります。さらにパーティで依頼を達成すると、依頼の目安危険度に応じた『貢献ポイント』が加算されるようになります。その貢献ポイントの度合いによって、組合から値引きや買い取り額上乗せなどさまざまな優待制度を受けられます」
ああ、要するに冒険者をパーティという一括りで扱えるようにすることで、組合側にも、優待制度を設けることで冒険者側にもメリットがありますよーって制度ってことか。
単純にメリットがあるっていうのはうれしいな。
「あとは、パーティ単位で指名依頼される事もありますね。もちろん有名なパーティに限った話ですけれど、『氷雪』と『金紺のトロル殺し』が組むのでしたら、ありえない話ではないでしょうね」
言葉とともに受付嬢さんは意味ありげな笑顔を向けてきた。言っていることは理解できるけれど、物々しい二つ名が感情を刺激して思考を邪魔する。言い出した奴はぶん殴ってやりたい。
「私も早くお姉ちゃんたちに追いつかないと……」
キャロが小さな手を握りしめている。キャロなりの決意の現れなのだろうけど、悲しきかな、魔術の才能に反して外見は可愛らしい幼女である。注がれるのは暖かい視線だ。
「まず冒険者カードをお渡ししますね。こちらがキャロさんのものです。慣例通りFランクスタートとなっています。所有者登録のために血を一滴垂らしていただきたいのですが……あっ」
キャロは嬉しそうな表情で銀色のカードを受け取ると、そのまま無造作に手の甲を噛んで血をカードへとこすりつけた。冒険者カードが淡く光るのが視界に入るのだが頭に入ってこない、全く躊躇しなかったキャロを驚いて見つめる。受付嬢さんもキャロの行動に目を見開いて固まっていたが、数秒の後に再起動した。
「これで登録は完了です、お疲れさまでした。続いてパーティ登録を行いますのでこのカードは再び預からせていただきます」
さっきの出来事をまるでなかったかのように、平然と事務的に告げる受付嬢さんにプロ意識のようなものを感じていると、ユッカちゃんは肩掛けのカバンから白いクリーム状のものが瓶詰めされたものを取り出し、キャロの傷に塗っていた。白いクリーム――おそらく傷薬だろう――を塗られたキャロは、はにかむようにお礼を言った。
こうしてみると本当に姉妹のように見えるなあ、と微笑ましく二人のやり取りを眺めていると、パーティ登録も完了したようだ。
「パーティ登録が完了しましたので冒険者カードをお返しします。……ええと、アヤさんには伝言があるのでお伝えしますね」
戸惑うような口調の受付嬢さんに内心首をかしげる。そもそもこのタイミングでの伝言って何だろう。
「『俺の権限で上げられるところまでランクを上げておいた。嬢ちゃんの実力だとすぐSランクに上がれるだろう』。……以上、冒険者組合支部長、オーギュスト様からの伝言でした」
その伝言を受けて、ぷるぷると手が震えそうになるのを堪えながらカードを受け取った。わざわざ他人の耳に入るように伝言なんてしやがって。いつか殴り飛ばすと改めて心に誓う。
受け取った冒険者カードには、ランク:B-9:49(Aランク受注可)の文字。Fランクから始まってDランク、そしてBランクと階段を飛ばすように駆けあがってしまったけどいいのだろうか。依頼なんて数えるほどしか受けていないぞ。
ユッカちゃんもカードを受け取り、そして報酬として俺は金貨二十枚、ユッカちゃんは四十枚を受け取り、複雑な内心のままカウンターを離れた。
そしてこの後の予定——シェイムの森に向かうことへ意識を切り替えようとしていたら、ユッカちゃんが『ラウンジのテーブルに座って待ってて』と言って一人離れていった。
キャロとふたり言われたがままラウンジのテーブルにつき一体何だろうと首をかしげあっていると、少し遅れてユッカちゃんがジュースの入った木製のジョッキの載ったトレーを手に席につき、ジョッキを手渡してきた。
「リーダー、音頭を」
何か重要な話でもするのか思っていたけれど、なるほど、パーティの結成祝いか。で、俺リーダー。ああうん、そういうことな。
「……蒼の風韻の結成を祝って。乾杯!」
「乾杯!」
「ん、乾杯」
こつん、と木製のジョッキのぶつかる音が鳴る。ガラスじゃないと締まらないなあ、なんて思いながら口をつけると、柑橘系の甘い味と香りが口に広がった。
「……おいしい」
「とっても甘いです!」
「二人とも気に入ってくれてよかった。私のおすすめ」
目に見えるように三人の座るテーブルに幸せが漂っている。
女の子は甘いものを口にすると幸せの吐息がこぼれるのだ。
……そんな幸せを振り撒くひとりに俺がなってしまっているのは不本意なんだけどさ、甘いもの美味しいんだから仕方ないもん。
「それから、アヤ。Bランク昇格おめでとう」
「おめでとうございます!」
「……ありがと」
普通にお礼を言ったつもりだったのだけれど、自分でも驚くくらいぼそりとした声になってしまった。そんな俺の反応をみたユッカちゃんが少しだけ眉をひそめる。
「あまりうれしくない?」
ユッカちゃんの言葉に、おそらく原因であろう俺自身の中でもやもやとしているものを言葉にして組み立ててみる。
「ランクが上がるのは嬉しいんだけど、ちょっと不本意だったかな。……ほとんど功績だけでここまでランクが上がって、経験が全然足りてないんじゃないかなって」
いくら魔物と渡り合える実力があっても、それ以外の経験が足りてないのならきっと問題になるだろう。Bランクに上がってしまったのだから、Bランク相応の経験や知識を身に着ける必要があると思う。
「キャロちゃんのランク上げがある。一緒に経験を積んでいけばいい」
「えへへ、アヤお姉ちゃん、一緒に頑張りましょうね」
「……うん、がんばろうね。となると暫くは連携の練習をしながらキャロのランクを上げるのが目標になるのかな」
「アヤ、護衛依頼を受けたことは?」
唐突なユッカちゃんの質問に目をぱちくりさせながらも、素直に答える。
「いや、当然ないよ」
「なら経験を積むためにも護衛依頼は受けたほうがいい」
言われてみれば、採取依頼や討伐依頼と違って、護衛依頼は人を守るというものだ。求められているものや立ち回りといったものが全然違うのだろう。
「ふむふむ、心得の伝授、よろしくお願いしますね、先輩」
「おねがいします!」
「ん、まかせて」
胸を張るユッカちゃんに、外見に見合わないような頼もしさを覚える。簡単に命が失われる世界だ、経験者の言葉は重い。
お酒すらない小さな集まりだとはいえ、蒼の風韻の門出、祝いの席である。皆それぞれ、これからの蒼の風韻の活動を心に描いているのだろう。
堅苦しい話はユッカちゃんがキャロを膝の上に乗せてからどこかにいってしまった。つぎはお前の番だ、と言わんばかりの視線をユッカちゃんから向けられながら、ちびちびとジュースを飲みながらどうでもいい話を重ねる。やはり三名とも甘いものは大好物であった。ユッカちゃんからは出身国であるペルフェクシオン王国を訪れたときに美味しいお店を紹介してもらう約束をこぎ着けた。
キャロはユッカちゃんや俺の様々なお菓子の話に目を輝かせながら口の端によだれを浮かべていた。もちろん気づいてすぐにぬぐってあげた、幼いといっても女の子が垂らしていいものではない。
俺はまだ見ぬこの世界の光景に思いを馳せていた。元の世界ではありえない幻想が堂々と闊歩する世界だ。もちろん目的は忘れていないが、少しくらい寄り道してもいいだろう。
楽しい時間はあっという間に過ぎる。日は既に高く上り、予定していた時刻はとっくに過ぎている。この後は冒険者の時間だ。識者の石で冒険者カードに情報を書き込んだ後、シェイムの森に行く前に一度屋敷に帰って確認する運びとなった。
ノエル様の屋敷に帰り、蒼の風韻三名が俺に割り当てられた部屋に集まる。都合のいいことにテーブルと人数分の椅子があるので、それぞれが席につく。
「同じパーティ同士、冒険者カードの技能欄を見せ合ったりするの?」
「パーティによる。私は見せてもいい」
「私のもぜひぜひ見てください!」
「うん、じゃあ見せ合いっこしようか」
最初に冒険者登録をしたときに、持っている技能は冒険者の生命線と聞いたけれど、蒼の風韻の間では速やかに共有することが決まった。そもそも全員種族が違う、人間同士のパーティのようにはいかないだろう。
テーブルの中央に皆のカードを置き、顔を寄せ合うようにして書かれてある内容を確認する。まずは俺のカードからだ。
|アヤ・ヒシタニ [女性] [吸血鬼族]
|ランク:B-9:49(Aランク受注可)
|パーティ:蒼の風韻(C-8:38)(0ポイント)
|所在地:なし
|年齢:10歳 出身地:不明
|生誕日:不明
|交付日:ドラク歴36年1月23日
|賞罰:
| なし
|技能:
| 吸血(眷属化・吸収・吸精) 吸血回復(体力・魔力) 急速回復(体力)
| 自由奔放 身体加速
| 魔術適正(火・水・風・土・闇)
| 魔法適正(空間)
| 加護(戦神)
「吸血に嫌な予感のする効果が増えてて、戦神の加護がついてる……」
(うへへ、あとは【従属化】辺りを手に入れたらヤリ放題だね!)
本当、このブレない脳内お花畑吸血鬼、誰かどうにかして。
「なるほど、魔族の種族名も表示されるんだ。吸血鬼族っぽい技能に……空間魔法適正!? ティエリア様の血を引いてるだけあってとんでもない」
「ほふぁー、アヤお姉ちゃんって吸血鬼族だったのですね。技能欄が半分以上も埋まってますし、さすがアヤお姉ちゃんです!」
……そういえば、キャロに俺が吸血鬼族だってこと伝えてなかったや。さらにいえば、シェイムの森の時に気づかなかったんだ。
ユッカちゃんとティアから技能をベタ褒めされて悪い気はしないんだけど、この中でまともに使えてるのは急速回復、身体加速だけなんだよね。吸血はまともに試したことがないし使いどころが限られてる、自由奔放は内容不明、魔術は勉強中、魔法は内容不明。
「戦神の加護について誰か知ってる?」
「戦神様の加護は【剣聖】と……あとは過去の戦争で活躍した英雄が持ってた、という話は聞いたことがある」
(私も似たようなものだね。戦争で活躍した者や武勇に突出した者が戦神様から加護を得ていたということしか知らないかな)
「となると防衛戦でトロルをちぎっては投げってした影響かな。……なぜかな、神様の加護なのに素直に喜べないや」
脳裏にちらつく二つ名を隅に追いやると、次のカード——キャロのものへと目を向ける。
|キャロット・シュレス [女性] [幻想種]
|ランク:F-9:9
|パーティ:蒼の風韻(C-8:38)(0ポイント)
|所在地:なし
|年齢:6歳 出身地:不明
|生誕日:不明
|交付日:ドラク歴36年2月8日
|賞罰:
| なし
|技能:
| 森林管理者(-)
| 魔術適正(水・風・土・精霊)
| 魔法適正(特殊)
| 加護(調和神・植物の大精霊)
「げ、幻想種ぅ――っ!?」
てっきり種族欄はドライアド等そのまま表示されるものかと思っていたのだけれど、斜め上の表示に声が裏返ってしまった。思わす大きな声を上げてしまったのは俺だけで、他の皆は淡々とキャロの技能について話している。
(お、水風土と魔術適正は心もとないけど、精霊魔術が使えるのならだいぶカバーできるね。魔法適正の特殊っていうのは種族魔法のことかな)
「ドライアドって聞いたから植物の大精霊様の加護があるのはわかる。調和神様の加護があるのには驚いた」
やはりドライアドは魔物ではない?、と呟くユッカちゃん。俺もティアも前々からそう思っていたので、少しだけ嬉しく感じる。
「森林管理者の中に何も書かれていないのは、シェイムの森の管理権限を奪われたからでしょうか」
ぼそりと寂しげにつぶやいたキャロの頭をユッカちゃんが撫でる。先に撫でるのを取られてしまったので俺は仕方なくキャロのほっぺたをふにふにした。もちもちと吸い付くような肌に俺のほうが癒されてしまったのは不本意だった。
気を取り直して、次はユッカちゃんのカードだ。
|ユッカ・スノウライン [女性] [人族]
|ランク:A-8:58
|パーティ:蒼の風韻(C-8:38)(0ポイント)
|所在地:
|年齢:15歳 出身地:エルティナ(ペルフェクシオン王国)
|生誕日:ドラク歴20年9月21日
|交付日:ドラク歴32年9月21日
|賞罰:
| ドラク歴35年02月13日 ペルフェクシオン王国魔術師爵 受爵
|技能:
| 急速回復(魔力)
| 術式操作
| 魔術適正(火・水・風・土・光)
| 加護(氷の上位精霊)
「ん、術式操作が増えてる。術式を書き換える練習をしてたからかな」
(おお、氷の精霊様の加護なんて初めて見たよ)
「精霊さんの加護! ユッカお姉ちゃんは私とおそろいですね!」
「貴族かどうかって情報なんかも載るんだなあ……。二つ名が載らない仕様でほんとよかった」
ユッカちゃんは身分がしっかりしているだけあって、様々な欄にしっかりと記入があった。十二歳で冒険者に、それから二年後の十四歳で受爵、冒険者歴は三年と三か月か。これが早いのか遅いのかは分からないけれど、ユッカちゃんは三年分の経験を積んでいるということがはっきりと読み取れた。
それぞれの冒険者カードを比較して分かったけれど、技能欄だけでは細かい事は分からない。魔術の腕はユッカちゃんの方が遥かに上なのに、技能欄だけ見比べると俺とユッカちゃんはそう大差がないように見える。むしろ使えない空間魔法が記載されている分、俺の方が凄く見えるかもしれない。
「……この技能欄って、どうやって判別してるんだろう」
加護なんてものどうやって検知しているのか、そもそも技能というもの自体何なのだろうか。ティアがフォンベルクの血脈には風の大精霊様の加護がある、と言っていたけれど俺の冒険者カードにはそんな記載はない。それなのに、身体を共有しているティアには血脈の力を使えた。推測の域を出ないけれど、技能は身体の情報だけではなく、魂の情報も表しているのではないだろうか。
そんなことを考えていると、技能なんていう明らかに不自然な仕組みが存在していることに疑問を感じた。例えば身体加速という技能は元の世界ならばあり得ないものだけれど、フォアグリムならば、この未知の世界ならばあり得るかもしれない。でもキャロの森林管理者という技能はどうだろう。キャロは領域管理者と言っていた。管理者なんていう誰かが任命する役割が、技能として書かれているのだ。神か何かはわからないけれど、明らかに何かの意思が介入している。
明らかな嫌な予感にぶるりと体を震わせていると、ぼそりとつぶやいた疑問に対してユッカちゃんが口を開いた。
「識者の石は古代魔法文明時代のアーティファクトと聞いたことがある。身体や魂の情報を読み取っていると聞くけれど、本当かは分からない」
(そういえば 聖域 の【時空の渦】の下層で、識者の石よりももっと高性能なものを見つけたことがあるよ)
ティアの言葉にユッカちゃんが口を小さく開いて絶句した。どういうことなのか聞いてみると、時空の渦、というのは超高難易度のダンジョンで、最低でもSSSランククラスでないとまともに探索することすらできない人外魔境だそうだ。
……ドラゴンを素材と食料としか見ていないティアなら探索できたというのも納得できる話だ。
「あ、そうだユッカちゃん。改めてありがとう、ユッカちゃんがくれた血、美味しかったよ。悪魔に一撃入れられたのももしかしたらユッカちゃんのおかげだったのかも」
「……アヤの役に立てたようでよかった。私の血でよければ提供するから、いつでも言って」
シェイムの森での狂行を思い出したのか、ユッカちゃんは耳まで顔を赤らめた。ユッカちゃんに対抗するように、キャロが私もアヤお姉ちゃんに私の血をあげる、なんて言い出したものだからか、冒険者カードの見せ合いはいつの間にか混沌とした別の何かへと変わっていた。
血がいくら美味しいと思ったとはいえ、ほいほいと貰うのは憚られる。元人族としてのなけなしの抵抗なのかなあ、なんて考えが頭をよぎったけれど、吸血鬼族にとっては命にかかわることだった。
結局地球での献血の注意事項を思い出しながら、ひと月に小瓶一つずつお願いすることになった。一瓶はおそらく五十ミリリットルもないだろう。ちなみに話し合いの中で『品質保存』という食材や血液を新鮮に保つための魔術の存在を知れたこと、そしてユッカちゃんが行使できるというのは僥倖だった。本来人体から外に出た血液はちゃんとした処置をしないと品質を保てないのだ。前にユッカちゃんがくれた血が新鮮だったのは、魔術をかけてくれていたお陰なのだろう。
(何にせよ、別口で血を手に入れる手段が必要なんだよねえ。ティア特製ビスケットがなくなる前に魔術を覚えてしまわないと)
(ふふふ、アヤが人間を昏倒させて血を奪い、傷口を消して証拠隠滅する手段を求めてる……これは是非とも協力させてもらうよっ!)
言ってることは正しいんだけれどもっとオブラートに包んでよ!? その表現じゃただの犯罪者にしか聞こえないからね!?
なお、この後冒険者カードは隠れよの言葉で技能欄を隠した後に隠蔽の言葉で俺とキャロの種族を隠蔽したのは言うまでもない。
少しずつリョウの本性が明らかになっています。リョウの行動原理とティアの行動原理の一部が似ているのも、ふたりが相性がいいという理由なのかもしれません。
見直す度に文字数が増えてる不思議。
シェイムの森を訪れるところまでがこの話の予定でしたが、急遽構成変更しました。なのでごめんなさい、次話の予定は未定とさせてください。