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自由奔放な吸血鬼  作者: 望月すすき
第一章 アルレヴァ防衛戦
36/48

01-28(旧) そして炎が終わりを告げた

17/05/15 家名間違い修正 モーデスト(暴走中隊長)→アーヌルス(魔術師団団長)

17/05/26 トロル殺しにトロルスレイヤーのルビ追加

18/01/08 サブタイトルの変更(旧の追加)

「風よ、我が命ずる。切り裂け!」


 風の刃がトロルの顔面に直撃し、たたらを踏む。その隙を逃さずに冒険者の剣によって喉元が抉られ、黒い血を石畳に散らして地に伏す。


 北中央部隊では、交戦中の部隊員が危機に陥った際にフォローを行う人員が配備されている。現在高台の上で警戒に当たっているのは三人の魔術師。一番小さく幼いのがキャロット、少し背が高めなのがイルミナ、一番背が高いのがレイアである。

 レイアは現在北中央部隊の指揮を執っているファーラーのパーティに所属しているハーフエルフの女性である。木製の長杖を手にし、背に長弓を背負う姿はイルミナの戦闘スタイルを彷彿とさせる。キャロットの魔術の余波でアッシュブロンドの髪が靡き、その目を細めた。


「アヤちゃんが規格外っていうのは分かってたけど、こうして一緒に戦ってみるとキャロちゃんもいろいろとおかしいよね」


「二人ともまだ小さくて幼いのに、大したものだよ」


「あっ、切り裂け! ……私なんてまだまだです、アヤお姉ちゃんみたいに誰かを守ることも、そもそも私自身を守ることもできなくて、イルミナさんやレイアさん、ユッカさんみたいにすごい魔術も使えないんですから」


 声のトーンを落とすキャロット。そんなキャロットに、レイアとイルミナが胡乱な視線を向ける。


「いやいや、その自己評価はおかしいからね。初級魔術しか使えないにしたって、魔力切れを知らないってどういうことだー!」


「優れた制御能力があるのだから、もっと胸を張るべきだよ。何だその起点魔術の数は。謙虚さが美点と受け取られるとは限らないのだぞ」


 トロルに押された冒険者へフォローを入れつつ会話する三人。三人共にふよふよと起点魔術を漂わせているが、キャロットの周囲には二十(・・)を超える風の塊が漂っており、明らかに異様な光景であった。


「切り裂けっ! ……二人とも、落ち着いて。手が止まっています」


「うう、アヤちゃんといい、キャロちゃんといい二人ともいろいろとちぐはぐすぎるよ……。あ、抱き心地は全然違っていたや。キャロちゃんはもちもちしてて、アヤちゃんはぷにぷにしてるんだよね」


 唐突にアヤとキャロットの抱き心地の違いをぎらりと目を光らせながら語りだしたイルミナに対し、キャロットとレイアは少し表情を引きつらせた。


「アヤちゃんもキャロちゃんも可愛いっていうのはわかるけど、イルミナの可愛いもの好きは行き過ぎていると思うぞ」


 キャロットは今までのイルミナの所業を思い出したのか、一歩後退した。そしてトロルに斧を弾かれ大きく隙のできた冒険者を援護すると、意識を切り替えるようにイルミナから借りた杖を握りなおす。


「……ともかく、私は、私のできることをこなして、アヤお姉ちゃん達を待つことしかできませんからね」


 キャロットが少し寂しげな笑みを浮かべる。その笑みを見たイルミナは本当ちぐはぐなんだから、とため息をつくと、あえて何も言わずにバリケードの向こうのトロルを見据えた。


「大地よ、我が命ずる。暴虐的たる御身は鋭き意思と共に放たれよ! ……お、二体当たり、運がいいね」


 イルミナが放った石の矢は一体のトロルの頭部の半分を吹き飛ばし、その背後のトロルの眼窩へと突き刺さった。当然二体とも致命傷であり、地面へと崩れ落ちる。 


「精霊さん精霊さん、この石をあそこのトロルに思いっ切りぶつけて」


 レイアの傍をふよふよと漂う黄緑色の光の塊――【中級精霊】がレイアの言葉に点滅して反応すると、レイアの手にしていた石を風の力を以って射出した。石は冒険者の死角から攻撃を加えようとしていたトロルの頭を半分潰した。


「……何度聞いても抜けそうになるその【精霊術】の文句、どうにかならないの?」


「うちの里では皆こうだったからなあ。それにこの子とも長い付き合いだし、このやり方に慣れてしまってるのだよ」


 レイアがそう言い肩をすくめたタイミングで、どくん、と脈動するように悍ましいものがアルレヴァ全体へと波打った。今までの悪魔(デーモン)の残滓や気配とは比べものにならないほどの悍ましい感覚にキャロット、イルミナ、レイアが身体を強張らせる。

 同時に、魔物たちが目に暗いものを宿らせながら一斉に咆哮を上げた。


「魔物の様子がおかしいです、気を付けてください!」

「すぐに守りを固めて!」


 キャロットとイルミナが張り上げた声で冒険者たちが我に返り、突出していた者が急ぎ足で防衛線へと戻る。バリケード裏の高台にいる者は矢を引き絞り、またある者は術式の組み立てを行った。


 そして、魔物たちは今までの攻撃とは比べ物にならないほどの密度、突破力を有する突貫を行い、堅牢を誇っていたバリケードが衝撃を殺しきれずに軋んだ。


「弓も魔術も出し惜しみをするな、この防衛線を死守しろ! 近接戦闘員はそのまま戦闘を続行、増援を投入するので出し惜しみをするな! そこの支援要員の三人は休息中の第一部隊へ出撃命令を伝達せよ!」


 指揮官であるベテランBランク冒険者、炭鉱族(ドワーフ)のファーラーが矢継ぎ早に命令を下し、その素早い命令に部隊員は恐怖に、パニックに陥ることもないないままに行動した。彼らの動きの合間にできた隙にはキャロット、イルミナ、レイアが堅実に援護を行い、北中央部隊は被害を出すことなく配置換えが完了した。


「イルミナの嬢ちゃんはこういうのは向かないと思っていたが中々どうして。経験を経ることで成長したということかのぅ」


「ファーラー様、炭鉱族(ドワーフ)と人間族の寿命差を考慮に入れるべきです。人間族は長寿種と比べ早熟な傾向にあります」


 ファーラーのつぶやきに、彼の側に立っている軽鎧に身を包んだ男が答える。人族の中では比較的多い茶色の髪を有する精悍な顔つきの青年だ。ただしその独特な受け答えといい、動作といいどこかしら違和感を感じる存在である。


「うーむ、儂の勘によるとイルミナの嬢ちゃんはそこまでの器をもっていなかったはずなんじゃがな。良い出会いに恵まれたのかの」


「勘、という非論理的な手段をこういった場で用いるのは問題があると上申いたします」


「やれやれ、十数年の付き合いじゃが、エストルの頭の固さは変わらんのう。……戦線が押されているな、戦術級魔術の残回数は何回だ? 二回以上ならこの大通りを直線状に叩き込んでやれ!」


「ちょうど残二回であります、『風龍の息吹き』ウィンドドラゴニックブレスの準備急げ!」


 ファーラーの命令を受け魔術師のまとめ役が合唱魔術を執り行う。

 複数人で詠唱を重ね行使する合唱魔術には、同じく複数人で行う儀式魔術と同様の問題がある。複数人で同じ魔術を行使するには各人の魔力を同調させバランスをとる必要があり、その難度が高いのである。もちろんゆっくりと正確に術式に魔力を注ぎ同調させることにより成功率を上げる事はできるが、その分発動までの時間が遅くなってしまう。

 魔術師のまとめ役が執った手段は、遅くとも確実に発動できる堅実な方法。さすがに発動までには十分もはかからないが、その分戦線を支える部隊には負担がかかる。


「数が多すぎてきりがありませんっ!」


「たぶん悪魔(デーモン)の指示だろうね、一斉攻撃とかそんな感じの」


 キャロットはせめて単体を対象とした魔術ではなく、複数を対象とした魔術をせびってでもアヤお姉ちゃんから教えてもらっておくべきだと思ったが後の祭り。既に起点魔術を使い果たし短縮詠唱を使えないことに心細さを感じていた。


『風よ、我が命ずる。切り裂け!』

『切り裂け!』


 通常の詠唱と起点魔術を経由する短縮詠唱では明らかに呪文の単語数が異なる。それは当然緊急を要する時の魔術行使に影響を及ぼし、連射するにあたっての間隔にも雲泥の差を生じる。


 鉄塊のような巨大なメイスを持ったトロルがバラバラのタイミングながら一斉にバリケードへと殴り掛かり、木片が飛び散り、バリケードが軋み、固定する縄がぎちぎちと悲鳴を上げる。

 バリケードの隙間を縫い、矢が、魔術がトロルの生命を刈り取らんと刺し貫き、黒い血や臓物を散らすが直後に背後にいたトロルが押しのけるように前面へ出てくる。

 近接戦闘領域の戦力比は互角。それ以外は劣勢。キャロットの、イルミナの魔術はまるで焼け石に水である。圧倒的な数の暴力の前には単体を対象とした魔術では意味を成さない。


「……我々は中央第二防衛線を放棄する、支援隊の半分を団参防衛線に移動させ陣地の構築をさせろ! 第三防衛線の準備が整うまで各々は死守しろ! 第三防衛線構築後は時間を稼ぎながら退却する! 第二防衛線の支援隊は支援と並行して退却準備も行え!」


 ファーラーが苦虫を噛み潰したような表情で指示を行い、支援隊が二つに分けられる。支援隊はバリケードの修復、食料の配給、武器の補修、休息場所の準備等を行う小隊である。いわば工兵隊と輜重(しちょう)隊を合わせたようなものだ。


「後退準備を終えるまで防衛線を保たせられるか、だね」


「この様子じゃ戦術級魔術も間に合いそうにないな、これは大きな被害が出るぞ」


 現実的に状況を測るイルミナとレイア。その会話を聞いていたキャロは魔物たちをじっと見つめながら口を開いた。


「……時間が必要、ですか。風よ、我が命ずる! 風よ、我が命ずる! 風よ、我が命ずる! 風よ、我が命ずる!」


 起点魔術を四回分用意したキャロットに対し、イルミナとレイアは一体何をやらかす気だろうかと既に諦めに至った様子で目を向ける。


「キャロちゃん、何をやらかす気なの?」


「今こそアヤお姉ちゃんから教わった魔術の出番です! 行ってきます!」


「ちょ、ちょっと! ……行っちゃった」


 キャロットは高く組み上げられたバリケードを器用に素早く登ると、その向こう側へと飛び降りた。その唐突な行動にレイアの顔が青ざめる。


「……大丈夫だよね、大丈夫だよな?」


「こういう突飛な行動をみるとアヤちゃんと姉妹なのも納得だよね」


 しみじみといった様子でイルミナがつぶやく。直後、キャロットの詠唱がバリケードの向こう側から聞こえてくる。


「身を護る盾と成せ!」


 風壁 (ウィンドウォール)……? あまり時間稼ぎにならないよな?」


「四回分の起点魔術を用意してたし、何かあるんじゃないかな」


「爆散せよ! 爆散せよ! ……爆散せよ!」


 レイアとイルミナが予想を口にしていると、キャロットの魔術により無秩序な暴風が発生した。単属性魔術と言えども効果が重なるように素早く三度放たれることで暴風はより凶悪なものと化し、抵抗を許す間もなく大量のトロルが宙を舞った。


「……私の耳では暴発する風(ウィンドバースト)の詠唱が聞こえたのだが、聞き間違えではないよな?」


「あたしもはっきりと聞こえた。……はぁ、アレに使い道を見出すなんて、信じられないことをやってくれるね」


 暴発する風(ウィンドバースト)は使い道がない魔術ランキングの上位に君臨する魔術である。理由としては無秩序に発生する暴風は敵味方問わず巻き込むので使い勝手が悪すぎる上、同じ風の初級魔術に『旋風』(ガスト)という暴風に方向性を持たせた遥かに使い勝手の良い魔術が存在するのが大きい。


 再びバリケードを登ったキャロットが一仕事終えたような表情を浮かべながら、ローブの裾を抑え飛び降りる。こういう仕草については誰かさんよりもキャロットに軍配が上がるようだ。


「えへへ、作戦成功です!」


 トロルを役立たずの烙印を押された魔術で吹き飛ばし、時間を稼いだキャロットに部隊員たちが喝采を送る。


「あの『金紺のトロル殺し(トロルスレイヤー)』の妹だけあってやるな嬢ちゃん!」

「『金紺のトロル殺し(トロルスレイヤー)』は剣士だろ、これは嬢ちゃん本来の実力だろう!」

「キャー、キャロちゃんかっこかわいかったよー!」

「わあ、あんな大規模な魔術を一人で使えるなんてすごいね!」


 キャロットは次々と贈られる言葉にどう反応すればいいのか暫くおろおろしていたが、表情を引き締めると大きく声を張り上げた。


「みなさん、ありがとうございます! ですがただの時間稼ぎに過ぎないので警戒を緩めないでください!」

「嬢ちゃんの言う通りだ、直ぐに持ち場に戻れ! せっかく嬢ちゃんが稼いだ時間を無駄にするな!」


 キャロットの言葉で浮ついていた空気が引き締まり、ファーラーが発破をかけることで騒いでいた冒険者達が所定の位置へと戻っていった。


「嬢ちゃん、正直言って助かった。これで戦線が崩壊せずに済みそうだ」


「……いえ、私のできることをしただけです」


 キャロットの言葉にファーラーは豪快に笑い声を上げると、キャロットの小豆色の髪を掻き回すように頭を撫で、指揮所へと足を向けた。雑に撫でられながらも不思議と不快に感じなかったキャロットは、掻き回された髪を整えながらイルミナとレイアの居る位置へと戻ってきた。


「お疲れさま、ものすごい人気だったね。それに暴発する風(ウィンドバースト)のあの運用、目から鱗が落ちるようだったよ!」


「アヤちゃんみたいにキャロちゃんも二つ名をつけられるかも、ね」


「そんな、恐れ多いです……」


 頬を赤らめるキャロットをイルミナとレイアは微笑ましく見つめる。二人共にこの可愛らしい少女は将来魔術師の高みへと至るのだろうと確信のようなものを感じていた。



 不意に、みしみしと大きな音が鳴り響いた。まるで世界そのものが軋みを上げるような不気味な音に、冒険者たちから戸惑うような声が上がる。


「何、この音?」


「悪いことの前兆、とかではないと思います。勘ですけれど」


「結界に負荷でもかかってるのかもね」


 そして軋む音に続いてガラスが割れるような音が鳴り響き、アルレヴァを包み込み展開されていた不気味な結界が天頂部から砕け崩壊していく。まるで曇り空が砕け、青空の下その欠片が降り注ぐような光景が一面に広がった。


「おー、結界が壊れた? レイアさんが正解だったっぽいね」


「ということは悪魔(デーモン)の討伐に成功したんでしょうか」


「そうであってほしいねえ」


「アヤちゃん達が戻ってくるまでは分からないかな。でも、少なくとも王都からの援軍に期待できるよ!」


 結界の崩壊と同時に目に見えてトロル達の動きが悪くなった。チャンスとばかりに冒険者たちが反撃に転じ、防衛線を押し返す。


 そこで伝令役の騎士がファーラーへと駆け寄ってきて、荒く呼吸をしながら口を開く。周囲の冒険者も一体何が起こったのだろうかと聞き耳を立てている。


「観測班からの伝達です! 結界の外側、北方にエガード王国の軍旗を掲げた軍勢が出現……王国騎士団です!」


 冒険者の一人が王都からの援軍だと声を上げるのを筆頭に、瞬く間に歓喜の波が広がっていく。まさしく高揚と呼べるものがうねるかの如く皆へと伝搬する。


「ご苦労、言付けは確かに聞き受けた。……皆、ついにこの終わりの見えない防衛戦に終止符を打つ時が来た! これより北中央部隊は王国軍と共に魔物の殲滅を開始する!」


 武器が一斉に掲げられ、冒険者たちが一斉に大きく声を張り上げると、まるで地鳴りのような音が北部中央を飲み込んだ。士気は最高潮に高まっている。


「戦術級魔術の準備が完了しました!」


「よし、戦術級魔術の行使の後に行動を開始する。……放てっ!」




 ―――――




 トーレフの葉と剣が交差する軍旗を掲げる一軍――エガード王国騎士団騎兵隊二千騎は、先ほどまでアルレヴァを覆う結界に足止めを余儀なくされていた。騎兵隊と共に従軍してきた宮廷魔術師にして解読不能と判断された結界が消失したのである。


「結界が消失しただと? 悪魔(デーモン)が討伐されたのか?」


「いえ、子細は不明です。ただし、消失した結界の内側にトロルを中心とした魔物の大群が確認されています」


 部下から報告を受け、甲冑に身を包む女性は顎に手を当て、考え込むようにふむ、とつぶやいた。威風堂々と騎兵隊を率いてきた彼女はエガード王国第三王女、クリスティナ・ロックバウト・エガード。王女という身分ながらも普段は国軍を率いて魔物討伐に赴いているうちにいつしか戦姫と呼ばれるようになった、武勇と智略共に優れ国内外で広く名の知られている傑物である。


「数の報告は受けているか?」


「はっ、こちらも明確ではありませんが、五千以上の群れです」


「アルレヴァが既に落ちている可能性は? 防壁が大きく破壊されているようだが」


 クリスティナが言葉を言い終わるや否や、アルレヴァの北門付近に戦術級魔術に匹敵するであろう暴風が発生した。遠目からでも小さな粒のようなものが数多く防壁を超える高さで吹き飛ばされる様子が見て取れ、クリスティナは口角を上げた。


「回答を聞くまでもなかったな。騎兵隊に告ぐ! 我々は本隊に先行してミグナール領軍の援護を行う! 右に迂回し騎兵突撃にて風穴を開けるぞ! 図体だけ大きい魔物共に目に物を見せてやれ! 陣形急げ!」

「陣形急げ!」


 クリスティナが声高に声を上げ、呼応した小隊長が陣形の変更を復唱する。

 ものの数分で陣形の組み換えが完了したことから騎兵隊の練度の高さが垣間見える。


「往くぞ!」


 クリスティナ自身も陣形の先頭集団に混じり、魔物の軍勢を大きく迂回するように駆ける。円を描くように駆けながらも一糸乱れぬその一軍は、まさしく敵を深くまで穿つ攻城弓(バリスタ)のようだ。


 ところで、国軍の一般的な魔物討伐において騎兵は大量運用されることはない。第一に、国軍が動員されるような魔物相手に闇雲に騎兵突撃を行うと甚大な被害が発生してしまうこと。第二に討伐対象の魔物の多くは森に潜み、騎兵の利点が全く生かせないこと。

 魔物討伐では、少数の騎兵を囮とするのが主な運用である。だが今回の場合相手取るのは魔物の群れ、そして群れを大きく占めるのはトロルである。トロルは人間と体のつくりがあまり変わらず、肉体の強度はあるがせいぜい一回り、二回り大きいだけの存在である。だからこそ、人族間での戦争、魔族との戦争と同様に騎兵の運用が有効なのである。


 クリスティナ率いる騎兵隊はアルレヴァへと押し寄せる魔物の大軍の横っ腹を大きく穿ち、そのまま食い破るように大軍のど真ん中を抜けた。その後も速度を維持したまま十分に距離を取ると、騎兵隊は足を止めた。


「反転! 再度突撃陣を組み直せ! 小隊長は被害状況の報告を!」


「十二騎が戦死、二十二騎負傷です!」


「重畳だ。三十騎を選抜し、負傷兵を連れて帰陣せよ! 帰陣後は陣に残した小隊と共に警戒に当たれ!」


「はっ、直ちに!」


 命令を受けた騎士が敬礼を行うと、直ぐに三十騎を集めるべく馬を反転させた。そして近くで様子を窺っていた男性が小隊長と入れ替わるようにクリスティナの前へと姿を現した。


「クリスティナ様、お耳に入れておきたい事がございます」


 主に王族の護衛を担当する親衛隊標準の装備を付けた男性が頭を垂れ、わざとらしく作ったような仰々しい声音を発した。その男性の態度をみたクリスティナが眉を寄せた。


「何だグリエル、気持ち悪いな。何時ものように飄々としておれ」


 クリスティナの言葉で(うやうや)しい態度を見せていたグリエルは直ぐにその恰好を崩した。


「こういう場だからこそと思ったけど似合わないかあ。……姫様、魔物の軍勢の背後に、放置されたっぽい魔力大砲(マギカノン)が六門見つかったらしい。親切なことに交換用の魔力水晶も転がっているそうだ」


「明らかに怪しいな。罠ではないのか?」


「既に魔術師に探らせ、魔術的な罠がないことは確認してるよ。平地の真ん中だから伏兵の心配もなし、警戒するならそれ以外の罠だね」


「……ふむ、ならば利用させてもらおうか」


「本気かい、姫様?」


 グリエルの言葉にクリスティナは不敵な笑みを浮かべた。グリエルの経験上、この笑みを浮かべたクリスティナは既に何かを見出している。


「先ほどの騎兵突撃と魔物共の様子、おかしいと思わなかったか?」


「確かに……魔物といってもあまりにも精彩を欠いていたような」


 質問を反芻するように考え込んだグリエルが答えを出す前に、時間切れだとばかりにクリスティナが口を開いた。


「あの魔物共は、悪魔(デーモン)の支配下にない可能性が高い。確かアーヌルス家は悪魔(デーモン)に関する詳しい資料を所持していたはずだ、使役魔法の線から辿る手段もあるな。これを機に其方も学ぶとよかろう」


 クリスティナは一息に言葉を発すると、笑みを深めた。グリエルはこの姫様の頭の中は一体どうなっているのかと心中でため息を吐いたのだった。




 ―――――




 エガード王国騎士団が鹵獲した魔力大砲(マギカノン)により、アルレヴァ北部の戦況は一気に好転することとなった。王国騎士団は防衛部隊と連携を取りつつ北部の魔物を粗方殲滅すると、一日遅れで到着した本隊と合流。


 王国軍はアルレヴァの外を回り込むと、南門へ殺到する魔物の群れへと挟撃を行った。悪魔(デーモン)が倒され動きに精彩を欠いた魔物の群れは騎兵隊による騎兵突撃により風穴を空けられ、歩兵隊により各個撃破され、魔術師隊により纏まった群れは魔術により殲滅され、着実に数を減らしていった。


 こうして日が傾く頃には魔物の大群はすっかり殲滅させられたのであった。

 一万を超えるトロルの死骸の後始末は骨が折れるどころじゃないでしょうね。

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