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自由奔放な吸血鬼  作者: 望月すすき
第一章 アルレヴァ防衛戦
34/48

01-26(旧) 二種の凶刃

01-22でアヤが受けた呪いの名称を混沌の呪い(ケイオス・ヴォズ)から渇望の呪縛(レヴォト・ヴォズ)へ変更しています。


18/01/08 サブタイトルの変更(旧の追加)

 ***** 四日目(5) *****


「諸君、この街は忌まわしき悪魔(デーモン)の結界によって孤立しながらも、多くの兵達の奮戦あって持ち堪えている」


 周囲には、緊張した面持ちの悪魔(デーモン)討伐作戦参加者たち。壇上で演説を行うは、軍務長官であるオーフェン・ロックバウト子爵。上等な軍服にきらびやかな勲章や階級章らしきものを身につけた壮年の男性だ。

 見覚えのあるような、さらに名前に聞き覚えのあるような気がするけれど心の底からそれを否定したい彼はこのミグナール領軍の最高責任者だった。

 というかばっちりと俺に視線を向けて口角を上げやがった、完璧に覚えられてるうああああ。


悪魔(デーモン)の卑劣な策により、既に犠牲者は相当数に登っている。諸君の中には、知己の者を失った者もいるだろう。当然このまま奴を野放図にさせる気はない! 剣を、杖を、弓を掲げよ、今こそ立ち上がる時だ! 悪魔(デーモン)を打ち取り、我々が勝利を収める時だ!」


 オーフェン様の演説に応えるように面々が鬨の声を上げる。俺もその波に呑まれるように、自然と大きく声を上げる。その声に紛れないようさらにオーフェン様が声を張り上げる。


「行け、闘志を引き絞り奴の喉元へ食らいつけ、醜悪な姿を一片も残さず消滅させろ! 戦神様へ我々の勝利の雄叫びを轟かせろ!」


 かくしてこの演説を皮切りに悪魔(デーモン)討伐作戦が開始されたのだった。




 悪魔(デーモン)の元へとたどり着くためには最初に街の内部に入り込んだ魔物を突破する必要がある。その役割は俺達ではなく、援護部隊に振られている。

 初撃は魔術師隊による『石礫雨』(ストーンレイン)の魔術だ。術式が上空へと広がり魔力の粒子へと分解されると、そこを起点に石礫が雨あられと魔物へ勢いよく降り注ぐ。石礫の雨はトロルに無数の打撃を与え、時折目を穿ち致命的な傷を与える。

 無数に降り注ぐ石礫に怯むトロルにさらに一手、弓隊が合図に合わせ一斉に矢を放ち、トロルの肉体を、時に頭蓋を貫き勢いを削いでいく。それらの攻撃の合間を縫って騎士たちが傷ついたトロルの息の根を止め、戦線を南門へ向かって押し込んでいく。


「何だか仕事をサボってしまってるようで気が引けます」


「今は体力を温存しておくのが我々の仕事だ。街の外へ出ると直ぐに大量の仕事が待ち構えているぞ」


 前衛部隊と後衛部隊がそのまま連携を取りながら門へと魔物を押し込んでいくのを眺めながらファルクスさんと話す。時折混じっている板金鎧のハイトロルやリビングアーマーには数人で当たっていて、お手本通りに手甲から順番に潰し確実に屠っている。

 目の前で繰り広げられている激しい戦いの熱にやられてしまったのか、このまま飛び込んでしまいそうになるのを剣の柄を抑え込むようにしてぐっと我慢する。


(アヤは向こう見ずなところがあるから心配してたけど、杞憂だったようだね)


(私だって、やるべきことが決まっているのなら、なるべくそれに従うよ)


(アヤさん、えらいえらい)


 北中央部隊を離れてからずっとユッカちゃんを含めた三人での念話を繋いでいるおかげで、ずっとアヤでいるのを強要されているような状態である。うん、リョウじゃなくてアヤ。まだ子供なのだから子供相手の言葉をかけられるのは当然、気にしちゃだめだ。キニシチャダメ。


 増え続けるトロルの死骸は通りの脇へと退けられ、別の部隊によって一定箇所へ集められている。後で焼却(インシニレート)の魔術で処分する按配なのだろう。

 石畳にはトロルの真っ黒な血液が飛び散り引き摺られた跡が残り、まるで画用紙を無造作に黒い絵の具で塗りたくったようになっている。一面に漂うトロルの独特な血の臭いと漂う悪魔(デーモン)の残滓に思わず顔をしかめてしまう。


(トロルの死骸を引き摺って集めるとこんなひどい空気になるんだ)


(血が放置されてるのが大きいんじゃないかな、血や肉体には【瘴気】が宿るからね。北中央を防衛してた時は地面の血ごと焼き払ってたでしょ)


(……なるほど、やけに広範囲に使ってたと思ったらそんな意図があったんだ)


(トロルの軍勢に加えて【アンデッド】まで生まれたら洒落にならない)


 ふたりの話によると、人族、魔族、動物、魔物問わず、死体を放置しておくとやがてゾンビ等のアンデッドになってしまうらしく、焼却(インシニレート)とはそれを防ぐために死体を焼き払うための魔術であり、今回のように大量の死体を処理するためのものではないらしい。考えてみたらそりゃ当然だ、大量の死体が並ぶような事態なんてそうそう起こらないんだもの。

 そんな会話をしつつ真っ赤な血がこびりついた場所を数か所通り過ぎると、ついに南門付近へと魔物を押し込むに至った。ここから先は討伐部隊の出番である。


 討伐部隊の面々と面を合わせ頷き合うと、事前に打ち合わせていた通りに一斉に得物を抜き放ち、天へと掲げる。一人でやるとなるとものすごく恥ずかしいポーズではあるが、この場の空気と、人数が集まって行うのとが合わさると中々に高揚感がある。ちなみに魔鋼の剣を掲げてるのを見られて騎士達の間にどよめきが起こった気がするけどどうとでもなーれ。



 街の外への露払いは魔術師隊員数人がかりで行使される戦術級儀式魔術である。殺戮という概念を形取るは風の戦術級魔術『無慈悲なる暴風』(デッドリーストーム)。立体的に展開された術式が粒子となり起動すると、幾層にも重なった風の刃を包括する暴風が魔物の群れへと襲い掛かり、トロルを切り刻み黒色を撒き散らしながらリビングアーマーごと何もかもを吹き飛ばす。吹き飛ばされた魔物やその肉片、武装はさらに他の魔物へと降り注ぎ広範囲に死を体現する。


「隊列を維持したまま突撃――ッ!」


 オーギュストさんの一声により、ファルクスさんと俺が横並びになり先頭を駆ける。続くは騎士団の分隊に、ユッカちゃんとその両脇を護るようにカイさんとフォルツさん。そしてオーギュストさん、騎士団長であるチェリベ様が率いる騎士団と魔術師団の精鋭の混成部隊が後方に続く。

 作戦会議で門付近にはリビングアーマーが(ひし)めいていると聞いていたけれど、戦術級魔術によって殆どが戦域から吹き飛ばされたようだ。


「先の突撃の時よりもかなり楽だな」


「ん、ここまでの援護があるのはありがたい」


「一緒に悪魔(デーモン)も吹き飛んでねえかな」


「無駄口を叩く暇があったら早くトロルを片づけろ」


 ちらほらと突撃してくるトロルに対し、フォルツさんが大剣を、カイさんが刀を振るいお互い一撃の元にトロルを屠りユッカちゃんを護る。軽口をたたき合っている様子をみるにまだまだ余裕なのだろう。


 防壁上からは弓や魔術による援護が飛び行き、こちらへ接近する魔物の数を減らす。そして一定時間を空けながら魔力大砲(マギカノン)が魔物の密集地に発射され、岩石の弾が持つ単純な物理エネルギーがトロルを、板金鎧を押し潰す。


「はあっ!」


 俺はというとまだ魔物の密度がそう高くないことをみて、あえて隙の大きい跳躍を織り交ぜることで直接トロルの首を狙い一撃の下仕留めていく。

 俺担当の左前方の逆側、右前方ではファルクスさんが白と黒の対になっているかのような双剣を持ち、流れるような動きでリビングアーマーを部位ごとに分割していく。進行速度を重視して、主にリビングアーマーを担当するのはファルクスさんである。俺だととてもじゃないけど金属なんて切れないし、動けない程に板金鎧を叩き潰すとなると時間がかかりすぎるためだ。適材適所ばんざい。

 もちろん、そう都合よくファルクスさん担当の右側のみにリビングアーマーがやってくるわけではない。俺へと襲い掛かってきたリビングアーマーの手甲と足首へと魔鋼の剣(鈍器)を振るい叩き潰すと、


「スイッチ!」

「はいっ!」


 ファルクスさんがタイミング良く合図を投げかけ、それに合わせて担当位置を入れ替える。さすが高ランクの冒険者、戦闘をしながらよく周りの状況も同時に把握できるものだと感心する。


「冒険者になりたてと聞いて連携を心配していたが、問題はなさそうだな」


「ファルクスさんが全体を見ていて、最適な指示を出してくれるからですよ」


「ふっ、そういうことにしておこうか。アヤ嬢は腕の良い冒険者になるな」


 ファルクスさんの最初の印象はやけにキザっぽい奴、だったけれど思っていたよりも話しやすい人だった。他の冒険者とのやり取りにも全く問題はなさそうだし、本物のSランクだけあってこうして会話をするときでも全体をよく見ているし。……これで度々俺を持ち上げるのがなかったらもっと気負わずに話せるんだけどなあ。



 やがて防壁上からの援護が魔力大砲(マギカノン)しか届かない地点まで辿り着くと、本物の軍勢のように魔物の大群がずらりと整列した光景が広がっていた。

 悪魔(デーモン)の軍勢たる魔物の群れと対峙するはアルレヴァが少数精鋭、最大戦力、最高峰の実力者達。各々が一騎当千であればこの程度の数の差などどうということはない!


「ここからが本番だ、皆、存分に力を見せつけろっ!」


 オーギュストさんの言葉に不敵にも口元に笑みが浮かぶ。あまりにも自然で無意識の行動だったことに俺自身が驚きつつも、油断しないようにぐっと身を引き締める。


「リィナ、ぶちかましてやれ!」


「……もう、私の隊だけが討伐部隊に出された恨み、ぶつけてやるんだから!」


 チェリベ様が、魔術師団の一人へと命令を下す。リィナと呼ばれた銀糸の刺繍が施された黒ローブ身を包む女性は恨み言を吐きつつ持っていた長杖を構え直すと、呪文の詠唱を開始する。


「大地よ、ああ大いなる大地よ。 我、リィナ・エシュトラルが守護者の名の下に命ずる! 憤怒を纏いし石塊群よ、槍と化して雨が如く降り注げ!」


 彼女の前に魔術陣らしき形状をした術式が構築され、魔力が注がれる。魔力を帯びた術式は回転しながら上空へと広がると、粒子に分解されると共に大量の石の槍が現れ、魔物に降り注いだ。町内部で使われた魔術と比べると遥かに殺意にあふれていて、トロルを串刺しにし地面へと縫い付けていく。

 石の槍が降り注ぎ終えると辺りには土埃が舞い、地面が馬鹿みたいに抉られていた。……町中の戦闘の時に使えよと思ったけどこれは被害が大きすぎて使えないや。


「突撃――ッ!」


 オーギュストさんの声と共に駆ける。先ほどの魔術の範囲内にいたトロル達はほぼ石の槍に貫かれ絶命していたが、防御に徹していた少数や板金鎧装備のハイトロル、リビングアーマーは健在だった。


 大剣で防御したのか、ボロボロになった大剣で体を支えるトロルへ駆け寄ると一閃の元に斬り捨てる。周囲へと目を向けれるとそこそこの数の生き残りがこちらへと向かって来ている。ファルクスさんはというと既にリビングアーマーと交戦しており、そちらにも生き残った魔物が次々と押し寄せていた。


「やっぱりファルクスさんに全部任せるとはいかないよな」


 身体加速(アクセル)を使い、一番近くの普通の板金鎧――おそらくハイトロルへと踏み込む。鎧はいたるところが傷つき凹んでおり、先ほどの石の槍の衝撃を物語っている。

 俺はハイトロルが振り下ろす大剣を払うと、斬り下ろしへ繋げて手甲を潰し攻撃手段を奪い、脛を脛当てごと潰して体勢を崩し、最後にヘルムごと頭部を叩き潰した。ハイトロルがヘルムの隙間から黒い血や黄色い体液を流しながら崩れ落ちるのを確認すると次の板金鎧へと向かう。シェイムの森での初戦闘時と比べ確かな手ごたえを感じ、高揚感に鼓動が早くなる。

 時折ファルクスさんとの位置交換はあるが、それを除くとただただ機械的にひたすらに紺色の剣閃を走らせ、血と臓物と死を振りまきながら魔物を蹂躙する。合間合間にファルクスさんに横目を向けると、息をつく間もない調子で双剣で白と黒の鋭い剣閃を放っている。惚れ惚れするような連撃にまるで戦場の中で踊っているかのような錯覚を覚える。これで魔物の醜悪ささえなければ。


 後続のチェリベ様率いる騎士魔術師混成隊は、魔術師を囲い守るように騎士を配置し、迎撃を基本とした戦法を取っている。担当するのは魔術による主戦力の温存と援護だ。魔物が再度集結する度にチェリベ様が魔術師に命令し、広範囲型の魔術が放たれる。ただ魔物と斬り結び続けるだけならば間違いなく体力気力が先に尽きる。とても心強い援護であった。


「さすがに大将への道は険しいな」


「けれども確実に悪魔(デーモン)の気配は強まっています!」


 全身を這い回るような不快感を押し殺しながら、右側から剣を振り下ろすトロルの一撃を力づくで弾いて喉を斬る。思っていたよりも浅い一撃になってしまった事に舌打ちして、全身のばねを使った突きで喉を貫き息の根を止める。

 精神保護(プロテクトマインド)による対策を行っていても完全に悪魔(デーモン)の影響は防げないらしく、集中をかき乱されているみたいだ。

 冒険者の皆はそれほど影響を受けているようには見えないが、騎士達は明らかに動きに精彩を欠いており細かな傷が増えてきている。


(騎士団っていっても精神(メンタル)はあまり鍛えられてないんだね)


(数々の修羅場を潜ってきた高ランク冒険者とアヤを基準にしない方がいいよ。そもそもアヤは……いや、何でもない)


 ティアが伝えかけた言葉に首を傾げながらも目前のトロルを斬り捨て前進する。


 最後の守りとばかりに密集したリビングアーマーが魔術によって散らされると、円状にぽっかりと空いた空間で悪魔(デーモン)が禍々しい剣を片手にふてぶてしく待ち構えていた。対面することでじっとりとした汚泥のような気配がより濃密になる。


「ようこそいらっしゃいました、アルレヴァの精鋭の方々」


 言葉と共に悪魔(デーモン)が右手を振るうと空間がゆらぎ、濃密な魔力が一陣の風のように俺の右側を通り過ぎ、甲高い音が鳴った。


「いきなりの不意打ちとはやってくれますね」


「ふふ、油断はされておらぬようですな」


 剣を構えたチェリベ様の頬が僅かに切れ、つう、と血がつたう。今の一瞬の悪魔(デーモン)の一撃を防いだのだろう、どんな超反応デスカ。


(手の動きに警戒して。目に負えない速さの一撃が飛んでくる)


 ティアの言葉に、剣をより強く握りしめ悪魔(デーモン)を見つめる。どういう攻撃なのかは不明だけれど、とっさに反応できるものでないことは確かだ。


悪魔(デーモン)、アルレヴァを守るためここで討たせてもらおう」


「できるのであれば。ところぉーで皆さま、飢えた獣の前で餌をちらつかせるとどうなるかご存知でしょうか」


「……悪趣味な奴だ」


 チェリベ様の言葉に悪魔(デーモン)がにたりと口元を歪ませる。嫌な魔力の気配と直感に身を任せてへと斬り込むが、悪魔(デーモン)が手にする禍々しい剣により受け止められる。

 そして悪魔(デーモン)の身体から吹き出るように術式が展開され、この丸い空間全てを覆うように広がった。


「間に合わなかったっ……!」


「これはこれはぁー、あのときの小娘じゃあありませんか。特製の呪印(ヴォグム)はいかがでしたか」


「うるさい!」


 悪魔(デーモン)の剣を押し込むように力を込めるけれどびくともせず、むしろじりじりと俺の方が押される。舌打ちしたくなるのを堪えながら距離を取り、再度斬り掛る。


「個人で突出するな!」


 ファルクスさんが俺に合わせて反対側から斬り掛るが、俺の一撃は剣で、ファルクスさんの連撃は魔力を帯びた素手で防がれる。得体のしれない術の発動を妨害するために戦端を切ったが、そもそも剣が届かない。


 抵抗虚しく術式が起動し粒子と化すと、辺りの空間が濃紫色をした結界に覆われていく。アルレヴァ全体を覆う結界と同じように、この小結界の境界にも記号らしきものが蠢いている。


「結界だ、警戒を怠るな!」


「総員防御隊形っ!」


 オーギュストさんとチェリベ様の一声で全方位を警戒するように円形に配置につく。俺とファルクスさんも悪魔(デーモン)から距離をとる。

 何故か悪魔(デーモン)からの追撃は来なかったが目線を切らず意識を集中させる。


(……っ。ティアさん、この結界――)


(残念なら初めて見るものだよ。どうせロクでもない効果だと思うけれど)


(何が飛び出してくるのかが分からないのって相当……っ!)


 突如右腕に発生した痛みで言葉が途切れる。まるで剣で一閃されたかのようにローブの右袖が斬り裂かれ、二の腕には斬りつけられたようにぱっくりと傷が開いていた。傷口から鮮血が溢れ、右手を伝う。

 悪魔(デーモン)にはずっと意識を向けていた。完全に意識外からの一撃だった。


「一体何をしたっ!」


「実ぅーに簡単な話です。この場は今より死地になった、それだけです」


 小結界の表面から無数の黒い刃がぬらりと生えてくる。左右前後上方、全方向に同じ光景が広がり、自分でも表情が強張るのが分かった。


「さあ、宴を始めるとしましょう。『凶刃の宴』エッジ・デストラクション


 悪魔(デーモン)の言葉と共に、無数の黒い刃が凶刃と化し飛来する。


「【攻性結界】! 結界型の防御魔術を!」


 攻性結界とは結界内の存在の殲滅を目的とした結界である。結界内に対象を閉じ込め、結界外には被害を及ぼさない。高威力の魔術を行使する際の周囲への被害をなくすために使うものと教えられたけれど、こんな場で目にすることになるとは思わなかった。

 ユッカちゃんの緊迫した声に合わせて密集すると、数人の魔術師が防御のための魔術の詠唱を行う。騎士たちは前面で、剣と盾を駆使して無数の黒い刃から皆を守る。上から放たれる黒い刃は騎士たちだけでは対応しきれないので、冒険者たちが打ち払う。俺もそれに加わり、雨のように降り注ぐ黒い刃を弾き続ける。黒い刃は弾いたり折ったりすると消滅するので守りやすくはある。

 それでも詠唱が終わるまでの数秒はとても長く感じられた。降り注ぐ黒い刃はあまりにも多く、全身の至る所が傷つき、ローブもボロボロになり血が斑点のように滲んでいる。そして詠唱が完成したところで、最後にとばかりに気合を入れ黒い刃を弾き、そしてふと悪魔(デーモン)へと視線を向けると、


 ――口元を歪めながら、その右腕を振り下ろしていた。

 防御魔術が発動したのは、鮮血が飛び散るのと同時だった。


 防御魔術が黒い刃を防ぐ無数の音。

 金属がぶつかるような鈍い音。

 びちゃり、ぐちゃりと何かがこぼれ落ちるような音。

 ――まるで、狩ったウルフの内臓を掘った穴に捨てた時のような音。


「この程度で壊れてしまうとは、人族という存在は実ぅーに脆いものですな」


 悪魔(デーモン)は俺達の反応を嘲笑うかのようにいやらしい笑みを浮かべている。俺は斬りかかりたくなる衝動をなんとか押さえ込んできっ、と睨みつける。


「チェリベ様! ……よくも貴様ァ――!」


 激昂に染まった騎士の声が響く。凶刃に倒れたのは、皮肉にも最初にその一撃を防いでみせたチェリベ様。その身体は真っ二つに分かたれ、血と臓物を散らして崩れ落ちていた。濃厚な血の香りに頭がくらりとする。


『豪炎地獄』(ヘル・イラプション)と同系統の結界っぽいかな。でもおそらく起点は悪魔(デーモン)自身)


(……結界を叩き壊す選択しかないか。……あの刃の雨を潜り抜けて、悪魔(デーモン)を足止めしながら? 余波もきちんと考慮して? ……詰んだ)


 ユッカちゃんは唇を噛んで天を仰ぐ。天候はあいにく不気味な模様の蠢く結界日和。曇りなんて比較にならない程どんよりとした血臭漂う天気。

 黒い刃が発する音より甲高い音と共に防御結界が軋む。悪魔(デーモン)が防御結界を破壊しようと攻撃を加え始めたようだ。

 騎士と魔術師たちの間にさらなる動揺が広がる。もし防御結界が破壊されれば、もし魔術師が集中を乱れさせたら、もれなく全滅コース行きだ。

 防御結界を担当していない魔術師が防御結界越しに悪魔(デーモン)へ魔術を放つが、それに対応して悪魔(デーモン)が魔術をぶつけ相殺される。


(諦めるにはまだ早いよ。この大きさの結界ならせいぜい中級空間魔術――『空間切断』(シビナ・スライス)単発で無理矢理壊せる。巻き込まれる心配もない)


(ティアさんも作戦会議を聞いてたから知っているはず、この討伐部隊には中級以上の空間魔術使いは居ない。それとも、もしかして――)


 ちらり、とユッカちゃんがこちらへ視線を向ける。さすがの俺でも魔術適正や行使可能な魔術についてならある程度話についていける。悪魔(デーモン)から見えないように青白い魔術封石を取り出すと、ユッカちゃんへと見せつけた。ユッカちゃんが目に見えて驚いてる。


(まさか、空間切断(シビナ・スライス)の魔術封石?)


(”イグザクトリー”。ハイエムからの託され物だよ。皆に伝えるのはユッカちゃん、まかせた)


 ユッカちゃんは(イグ……?)と英語に首をかしげながらも、「皆さん、私から提案があります」と動揺する皆の意識を集めて作戦会議を始めた。


 作戦は極めてシンプル。結界の境界に向かって円筒状に防御結界を展開し、その中から魔術封石を境界にぶん投げる。オーギュストさんが防御結界が展開されていない方向からの黒い刃を防ぐ役割を担う。ファルクスさん達は悪魔(デーモン)への警戒と牽制の役割。防御結界を担当していない魔術師も然り。

 そして俺は魔術封石担当になった。当初は騎士のひとりが担当する方向で話が進んでいたのだが、オーギュストさんの『勘』が働いたらしく彼の強い押しにより俺へと決まった。そんなものを根拠にして大丈夫なのかと思うと案の定騎士たちからは反対意見が出たが、冒険者たちからは反対意見が出なかった。

 ファルクスさん曰く、「オーギュスト殿の勘は良く当たる」らしい。そんなので大丈夫なのかと思ったけれど、ティアの(危険予知の技能でも持ってるのかな?)という一言で技能って本当に色々とあるんだなと納得するのだった。



 作戦に備えてまだ出血している部位があるので出血を抑える薬を飲む。痛みはあるがそう酷いものではないので痛み止めは必要なさそうだ。そしてふと思い立って小瓶入りのユッカちゃんの血も口に含んだ。濃厚で芳醇な味わいが口の中に広がり、香りが鼻へと抜ける。

 記憶の奥底にある実際にはまだ飲んだことのない味にほっとしながらも、本当に吸血鬼になってしまったんだなあとなんだかぼんやりする頭でかんがえる。


(んはー、やっぱり久しぶりの本物の血は格別だね)


(本物の血?)


(願掛けにまえユッカちゃんからもらった血をのんだんだよ、正念場だから)


 ユッカちゃんが耳を少し赤くしてうつむく。そんなユッカちゃんの隣では防御結界を維持している魔術師さん達が必死に防御結界を維持している。悪魔(デーモン)からみえない攻撃をいれられる度に防御結界がぎしぎしと軋み、それを必死の表情で安定させようとしている。


「嬢ちゃん」


「はい。いつでもいけます」


 オーギュストさんの声に頷くと、円筒状の防御結界を担当する魔術師さん達が詠唱を開始する。その様子をみたためか、悪魔(デーモン)の攻撃頻度が上がり結界が悲鳴を上げ、歪な半球状になる。


「……遊んでいやがったか。趣味の悪い野郎だ」


「お褒めに預かり恐悦至極」


 悪魔(デーモン)がわざとらしい態度で一礼する。それを見たフォルツさんは大きく舌打ちした。


(本当、どいつもこいつも例外なく、悪魔(デーモン)は性格が悪い)


 円筒状の防御結界が完成すると同時にオーギュストさんが前へとでる。洩れなく黒い刃を防ぎながら前進するオーギュストさんのうしろに隠れるように俺もついていく。魔術封石はすでに手ににぎりしめている。

 悪魔(デーモン)はこちらの円筒状の結界に標的を変えたらしく、腕を振るい空間がゆらぐたびに結界が軋みを上げる。ただし、残った魔術師が牽制と魔術を放ち、悪魔(デーモン)はそれを魔術で相殺したり手で打ち払うという事が合間合間で発生し、攻撃の頻度はそれほどでもない。


「オーギュストさん、いきます」


「応っ!」


 目標地点に到達した俺は魔術封石に軽く魔力を込める。魔術封石が淡く点滅しだしたので成功だろう、そのままアンダースローで攻性結界へと魔術封石を投擲する。


 そして身体の芯まで、もしかしたら魂にまで染み込むような甲高い音が空間自体に響き、目の前の空間が攻性結界ごとズレ(・・)た。そしてガラスの割れるような音が二度(・・)鳴り響き、攻性結界が割れたようにバラバラになり、はらはらと落ちながら消滅していく。


「アヤさん、防いでっ!!」


 緊迫したユッカちゃんの声に慌てて剣を構えると、何故か円筒状の防御結界もバラバラはらはらと崩れていた。そして視界に映るのは、攻性結界が砕ける前に発射されていた黒い刃。


 視界の端で悪魔(デーモン)が口元を歪めると、俺とオーギュストさんは大量の黒い刃にのみこまれた。

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