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自由奔放な吸血鬼  作者: 望月すすき
第一章 アルレヴァ防衛戦
30/48

01-22(旧) エルンテフェスト

17/01/19 追記 おもいっきり未完成な01-23が間違って投稿されてしまい一旦削除しました。修正して近日再投稿します。

17/04/17 一部魔法名称を変更しました。変更箇所の詳細は後書きに。

17/05/08 ユッカちゃんとイルミナさんの名前を間違えていたのを修正

18/01/08 サブタイトルの変更(旧の追加)

 ***** 三・四日目(1) *****


 「ほふぇ~」


 後頭部に感じる柔らかな感覚と暖かさに、気の抜けた声がこぼれる。こうやって抱きつかれて安心感を覚えるのは人肌が恋しいからなのか、それとも身体の年齢相応の感性が働いているからなのか。この何とも穏やかな気分に加えて優しく頭を撫でられる事は俺の精神をとろけさせるのには十分だった。


 俺がイルミナさんに抱えられている隣では、キャロがユッカちゃんに抱かれていた。キャロのほんわかした表情と微かに口元の緩んだユッカちゃんの組み合わせを見ていると中々に和む。


 現在時刻は十四の刻を回ろうとしている真夜中。あのトロル達の虐殺とリビングアーマー共の投げ飛ばしから既に一刻の戦闘、二刻の休憩のサイクルを三回繰り返している。ちなみに体感的に一刻は二時間程度で、一日は十四刻なので二十八時間に当たる。時計という存在を見たことがなかったから今の今までそんなこと知らなかったよ。


 そして現在、北部中央の防衛線の指揮を執っているカイさんから参加を打診され、断る理由もないのでこうして部隊へと組み込まれている。

 カイさんによると左大通りにはAランク冒険者が二人、ここ中央大通りには二人、右大通りにはAランク冒険者とSランク冒険者がそれぞれ一人という割り当てらしい。普通に考えて激戦になりそうな中央にSランク冒険者を配置するべきだと思うんだけど、何か理由があるんだろうか。


 ちなみにキャロをここへ連れてきているのは断じて寂しかったという理由ではない。現在砲撃は停止しているけれど魔物達は未だ魔力大砲(マギカノン)を保持している。高所にあるため射線が通りやすい宿の二階よりもこうしたテント内のような地面に接している場所の方が安全だという判断によるものだ。


 「それにしても、真夜中なのにアヤちゃんもキャロちゃんも元気そうだね」


 イルミナさんは疲れが溜まっているようで、いつもは溌剌(はつらつ)そうにぱっちりと開いている瞼が少しだけ下がっている。毎回休憩時間中に仮眠をとらずに俺を抱きかかえてだらしのない表情を浮かべているのが原因のような気がしてならないけど。

 一方ユッカちゃんはしっかりと休憩をとっているようで、眠そうな様子は全然感じられない。キャロはここに連れてくるまで宿で休んでいたし、俺は戦闘の興奮のせいか、はたまた夜行性気味の吸血鬼の性質のせいかばっちりと目が冴えている。


 「まあ、キャロはともかく私はアレですから」


 テント内には他にも休んでいる人たちがいるので表現を濁す。その言葉にイルミナさんから羨むような目線を向けられる。いやいや、吸血鬼の能力で同族を増やすものがあるってティアの言葉があったりするけれど、そうなると人間辞めることになっちゃうからね。


 「イルミナさん、まともに休んでないですよね? そろそろ仮眠くらいは取った方がいいんのではないでしょうか」


 「ん。イルミナは休むべき」


 「無理だけは絶対にだめなのです、イルミナさん」


 俺のイルミナさんへ休息を促す言葉に同意するユッカちゃんとキャロ。戦闘は夜通し続くのだから、万全の状態をとるべきだろう。


 「分かってるけど、アヤちゃんを堪能してると、気づいたら休憩が終わってるんだよー。アヤちゃんが可愛すぎるから仕方ないんだってば」


 髪を梳かれる気持ちよさに顔が緩みながらも、微力ながら回転する思考でこれはダメすぎる発言だと気づく。俺自身もキャロのことを猫可愛がりしているけどここまでひどくはない……と思う。

 それにしても今日だけで何度も聞いた「可愛い」発言だけれど、未だにどう反応すべきなのかが分からない。誉め言葉なのだからありがとう、とかを返すのがいいかと思ったけど何か違うんだよな。結局は毎回聞かなかったことにしている。


 「アヤさんとキャロちゃんが私と一緒に寝て、イルミナが一人で寝れば解決」

 「あたしの心のオアシスが無くなっちゃうんだけど!?」

 「大丈夫、骨は拾っておく」

 「それだと休む意味ないよね!?」


 ユッカちゃんとイルミナさんの間で漫才のような会話が繰り広げられる。この二人、実はシェイムの森の調査の時に初めて知り合ったらしいけれど、そうは思えないほど仲が良く見える。溌剌としたイルミナさんと物静かなユッカちゃん、対照的な二人だけれど、相性は良いんだろうね。

 ともかく、このままだとまたイルミナさんが仮眠なしになってしまうので、やむなく強硬手段に出る。俺を抱える腕を押しのけて立ち上がると、てててとユッカちゃんの横へと向かいそのまま腰掛ける。


 「あー! アヤちゃんの裏切り者ー!」


 「はいはい、イルミナさんはほんと休んでください」


 不満気な声をさらりと流すと、横になってイルミナさんから見えない位置を陣取る。地面には一応休めるようにと敷物が敷かれているけれど、あまり厚みはなく背中に石畳のごつごつした感覚を感じる。目は冴えているのでこのまま眠ってしまい身体が痛くなることもないだろう。

 ふとユッカちゃんと目が合う。相変わらずの無表情だけれど、なんだか勝ち誇ったような雰囲気を感じた。何というか、気まぐれな愛玩動物になってしまったような気分だ。


 ぶーぶー文句をいうイルミナさんをBGMにキャロのもちもちほっぺを堪能する。相変わらずのさわり心地のよさにリラクゼーション効果を感じていると、キャロからおずおずといった感じの声が届く。


 「アヤお姉ちゃん、あの……放っておいていいんですか?」


 「大丈夫大丈夫。イルミナさん本人も自己申告してたからね。それと……今休んでおいてほしいのは本当だから」


 防壁を破壊されて街中まで攻め込まれ、今も尚戦闘が続いている北側に対し、南側の動きは不気味なほど静かすぎるように思う。トロルの軍勢が悪魔(デーモン)によって指揮されているのなら、半分(・・)もの戦力を遊ばせているのはどうもきな臭すぎる。


 (魔力大砲(マギカノン)とやらの砲撃が止んでるってのも気になるよなあ)


 (ほふぇ? まぎかのん……アヤお姉ちゃんが言ってた兵器でしたっけ)


 思わず考えがキャロに漏れていたようで、何でもないよ、と誤魔化すようにほっぺたをむにむにする。キャロは深く考える様子もなくされるがままになっている。ぐう、癒される。


 (万が一北以外の防壁に穴を開けられても、まだ騎士団がいるから持ちこたえられるでしょ)


 (ティア、それフラグって言うんじゃ……)


 思わずティアの言葉にツッコミを入れてしまうが、そこではたと気づく。南門付近は防備を固めているけれど、例えば何の守りもない西の防壁に穴を開けられるとどうなるか。

 間違いなくあっさりと戦線は崩壊するだろう。その考えにぞっとしながらも、お偉いさんもそこまで馬鹿ではなく、防壁上の各点に見張りは立てているはずだと考え直す。


 (フラグっていうのは踏み抜いていくためにあるんでしょ?)


 (間違いなく異世界の知識を誤解して吸収してるよね!?)


 斜め上の方向から容赦なくいろいろと踏み抜いていくティアを押さえ込みにかかる。なんだかティアの知識と異世界、地球の知識が下手に混ざってしまうことに嫌な予感がしてならない。既に俺の知識がティアに流れてしまった以上この流れは止められないのだけれど、せめて防波堤くらいにはならないとというよく分からない義務感が俺の身体を突き動かす。


 (大丈夫大丈夫、いわばこれもジンクスの一種なんでしょ? そんな程度のものに私が負けるわけないじゃない)


 あ、これ、もしかしなくても止められないや。

 自然と開始数秒で残念吸血鬼さんに白旗が上がり、謎の義務感が消える。どこからともなくじっとりとした感情を向けられた気がするけど無理なものは無理。自由奔放という銘はティアにこそふさわしい。そんなティアを俺がどうこうできるはずがないのだ、うん。


 そうこうしていると、イルミナさんの方から寝息が聞こえてきていた。やっぱり疲れてたんだろうなと苦笑すると、キャロが不思議そうな表情を浮かべたのでイルミナさんの方を指さす。キャロは指さした方向を見て納得がいったような表情を浮かべると、おやすみなさいと呟いた。ユッカちゃんも少しだけ目を細めており、何だかんだ言ってイルミナさんのことを心配していたようだ。


 俺もおやすみなさい、と心の中で呟くと、キャロをいじる手を止めて黒色のテントの天井をぼんやりと見上げる。耳には相変わらずかすかに金属と金属がぶつかり合い、気合の入った声が上がるという戦いの音が聞こえてくる。改めて平和だった日本から遠いところに来てしまったんだなあと感じつつ、手のひらが見えるように腕を挙げる。


 相変わらず自分のものとは思えない小さな手。もちろんそれは見た目だけであり、信じられないほどの質量のあるらしい魔鋼の剣をこの小さな手で振り回し、大男をも超える大きさのトロルを屠ってきた。けれども、こうして自分の手を改めて見ていて感じるざわつくような感覚は不安、なのだろうか。その感覚を誤魔化すように、何度も繰り返した感覚――肉を断つ感覚を思い出しながら手をにぎにぎと動かす。

 その小さな手に、そっとちっちゃな手が添えられる。さらにそのふたつの手を包み込むように、少しだけ大きな手が伸ばされる。トロルを屠ってきた手にじんわりと温かな体温が伝わってくる。

 伸ばされた手の元へ顔を傾けると、私を見つめる二人の顔と目が合う。その眼に込められたいつもよりも暖かみを感じる感情に、気づかない内に不安が顔に出て心配をかけてしまっていたのかと思い至った。


 「……キャロ、ユッカちゃん、ありがとうね」


 「たまにアヤお姉ちゃんは思いつめたような顔をするので放っておけないです」


 「ん。アヤさんは笑顔の方がいい」


 そんな二人の言葉に胸が暖かくなり、自然と頬が緩む。そんな私の様子を見て、二人ともうんうんと頷いていた。


 思えばこれはいろいろと誤魔化し誤魔化しやってきたからその弊害なのかもしれない。その根本にある原因であるこの身体とちゃんと向かい合う必要を感じるけれど、はたして吉と出るか凶と出るか。


 「アヤお姉ちゃん、また難しい顔しています」


 おっと、また考え込んでしまっていたようだ。キャロの言葉にできるだけ気を付けるねと返すと、キャロとユッカちゃんはこくりと頷いた。

 そして三人の間からは自然と会話が途切れる。けれど右手に感じる二人分の手の温もりは、まるで言葉は必要ないとでもいうように私の胸の奥をしっかりと温めてくれていた。




 ―――――




 南部隊では先日と変わらずに戦闘行為は避け、数を減らした見張りを置くという対応策を続けていた。ちなみにリョウの危惧していた門周辺以外の外壁はもちろん巡回の者をおいている。さすがに専門教育を受けた軍属がそのようなミスを犯すはずはない。



 「にしても本当にこんな消極的なやり方で守り切れるのか?」


 時刻は十四の刻(二十八時)を回った深夜。千人を超える騎士団を擁する南部隊を収容するテントのうちの一つ。その中で、待機命令を出された兵士達が会話をしていた。


 「今日が部隊長が言っていた王都からの援軍の到着予定日だ。万全を期すために宿舎の部隊もこちらで待機しているだろ?」


 南部隊に配属されたミグナール騎士団1500名程の内訳は、騎士がおよそ100名、600名程の騎士の従者と800名程の歩兵である。それに魔術師団161名が加わった混成部隊が南部隊である。

 部隊長であるチェリベは部隊を半分に分け、それを二交代で運用していた。また、騎士団・魔術師団の本来の駐在所を利用することで南門付近に必要な休憩用のテントの数を抑えていた。

 そして援軍が到着するであろう今日は万全を期すため、本来であれば駐在所で休息をとっている兵士は南門付近へと集結していた。


 「つってもこの気味悪りぃ結界を通り抜けられるのか? 援軍が来れないとなるとまずいことになるぞ」


 金髪の兵士が口を開く。魔術師団長兼南部隊副隊長のノエルによって通知されている結界の情報は、結界の出入りを阻害するというものだ。その情報が逆に部隊員達に不安をもたらしていた。


 「その辺りも踏まえての今夜の配置なんだろうと思いたいがね」


 そう言って赤毛の兵士が皮肉気に声を上げ口元を歪めて笑う。彼らの大半は防衛軍の上部は援軍を完全にあてにしていると思っている。そして先ほど挙げた結界の情報に、実情を知らない者がみると防衛戦の優位を捨ててただお互いの消耗を減らすという愚策。先ほどの兵士の言動に対し、ある者は同意するかのように表情を歪め、またある者は不安を隠しきれない硬い表情で顔を伏せる。


 もしここで結界内で死ぬと悪魔(デーモン)に魂を喰われるという情報もあったならば、不安げな様子の兵の中にも現在の状況もやむなしと思う者が居たかもしれない。


 テント内の兵士達が様々な反応を見せる中、先ほどの赤毛の兵士が液体の入った容器をわざと音を立てるようにテント中央に置いた。


 「こんな状況だからな、景気付けの一杯くらい構わないだろ?」


 そう言いながら赤毛の兵士は容器の中の液体を一口飲み下す。アルコールが染みたのか、かぁーっと威勢よく声を上げると、彼は会話をしていた金髪の兵士へとその容器を押し付けた。受け取った男は意図を察したのか、子供がいたずらをするかのような楽し気な笑みを浮かべる。


 「これは俺からの奢りだ! ただし一人一口だけだ!」


 その声を受けて同じテント内の兵士達の反応は様々だった。困惑する者、笑みを浮かべる者、一口だけかよと文句を言う者。

 この場における飲酒は軍規違反であったが、不安からか、はたまた無能な上部に対する怒りからか、結局それを口に出す者は一人も居ないまま全員へと酒が回されていった。

 もちろん赤毛の兵士は考えなしに酒を放出した訳ではない。用意したのはそれほど強くはない酒であり、しかも口にしたのは皆一口ずつ。軍規を犯してまでの楽しみとはいえ、起こるかもしれない戦闘に支障をきたす訳にはいかない。


 テント内はこのほんのささやかな楽しみに少しだけ空気が軽くなり、皆それぞれ早く浴びるほど酒が飲みたい、討伐を終えたらいい機会だから結婚相手を探すか、などと雑談に興じている。


 そんな少し和らいだ雰囲気の中、赤毛の兵士はテント内の様子をじっと観察していた。彼はこのテント内では唯一今日の兵士達が錯乱する様子を目撃していた。錯乱の原因の一つは不安が恐怖に転じることだ。まだ数名不安そうにしている者はいるが、テント内の雰囲気は酒を出す前と比べ各段に良くなっている。


 赤毛の兵士は休んでいる最中に味方に斬られるのは勘弁だからな、と小さく呟き、ずっと張っていた気を緩めた


 そしてちょうどそのタイミングを狙っていたかのように、警戒を示す合図の鐘が鳴らされた。同時に赤毛の兵士は体の芯が凍えるような何かの気配を叩きつけられ、体全体が硬直してしまった。何が起きたのか探ろうにも目線しか動かせず、他の兵士達も同じような状態のようだった。


 そして赤毛の兵士は自身の手がカタカタと震えていることに気づく。そんな自身の状態に気がづくと同時に、せき止められていたように恐怖が頭の中を喰らい尽くした。

 それは彼が過去に感じたもの最も強い恐怖、若い 土竜 (アースドラゴン)の討伐任務の時のものを遥かに上回っていた。目視不可能な早さの尻尾の一振りで岩石は粉砕され、何人もの兵士を重装備ごと押し潰しながら吹き飛ばされた時以上の恐怖。

 歯がカチカチを音を立て、今すぐ走り出して逃げようにも腰が抜けてしまったようで動けない。声を上げようにも喉が固まってしまったように上げることができず、身体はまるで縫い付けられたかのような状態。何が起こっているのか思考を巡らせるどころか頭の中がかき回されているような状態で何もできずにいると、誰かの叫び声がテント内に広がった。


 「ああああああああ、やめろおおお、魔物共め!! これ以上近づくなああっ!」


 なんとか赤毛の兵士が叫び声の方へ視線を向けると、先ほどまで不安を押し殺すようにしていた兵士が、大きく目を見開き口の端からは涎と(あぶく)が混ざった液体を垂らしながらむしゃらに長剣を振り回していた。彼の目には魔物の姿が映っているのだろうか、明らかに恐慌状態にあるその兵士やその長剣、周囲には血が飛び散っており、何名かの兵士がビクビクと痙攣しながら地面に転がっていた。


 同テントではあと二名の兵士が錯乱しており、同様に叫び声を上げながら武器を振り回し血の海をつくりだしていた。

 不幸なことにそのうちの一名は赤毛の兵士のすぐ近くに位置していた。その何の技術もなくただ振り回されるだけの長剣は赤毛の兵士の後頭部に直撃し、すぐに彼も地面に転がって痙攣する者の一人となった。


 そうして、恐怖により動けなくなった者を恐怖により錯乱する者が斬りつけるという、最悪の状況下による同士討ちが至る所で発生した。




 「やはり、悪魔(デーモン)が出たか」


 普段の何倍もの人々が忙しく動いている指揮所で、チェリベは忌々しげにアルレヴァの地図の魔道具を視界に入れながら続々と集まってくる報告を受けていた。今日到着するはずの援軍に合わせて兵士を集結させていたことが完全に裏目に出てしまっていた。


 ――悪魔(デーモン)の影響を受けた恐慌状態の兵士達による、大規模な同士討ち。


 看過できない程の被害を受けたことを容易に想像できたチェリベは頭痛を感じて強く額を押さえつける。今ここで魔物が街へ侵入する事態になれば確実にこの街は蹂躙されるだろう。


 ただ幸いにも、防壁上で警戒に当たっていた兵士には精神保護(プロテクトマインド)が継続的にかけられており、魔物の動向の情報はこの混乱前と変わらずに入手できた。

 情報によると、魔物の軍勢をまるで波を分けるかのようにして悪魔(デーモン)が敵軍勢最前線へと出てきたらしい。幸い魔力大砲(マギカノン)の砲撃により悪魔(デーモン)は最前線から引いたが、ただ街へと近づくという行為だけで南部隊はこの有様だ。もしこのまま街に近づかれていればどれ程被害が広がっていただろうか。


 「悪魔(デーモン)とは話に聞く通りげに恐ろしいものだな」


 「過去に街を滅ぼしたというのも、こうしてみると納得できる恐ろしさですね」


 「おや、ノエル卿、戻られたのか」


 少しトーンの落ちた変声期途中のような声に対し、チェリベは労うかのような声音で言葉を返した。


 「はい、六割もの戦力の喪失――ほぼ壊滅状態ですからね。錯乱した者への処置は終えました。後は本人たち次第、というところでしょうか」


 幼く見える顔つきに暗い影を滲ませながらも、ノエルは部隊に関する各種の報告を行う。喪失した戦力の損失の内のほとんどが騎士の従者と一般兵であり、騎士と魔術師の被害は少なめであった。


 「ふむ、士気や継戦能力はやられたが最大戦力はほぼ無事か」


 「はい、なんとかといったところですが。魔術師はそう被害は出ておりませんが、騎士は一割の損失です」


 「部隊数を減らし、騎士や魔術師を多めに配置した再編が必要になるな……。そこの第一部隊長、ちょうどよかった。この資料を参考に部隊を……そうだな、三部隊に再編成する案を提出してくれ」


 了承する部隊長さんの表情にはかすかに厄介な仕事を押し付けられたとでもいうような表情が浮かんでいる。ノエルはそっと心のなかで頑張ってください、とエールを送っておいた。


 「さすがチェリベ様は仕事の割り振りが上手ですね」


 感心したように少しトーンの上がった声を上げるノエル。その純粋な言葉を受けて口元を緩めたチェリベは後輩に指導するような口調になる。


 「騎士団は大所帯だからな、仕事は適切に分割しないと回らないのだ」


 「なるほど、勉強になります」


 ノエルは魔術師団長に抜擢されたといえどまだ十七歳で経験が足りていない。そんなノエルに要所要所で助言を与えるチェリベに、ノエルは流石です、と心の中で呟いた。


 「さて、我々は我々がすべきことを――」


 チェリベがそういいかけたタイミングで、アルレヴァの地図を模した魔道具がまるで警告を発するように鐘のような音を鳴らし、赤く明滅した。それとタイミングを合わせるように指揮所に騎士が駆け込んできた。彼はチェリベの姿を見つけると、大きく息を切らしながらも敬礼をとった。


 「部隊長、南門が開放され魔物の軍勢が押し寄せています! 現在第一防衛線で迎撃に当っておりますが、どうかご指示を!」


 その言葉に指揮所の各所からざわつきが発生する。直接報告に上がった騎士の言葉は正しいようで、アルレヴァの地図では南門が開門を示す緑色へと変化し、第一防衛線付近まで魔物を表す赤い点が(ひし)めいていた。


 「了解した、すぐに向かおう。ノエル卿はここで引き続き作業と情報の整理を任せる。自己判断で戦術級魔術の使用も許可する」


 「はい、了解しました。チェリベ様、お気をつけて」


 頷きと共に颯爽とチェリベが指揮所を後にすると、ややウェーブのかかった亜麻色の髪の女性が少しだけ表情を綻ばせながらノエルへと近づいてきた。彼女の着ているローブに施されている銀糸の刺繍は、魔術師団員であることを表している。


 「ノエル様、ようやく許可が出されましたね。これで今までずーっと魔力を温存温存言われていたストレスを発散できます!」


 あどけなさが残るノエルと比べるとお姉さんとも呼べるような女性の言葉にノエルはため息をつくと、魔術師団の中でも特に有名なこの暴走中隊長へと釘を刺す。


 「いつかの合同討伐の時みたいなことにならないように、ちゃんと僕の指示を聞くようにね」


 その言葉にまるで反省の様子が見られないように小さく舌を出して微笑む暴走中隊長さん。彼女の相変わらずの様子にノエルはため息を吐きながら、こんな状況ならもう打てる手といえばガーランドさんがやったような方法しかないよね、と事前に用意して……されていた書類のひとつを机の上へと広げた。そろそろ総指揮を執っているオーフェンから連絡が来る頃合いだという予想もある。


 『一点突破による悪魔(デーモン)討伐の立案と考察』


 結界によって王都からの援軍が期待できない今、最後に残ったのは会議でユッカが発言し、それを元にして作成された、この街の最大戦力を中心に行う作戦の立案書だった。




 ―――――




 「一時はどうなることかと思ったけど、ここまでこぎ着けられたね、モルドリール」


 少しの光も通さない真っ暗闇の中をまるで歌うようによく通る少年の声が転がる。その言葉を受けて、唯一その場にある気配――悪魔(デーモン)はその声の主へと頭を下げる。


 「ええ、冒険者にトロルの存在が露見するとは完全に計算違いでしたが、計画を前倒しに進めておいて正解でしたな」


 「まさにその通りだね。前回と同じよういくかな、って思ってたけど人族を甘く見すぎてたね」


 暗闇の中で悪魔(デーモン)と少年らしき声が響くが、相変わらず不思議と少年の声の主らしき存在は感じられない。おそらく別の場所から声を届ける魔術を使用しているのだろう。


 「弱き存在はそれ故に知恵を磨き、他の種族では目にすることのないような団結を見せますからな。しかしながら……」


 その言葉に続くかのように、悪魔(デーモン)と少年の笑い声が重なる。そのあまりにも声質の異なり過ぎる笑い声は二重音声のように響き、辺りの暗闇により不気味さを振り撒いた。


 「どれだけ烏合の衆が集まろうが、私とアンスティル様の前には無ぅー意味でございますがね」


 「街にはスノウラインが一人混じっているだけだし、後はモルドリールが刈り尽すだけの簡単なお仕事さ。これでドラク様にも恩を売れるし、笑いが止まらないね」


 その言葉を聞いて思い出したかのように悪魔(デーモン)が口を開く。


 「アンスティル様、森で逃がした『フォンベルク』と名乗った吸血鬼族は本当に無視して構わぬのでしょうか」


 その悪魔(デーモン)の言葉に、くぐもったような笑い声が響く。


 「渇望の呪縛(レヴォト・ヴォズ)すら抵抗できなかったザコだったんでしょ? 気にすることはないさ。それに、フォンベルクはあれだけ念を入れて掻き回しておいたんだから、フォンベルクの主要戦力―― 瞬光 (インヴィジビリティ) 指揮者 (コンダクター) 創造者 (クリエイター)は本家で大慌てしてるだろうさ」


 「相変わらずの念の入れようでございますな」


 当たり前じゃないか、とでも言うかのように少年の声が響く。その幼い声質から想像できるであろう年齢にそぐわぬ芯の通った力強い声に、悪魔(デーモン)は敬意を示すかのように頭を下げる。

 もちろんただ声をやり取りするだけの魔術ではそういった所作までは伝わらないため、少年のような声はその悪魔(デーモン)の所作を全く気にすることのないまま会話を打ち切った。


 「それじゃ、引き続き収集を頼んだよ」


 その言葉を最後に、暗闇の中に凛とした声は響かなくなった。悪魔(デーモン)は頭を下げたままくぐもった声で笑い声を上げ、初めからこの場に居なかった主へと仰せのままにとつぶやくのであった。

 悪魔によって蒔かれた不安等の負の感情。それを理不尽な恐怖に晒し、錯乱まで感情を成長させることによる同士討ちはまさに悪魔による人間の魂のErntefest(収穫祭)なのです。



感想、評価、ブックマークありがとうございます。

とても励みになっています。


次話は一月上旬予定です。良いお年を、です。


17/04/17 アヤが受けたのを混沌の呪い(ケイオス・ヴォズ)から渇望の呪縛(レヴォト・ヴォズ)へ変更しています。

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