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自由奔放な吸血鬼  作者: 望月すすき
第一章 アルレヴァ防衛戦
28/48

01-20(旧) 悪意

17/01/16 オーギュストの名前がガーランドに改名されていたのを修正 ひどいミスだ……

18/01/08 サブタイトルの変更(旧の追加)

 ***** 三日目(1) *****


 夜が明け、朝焼けがアルレヴァの防壁上を照らした。防衛にあたっている隊員達は口々に長い夜だったと語りながら、朝焼けの光に目を細めた。

 北門側では板金鎧装備のハイトロルの侵入により一部のバリケードが破壊されるといったことはあったものの、最初の魔力大砲(マギカノン)の砲撃による死者以外は出すことなく乗り切っていた。


 「さて、三日目か。仕掛けてくるなら頃合いだろうな」


 そうつぶやきながらオーギュストは大きく伸びをする。オーギュストとターラルは交互に睡眠をとることで夜間の警戒をしていた。元冒険者のオーギュストは野宿の際には必ずといっていいほど行っていた行動であり、夜襲の緊張よりもむしろ懐かしさの方が意識を大きく占めていた。


 オーギュストが防壁上へと登ると、防壁上の指揮所でターラルが険しい表情で外を眺めていた。オーギュスト気配に振り向くと、先ほどまで外へ向けていた表情とは変わり気さく気な笑みを浮かべた。


 「オーギュスト殿か。おはよう、しっかり休めたか?」


 「今はこんな部隊指揮を執ってるが昔はバリバリの冒険者だったのだぞ?」


 オーギュストは豪快に笑った後、ターラルが眺めていた軍勢へと目を向けると途端に鋭い目つきを見せた。


 トロルの軍勢は、昨日とは配置を大きく変えていた。二か所の防壁の穴の前は昨日と以前変わらずトロルが(ひし)めいていたのだが、問題はその後ろである。

 軍勢は正面、左右の三隊に分かれており、それぞれの隊の前列付近に板金鎧と黒い鎧が帯のように横に並んで配置されていた。

 そしてその三隊の後ろには、まるで指揮所であるかのような真っ黒い天幕が鎮座していた。


 「何だこのトロル共の布陣と、あの指揮所らしきものは。向こうに指揮官が居ると考えても意味が分からんぞ」


 オーギュストの疑問は尤もであった。初日の統制のとれた動き。昨日の魔力大砲(マギカノン)一門だけの援護と闇雲に突撃してくるだけの動き。そして、今日の布陣と突如生えてきた指揮所。日によって軍勢の動きが違いすぎるのだ。


 「あの天幕は二の刻頃に設置されたものだ。防壁付近のトロルはともかく、今日はそれぞれが統率のとれた隊のように見えるな。後ろの天幕…指揮所らしきものの所為かもしれないが」


 北部隊の前に広がっていたのは、初日を思い出すような統率された光景であった。けれども様々な相違点が初日とは違った不気味さを向けている。


 「これは確実に何か仕掛けてくるな」


 オーギュストが声音を強める。元々何をしてくるのか分からない状態ではあったものの、今日はオーギュストの勘が警笛を鳴らしていた。

 ターラルはオーギュストに同意しつつ、眉を寄せながら言葉を続ける。


 「分かってはいたが、完全に受けに回るしかないのは落ちつかないものだな。もちろん、魔術師団が解析できなかったこの不気味な結界も含めてな」


 街の周囲には相変わらず不気味な模様の(うごめ)く結界が展開されている。部隊員達からもぴりぴりとした様子が感じられるが、まだ防衛戦に支障をきたすようなものではない。


 「受けに回る、か……」


 ターラルの言葉を受けてオーギュストはぼそりと呟くと、意を決したかのような表情で声を張り上げた。


 「支援隊には直ぐに第一(・・)防衛線を放棄できるよう荷物をまとめておくように伝えろ! 支援隊の半分はすぐに第二(・・)防衛線へ移動させておけ!」


 「オーギュスト殿…?」


 その命令に(いぶか)し気な目を向けるターラルに対して、オーギュストは口元をニヤリと歪めた。


 「なに、勘ってやつは意外と馬鹿にできないものなんだ」



 オーギュストのそのときの判断は、結果としては正しかった。


 しばらくして連続した(・・・・)爆音と共に真っ黒な天幕から現れたのは、計六門(・・)魔力大砲(マギカノン)。昨日の強襲を嘲笑うかのように姿を現したそれは、まさしく悪意の塊だった。




 ―――――




 南門側では、隊員達の間にざわつきが広がっていた。トロルの軍勢に混じっていた約百体程のリビングアーマーが数百体も追加投入されたのだ。トロルの軍勢の前列は今や真っ黒なラインを成しており、防壁上の部隊にはより多くの闇魔術が降り注いでいる。



 それは偶然で、運が悪かったと言える。もしくは時間の問題だったかもしれないが。

 偶然精神保護の効果を切らしてしまった隊員に直撃した恐慌(フィア―)の魔術。

 恐怖に大声を上げ、敵味方の見境なく暴れだしたその兵士が気絶させられるまでは数分もかからなかったが、部隊のすり減った精神にその恐怖に歪んだ叫び声は刻まれることになった。


 それを皮切りに、断続的に聞こえ、そして押さえ込まれる叫び声。恐怖は隊員達の間に爆発的に広がり、魔術師達は予定になかった者達まで精神保護(プロテクトマインド)をかけるのに追われることになった。


 そして響いてくる爆音。また魔力大砲(マギカノン)による砲撃かとチェリベは軍勢を凝視するが、それらしきものは見当たらず、北門側だと見当をつけた。

 しかし彼はすぐに眉を顰めることになる。その砲撃音が、連続して聞こえてきたのだ。


 「北門側に魔力大砲(マギカノン)の集中投入か……! モース、定刻ではないが北部隊に伝令を送れ!」


 チェリベは伝令部隊長へと早急の指示を出すと、戦場を見回す。南部隊側からは投石・弓・魔術による遠距離攻撃がトロルへと飛び、軍勢側からは弓・明らかに昨日よりも数が増した闇魔術がこちらへ飛んできている。

 士気の低下とまるで嫌がらせのように追加投入されたリビングアーマーに苦い顔を向けていると、ノエルが指揮所まで駆けてきた。荒い呼吸をそのままにノエルはチェリベへと顔を向けると、その口からもたらされたのは大きく状況を変化させる情報であった。


 「チェリベ様、このまま精神保護を維持するとなると、明日まで魔術師団の魔力が持ちません!」


 士気にかかわるような事態になっているのだから当然だろうな、と苦々しい表情を浮かべるチェリベ。それは急場を凌ぐ手段しかないことも含めた、二重の意味での表情であった。


 「不本意だが防壁上の人員を減らす。作戦通りに魔術師の魔力を半分保てるように人員を減らせ。幸い南には魔力大砲(マギカノン)のような攻城用の兵器や物が配備されていないようだからな、魔力の温存を最優先にしろ! 防壁に張り付かれても心配する事ではない!」


 ノエルに急ぎ命令を伝えると、チェリベは防壁上の指揮所から離れ、本来の指揮所である空き家へと移動する。指揮所内では騎士が走り回り、作戦室とした広めの部屋では集められた情報が文官によって整理され、中央の机上に広げられたアルレヴァの地図に状況を表すマーカーが位置を変え、新しく置かれていく。この地図は魔道具であり、北部隊、南部隊、そして中央の指揮所と情報が共有されている。


 チェリベは文官から状況報告を受けながら眉を寄せる。報告を受けている途中においても、刻一刻と北の防壁には黄色と赤のマーカーが更新され、追加されている。指揮所を表す水色のマーカーは既に第二防衛線の後ろへと移動していた。


 「やはり北は戦線を下げるか。速やかに撤収はできているようだが、こちらが膠着している今、増援を送るべきか…? いや、士気が低下した増援を送ったところで…」


 そのつぶやきを受けてか、はたまたタイミングが良かったのか、文官の一人が口を開いた。


 「中央からの伝令です。このまま南部隊は戦線を維持し、部隊を動かぬように、とのことです」


 チェリベはミグナール卿は相変わらず用心深いことだ、と小さくつぶやくと、なるべく周囲に聞こえるように大きく声を張り上げた。


 「南部隊はこのまま現状維持だ! 騎士達の間に動揺が広がっているが、膠着状態にあるのを頭に留めておくように! このまま守り抜ければ我々の勝利となるのだ!」


 北と南の戦況の違いに焦りを感じながらも、チェリベは刻一刻と情報の更新される地図をじっと眺めていた。




 ―――――




 病み上がりのキャロを部屋に残し、宿屋のおっちゃんの制止を振り切って通りに出ると、現実味のない光景が広がっていた。鳴り響く轟音。欠けていく防壁。通りの向こうにはバリケードのようなものが見え、人々が走り回っているのがわかる。


 (……ねえティア、北の防壁が吹き飛んでるように見えるんだけど)


 (それも現在進行中でね)


 まるで現実味のない光景に無意識に頬をつねる。いたい。

 ティアから呆れられながらも、どうしたものかと考える。情報が足りなさすぎてどう行動するのがいいのか判断がつけられない。


 (北と比べて南は被害が少なそうだから加勢に行くのなら北なんだろうけど……)


 そう言うのと同時に、東寄りの防壁の上部が粉砕されて土煙が舞った。その防壁の上にはちょうど人影があった。遠目ながらも、彼らの辿った運命を目の当たりにしてしまい体が強張る。

 加勢に行くと、あの攻撃を受けるかもしれない。受ければ即死するのは間違いない。


 (腹、括りなさい。悪魔(デーモン)はこの街の生物を生きて帰す気はないんだよ? リョウも、キャロも含めて)


 (……わかってる)


 ティアの叱咤するような声を受けて目を瞑り、深呼吸をする。悪魔(デーモン)と相対した時のことを思い出す。俺自身が塗り固められてしまったようなあの絶望的な恐怖と比べろ。

 指先の震えが止まるのを確認し、ゆっくりと目を開ける。首筋にまだ少し強張りを感じるが、おそらくこの方法ではどうしようもないものだ。できれば慣れたくはないが、慣れるしかないものなのだろう。



 寂れた中央通りを進む。建物の入り口はがっちりと施錠され、街人の気配はほとんど感じられない。魔力検知で人のような気配が感じられるのは数軒のうちの一軒程度。おそらく沢山の住民が他の街へ逃げ出したのだろう。


 (住民には早いうちに通達が行われたんだろうね。ここまで迅速に行動を行える領主は、こんな交易都市には勿体ない人材なんじゃないかな。でもそのおかげで、こうして持ちこたえられているのは幸運だったのかもね)


 次々と削り取られていく防壁にこれは持ちこたえられていると言えるのだろうかと首を傾げながらも、街の中央へと出る。かつて中央広場に広がっていた露店はひとつもなくなっており、代わりに大きなテントのようなものが並んでいる。

 ふと、テントの間から見たことのあるお店が目に入った。イルミナさんと買い物したときに立ち寄った防具屋。武器屋の方へも目を向けると、そちらはテントに隠れて見つけることができなかった。


 ――オーダーメイドのこと、すっかり忘れてたな。この戦いが終わった後、取りに行けるといいな。


 他の建物と同じように固められた窓や入り口を見つめてそんなことを考えていると、突如声がかけられた。


 「そこの娘、今は非常事態なので不用意にうろつかず家へ帰りなさい」


 声の方へと体を向けると、そこにはなんだか身なりの良さそうな人たちがいた。

 いかにも上等そうな黒を基調とし金糸で装飾の施された服を着ている、やや疲労している表情の男性に、銀に輝く鎧を身に着け、剣を帯びている男性が二人。そして黒色の燕尾服を身に着けている初老の男性に、シックなデザインの黒色のドレスに白色のエプロンをつけた女性。


 ……どう見ても貴族様一行だ。関わりたくない人達ランキング上位の登場に思わず身が固まってしまった。


 「オーフェン様、剣を帯びているのでおそらく冒険者です」


 硬直が解け、申し訳ありませんでしたの言葉と共にさっさと立ち去ろうと考えついたのと同時に、鎧を着た男性が余計な言葉を発しやがってくれました。


 「ほう……とても冒険者とは思えぬ容姿をしているな。名を何と申す?」


 あばばばばばば。こんなしがない冒険者に貴族様が興味もたなくていいから。しかも目が一瞬キランって光ったぞやめてください。


 「……アヤ・ヒシタニと申します」


 なんとかそれっぽい言葉は繕ったけどそれ以外のマナーが分からない。お辞儀?跪く?土下座?敬礼っぽい動作?スカートをつまみ上げるやつ?

 混乱しながらも、一番慣れた動作――軽いお辞儀をする。オーフェン様と呼ばれた男性は興味を抱いたような目をこちらへ向ける。ノオオオオオ! 目つけられた!? ティアも面白がってないでなんとかして!


 「オーギュスト殿が言っていたトロルを発見したという冒険者は其方か。なるほど、半信半疑で聞いてはいたが本当だったのだな」

 「会議で話に上がっていたという方でございましたか」


 納得したような表情を浮かべるオーフェン様一行。どうやらオーギュストとかいう奴がこの貴族様に情報を流したらしい。余計なことをしてくれやがって。


 (オーギュスト……たしか冒険者組合の支部長だったかな)


 (トロル以外にも私の情報の流されてた!?)


 思わず頭を抱えたくなるけど相手は貴族様だ。下手な行動をしたら首ちょんぱなんてこともあるかもしれない。うう……どうすればいいのさ。


 「オーフェン様、お話は後にしてくださいませ。そこの冒険者も緊張されています」


 (ナイス初老の執事っぽい方! その渋い雰囲気も素敵!)

 (うんうん、あの執事さんはアリだね)


 ……あれ? 何故だかティアに変な方向で共感されてる。違うから! エロ吸血鬼と同じじゃないから! それに俺は男だってば!

 斜め上の方向に思考が向いている中、オーフェン様がまるでこちらを値踏みするかのような表情を緩めた。


 「む、そうだったな。私も用事があるのでこれで失礼させてもらおう。この戦いが終わったらじっくり其方の話を聞きたいところだ」


 そんな言葉を残してオーフェン様一行が去っていく。向けられた視線から逃れられてほっと体の力が抜けるのと同時に、最後に残された嫌な予感のする言葉にこの戦いが終わったら早々にこの街を出ようと心に決めるのだった。




 バリケード付近まで近づくと、動きまわる人たちの会話が耳に入ってきて自然と情報が集まる。防壁を吹き飛ばしているものの正体は魔力大砲(マギカノン)というものらしいということ、それが今日になってたくさんトロルの軍勢に配備され、防衛線を後退している最中だということ。

 攻撃用に開けられているバリケードの隙間から様子を窺うと、遠目でこちらへ逃げてくる人たちとトロルの軍勢と戦っている人たちが見えた。


 (聞いた情報は間違いなさそうだな。後退する人たちの向こうで殿(しんがり)役の人たちがトロルと戦ってるみたい)


 (うん、順調に後退してるみたいだし、加勢する必要はなさそうかな)


 (じゃあ参戦はこの防衛線の守りから、ってことで大丈夫そうだな)


 俺はひょいとジャンプすると、築かれたバリケードを経由して近くの家の屋根の上に着地する。バリケードの隙間からだどどうにも状況が掴めなかったのだ。周囲にいた人たちからぎょっとするような視線を感じるけど気にしない。


 少し高い位置から戦場を見渡すと、どうやらトロルと交戦している人たちは犠牲を前提とした殿役ではなく、防壁の傍でトロル達を押し留めて時間稼ぎをしているようだ。

 しかし防壁に開けられた穴は今や広範囲に及び、街に侵入してくるトロルに対して人数が足りておらず、じりじりと後退を余儀なくされている。

 この状況、結局殿と何にも変わらない。トロルにやられる人たちもちらほら出てきたし、うう。


 (なんだか雲行きが怪しくなってきてない?)


 (だとしても行くのはおすすめしかねるかな。ずっと観察してて分かったけど、トロルの中に混じってる黒い板金鎧(プレートアーマー)、あれリビングアーマーだよ)


 (ここで防衛に徹しようそうしよう)


 初志貫徹。今の行動に合った良い言葉だ、うん。一瞬で手のひらを反したことでティアから向けられた感情なんて気にしない。

 そのまま戦場を観察する。ぱっと見渡しただけでは分からなかった詳しい様子が頭に刻まれる。


 大量のトロルをなんとか押さえ込もうとする人たち。舞う黒い血飛沫。赤い血飛沫。地面に転がるトロル。人。それらをまとめて踏み潰す大量のトロル。失われていく命。それをただ眺めている私。黒色と赤色に塗りたくられたキャンバスが踏み荒らされていく。


 (ねえリョウ、無理してないよね?)


 ティアの心配そうな口調にはっと我に返る。そして無意識に口にしてしまいそうになっていた言葉をぐっと飲み込む。


 (……大、丈夫。今のうちに、ちょっとでも克服しておかないといけないから)


 妙なところでティアは鋭い。でもこれは必要だと思ったから、私が望んでいることだ。今だ首筋の強張りはとけていない。まるで呪われてしまったかのように。


 (そこまで思いつめることでもないと思うんだけどな)


 (……そんなんじゃないから)


 私が言葉を絞り出すように伝えると、ティアは何で頭の回転がこうも場合が違うと鈍くなるのかと私に大きくため息を向ける。


 (……命の価値は平等じゃない。親しい者と全く知らないスラムの子供の命の価値は、違う)


 私自身よく分かってることだ。元の世界ですら、平等ではなかった。命が平等であったのは、あくまで所属していた社会だけ。日本でもヤのつく人たちの社会では抗争をして命を落としていたり、簡単に命が零れるような国という社会だってあった。

 そして、私の最も身近だった家族という社会の中での死。これらの命が平等であるはずがない。

 妹が死んだのは、関わりの無い社会内のような軽いものではなかった。長く家族に影響を残してるし、未だ私も引きずったままだ。じわりと暗澹とした気分が広がっていく事から努めて意識を逸らす。


 (……それは分かってる。元の世界でも、命の価値は不平等だった。ティアも私との記憶共有で分かってる事だよね。そして、この世界でも命が不平等なのは同じだと思う)


 (うん、ちゃんと分かってるようだね。じゃあ次。トロルを最初に()したときに感じた忌避感だけれど、その後に別のトロルを殺したときに感じた?)


 いきなり話の内容が変わる。そのことに対する疑問とどこか不自然な感じを覚えながらも、ぎゅっと唇を結びながらあの時の状況を記憶からひねり出す。


 (……いや、あまり気にならなかった、かな)


 (トロルは人型の魔物の中でも、人に近い体の構造をしてる。つまり、リョウは殺人(・・)の経験を積んでると言えるんだよ)


 (トロルは人じゃなくて、魔物だったはずだけど?)


 ティア自身が語っていた事だ。トロルは悪魔(デーモン)に生み出される魔物である、と。微妙にかみ合っていない話に私は首をかしげる。


 (分類じゃなくて見た目の話をしてるの!)


 頭に大きく響いたティアの声に、思わず体がびくりと反応してしまう。

 なるほど、違和感の正体はティアがわざわざ殺すという言葉を使っていたことだったのか。


 (ともかく、キミは既にトロルを殺すことに慣れている。これには異存はないね?)


 事実だったからこそ、その言葉に素直に頷く。


 (じゃあちゃんと段階を踏んでるのだから、後は簡単でしょ? リョウが大切に思っているものを一番に守ればいい。それ以外は手に抱えられる範囲でやればいいの。抱える価値すらなかったものに意識を割く事もないし、もし抱えすぎて一番大切なものをこぼしてしまうと本末転倒だもの。

 そして私はリョウが抱えなかったものを殺したり、殺されたりするのを簡単に乗り越えられると信じてる)


 ティアが諭すように言葉を紡ぎ、まるで強張ってしまっていたような心が(ほだ)されていく。

 大切なものを守ればいいということ。既に分かっていた単純なことだったのに、いつの間にか様々なものが呪いみたいに絡みついていた。


 そして、ティアから向けられた信頼。私はそんな簡単に物事を割り切れる性格ではないのに。トロルだって、魔物だという認識があったからだ。けれども、ティアから向けられた言葉が頭の中に刻まれたように残ってしまっている。加えて何だか頬が熱くなってしまっているし、自分のことなのによく分からないことになっている。

 そんな状態だけれど、私は心の底から湧き出てくる純粋な気持ちを伝えるためにティアへと意識を向けた。


 (……ティア)

 (何かな?)

 (……ありがとう)


 まるで照れ隠しのようなぼそぼそとした短いやり取りの後、俺は意識を切り替え、強張りの解けた身体で再びトロルと交戦する人たちと撤退する人たちへ目を向ける。

 ちょうどそのタイミングで、見覚えのあるきらきらと光を反射する竜巻が中央の交戦域に発生した。

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