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自由奔放な吸血鬼  作者: 望月すすき
第一章 アルレヴァ防衛戦
26/48

01-18(旧) 我、アヤ・ヒシタニが望む

ポカミスで予約を間違えてました。


18/01/08 サブタイトルの変更(旧の追加)

 ***** 二日目(2) *****



 ノックに反応してドアを開けると、そこには昨日訪ねてきたアルシェさんが居た。昨日とは違う点と言えば、リュックを背負っており、さらに肩に大きなカバンをかけているところだろうか。


 「こんにちは、昨日ぶりねアヤさん。今日は儀式法術セット持ってきたから準備万端よ」


 「……なんというか、重装備ですね」


 「ええ、儀式法術にはいろいろと入り用なのよ」


 アルシェさんを部屋へ招き入れる。その足取りは遅く、持っている荷物の負荷がこちらにも伝わってくるみたい。


 「儀式は時間がかかるから、先にキャロットちゃんを診察するわ」


 「お願いします」


 リュックとカバンを降ろしたアルシェさんは、診察用の魔術具を取り出し、相変わらずよくわからない使い方でキャロを診察する。


 「うーん、相変わらず症状だけは魔力欠乏症にしか見えないわね。体に魔力は適度に行き渡ってる。昨日よりは微妙に回復もしてる。この分だと時間はかかるけど昨日のお薬で大丈夫そうね」


 その言葉に思わずほっと息が零れる。時間がかかるにしても、ただ弱っていくだけだったキャロが治るということなのだから。


 「知ってる通り魔力欠乏症は珍しくない症状だから、渡したお薬が無くなったら薬屋で追加で買うのを覚えておいてね。

 ……さて、次はアヤさんの番ね」


 アルシェさんはリュックから真っ白い布を出すと、ばっと広げるとそれを床に敷いた。広さのあるその布は、この宿の部屋の床をほぼ覆っている。

 続いてリュックから棒のようなをものを取り出すと、それを組み立てて衝立のようなものを作った。それらを先ほど敷いた布を囲うように配置し、別の真っ白な布を被せると、あっという間に真っ白な空間が出来上がった。


 そしてカバンから瓶を取り出し、その中身の透明な液体を白い空間へと満遍なく振りかけていった。液体はすっと白い布に吸い取られていく。不思議なことに布には一切濡れた様子がなかった。


 リュックから白木の板を数枚取り出すとそれらを組み立て、あっという間に机のようなものが真っ白な空間の奥に置かれた。真っ白な空間の不思議な雰囲気と合わさり、さながら祭壇のように感じる。


 さらにもう一枚、床を覆う布よりだいぶ小さな布を取り出し、同様に広げて先ほどの布に重ねるように置いた。その布には円を基準にしているような幾何学模様と、ぼーっと見るとただの記号列にしか見えない神聖文字が円を囲うように描かれていた。


 「アヤさんはその法術陣の中心に立って待っててね。今からこの空間を簡易的な神殿として儀式法術を行うから」


 よく分からない言葉に首をかしげつつも、指定された通りに法術陣とやらが書かれた布の中央に立つ。アルシェさんは祭壇らしきものの上に青々とした葉のついた木の枝を並べ、中央に赤い果実の入った瓶と何らかの意匠が凝らされた装飾品のようなものを置いた。


 続いて法術陣の円周上に様々なものが取り出されて置かれていく。細工の施されたとても小さな盾、灰色に濁った液体の入った小瓶、白く濁った色の石英のような石、細かい装飾の入った短剣、きらきらと輝く液体の入った小瓶、赤く透き通った石とただの岩が混じった宝石の原石のような石。

 短剣と小盾、綺麗な小瓶と濁った小瓶、石と原石がそれぞれ対になるように置かれる。たぶん置かれたものとかその位置には何か意味があるんだろうな、とぼんやりとした頭で考える。


 「さて、準備ができたので儀式法術を行うよ。アヤちゃんは目を瞑って、できるだけ心を平静に保つようにしててね。……準備はいいかしら? じゃあ、始めるわね」


 私はアルシェさんの言葉に頷き、目を閉じた。心を平静に保つように、だっけ。思い浮かべたのはシェイムの森での、のんびりとしたひと時。全身で太陽、風、森といった自然を穏やかを感じた記憶。


 「調和伸様の御身の元に、祈りを捧げます」


 アルシェさんが言葉を紡ぐと、瞼の裏をに光を感じた。一体何が起こっているのかな。興味はあるけれど……危ない危ない。その欲望を抑え込むと、目をぎゅっと閉じてなんとか言われたことを守る。こんなことで暴走してしまったら目も当てられない。


 「我々を含む全てに繁栄がもたらされていることに感謝致します」


 そして数呼吸分の時間、言葉を空ける。儀式というものが特殊なのか、法術というものが特殊なのか分からないけど、魔術の詠唱とは根本的に異なるみたいだ。またティアに聞くことが増えちゃったな。


 「ああ、彼の者に最大級のご慈悲を。封印の儀を以って、囚われた魂に救いの手を差し伸べられんことを。調和から外れし呪詛を封印せし給う…」


 アルシェさんが長々と言葉を紡いでいくと、瞼の裏を通してだんだんと何かの光が強くなっていくのを感じる。それと同時に身体が暖かい感覚に包まれていく。そのどこか優しく感じる感覚に、心までがじんわりと暖かくなっていくみたい。


 「――彼の者に祝福のあらんことを」


 その最後の一言で、瞼を閉じているにも関わらず、視界が白色に染められた。先ほどから感じていた暖かさとは比べ物にならないくらいの膨大なものが身体を、心を、思考を包み込んでいく。どろどろと思考を覆っていたものがまるで浄化されていくように、その力を弱めていくのを感じる。



 そしてその白色がゆっくりと薄くなっていき、思考が軽くなっていくのを感じる。ティアの存在もぼんやりと感じられる。長い長い、数日ぶりの再会につい心が躍りそうになってしまったけど、アルシェさんの前だ。何とかその気持ちを押し込める。

 

 ――不意に、脳髄の奥が甘く痺れるような感覚に襲われた。お腹の奥が熱くなるような感覚を中心に、あっという間に身体全体に広がる。いきなりの快楽の波に腰がくだけて床にぺたんと座り込みつつも、()は無言で身体共有と感覚共有のパスを切った。


 一応前科があるとはいえ、今回はさすがに仕方ないかと未だに嬌声を上げながら(さか)っているエロ吸血鬼に意識を向ける。おそらくパスが切れた状態でも、悪魔(デーモン)の呪いはティアにも影響を及ぼしていたんだろう。

 俺にかけられていたのは、おそらく思考力を奪い、欲望や感情を増幅させる呪い。呪いと聞くともっと痛みとか死に関係するようなおどろおどろしいものを想像してたので、ちょっと拍子抜け感がある。悪魔(デーモン)は何を考えてこんな呪いをかけたんだろう。

 ……いや、ちょっと待て。よく考えたらこれは恐ろしい呪いだ。ティアには問答無用で身体の制御を奪われる可能性があるし、割と貞操の危機かもしれない。

 ……かくいう俺もそっち方面に暴走しかけたんだけどさ。これは不可抗力これは不可抗力これは不可抗力。


 何とか身体に残った感覚と精神を落ち着かせようとしていると、アルシェさんから声をかけられた。


 「これでよし、と。もう目をあけていいわよ。どう? 呪いは軽くなった?」


 「え、ええ。思考するのがずいぶん楽になりました」


 未だに残る甘い痺れの所為か、少しどもってしまう。アルシェさんは怪訝そうな顔をしたけれど、不審には思われなかったみたいだ。そして儀式法術後の身体を、例の魔道具で診察される。


 「うん、成功みたいね。ただ、呪いは減衰させただけだから、根本的な解決にはなってないのよ。過信だけはしないようにね」


 そして組み上げられた白い空間があっという間に解体され、アルシェさんのリュックとカバンに詰め込まれる。俺がよろよろとくだけた腰に鞭を打ちながらなんとか椅子に座る間に、部屋はすぐに元の光景へと戻っていた。


 「あの、アルシェさん。本当にありがとうございました」


 「どういたしまして。ふふ、可愛い子の笑顔なんて追加報酬もらっちゃったわね」


 不意打ちのような言葉に恥ずかしさを感じて、つい下を向いてしまう。どうやら自然と顔が緩んでいたみたいだ。そんな状態に生暖かい視線を向けられるのを感じ、頭に何かが触れられる感触がした。アルシェさんに頭を撫でられてるみたいだ。どこかほっとするような感覚が付け足され、頭の中が色んなものでごっちゃになってどうすればいいのか分からない。

 うー、なんだこれ。顔なんてほてってしまっているし。


 しばらく撫でられた後、その手が離れる。名残惜しい気がしてしまったけど気のせいに違いない。そして思い切って顔を上げると、アルシェさんはどこか優しそうな目をしながら口元を綻ばせていた。


 「さて、こちらのお仕事は終わらせたし、戦場に戻ることにしますか。私は北門側の治療班で治療に当たってるから、何かあれば訪ねてきてね」


 「……戦場? 治療班?」


 聞こえてきた不穏な単語に思わず眉をひそめてしまう。よく分からない気分が霧散していき、なんだか猛烈に嫌な予感がしてたまらない。


 「呪いを受けた状態でずっと宿にいたから知らなかったのね。――今、アルレヴァはトロルの大軍に包囲されていて、街の戦力が総動員されて防衛戦が行われているわ」


 その言葉を裏付けるかのように、何かが爆発するかのような大きな音が響いてきたのだった。




 ―――――




 (さて。ドロワーズに染みをつける原因になったティアさん? 何か言い訳があるなら、今のうちに聞いておくよ)


 (……ごめんなさい。完全に呪いにやられてた)


 (……実は俺も暴走しかけたし、今回は仕方ないと思うことにしようか)


 ばっちり呪われていた間の記憶を掘り返してみれば、キャロにもユッカさんにも迷惑をかけていた気がする。あれ、ユッカさん?ユッカちゃん? 暴走しかけてた時はいつの間にかユッカちゃん呼びをしてたけど何て呼べばいいんだろう。

 ってそうじゃなかった。まずはティアと状況の擦り合わせをしないと。


 (ええと、呪いにやられてた時の俺の行動は把握できてる?)


 (んーん、パスから何にも情報が入ってこなかったから分からない)


 あの呪いはパスの双方向に影響があったってことか。こっちからティアの存在が感じられなくなったみたいに、ティアも同じように俺のことを感じられなくなっていたみたいだ。


 (じゃあ記憶の擦り合わせからだね)


 俺は目を閉じると、ティアとの繋がりへと意識を向け、記憶共有のパスをオンにする。思えばパスのオンオフも慣れてしまったなあ。


 (ふむふむ……大体は予想通りだけど、吸血鬼族ってことバレちゃったか)


 (それについてはトライラントの皆とユッカ…ちゃんが上手く報告をごまかしてくれてるんだと思う。この件で騒ぎにはなってないみたいだから。にしても、悪魔(デーモン)は何を考えてこんな呪いをかけたんだろう)


 (リョウが吸血鬼族の中でも特殊だったから大事に至らなかったんだと思う。ほら、吸血鬼族って欲望の塊みたいなものだから。その点、リョウはまだ吸血はしたことないし、性的なこともまだしてないし)


 そうか、ティアが暴走する云々じゃなくて、俺がそういうことで暴走していた可能性もあったのか。うええ、寒気が走ったぞ。


 (ともかく、結局は無事だったんだし、呪いもかなり軽く感じるし、ひとまずそっちは置いといて良さげだね。となると、残る気掛かりはキャロのことかな)


 ベッドで横になっているキャロに目線を向ける。顔からは血の気が失せて、額には汗が浮かび、か細く呼吸している。憔悴しているキャロへと近づくと、タオルを取り出して汗を拭ってあげた。


 (アルシェさんは魔力欠乏症みたいな症状って言ってたみたいだけど、シェイムの森との繋がりが切れたことが原因だと思うよ)


 うん、それには俺も同意したいところだ。


 (起きたタイミングとしてはそれが怪しいけど、確証はないんだよな?)


 (うん、たしかに確証はないけど、それに至った理由はあるよ。

 ひとつ。過去に滅んでしまった妖精族や悪魔(デーモン)みたいなアストラル界生命体は、何らかの形で物質界との繋がりがないと物質界に存在できない。おそらくキャロもそういう種族なのではないかという予想。

 それを受けてふたつ。キャロの話を聞いた限り、シェイムの森の管理者と地脈には密接な関係があった。今まではシェイムの森と契約してたと考えると、地脈から魔力供給を受けることで存在を維持できていた。その契約が切れ、供給が失われたから魔力欠乏症のような症状が起きてしまっているという予想)


 (何を言ってるのか理解できないけど説得力がありそうなのは分かったよ)


 (……ねえ、今の人格(・・)、リョウで合ってるよね?)


 どことなく胡乱げな口調と内容にちょっと傷ついたぞ。今はちゃんとリョウとして思考して、それを言葉にし、行動ができているのに。

 そんな俺の様子に何故かため息をついたティアは、さっきの言葉に補足説明をつけてくれた。


 この世界は、アストラル界、エーテル界、物質界というものが重なって存在しているらしい。アストラル界は魂が存在する世界。エーテル界は魔力の世界。物質界は俺の身体とか、道具とかの物質が存在する世界。

 この世の生物はこの三界に渡った存在であり、三次元存在に限りなく近い四次元存在である……らしい。うん、ますます意味が分からなくなった。

 それでティアの予想ではキャロは元々アストラル界存在で、シェイムの森との契約によって物質界に顕現できた。その契約が絶たれたことで、キャロは存在を保てずに消えようとしているのではないかということ。


 その説明を受け、頭の中が真っ白になってしまう。

 あのキャロが消えてしまう?

 あの訳のわからないふざけた存在のせいで。

 そうだ、森の権限を奪われたのでこうなったのなら、奪い返してしまえばいいんだ。


 すぐにネグリジェを脱ぎ捨てると、キャミソールと黒ローブを着る。悪魔(デーモン)によって召喚されたトロルの軍勢が攻めてきているのなら、奴も戦場のどこかにいるはず。


 (ちょっと、ストーップ。待って待って待って。気持ちは分かるけど落ち着いて。もっと早く済ませられて、安全な方法があるの)


 ちょうど魔鋼の剣を手にしたところで、その言葉に体の動きが止まる。


 (うんうん、聞いてくれる気になったようだね。なに、わざわざシェイムの森と契約させなくても、アヤ(・・)と契約すればいいのさ。存在するための魔力の供給がされないのだから、契約によってその供給を行う。それに、必要なのは根源の魔力だけだから、今のアヤの魔力量でも十分事足りるのさ)


 (契約……? えーと、俺とティアのパスを繋いだようなことをするんだよな? でも、ティアはまだ魔術が使えないんだろ? 俺も当然無理だし、一体どうするつもり?)


 (行うのは儀式魔術だから……ええと、魔術陣に魔力を供給さえできればリョウでもアヤとしてキャロとの契約はできるよ。その点はわたしがちゃんとレクチャーしてあげるから、大船に乗った気でいてね!)


 ティアのその言葉に逆に不安感を煽られるのは何でだろうか。大船というか泥船というか。


 (何だか不安感でいっぱいなんだけど大丈夫だよな? な?)


 (うん、アルシェさんがした呪いを弱める儀式法術みたいなことをするのさ。ちなみに言っておくと、行うのは神様の力を借りた法術じゃなくて儀式魔術だからあんなポータブル神殿セットなんて必要ないからね)


 ついさっきのアルシェさんから受けた治療を思い出しながら、あの白いやつ、ポータブル神殿セットなんて名前なんだ、なんてどうでもいい知識を得てしまって少しだけ遠い目をしてしまった。


 依然として、衰弱した様相のキャロを見つめると俺は覚悟を決める。


 (分かった。キャロを助けるために、俺はどうすればいい?)


 (魔術陣を構築して準備をするから、身体を貸してほしいかな)



 身体共有とついでに感覚共有をオンにしてティアに身体をゆだねる。

 アヤ(ティア)は短剣で腕を斬り裂き、その流れる血で床に広げた予備のシーツに二重の六芒星と小さめな五芒星を描き、その二つを線で結ぶ。シーツに描いているのは床を血まみれにしないための配慮だと思う。

 そして大きな二重の六芒星のそれぞれの頂点、計十二箇所に次々と物を置いていく。こうやって置かれたものはそれぞれシンボルは術式構築の代用になる、なんて言っていたけど、何がどうなっているのかさっぱり分からない。ただ、同じ『儀式』と名前を冠しているだけあって、どことなく儀式法術の時の光景と似ていると感じた。あの突然組みあがった白い空間はないけれど。


 ただ、並べてある物が微妙すぎる。短剣とか魔力結晶とかナコル草とかルコの実とか血を入れた瓶なんかはまだいい。パンツとかローブとかが並べられているせいで異様な雰囲気の空間が出来上がってしまった。


 (……本当にこれでキャロが助かるんだよな?)


 自分でも驚くほど平坦な声が出た。この光景は胡散臭いなんてものを軽く超えている。本当にこんなので大丈夫なのかと不安しか湧かない。


 (見た目は悪いけどちゃんとこれで魔術陣としての役割は果たしてくれるよ。ええと、例えばこの鞘とパンツの組み合わせだけど、これで守りのシンボルの代用になってるのさ)


 (ああ、そうなんだ……)


 その説明を受けて考えても無駄だと思い、早々に考えることを放棄する。そしてこういうものなのだと無理矢理思い込む。あの下着にもちゃんと役割があるから心配はいらない。


 ……いや、無理があるだろこれ。

 そんな俺の心配をよそに、アヤ(ティア)がキャロを揺り動かして起こす。


 「……アヤお姉ちゃん?」


 ぼんやりとした意識のキャロに、症状の原因とそれを治療するために契約を行うことを説明するアヤ(ティア)。説明を聞き終えたキャロは、衰弱した様子ながらも強い意志を持った目で契約をお願いします、と頷いた。

 ――ああ、これは初めてトロルと遭遇した時に見せた目だ。不安は残ったままだけれど、もう後には引けない。


 俺はティアに代わってもらい、まともに動くことすらできないキャロを抱えると、血で描いた魔術陣へとキャロを座らせる。

 その魔術陣と左腕の既に血の止まった傷跡を見て口を開こうとしたキャロの唇に人差し指を当て、無言で首を横に振る。

 そのジェスチャーだけで分かってくれたようで、コクリと頷くキャロ。けれど心配そうにこちらを見つめる表情が無理矢理押しとどめた言葉を物語っている。こんな状態のキャロに心配をかけちゃったな。


 さて、自称ではあるけど魔術研究家であるティア先生が描いた魔術陣だ。たとえ見た目が変でも、それを信頼しなくてどうする。


 (わたしの杖があったでしょ。あれを持ってきて、その先を陣に当てて。魔術を使う手助けをしてくれるから)


 ティアに言われるがまま、杖を持ってきてそれを陣に当てる。今まであまり気にしたことのなかったこの木でできた杖だけど、こうして持って観察してみると不思議な感覚が感じられる。これは安心感? 彫られた模様とかが関係している感じじゃなくて、杖自体から感じられる感覚に特別な杖だったのかと今更ながらに気づく。


 「キャロ、目を瞑って、心を平静に保つようにしてね」


 先程のアルシェさんと同様のことを今度は俺がしてることになんだか苦笑してしまう。大丈夫、ティア先生がついてるから、この儀式魔術は必ず成功させる。キャロを救ってみせる。


 (杖を持つ手に魔力を集めるようにして、そのまま魔力を杖に流し込んで)


 キャロを助けたい一心で魔力をコントロールし、イメージする。杖に流し込むというのが言葉だけじゃ分からなかったけど、実際にやってみるとよくわかる。集めた魔力が杖に吸い込まれるようにして消えていき、血で描いた魔術陣が淡い水色に光りはじめた。そのまま魔力を込め続けると、その光はより一層輝きを増していく。なんだかその光に包まれたキャロに神秘性を感じてしまう。周囲にパンツとか置かれてるけど。


 そうしてティアに教えられるがまま、一語一語正確に呪文を口で紡ぐ。


 「我、アヤ・ヒシタニ(・・・・・・・)が望む」


 一言一言を発するたびに、魔力が躍るような不思議な感覚がする。ああ、これが魔術を行使するってことなんだと不思議と確信に至る。


 「この身、血肉、荒れ狂うオドを以て、力と成せ」


 魔力が吹き荒れるような感覚に包まれる。荒々しい魔力だけれど、不思議と私の意識が乗っているような感覚。だからこそ、その奔流に一緒に包まれているキャロの存在を感じられる。暖かな日だまりのような感覚。やさしい風、やわらかな日差し、心落ち着く香り。


 「(なれ)、キャロット・シュレスとの魂の繋がりもって、ここに契約を!」


 そして、おだやかになった気持ちのまま呪文を紡ぎ終えると、視界が淡い水色の光に包まれた。


 (――なんだか、アヤお姉ちゃんに包まれてるような、やさしい感じがします。身体もさっきまでが嘘みたいに軽くなった?)


 キャロとの繋がりを感じ、こころの声が頭の中に響いてきて、成功を確信する。いや、儀式魔術を行う前から成功は確信していた。


 (ああ、よかった――)


 (え、ええ!? 頭の中に声が響いて!?)


 混乱しているキャロの様子にくすりと笑みを浮かべながら、俺は光が収束しつつある魔術陣に足を踏み入れ、そっとキャロを抱きしめた。その行動でさらにあわあわとするキャロの存在を感じながら、俺は心からの笑みを浮かべるのだった。

次話は16/08/30 18:00予定です。


 やっとこの物語の下地がほぼ出来上がりました。

 でも下地だけで20万文字ってどうかと思うのです(震え声)

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