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自由奔放な吸血鬼  作者: 望月すすき
第一章 アルレヴァ防衛戦
24/48

01-16(旧) アルレヴァ防衛戦初日

17/01/16 オーギュストの名前がガーランドに改名されていたのを修正 ひどいミスだ……

18/01/08 サブタイトルの変更(旧の追加)

 ***** 一日目 *****



 監視塔からシェイムの森を監視していた兵士が最初に目撃したのは、森から染み出してくるような何かだった。森までは十キロ以上距離があり、それが何であるかの詳細は目視できなかった。

 次から次へと森から出てくる何かはまさに溢れ出てくるという表現が正しく思える。まるで森が外を侵食しているかのようだった。

 溢れ出てくる何かの詳細を把握できたのは数分後。塔に在中している魔術師が遠視の魔術を使用した時だった。遠視の魔術は対象者の視力を一時的に増加させる――つまり、望遠鏡のような効果がある。

 そして被術者の視界に映ったのは、大量のトロルがアルレヴァ目がけて侵攻してくる光景だった。




 「おいおい、こちら側だけでも一万はいるぞ」

 

 「統制されてるのが気になりますね。見たところ悪魔(デーモン)はあの中にはいないみたいですし、どうなっているのでしょう」


 アルレヴァ南門側の防壁上で、チェリベ騎士爵とノエル魔術師爵がトロルの軍勢を眺めていた。防壁上にはその他にも弓を持った兵と杖を持った兵が並んでおり、臨戦態勢を敷いている。


 チェリベ騎士爵は三十半ばという年齢とそれに見合う精悍な顔つきをしており、体格も良い。こうしてノエル魔術師爵と並んでいると親子のように見える、とは魔術師団某中隊長の声である。


 森から出てきたトロルの大群は二手に分かれ、アルレヴァの北と南で待機していた。街の出入り口を塞ぐ形である。魔物の 暴走 (スタンピード)のような見境のない暴れ様とは違い、街から一定距離を保って待機するトロルの群れはまさに統制されている軍隊のような別の威圧感を放っていた。


 「しかし動きがありませんね」

 

 「ああ。こちらとしてはありがたいんだけどな」


 あと四日、王都からの援軍が来るまで持ちこたえればいい。チェリベ騎士爵はそれを分かった上での発言であった。


 「そういえば、大規模な攻撃魔術や魔法、攻城兵器などが使われていた場合の想定なんて書かされましたが、魔術や魔法はともかく、魔物が攻城兵器なんて本当に使ってくるのでしょうか」


 ノエル魔術師爵は口元に手を当てて考え込んでいる。チェリベ騎士爵はそんな彼に対し、まるで教師が生徒に教えるかのように語る。


 「いくらトロルが力があるとはいえ、攻城兵器のない防衛戦など四日持たせられるに決まっている。今回は悪魔(デーモン)という上位者が居るだろう?様々な可能性を考慮に入れるのは当たり前だ」


 「布陣の中に攻城兵器群の類は見当たりませんし、可能性は低いと思います。ただ、これは何か切り札があるとみるべきでしょうね。ぽつぽつと黒色の鎧が混じってるのも気になりますし」


 ノエル魔術師爵はそっけなく返すと、眉を寄せつつ熟考する。彼は大規模戦闘に参加するのはこれで二度目ではあったが魔術師団長という地位ゆえか、ちみっこい見た目にそぐわない風格があった。


 「大規模な破壊やを行うようなものでないこと、これは神に祈るしかないな」


 チェリベ騎士爵はそう口にすると、改めてトロルの大軍を睨みつけるかのように眺めた。トロル達の目は爛々としており、静かに待機する様子と合わせて不気味な様相を呈していた。




 ―――――




 アルレヴァ北門。騎士団や魔術師団を中心に編成された南部隊に対し、こちらの北部隊は防衛隊と冒険者を中心に編成され、約一キロ先のトロルの大軍と相対していた。

 ちなみに街の入り口の管理や街中の警護を担当している防衛隊はまずまずの練度がある。珍しいことにアルレヴァでは防衛隊専用の訓練場があるので、彼らは仕事の合間に訓練に明け暮れているという訳だ。


 南門と同様に配置された弓隊、魔術師隊の一団の中に、イルミナとユッカが組み込まれていた。ユッカは無表情の平常運転だが、イルミナは浮かない表情を隠しきれていなかった。


 「…アヤさんのことが気になる?」


 「……うん。アヤちゃんにかけられた魔法も、それにキャロちゃんが憔悴してるのも」


 その声は隠しきれていない表情の内容をはっきりと物語っていた。


 「オーギュストさんが手を打っておく、とは言ってた」


 ユッカはアヤの信教を調和神と伝えていた。万が一吸血鬼だと知られても大事にはならないだろう、との打算の上での行動であった。


 「しかし調和神の神官……長耳族(エルフ)なんて都合よくこの街にいるのかな」


 トーンの落ちた声で話すイルミナ。

 調和神は長耳族(エルフ)を中心に信仰されている神であり、自然との調和、共生を司っている。一部の魔族にも信仰されていると言われており、魔族を排斥しようとしない数少ない神であり、それは教義にも反映されている。

 普通の街ですらあまり見かけない長耳族(エルフ)であるが、その神官となると長耳族(エルフ)の里以外で見つけ出すのは困難だろう。


 「……正直、あまり期待はしてない。この戦いを済ませた後、首都にいる知り合い――知識神の神官を頼る」


 知識神も人族、魔族問わず信仰されている神ではあるが、あくまで教義に明示されている訳ではない。人族の神官の魔族に対する対応は派閥ごとに異なる。


 「だったら早いとこ終わらせたいけど…攻めてこないし、このまま援軍が着くまで動かなそうだね」


 「……それはない。大規模な魔法の行使の気配がする」


 「大規模な魔法? ユッカちゃん、そんなことまで分かるの?」


 不思議そうな顔をするイルミナに対し、ユッカは軽く杖を振って否定する。


 「いいえ。大規模な魔力の流れと魔術のような気配がするだけ。悪魔(デーモン)だから魔法だと思った」


 ユッカはトロルが布陣してから、肌がぴりぴりするような感覚を感じていた。しかしその感覚はまだ弱い。おそらく悪魔(デーモン)側が大きく動くのは早くても明日だと踏んでいた。


 「たぶん仕掛けてくるのは明日。今日は気抜いてても大丈夫だと思う」


 そう言うとユッカはポシェットからビスケットを取り出すと、もぐもぐとつまみ始めた。その様子を見たイルミナは何とも言えないような表情を浮かべるのだった。



 そうして。

 近づいてきたトロルの一団に弓を射かけて追い返すという場面はあったものの、ユッカが予想した通り一日目は何事もなく過ぎていった。




 ―――――




 シェイムの森から逃げるようにしてアルレヴァに帰還した後。青白い顔のまま気丈に振る舞うキャロを宿のベッドに寝かせると、すぐに眠りに落ちた。

 私はキャロの小さな手を握りながら、まるでどろどろと沼に浸かった身体のように思い通りにならない思考をなんとか動かす。



 いつも花が咲いたような笑顔を浮かべていたキャロ。


 その小さな体からは想像できないくらい頑張り屋さんなキャロ。


 膝の上で抱えられ、のんびりとくつろいでいたキャロ。


 純粋な眼差しで私を見つめていたキャロ。


 楽しそうに水遊びをしていたキャロ。


 ビスケットを幸せそうに頬張っていたキャロ。


 一緒に寝てほしいとお願いされるくらい甘えんぼうなキャロ。


 びっくりするくらい木登りが得意だったキャロ。


 頭を撫でられるのが大好きなキャロ。


 権限が奪われ、森が殺されたと口にした時のキャロ。


 青白い顔のまま、おぼつかない足取りで一緒に宿に向かったキャロ。



 たった数日。たった数日関わっただけなのに、頭を動かせば動かすほどキャロとの思い出がいくらでも溢れ出てくる。そんなキャロを。これほどまでに愛おしいキャロをこんなに憔悴させたヤツに憎悪を感じる。体中をバラバラにした上でミンチにしてやりたい。たっぷりと苦しませ、苦痛にあえぐ姿を踏み下ろしたい。ああ、どろどろと黒い感情が際限なく広がっていく。

 今は私がこんな状態になっている原因はヤツの魔法だと分かっている。ティアとのパスの先に何も感じないのもおそらくそれが原因だろう。彼女には言いたいことがたくさんあるのに。


 憎悪に飲み込まれないように、ぎゅっとキャロの手を握りしめ、その感覚に意識を集中する。片方の手で、ぐったりとしているキャロの頭を撫でる。


 落ち着け、今何が一番大切かを心に描いて塗りつぶせ。キャロの上下する胸に合わせるように深呼吸をする。


 昨日からずっとこういうことを繰り返している気がする。合間合間で誰かが訪ねてきたような気もするけど、うまく思い出せない。たぶん訪ねてきたタイミングが悪かったのだと思う。感情に飲み込まれている間は記憶が曖昧になってしまうから。


 ある程度平静を取り戻したとき、コンコン、とドアがノックされた。面倒だと思いながらもキャロの傍から離れ、返事をする。そして入り口のドアを開いた。


 立っていたのは、すらりとした体に、ゆったりとした白い服を着た綺麗な女の人だった。金髪に翠色の目を持ち、横髪からは尖った耳がぴょこんと覗いている。


 「アヤさん……で合ってるかしら?」


 「…はい。貴女は?」


 知らない人が名前を知ってることに警戒レベルを上げる。


 「私はアルシェ、調和神様の流れの神官。オーギュストに頼まれたのよ。悪魔(デーモン)から闇魔法を受けた子がいるから診てほしいって。ああ、ある程度のことは聞いているわ。感情が振り切れやすくなってるとか、事情があってこの街の神殿では診てもらえない、とかね」


 オーギュストさんの紹介みたい。この気持ち悪い状態、そしてティアと話せない状態が治るのなら。渡りに船というやつかな。


 「…ここでは何ですから、部屋の中へどうぞ」


 部屋の中に入ったアルシェさんは、ベッドで眠っているキャロにちらりと目を向けた後、ルーペのようなものや模様の刻まれた棒の束を取り出し、早速私に向けて診察らしきものを始めた。

 まずルーペで頭、顔、胸、腰、腕、足と一通り全身を調べられる。アルシェさんによると、これは体の状態を診る基本的な診療用の魔道具らしい。


 「ふーむ、高度な呪いってことで間違いはなさそうね。見たことない、知識にもないってことは魔法による影響ね」


 そして模様の刻まれた棒を組み合わせながら、私の手に当てられていく。


 「ふむふむ、影響はアストラル界領域のみ、魂に直接影響を及ぼしてるのかしら? 反呪の類も検出できないし、解くまではいかないけれど弱めることはできそうね」


 ひとしきり棒を組み合わせながら独り言を呟いた後、診察が終わったのか、アルシェさんは道具をカバンにしまい込んだ。


 「呪いを弱めるための法術に準備が必要だから、また明日来るわ。それと――」


 アルシェさんは眠るキャロへと目を向けた。


 「ついでにあちらの子も診ていいかしら? ちょっと気になるのよね」


 むしろお願いしますとばかりに頷く。アルシェさんはキャロの眠るベッドへと近づき、私の時と同様にルーペで覗き込んだり、キャロの額に手を当てたりしていた。


 「見たところ魔力欠乏症のような症状だけど、身体にはちゃんと魔力が行き渡ってる。うーん、根源に魔力が行ってないのかしら? ともかく、一応魔力欠乏症用のお薬だけ渡しておくわ」


 乾燥した紫色の実と薬草のようなものを手渡され、薬としての使い方を教えられると「ああ、費用については心配しなくていいわ。オーギュストから渡されてるから」と付け加えるように言いながら、アルシェさんは急いでいる様子で部屋を後にした。


 そんなアルシェさんとのあっという間のやり取りに、私は暫くぽかんとしてしまった。




 ―――――




 一夜明け、時刻は二日目の昼前になろうとしていた。アルレヴァの部隊とトロルの軍勢は一日目と同じく相対したまま大きな動きはなかった。このまま援軍が来るまで睨み合うことになれば、と誰しもが考える中。

 トロル達が動いたかと思うと、唐突に爆音が鳴り響き、防壁が粉砕された。


 この日、ついに戦いが動き出したのだった。

01-15でアヤちゃんが出てこなかったのが同日二話上げの真相。

次話は16/10/25 18:00予定です。

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