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自由奔放な吸血鬼  作者: 望月すすき
第一章 アルレヴァ防衛戦
15/48

01-07(旧) 不穏

16/09/02追記 次話は16/09/02の夜中か16/09/03に投稿予定です。

 01-07は後々改稿します。

18/01/08 サブタイトルの変更(旧の追加)

 辺り一面に生える植物は転がっている石や木々の根ででこぼこした地面を隠し、疎密の激しい木々によって度々道を阻まれる、そんな鬱蒼とした森。本来ならば足元に注意し、体を引っ掛けないように木々の間を抜けて進んでいかなければならないのだが、目の前に広がる植物たちが道を作るかのように左右に分かれていく光景に、魔術って便利だなあと思う。

 そんな摩訶不思議な光景を作り出しているキャロは、森渡り(フォレストウォーク)という魔術なのです!と得意げに話していた。その魔術は無理矢理森に通り道を作るといった効果ではなく、来た道を振り返ると分かれた草木はまるで何事もなかったかのように元に戻っていく光景が広がっている。

 初めて見たときはそんなファンタジーな光景に現実感を感じられなかったが、これがしっかりと現実に起こっているということなのだと認識でき、そしてそれに強い疑問も抱かないんだから慣れっていうものはすごい。


 それに比べ、身体の方は相変わらずまだまだ慣れる気配がない。体格の違い、目線の違いについてはそのうち慣れるだろうという確証はある。そしてこの身体は成長期真っ最中っぽいし、元の身体の身長にまでいかないにしろ、身長自体も伸びるはずだ。動くと自由気ままに躍る長く伸びた金色の髪が首や身体を撫でる感覚や、時々目に突き刺さったりもぐもぐしていたりするのも気を付けていれば慣れるだろう。


 問題は年齢ではなく、性別の方。絶賛成長期なほんのちょっとぷっくらとした胸はそれほど気にはならない。触れて鈍い痛みを感じない限り。

 そしてあったものが無くなって、べつのものがついている股間。わりとぶらぶらして安定してなかったりするのが気に入らなかったり、前の世界で妹から股間スマッシュを食らってしまって割とトラウマになってる身からすれば、有る・無い自体(・・)については既にちょっと違和感がある程度になっている。

 何を長々と思考に耽っているかというと、新しく股間についているものについてである。ちなみにそれ自体には元男としては興味がないとは言えないのだが、興奮するわけでもなく恥ずかしさの方が上回り、さらにティアという同居人がいる。片や残念な言動で興味が湧いてこなくなり、片や魂のパスを通した時のようなはっちゃけた暴走。考えてみたらこいつ何がやりたいんだ。少なくとも暴走にさえ気を付けていればエロ方面に走ることはないだろう。

 

 元々ついていたのと同じ機能とはいえ勝手が違う膀胱から尿道を通じた放出口。トイレ(小)用の器官。なんて呼べばいいのか分からないのでまだるっこしい説明になってしまっているが、とにかくそれが一番俺の頭を悩ませている問題だ。まず、とにかく気を付けないと服や下着が簡単に汚れてしまう。一番気を付けないといけないのがローブだ。長い丈は普段ならば中が見えないように守ってくれるありがたい存在なのだが、トイレのときはしっかりと持ち上げて抱えるようにしておかないと簡単にローブに飛び散ってしまう。それと腰まである髪。これもちゃんと肩にかけておかないと残念なことになる。出すときの力加減については既につかめてはいるが、それも油断すると危ない。

 そして終わった後。元の世界であれば、ティッシュペーパーという便利な代物があったので野外でもまだよかったのだが、当然この世界ではそんな便利な使い捨てのものはない。ドロワーズが汚れてしまうのが確定してしまうのだ。濡れたドロワーズの感覚を感じながら、ローブの乱れを整えつつローブや髪が汚れていないか確認してようやくミッションコンプリートだ。俺にとって、トイレは戦場みたいなものだ。行くたびに精神的なものがガリガリと削られてしまう。まさか性別が変わって初めて苦労するのがこれとは想像もしていなかった。


 そんなこんなで一時休憩と言っていそいそと木陰へ向かって行ったアヤ(リョウ)は疲れたような表情を浮かべながらキャロと合流、再び探索を開始するのであった。



 ―――――



 それからもシェイムの森の探索は順調に進んだ。順調とはいっても狙っている魔物が出てきた訳ではなく、ゴブリンやホーンラビット、初めて遭遇したレッサースネーク(危険度2)や、シェイムジャッカル(危険度10)等それほど危険ではない魔物ばかりだった。ちなみにこの中で一番苦戦というより手こずったのはレッサースネーク。体長50cm程度の毒も何も持っていない蛇なのだが、今まで出会ってきた魔物とは違うその小さな身体、そしてまだ間合いが測りきれていない魔鋼の剣が組み合わさり、一、二撃目を外してしまった。三撃目でなんとか斬り飛ばせたが、あのサイズの魔物で強いものがいたら危なかったかもしれない。

 まだまだ練習をしなければ、と思いながらキャロと並んで歩いていると、魔力検知に一つ引っかかるものがあった。


 「お、また何か引っかかった。右側だ、離れて!」


 俺は剣を抜き、キャロは魔術を駆使してその場から少し離れる。そして、木々の間から現れたのは、小さなイノシシだった。小さいとはいっても一メートルくらいはあるが。あれがシェイムボアなのだろうか。


 (シェイムボア?)


 (正解! 油断はしないようにね)


 シェイムボアは木々の間をすり抜けるようにスムーズに通り抜け、こちらへ向かってくる。レッドボアと同じく、二本の牙が口の両端から飛び出していて、凶器のようになっている。それでも、アレ(レッドボア)の半分くらいの大きさだからなあ…。迫力が全然ないな。

 そしてシェイムボアは近くまで駆けてくると、いきなりこちらの顔を目がけて土を蹴り飛ばしてきた。


 (ちょっ……! いきなり妨害からかよ!)


 俺は屈むように頭を下げ、直撃を避ける。しかしそんな行動で完全に躱しきれるはずがなく、全身に土を被ってしまう。ああもう、汚れてもいいローブってことなのに、いざ汚されると腹が立つな。

 そして土を蹴り飛ばしてきたと同時にこちらに駆けてくるシェイムボア。だが、こちらは既に剣を構えており準備万端だ。

 突っ込んでくるシェイムボアの目を狙って一閃。まだ剣の距離感がつかめず浅い一撃になってしまったが、それでもシェイムボアは唸り声を上げ、がむしゃらに牙を突くような動きをする。


 (目を潰したし終わりだな)


 剣を両手持ちにし、シェイムボアの身体付近へ移動すると、思い切り首目がけて剣を振り下ろした。一撃で首が落ち、鮮血が撒き散る。


 「やっぱり剣がいいと楽だなあ。短剣だったら何発も入れないといけないのに、この剣だと一発だからな」


 と独り言を言いつつ、牙の根元を短剣で抉り取り、素材収納用の袋へ詰めていく。


 ちなみにキャロはというと、あの大きなシェイムボアの首を一撃で落としたアヤにただただ戦慄し、そしてより深い尊敬の目を向けていた。



 その後ブルーウルフの群れに遭遇したが、トライウルフのような連携はなかったので落ち着いて一体ずつ後頸部に剣の側面を鈍器のように叩き込んで屠っていった。たしか毛皮は損傷が少ないほど高値で買い取ってくれるはずだ。


 「斬ってるというより殴ってるという感じだったのです。終わりました?」


 おずおずと岩場に隠れていたキャロの声が聞こえてくる。


 「うん、毛皮は傷が少ないほど高く売れるらしくて、それで急所を狙って撲殺してた」


 その言葉にキャロが感心したかのように目を向けてくる。ああもう、こんなただの力づくでも評価が上がっちゃうのかこんちくせう。


 「それで、今から毛皮を取るための解体作業なんだけれど……実はやったことがないんだ」


 目を丸くするキャロ。うん、なんでもできるわけじゃないんだ。だからその不当に上がっていく評価を下げておくれ。


 「冒険者としてはまだまだ知識不足だからさ、ぶっつけ本番でも経験しておいた方がいいと思ったんだよ。あ、キャロは無理して見る必要はないからね」


 「……その前にひとつ気になることがあるのです」


 ブルーウルフの死体の山を前に解体作業を始めようかとしていたところをキャロの言葉で中断する。そしてキャロの方を振り向くと、何かを考え込んでいるような表情を浮かべていた。


 「どうしたんだ?」


 「ええと、ブルーウルフさんは普通単独で行動するので、こうやって群れていたのが違和感があるんです」


 その言葉にブルーウルフの死体へと目線を向ける。転がっているのは9匹分の死体。一斉に襲い掛かってきたし、俺もブルーウルフは群れで行動していたを思っていた。


 (ティア、聞いてた? ブルーウルフって群れでは行動しないのか?)


 (うん、ブルーウルフが群れてたなんて聞いたことがないよ。奴は常にぼっちだからね)


 (その表現はやめてあげた方がいいと思う。全世界のブルーウルフが泣くぞ)


 ティア先生から裏付けを取り、そしてティアにあそこまで言われてしまった魔物が群れていたということに確かにおかしいと感じる。


 「うーん、原因は何だろう。こうやって歩いてみて、ちゃんとこの森は食料が潤沢ってのは分かるし、考えられるなら強い魔物に縄張りを追われた…とか? でもそれで群れで行動している理由になるかなあ」


 「今森の様子を探ってたんですが、そういうことはなさそうです。この森の強い魔物は居場所を移した、なんてことはないみたいです」


 いま、キャロがさらっととんでもないことをしたかのように思えたんだが。この森の魔物の気配の把握? この広大な森の中を? ドライアドは森を管理する、と本人から聞いたけれど、これもその管理のための能力の一つなのだろうか。

 ひとまずこの件については保留にし、ブルーウルフについて考える。


 (この森には異常はなかった。けれど実際にはぼっちを極めるようなブルーウルフが群れをつくっていた)


 (その言い方はあんまりじゃないかな?)


 (最初に言ったのはティアだろうが!?

 ん、この森には……? まさか、外部からとかか? シェイムの森は山に隣接しているし、そっちの方で何かが起きた…?)


 (おー、なるほど、それなら辻褄は合わなくもないかな)


 早速キャロの方へ目線を戻し、考えたことの裏付けを取ろうとする。


 「キャロ、このブルーウルフたちって、この森に棲んでいなかったんじゃない?」


 俺のその言葉にキャロは記憶をひっくり返すかのように考え込む。おお、目線が上の方向を向いている。心理学で考え込むときは目線をずらす、みたいなのがあった気がする。これってドライアドも一緒なんだなあ、と少しほっこりする。

 なんてどうでもいいことに考えが向いてしまっている最中に、キャロが口を開いた。

 

 「たしかに、アヤお姉ちゃんの言っている通り、このブルーウルフさんたちがこの森に居た記憶がないです。ええと、つまりこの子たちは森の外からやってきた……?」

 

 「うん、私もその考えを思いついてね。おそらくこの森に隣接してる山とかで何かがあって、こっちに逃げてきたんだと思う」


 「すごいです、アヤお姉ちゃん! 私なんて何も思いつかなかったのに、こんな簡単に原因が分かってしまうなんて! はあー、頭もとても良いなんて、アヤお姉ちゃんは凄すぎるのです!」


 ほんとにキャロ、こんな調子で大丈夫なのかな。いつかは俺もアルレヴァから旅立つんだよな。別れる時にどんな顔されちゃうんだろう。……あれ、むしろ俺がキャロを心配しすぎて離れられない可能性が!?

 キャロのきらきら輝いてこっちを見つめてくる様子と、物思いをごまかすかのように髪をくるくるといじる。この動作、すっかり癖になってしまってる気がする。


 「何にせよ、原因自体がまだ不明だから警戒しておくことに越したことはないね」


 「ですね。私もこの森の管理者としてがんばります!」



 意気込むキャロの頭を撫でると、解体を始めるからあんまり気を張り過ぎずのんびりしててね、と伝え、俺は再びブルーウルフの死体へと目を向けた。

 カバンのポケットから短剣を取り出す。頭の中に浮かぶ全身をそのまま使った毛皮と言えば、成金の部屋に敷かれているイメージのある虎とかのやつか。縞模様が目立っていた気がするし、たぶん切り開くのはお腹の方なのだろう。ブルーウルフを仰向けに転がし、尻尾から下腹部を通り、喉元まで一気に刃を通す。この短剣も魔鋼製だけあって、切れ味が良くてとても便利だ。

 そして斬り裂いた部分に手を当てて、毛皮を剥ごうとぐっと引っ張る。おああ、内臓がでろんって出てきやがった。これは先に内臓とかを処分した方がいいな。

 皮以外を埋めるための穴を適当に掘ると、短剣を使い内臓を抉りだしていく。不思議とそんなグロイ光景に吐き気とかは出てこない。昔解体をやったってのもあるし、今は吸血鬼族だからスプラッタには耐性がある、とかなのかな。でもブルーウルフの血を見ても美味しそうには思えないけどね。

 そしてようやくブルーウルフの皮をはがしていく。お腹から顔の部分まで剥ぎ取り、そのまま背へと剥ぐ。初めてにしてはなかなかいい感じかもしれない。

 剥ぎ取った毛皮を確認すると裏に肉片や油のようなものがこびりついていた。こういうのは放置しておくと腐って大変なことになるはずだから、できるだけ短剣で慎重に削っておく。あとは血を落として天日干しするんだったかな。

 そして、まだ8匹のブルーウルフの死体が積まれているのをみて、これをあと8回もするのか…とげんなりした。


 作業途中にゴブリンやホーンラビットが襲い掛かってくることもあったが、難なく剣で真っ二つにし、いそいそと作業に戻る俺。本当に作業としか形容できないぞこれ、面倒すぎる。もう二度と毛皮集めの依頼なんて受けない。

 ちなみに作業が終了し、大量のブルーウルフの内臓を埋めていると、臭いに釣られたようにシェイムボアが姿を現した。単純作業のイライラが溜まっていたせいで、鬱憤を晴らすように身体加速(アクセル)まで使って両断してやった。ざまあみろ。

 気がつけば日が暮れていたので、ブルーウルフの解体作業だけにだいぶ時間を取られてしまったようだ。しかしこれで受注した依頼は、全て達成してしまった。順調順調。

 あとは予備のロープで大量の毛皮を干して、水浴びをするくらいか。全身から獣と内臓と不味そうな血の臭いがして正直すぐにでも湖に飛び込みたい。


 ちなみにキャロは作業開始早々におひるねをしていた。見ててもグロいだけで面白いものでもないしな。そんなキャロをゆさゆさと揺り動かして起こす。


 「キャロ、終わったよ。今日はこのくらいにして、水浴びに行かない? 体中が臭くてたまらないんだ」


 もちろんとばかりにキャロは二つ返事で承諾した。


 目指す場所は例の遺跡の近くの湖。よく分からないけど、なぜかここの遺跡だけはこの森でどれだけ迷ってもたどり着けるような感覚がある。


 俺がローブの下に可愛らしい肌着や下着をつけていたのをキャロが驚いたり、石鹸の存在をえらく気に入ったりといろいろあったものの、やはり水浴びは気分がさっぱりしてよいものだ。キャロも気分良さげにしてたしね。もちろん、今日着ていたものは既に洗濯済みで干してある。

 そしてタオルで身体を拭いた後、替えのドロワーズにブラ、そしてネグリジェを着る。うん、昨日と同じような女の子の格好だ。魔物の住む森でそんな恰好をしてるのも我ながらどうかと思うけどさ。


 そんなアヤ(リョウ)の姿に(かっこいいし、可愛いし、優しいし、強いし、頭もいいし、まさに完璧ってかんじです)なんてキャロは考えていたりする。まるでキャロの中にはアヤに対するフィルターが出来上がっているようだ。些細な行動でも評価が大幅プラスに変換されてしまう、そんなフィルターが。



 ―――――



 「ねえ、アヤお姉ちゃんには精霊さんの加護は無いの?」


 湖近くのちょうどいい岩場でのんびりとしている中、突然妙なことを聞いてきたキャロの言葉に首をひねる。


 「ええと、たしか私は無かったよ」


 そうですか……としょんぼりした顔を向けるキャロは、精霊さんについて話し出した。

 

 「私は生まれた時からあのワンピース姿で、どんなに汚れても、毎日精霊さんが朝になるまでに綺麗にしてくれてるんです。だから、今日の服を洗っていたアヤお姉ちゃんのことが気になっちゃって…」


 そんな言葉を受けて、なんとなくキャロのことが分かってしまった。キャロは優しい。優しすぎるんだけれど、年齢のこともあるし、知らないことが多すぎるってこともある。あ、最後の俺にも刺さった。……とにかく、それらのせいで考える必要もないことを考えすぎてしまうのだ。

 俺はぽんとキャロの頭に手を乗せると、まだ少しだけ湿り気の残った髪を手櫛で梳きながら言葉をかけた。

 「キャロは精霊さんの加護があって、精霊さんはきっとキャロのことが好きだから、そんな風に衣服をちゃんと綺麗にしてくれるんだよ。

 だから、そういうのはどうひっくり返っても私には難しいし、それに洗濯なんて水浴びのついでに洗えるから、そんな手間でもなかったりするんだ。だから、キャロがそういうことを気にすることはないんだよ? それに冒険者はみんなやってることだからね」


 それでもちょっとしょんぼりした表情を浮かべてしまっているキャロ。そんな様子に、そうだ、と話を切り替えるように声をかける。


 「そういえば私はこの森に居る時、ここの近くの遺跡の一室で過ごしてるんだけど、よかったら来てみないかな?」


 一時居住場所の案内。魔物除けの結界もあるらしいし、森の中でも遺跡はかなり安全と呼べる場所じゃないのだろうか。それに少しばかり気になることもある。あまり心配はしていないけれどさ。


 思わぬ提案に少し固まるキャロだったが、すぐに勢いよく返事をする。


 「ぜひぜひ! 見てみたいです!」



 そうして俺は、例の遺跡へとキャロを案内した。遺跡の様相は前のときとは全く変わっておらず、相変わらず不思議とぼんやりと光っており、石畳の床と石造りの壁が独特の雰囲気を放っている。


 「ぼんやりと遺跡中が光って、とても不思議ですね」


 思えば森には当然明かりなんてものはなく、キャロは日々真っ暗な森で過ごしていたのだろう。


 「さすが古代遺跡って感じだよね。あ、ちなみにこの遺跡、魔物除けの結界が張られているらしいから、ここに居れば魔物には襲われることはないよ」


 そして、思ったよりもどきどきしてしまったのだけれど、思った通り無事にキャロが遺跡内に入ることができてほっと息を漏らす。うん、やっぱりドライアドが魔物っていうのは間違ってたんだ、と確証を得る。



 そして遺跡の中の寝泊りをしている一室にキャロを案内する。

 古びた遺跡の部屋の中にぽつんと存在する、まだ木の香りの漂う場違いな寝床。


 「……なんだか明らかにおかしいですよね、この組み合わせ」


 思わぬキャロの発言にどうしたものかと考えると、脳裏にティアがここにベッドを空間魔術で運んできた云々の話を思い出してしまい、思わず笑い声が漏れてしまった。この変な空間をつくるのに魔力枯渇……ぷくくく……キャロにまで言われてるし……。


 耐えきれず、アヤ(リョウ)は吹き出してしまった。しかもツボにはまってしまったようで、言葉通り笑い転げている。


 「あいたっ! もう、これくらいいいだろ!?」


 そしてキャロが何事かと思えば、痛そうに頭を抱えて独り言を言うアヤ(リョウ)の姿があった。キャロはそんなアヤ(リョウ)の様子を見つめながら、複雑そうな表情を浮かべていた。



 そして俺は時間もちょうどいいということで夕ご飯にしよう!と言ったのだが、部屋にはぽつんとベッドしかないことに気付いたので机と椅子のセットを別の部屋から運んできた。もちろんその別の部屋とは、この世界で最初に目覚めたあの部屋である。そしてベッドのある部屋に設置したはいいものの、机にも椅子にも血の跡がべったりついていたので慌ててボロ布で拭き取ってごまかす作業をすることになってしまった。血でどろどろになった身体で座ってたことをすっかり忘れてた。

 ちなみにキャロは、ちょっと机を取ってくるね、と軽く言って戻ってきたアヤ(リョウ)の様子を見てから固まっていた。重厚そうな机を軽々と片手で持ち、もう片方の手にも椅子を持って戻ってきたアヤ(リョウ)は尋常ではなかった。そしてやっぱりアヤお姉ちゃんは凄いです、といういつもの結論に達したキャロはどことなくぽーっとした雰囲気でアヤ(リョウ)を見つめていた。そのおかげでキャロはアヤ(リョウ)が必死になって机と椅子から拭き取っているものに意識を向けることはなかった。

 

 そして綺麗になった机と椅子に満足すると、カバンからビスケットやよく分からない保存食、干し肉、名前の知らない木の実や昼に食べたルコの実などを取り出した。そして水筒の水をコップに入れて机に並べると、適当に並べたものを好き勝手食べるというよく分からない食事会が開催された。それでも、キャロにとっては初めて食べるものばかりだったらしく、とても満足そうな表情をしていた。


 「はふー、食べ過ぎました」


 「なら丁度いいかな。キャロはちょっと休んでて。私はその間、魔術の練習をするから」


 「あ、ええと、その様子を眺めててもいいですか?」


 その言葉に苦笑してしまう。見てて面白いものでもないだろうし、改めて聞くものでもないのにな。


 「うん、別に構わないよ。あ、そうそう、もし気に入ってくれるのなら、この遺跡、この部屋は好きに使っていいよ。魔物除けの結界もあるから安心だからね」


 ふと思い出したかのように言った。俺の中のドライアドのイメージといえば、大きな木のうろの中とかですやすやしているイメージだ。実際にどうしているのかは遠からずだとは思うけれど、できれば安全な場所に居てほしい。


 「本当に、こんな素敵なところを私が使ってもいいんですか?」


 「あははは、私が居ない間は、ここは無人なんだよ? だから好きに使ってくれて構わないし、いろいろと過ごしやすいように物を置いても大丈夫。というより、そもそもここは古代文明の遺跡だよ? 私だって勝手に使ってるんだから、何を遠慮することがあるのかな」


 「はい、わかりました! アヤお姉ちゃん、ありがとうございます!」


 その言葉に俺は微笑むと、キャロと一緒に座っていたベッドから下り、魔術の練習のために椅子へと腰かけた。



 ―――――



 (さーて、第二回ティエリア先生の魔術講座のお時間でーす。はい拍手ー!)


 前回とノリは全く変わらなかった。そもそも生徒が増えるわけないし、何だろうこの茶番。


 (とはいっても前回既に全体的に軽く伝えちゃったからさ、精々魔力のコントロールの練習はどういうことをすればいいのかとか、そのくらいしかないんだよね)


 (第二回にして既に企画倒れ寸前!?)


 (まあ、一応説明しておくよ。たしかリョウは、右手の人差し指に魔力を集めてたでしょ)


 (ああ、とはいってもなんとなく、って感じだから、右手の人差し指である意味は無いんだけどな)


 (なんだ、分かってるじゃん。練習は、ほかの指でもやるんだよ、親指、中指、薬指、小指、そして左手で、右足で、左足で)


 (……ほんと練習って単純なんだな)


 (まあまあ。で、たぶんここからが面白くなる。――右手の手のひらに均一に魔力を集める)


 (む、一気に制御っぽい練習になったな)


 (うんうん、理解力があってとてもいいことだ。右手の甲、左手の手のひら、甲、右足裏、右足表、左足裏、左足表。それぞれ集めた魔力が均一になるように)


 (ちなみに次の練習内容の予想。均一にした魔力を薄くしたり、厚くしたり、かな?)


 (そう。量のコントロールと精密制御のコントロールを並行して行うのさ)


 (ああ、それ聞いて次も予想がついちゃった。なんだこれ?やけに勘がよくなってるような…まあいいか。次はもっと広い範囲。右腕とか、左腕とか、顔とか、体全体とか。――広範囲の制御)


 (……ここまで当てられると自信なくすかも。……まあいいか! 分かってるのならわざわざ説明しなくていいからね! で、何でここまで念入りに体の各部位で魔力を練れるようにするか、想像はついてる?)


 そのティアの口調に嫌な予感を覚える。なんとなく検討もつくってのも実に腹が立つ。だけれど、吸血鬼族である俺は聞いておかなければならないはず。


 (吸血鬼族……だからだよな?)


 (ちなみにその答えに至った根拠は?)


 (そりゃ決まってるだろ。あのレッドボアとの戦いのとき、軽傷なら治るから大丈夫、とかアドバイスとしておかしいだろ。それに、左手を抉られた後の再生能力。

 ――おそらく吸血鬼族は、戦闘中に受ける傷を厭わない。左手でも練れるようにというのは、右手が使えなくなったときのためなんだろう?)


 (ねえ、リョウ)


 (あん?何だ?)


 (キミ、実は前の世界でも吸血鬼だったりしなかった?)


 (ねーからな!?)


 (まあそれはいいとして、残念ながら半分正解だね。リョウの言った意見の一部は確かに正しい。右手だけでしか魔力を練れないのなら、右手をどうにかされてしまえばもう魔術が使えなくなってしまう。

 で、あと半分だけれど、傷は治るとはいっても痛いものは痛いからできれば受けたくないよね。だから、体中のどんな部位でも魔術で守れるようにするのさ。……けっこういじわるな質問だったかな?)


 (いや、いじわる云々はともかく安心した。俺だって怪我なんてしたくないからな。それに吸血鬼族がそんな危ない種族でなくてほっとした)


 (ちなみに戦闘中の傷に興奮するような子もいるし、『戦闘中に受ける傷を厭わない』ってのは一部当たってたりするよ)


 (ティアは知り合いみたいな口調してるけど絶対会いたくないなそんな奴!?)

 


 その後、右手の指先、左手の指先を何度か試し、ついでにステップを飛ばして右の手のひらに魔力を均一に貼ろうと試した後、いつもの倦怠感が襲ってきた。


 (今日はこれで終わりか…進歩してる感じがしないなあ)


 (いや、驚異的なペースだからね!? 一日目で手のひらに魔力を纏わすとか聞いたことないからね!?

 ああ、そうだ、一つ付け加えておくね。リョウは会得ペースが早すぎて、最大魔力量の上昇が追い付いてないんだ。だから毎日寝る前は枯渇寸前、もしくは枯渇するまで練習すること。いいね?)


 (えー、さすがにそれは……)

 

 (つべこべ言わないの!)


 (ひいいい!? 急に鬼教官になったあ!?)



 そして俺は、その倦怠感のまま身体を引きずるようにベッドへ近寄ると、そのまま潜り込んだ。



 ―――――



 「んぁ?……ぇええええええ!?」


 アヤお姉ちゃんを眺めている間にベッドで眠り込んでしまった私は、ふと寝ぼけ眼のまま目を覚ますと、アヤお姉ちゃんが同じベッドにもぐりこんできたことに気付きました。そして、奇妙な声が口から洩れてしまいました。


 「ああ、そうだった……ごめんね、私は他の場所で寝るから、キャロはこのまま寝てていいよ」


 なにやら疲れの溜まっているような様子で笑みを浮かべたアヤお姉ちゃんは、もそもそとベッドから出ようとしました。こんな疲れてるアヤお姉ちゃんを下手なところに追い出すわけにはいきません。


 そして、私はアヤお姉ちゃんの手をぎゅっと握りました。まるで離してやるもんかというように。


 「……キャロ?」


 私は何も言わず、アヤお姉ちゃんの手を握りつづけました。まだ頭がぼんやりしていたせいもあり、何と声をかけていいか分からなかったというのもあります。


 しばらくアヤお姉ちゃんは私を見つめた後、


 「もしかして、一緒に寝てほしいの?」


 思っても見ない反応が返ってきたことで逆にちょっと固まってしまいました。


 「……うん」


 「……あはは、しかたないなあ。特別だよ?」


 そう言って、アヤお姉ちゃんはしっかりとベッドへと戻ってきました。もちろん、私と手はつないだままなのです。


 そんな私の様子を眠そうな、やさしそうな眼で見つめたアヤお姉ちゃんは、手の繋がれていないもう片方の手――右手で、私の頭を撫でてくれました。

 きっとアヤお姉ちゃんには誤解されてしまいました。でも、アヤお姉ちゃんをベッドで眠らせるという目標を達成した私は、アヤお姉ちゃんが撫でてくれることに安らぎのようなものを感じて、そのまま眠りへと落ちていきました。

今の今までトイレについて忘れてました。やっちまったぜ!

やっとお話が動くというところなのに唐突にぶち込んでやったぜ!

次話は数日中に投稿予定です。

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