01-05(旧) キャロットとの再会
18/01/08 サブタイトルの変更(旧の追加)
そして窓から差し込む光にうっすらと眼を開き、一日が始まった。
俺はベッドに寝転んだまま、腕を上げ、拳を握ったり開いたりを試す。左手も、両足も同じように動かす。身体にはまだ多少違和感は残っているけど、どうやら昨日飲まされた怪しげな液体の影響はほぼなくなっているみたいだ。そして、昨日の朦朧とした意識の中での感覚は覚えている。
ものは試しということで右手をあげ、その感覚を人差し指の先に集めるように集中し、イメージしてみる。昨日からずっと感じているものが指先に集まっていく感覚。今ならはっきりと自覚できる、これが魔力というものなのだと思う。そしてそのイメージを止めると、ポン、という小さな音があたりに響き、指先に集まっていた魔力の感覚がなくなる。
(おはよう、早速魔力を試してるみたいだね。うんうん、いいことだ)
まるで昔を懐かしむかのようなティアの声が脳内に響く。ティアにもこんな入門時代があったのだろうね。
今度は魔力に属性を持たせることを試してみる。頭に浮かべるのはさわやかに吹きすさぶ風。そして魔力を指先に集めるようにイメージする。うん、魔力が指先に集まったのは感じるけれど、さっきの感覚とは何も変わらない。イメージを止めると先ほどと同様に小さな音が鳴って魔力が霧散しただけだった。
(うん、よくわからないや)
(一応言っておくけど、乱魔薬を飲んだ翌日にそれだけ魔力を操れるってだけですごいことなんだよ?
とにかく、しばらくは今みたいな感じで魔力を扱う特訓だね。それをしてると、自然と魔力コントロールの精度と最大魔力量が上がるんだよ)
(やっぱりれんしゅがひつようなんだね……うん、こつこつとがんばる)
ベッドから降りて伸びをして、ついでに軽く体操をするように腕をぐるぐると回してみる。ブラの感覚の違和感が相変わらずだけれど、身体を動かす分には問題はないみたい。
ネグリジェを脱ぎ捨てると、就寝用の下着を替え、適当に選んだ桃色のキャミソールを着る。そして真っ黒のローブを被って着て、昨日買ったふくらはぎまでのブーツを履く。剣帯と魔鋼の剣を装着し、冒険者セットとプレゼントを詰めたカバンをかけて準備完了だ。
今日はお金稼ぎとキャロに会いに行くためにシェイムの森へ行く予定なのだけど、往復だけで半日かかるので遺跡で一泊する予定なのです。準備を終えた僕は意気揚々と部屋を後にする。
酒場へ行き、朝ごはんを食べる。今日のメニューは芋にしてみた。芋だ、皿に積まれた、まごうことなき芋。何を考えてこんなメニューが並んでるのかは分からなかったけど、つい何かあるのかと好奇心に負けて頼んでしまった。結果は本当にただの芋が出てきたわけで、一応お水もついて50イクスだったのは親切心かな。芋だけだとつらいもんね。
席を見渡すとイルミナさんたちのパーティ、『トライラント』は居なかったので適当に開いている席に座る。そしてほくほくの芋を頬張っていると、「この芋注文したのか……面白い嬢ちゃんだな。隣いいか?」と左目に眼帯を付けた金色の髪の精悍な男性が話しかけてきた。彼もアヤと同じものを注文したようで、芋の詰まれたトレーを持っている。衝撃的なメニューだから選ぶのもしかたないよね、と思いつつ「うん、いいよー」と承諾する。そして黙々と芋を口にする二人。
「なあ、俺も混ぜてもらっていいか?」
そしてアヤ達と同じように芋を選んでしまった、黒髪の渋い男性が加わり、さらに藍色の髪を両サイドにまとめたグレーと青色のオッドアイの女の子が芋を手に参戦した。
自然と、黙々と芋を頬張る四人の座るテーブルに冒険者の目が集まる。
「おいおい、あいつら、よりにもよって芋選んだのかよ……黙々と食ってやがる」
「何かの集まりなのか? 芋を食む会、みたいな。怪しすぎるだろ」
「というか最近噂の金髪紅眼の子も混じってるよ? 上品そうな雰囲気があったけど、こんなもの食べるんだ……」
「よく見たら『氷雪』も混じってるじゃねーか。あの隻眼の男も黒髪の男もかなりやり手のようだし、実はすごい面子が揃ってるんじゃないのかあのテーブル。食ってるのは芋だけど」
そんな周りの声も気にせず、黙々と芋を食べ続ける四人組。そして四人とも皿を片づけると、まるで申し合わせたかのように四人同時に頷き、それぞれ席を立ったのであった。黙々と芋を食べていただけなのに、そこには妙な連帯感が出来上がっていたのだった。
―――――
(やー、なんだか不思議な雰囲気で楽しかったなー)
(黙々とみんなで芋食べてただけなんだよな。思い返してみても意味が分からない)
謎の芋会についてティアと話しながら、冒険者組合へと向かう。シェイムの森で素材を採るだけでなく、同時に依頼を受けておくと一石二鳥だと思ったのだ。朝早いとはいえ、ラウンジではパーティーらしき人たちが数組テーブルでなにやら話し合っていた。
そして依頼ボードを眺め、シェイムの森で達成できそうな依頼をいくつか見繕う。
[定例]ゴブリン退治 目安危険度9 報酬;出来高(一体20イクス〜)
ブルーウルフの毛皮集め 目安危険度12 必要数5枚~ 報酬:300イクス+出来高(50イクス〜)
ナコル草の採取 目安危険度20 報酬:出来高(一株100イクス〜)
シェイムボアの牙集め 目安危険度24 必要数4個~ 報酬:1000イクス+出来高(200イクス〜)
ゴブリンとブルーウルフは既に倒したことがある。毛皮の剥ぎ取りは頑張ろう、うん。
ナコル草はキャロに教えてもらって集めたことがあるので大丈夫。そしてシェイムボアは遭遇したことはないが、危険度的には大丈夫だと思う。なお、ティア先生の解説によると、(シェイムの森特有の魔物だよ。レッドボアを半分サイズにした程度で足もそこまで早くないけど、ちゃんと頭使って攻撃してくるよ)とのこと。
これらの依頼紙を破り取り(定例のものだけは貼りっぱなしにしておく)、依頼カウンターへと向かう。そして受付嬢さんと挨拶もそこそこに依頼紙と冒険者カードを渡すと、ランクを見るなり険しい顔をした。
「組合のルールで、基本的に一つ上のランク――つまりアヤさんなら、Eの9、危険度19までのものしか依頼を受けられないんです」
登録時にそんなルール説明されなかったよな? あの時の受付嬢さんが説明を忘れてたのだろうか。少しばかり残念な気分と共に、そして、"基本的に"という言葉が引っかかった。
「あの、二日前にシェイムの森でレッドボアを倒してその牙を換金したのですが、そのレッドボア相当――危険度28までの依頼を受注することはできませんか」
受付嬢さんはつい二日前に登録したばかりの少女の発言に目をぱちくりさせると、「素材売却履歴を調べてみますので少々お待ちください」と言って席を離れた。思い付きからの発言だったのだが、もしかしたらうまく行くかもしれない。
そして十数分後、受付嬢さんが戻ってくると、
「1月23日にレッドボアの牙二本の買い取りが確認できました。また、ナコル草などランクD相当依頼の素材の大量買い取りも確認できました。実力が確認できましたので、特例としてDランクまでの依頼受注許可をつけました」
という言葉と共に冒険者カードが返却された。書かれている内容を見ると、(Dランク受注可)という文字と、受注した依頼が書き加えられていた。
|アヤ・ヒシタニ [女性] []
|ランク:F-9:9(Dランク受注可)
|所在地:なし
|年齢:10歳 出身地:不明
|生誕日:不明
|交付日:ドラク歴36年1月23日
|賞罰:
| なし
|受注依頼:
| ブルーウルフの毛皮集め[12](5枚~) ナコル草の採取[20](出来高制)
| シェイムボアの牙集め[24](4個~)
「無理を通していただいてありがとうございました」
我ながら無茶なことをお願いしてしまった受付嬢さんに頭を下げる。
「依頼の成功をお祈りいたしております」
そんな様子の俺に受付嬢さんは微笑みながら、そう言ってくれた。
―――――
街を出る時も身分証の提示が必要だったが、入るときと違ってそう時間はとられなかった。
門番さんから「怪我には気をつけろよ、お嬢ちゃん」とありがたい言葉をもらいつつ、アルレヴァを後にする。ここからシェイムの森まではおよそ三時間くらいである。
湿っていない上に、サイズがぴったりのブーツに気分を良くしながら森へと向かう。道中、ふと気になったのでティアに質問をする。
(そういえばこの世界のメインの移動手段って何なんだ? 馬車とかそんな感じ?)
(正解! 陸地が馬車での移動、海は船での移動だね。…船は当たり前か。泳いで渡る訳にはいかないもんね)
(飛行船的なものとか鉄道のようなものは無いってことでいいのかな)
(うん、飛行船はもしかしたらひっそりと持ってる国があるかもしれないけど、鉄道はないかな。そもそもそれらは古代魔道文明時代のものだから、残ってるとしたらその遺産だね)
(うーん……そんな文明がなんで滅んだんだろうな)
(実は解明されていないんだよね。古代魔法文明は二万年ほど前に滅びたって話ではあるんだけど)
(二万年か、気の遠くなる年月だな。というかよく二万年も前の遺跡が残ってたりするな)
そうこう話しているうちに、シェイムの森へとたどり着いた。たった一日ぶりだけれども、なんだか懐かしい雰囲気がする。
アヤは少しだけ森に入ると、キャロからもらった魔道具――鈴をちりんと鳴らす。はたしてこんな小さな音で分かるのだろうかと思うこと数分、森が割れるように動き、その間を結構な勢いで小豆色の髪の幼女―キャロが駆けてきた。そしてその勢いのままダイブしてきたキャロをアヤは抱きとめる。
「来てくれたんですね、アヤお姉ちゃん! おかえりなさい!」
そして満面の笑みを浮かべるキャロ。俺は抱きとめたキャロをそっと下ろすと、
「うん、だたいまキャロ。約束通りきたよ」
とキャロの頭をぽんぽんとしながら、その笑顔につられるように笑った。
「それにしてもこの間と違って、すごそうなのを持ってるですね」
感動の再会らしきシーンから場所を移し、腰かけるのにちょうど良さそうな岩に座ると、昨日買ったばかりの剣を見ながらキャロが言った。前の時は持ってなかったこれが気になるのだろう。
「短剣よりも剣身が長い方が有利だと思ったんだよ。半歩分くらい距離が空いてても当てられるし、力も乗せられそうだからね」
ほへーっと俺の話を聞くキャロ。こちらを見る目がなんだかきらきらしてるように見える。
「じゃあ短い剣でも凄かったアヤお姉ちゃんが長い剣を持つのなら、もっと凄いことになるんですね!」
短剣の時の評価が高かったせいか、期待するようなキャロの目線が痛い。普通の剣を実戦で使うのは初めてと言えない空気だ。
「ま、まあ戦いやすくなるだろうしな」
曖昧に頷いてごまかしてしまった。あの目で見つめられたらとてもじゃないけど正直には言えない。最初に出てくる魔物が弱いやつだと祈っておこう。
「――と、そうだ、キャロにプレゼントを持ってきたんだった」
カバンから服屋で見繕った浅緑色のローブを取り出す。俺の見立てが正しければだけど、キャロにぴったりなはずだ。
そこではたと気付く。前回はトライウルフに追われてて、キャロの来ていたワンピースはボロボロになっていたはずだ。しかし今着ているワンピースはボロボロという言葉からはほど遠く、ほつれどころか汚れすら見当たらない。この森に住んでいる彼女は服を買うことはできないはずだし、一体どうなっているのやら。
「ローブ……ですか? ありがとうございます」
そしておずおずと受け取るキャロ。おそらくプレゼントを貰い慣れていないのだろう。
ローブを広げ、ひっくり返したり、袖に手を突っ込んだり、生地をさわさわしたりしている。……訂正。どう見ても知らないものを調べている様子だ。
「私が着ているローブと同じお店のものだよ。今着てるワンピースよりも生地が厚いから、丈夫で、岩とかに座ってもお尻が痛くなりにくいと思う」
俺のその言葉にキャロはっとした表情を浮かべると、勢いよく言う。
「アヤお姉ちゃんとお揃いなんですね! 早速着てみてもいいですか!?」
あ、うん、そこに食いつくんだね。
「ああ、着替えてきなよ」
アヤが着ているローブを見下ろす。ただ真っ黒なだけでデザイン性や可愛さの欠片もないローブ。そして萌え袖のことだけを気にしていてデザインのことを気にしてなかったことに気付き、がくりと項垂れる。うん、冷静に考えてプレゼントが無地のローブっておかしい。次来るときはもっと可愛いものやアクセサリーなどを贈ろうと心に決めるリョウだった。
そしてキャロはというと、その場で着ていたワンピースを脱ぎ、俺からプレゼントされたローブを着ていく。一応今は俺も同性だけど、それでもあまり知らない人の前で着替え、恥じらいもなさそうな堂々とした態度が鮮烈だ。俺なんてイルミナさんにローブの裾めくり上げられただけで変な声漏れたもんな。
まだ恥じらいが無いのは年齢故なのかもしれないからいいのだ。問題は、ワンピースを脱いだキャロは一糸纏わぬ姿だったことだ。一応デリケートな部分を守るために下着は着るべきなのだけど、はたしてそれがドライアドの常識なのだろうか。
はたと女の子寄りになっていた思考に気づく。柔肌を目撃してもそれ自体には何も感じなくて、さらに違和感なく他の女の子の下着について頭を悩ませてるとか毒されてきたか……?むむう。
そこでキャロが「どうですかアヤお姉ちゃん」と言いながら、着替えたローブ姿を見せつけるようにくるりと一回転したので、思考を切り替える。少し大き目にと選んだローブは狙い通りにちょうどいい具合になっている。ぶかぶかの服を着た女の子っていいよね。萌え袖になっているのに気付いたのか、袖を幸せそうにぱたぱたさせている。
「うん、良く似合ってるよ。色合いもぴったりだし、とっても可愛い」
その言葉にキャロはえへへ、とほんのりと頬を染める。なんだこの可愛すぎる子は。思わず立ち上がると、その頭を撫でる。小豆色のロングヘアの髪に沿うように撫でていると、ほにゃっとした嬉しそうな表情を浮かべるキャロ。
(リョウ! お持ち帰り! お持ち帰りしたい! わたしもその子愛でたい!)
(いやお持ち帰りはだめだろ! この子がドライアドってこと思い出せ! ぐっ……身体共有と感覚共有も渡すから、ティアも撫でるだけで我慢しろ!)
(え! いいの! ほんと!? アヤ動かしちゃっていいの!? この子愛でちゃっていいの!? しかも感覚ありで!?)
(愛でるのはなんかニュアンスが嫌な予感しかしないから却下! とにかく、常識の範囲で頼むな、常識の範囲で!)
(よっしゃあ!)
―――――
アヤお姉ちゃんから貰ったプレゼントを着た後、似合ってると言われたのが嬉しくて胸がいっぱいになりました。さらに頭を撫でられて、自然と表情が崩れてしまいます。アヤお姉ちゃんに撫でられると、嬉しさや安心感、やさしさで胸がいっぱいになってとても気持ちがいいのです。いろいろなうれしいものが組み合わさって、胸がいっぱいになりすぎてもう訳がわかりません。
そして気が付くと、私はアヤお姉ちゃんの膝の上に乗せられ、やさしい手つきで髪を梳かれていました。
ふと先日のことを思い出します。
あのときは、あのまま本当にアヤお姉ちゃんに頼ってしまっていいのかと必死に考えていたと思います。きっと頼り切りになってしまうから、アヤお姉ちゃんの足を引っ張ってしまうのではないかと頭がぐるぐるしていました。
そうこうしているうちに座っているお尻が痛くなってきて、アヤお姉ちゃんの膝の上に乗せられて、やさしい手つきで頭を撫でられ、髪を梳かれて――
気が付くと頭のぐるぐるがすっきりしていました。何を悩むことがあったのでしょうか。
私が足を引っ張ってしまうのは、アヤお姉ちゃんもよく分かっているはずです。そのうえで、こんなやさしい提案をしてくれたのです。
それなら、ちゃんとその提案を受け入れて、それ以外のところでアヤお姉ちゃんに恩返しすればいいのです。きっとそれが、私なんかを助けてくれるようなやさしい人への最大限のお礼になるはずなのです。
私は髪を梳いてくれているアヤお姉ちゃんを見上げます。そこには相変わらず紅眼の優しげな表情と、そしてどこか妖艶そうな雰囲気に包まれていました。いつもはかっこいい雰囲気なので、少し驚いてしまいました。
私は思わず頬が熱くなるのを感じながら、相変わらずどこか不思議な人だなあ、と再び髪を梳かれる感覚に目を細めました。
×次話は16/08/23 18:00予定です。
16/08/23追記 ごめんなさい、近日中投稿とさせてください。