01-03(旧) 宿屋の三人組
長くなり過ぎたので、キリのいい所で分割したら5000字くらいでした。
16/09/30 某二人の武器種が入れ替わっていたのを修正
18/01/08 サブタイトルの変更(旧の追加)
窓から差し込む光にを感じ、ぼんやりと目を開く。どうやら朝になったようだ。ベッドから降り、そして下着姿なの気付いて、もふもふの掛け布団をかぶる。
そして干してある服を取りにベランダへと出た。幸いにもローブは乾いていたので取り込み、洒落た方のローブをもそもそと着る。さようならおふとん、また今夜ね。
そして嫌々湿ったブーツを履くと、カバンを肩にかけ、部屋を後にした。
「おはよう、嬢ちゃん。よく眠れたかい?」
宿の受付から、少し筋肉質なおっちゃんの声がかかる。ちなみにアヤはまだ寝ぼけた状態だった。つまり――
「おあようございます。とてもよいおふとんでした」
舌っ足らずな、可愛らしい声が響く。そんなアヤの様子に、宿屋のおっちゃんは微笑ましげな表情を浮かべる。
「そいつは気に入ってもらえたようでよかった。それで朝食にするかい? 食べるならあっちだぜ」
おっちゃんは酒場の方を指差す。そこには寝起きの冒険者達が既に座っていて、各々ごはんを食べていた。
「あい、ごはんにします」
ぺこりとアヤはお辞儀をして、朝食を提供している酒場へと向かっていく。
そんなアヤの様子に、冒険者の人たちから和やかな視線が集まっていた。
「昨日のあの子だよな……なんだろう、こう保護欲が」
「それにしては昨日とだいぶ雰囲気が違うわね……もしかして寝ぼけてるのかしら」
「やっぱり歳相応の子にしか見えないなあ……」
「可愛い……ねえ、アレク。そろそろ私達も子供がほしいと思わない?」
様々な声が飛び交う中をぼんやりしたまま歩き、開いているテーブルへと座る。そしてきょろきょろとメニューを探すが、見当たらない。むう。
「お嬢ちゃん、朝食はカウンターで直接注文するんだよ」
その様子を見かねたのか、若い男の人が親切に教えてくれた。その後ろから「抜け駆けするなんてずるーい!」「あいつは親切の塊みたいな奴だからなあ……」などと声が聞こえているけど、彼は特に気にしていないみたい。
「なゆほど……そゆことだったんですね。ありがとうございます」
アヤは親切な男の人にお礼をいうと、カウンターへと向かった。三種類の日替わりメニューから選べるようで、アヤは野菜とお肉がごろごろ入ったスープがメインのメニューを選び、代金として魔銅貨一枚を渡した。そしてトレーに乗った料理を受け取ると、再びテーブル席へと戻る。
「ね、キミ、ご一緒してもいいかな?」
トレーを置き、席についたタイミングで、シンプルな白いワンピース姿の女の人が話しかけてきた。もしゃっとした感じで後ろにまとめた赤毛に、エメラルドグリーン色の虹彩という素敵な見た目の人だ。
その後ろには、先ほどの親切な男の人がいた。ボタンを緩め少し首元を開いた白いシャツと黒いズボンという軽装で、茶色の髪に灰色の虹彩という見た目だ。薄い色彩の目にどことなく怖い雰囲気を感じたけど、柔和な笑みを浮かべており、人は見かけによらないのだろうなーと思う。
そしてもう一人、これまたシャツとズボンのラフなスタイルだが剣を帯びている、黒い髪と黒い虹彩の鋭い眼が特徴的な男の人がいた。武人のような雰囲気を漂わせていて、何気なくかっこいいなあ、と思う。
この三人はたぶん知り合いかパーティーメンバーあたりなんだろう。特に断る理由もなかったので、同席することに決めた。
「うん、席は開いてるのでどぞー」
赤毛の女の人はありがとうと言い、アヤの隣の席につく。茶髪の男性と黒髪の男性もそれに続いて座った。他の席はまだまだ空いてるにわざわざ近づいてきたってことは、僕に用でもあるのかな。
まあなるようになるよねと思い、スプーンを手に取り、スープのごろごろとした具をすくって頬張った。塩っ気と具材の旨味だけのシンプルな味だったけど、久々のビスケット以外のごはんに、思わず柔和な笑みが浮かぶ。そんなアヤの様子に和みつつ、料理を口に運ぶ同席した三人。
そして半分ほど食事が片付いたタイミングで、赤毛の女の人が話しかけてきた。
「あたしの名前はイルミナ。こっちの茶髪がハイエム、黒髪がカイ。キミのことが気になって、ちょっと話を聞かせてくれたら嬉しいな、なんて思うんだけど……」
なにやら唐突に名前を紹介されてしまった。とりあえずこちらも名乗り返すことにした。
「私は、アヤ。きのーこの街にきたところです。よろしくおねがいします」
その言葉にほっとしたような、どこか緩んだような表情の三人から、「こちらこそよろしくね」「よろしくなー」「よろしく」、とそれぞれあいさつが返ってくる。
「なるほど、どうりで見ない顔だったわけだね。ここに泊まってる皆が噂してたんだよ、一体どんな子なんだろうって。それであたしの見立てなんだけど、キミは冒険者ってことで合ってる?」
「あい、きのーなったところです!」
昨日ティアに冒険者カードをいじってもらい、正式に冒険者を名乗れるようになったことが嬉しくてつい得意げに言ってしまう。そしてさらに両手を腰に当て、胸を張ったポーズを加える。ふふん。
キャロがとったこのポーズが伝染してしまったせいなのかは分からなけど、なかなかにお気に入りのポーズなのだ。
そして、昨日冒険者になったところだという話を聞いたイルミナの胸の内には様々な考えがよぎった。なぜ術具を持ってるとはいえ、こんな戦いも知らないような幼い言動の少女が冒険者登録をすることにしたのか、なぜ登録していきなりそこそこの値段のする宿に泊まっているのか。もしかしてどこかのお嬢様が冒険者になりたくて家を飛び出したのかもしれない。そんな考えがぐるぐると回り、そして、
「ああもう、何キミ、可愛すぎっ!」
いきなりイルミナは立ち上がると、本能に任せるがままアヤを抱きしめた。人形のような可憐さの少女が背伸びしたかのような様子に、イルミナのかわいい生き物好きゲージが限界突破してしまったのだった。アヤは急に抱きついてきたイルミナに目を白黒させて、「んおー?」などと良くわからない声を上げ、抱きつかれ、ほっぺたをふにふにされ、頭を撫でられ、されるがままになっている。
「ほんと可愛いなー、一家に一台ほしいレベルに。ほっぺたはやわからいし、髪の毛もつやつやだし、一体どんな手入れしてるの? はっ、まさかこれが年齢の差!?」
そんなされるがままののアヤと暴走するイルミナ様子を、男性陣二人、ハイエムとカイは生暖かい目で見つめていた。
―――――
そんなこんなでずっと寝ぼけていたアヤの意識が覚醒し、いきなり女の人に抱きつかれているという状況に混乱しながらもなんとか引き剥がし、三人組やティアから状況を聞き出した時にはそこそこの時間が経過してしまっていた。
「かなり寝ぼけていたようで、ご迷惑をおかけしました」
アヤが真っ赤になってしまったまま頭を下げる。今まで寝ぼけていたという事実と、その間の言動を聞いて羞恥心でわりと死にそう。ティアなんかは(ふふふー、今日も癒やされた癒された)なんて他人事のように言っている。後で制裁が必要なようだ。というか今日もって何だよ。
「あはは、気にしないで。あたしもつい理性が飛んじゃったし。それにしても昨日と様子が違いすぎるって思ってたけど、なるほど、寝ぼけていたんだね」
からからと赤毛の女の人―イルミナさんが笑う。そんな様子に釣られて、茶髪の男の人―ハイエムさんが「どうりで話しかけるまで席でぼんやりしてたんだな」と納得したかのように頷いていた。黒髪のカイさんは鋭い目つきをしたまま、「うちのイルミナがすまなかった」と謝りつつ、少しだけ口元がゆるんでいた。
「ええと、それでアヤちゃんは何で冒険者に?」
俺がこんな見た目で危険だらけの冒険者をしていることがおそらく気になって仕方がないのだろう。俺はまあいいかと思い、渡り人であること、そして身分証が必要だから冒険者になったことを話した。もちろん、身体が変化したことや、ティアのことは伏せてある。
「渡り人か……。伝承では読んだことはあるが、遭遇するのは初めてだな」
三人の中では唯一カイさんが渡り人の存在を知っていたようで、他の二人にどういう存在かを説明した後、感慨深げにつぶやいていた。ティアは普通に知っていたようだが、世間一般的には渡り人という存在は知られていないようだ。おそらく、カイさんは伝承や文献の類から知ったのだろう。
「それで、この世界に渡ってきた身一つでシェイムの森を抜けてきたってこと? アヤちゃんって実はけっこうな魔術の実力者なのかな」
イルミナはアヤの実力を値踏みするかのように目線を顔から足元まで動かした。ぶかぶかだけど少しおしゃれなローブに、杖を持つ姿はどうみても術師そのものだ。そして、その身一つでシェイムの森を抜けてきたということは、最低でもDランク相当の実力。主にCランク以上が集うこの宿にアヤちゃんがが泊まるというのはあながち間違った選択ではないように思える。
イルミナ達がアヤの術士としての実力はどんなものなのだろうと思考を巡らせている中、空気を読まない発言が飛び出した。
「ええと、私の得物は剣なのです」
イルミナさんたちに術師だと思われてると気づいた俺は、何気なく訂正してしまった。
その言葉を聞いたイルミナの口が驚きからぽかんと空いてしまう。年端もいかない細身の少女の得物としてはとても結びつかなかったようで、「えっ、本当に?」とハイエムも驚いていた。ただ、カイだけは興味深そうにアヤを見つめていた。
数秒の後、落ち着きを取り戻したイルミナはコホン、とわざとらしく咳をし、話を再開した。
「……ええと、こちらから一方的に聞いておくのもなんだから、私たちのことも紹介しておくね。私は杖がメインの術師で、ハイエムは短剣がメインの軽戦士、カイは刀がメインの剣士。アヤちゃんは剣を使うってことだから、私たちの名では一応カイと戦い方が近いのかな? それでから、見ての通り三人で『トライラント』って名前のパーティを組んでいて、パーティーランクはBだよ」
三人ともそこそこ高いランクということで驚いたが、実際のところランクについてよく覚えていないのでいまいちピンとこない。そんな俺にティアが補足説明をくれた。
(ランクBは危険度40-49辺りの魔物を相手取るのに相当するね)
補足説明をもらってもよく分からなかった。そもそもこの世界の魔物のことなんてよく知らないからなあ。結局、ただ単純に数値が大きいので、俺よりもこの三人は強いんだろうなあ、という認識に留まった。
そして向こうがランクを教えてくれた以上、こちらも伝えるのが礼儀なのだろうかと思ったが、そもそも既に冒険者になりたてと伝えているので言う必要があるのかと少し悩む。そして結局、ノリに任せて伝えることに決めた。
「知ってるとは思いますが、一応言っておきます。私のランクは冒険者なりたて、ぴかぴかのFランクです」
「うん、もちろん知ってるよ」
微笑みながらイルミナさんが言った。同様にハイエムさんもカイさんも微笑を浮かべている。やはり言う必要はなかったが、ジョークとしてとられたようで結果オーライになったようだ。
「これから私達は依頼を受けに組合に行くんだけど、アヤちゃんはこの後どうするの?」
それから三人組といろいろ他愛もない話をした後、そろそろ席を立とうかというところでイルミナさんが聞いてきた。もう少し冒険者について話を聞きたかったが、今日は買い物を盛りだくさんする予定なのだ。
「身一つでこの世界に渡ってきたので、ちゃんとした武器も道具も、着るものですら揃っていない状態です。なので今日は買い物に行く予定です」
なるほど……とつぶやきながら、イルミナの綺麗な眼が怪しく光る。何やら嫌な予感がする。この数日で嫌な予感センサーが研ぎ澄まされてきた気がしてならない。
「ハイエム、カイ、私はこの子の買物に付き合ってあげたいんだけど、組合で適当な依頼を見繕っておいてくれない?」
「渡り人ってことなら、身につけている物以外何も持ってないんだろ? なら荷物も多くなるだろうし、手伝ってもいいよ」
ティアが居るとはいえ、この世界の冒険者の常識には全然詳しくない身としても、買い物に付き合ってもらえるのは願ってもない話だ。目が覚めたらいきなり抱きつかれてて驚きはしたけれど、おかげでよい人たちと巡り合えたみたいだ。これは星の巡りというやつなのだろうか。
そんなふうにほっこりとしていると、イルミナさんから冷たい氷のような声が響いた。
「ねえ、ハイエム。まだ幼いっていっても、この子は女の子なんだよ?そういうお店にも付いてくるつもり?」
その言葉で固まるハイエムさん。おそらくただの善意からの申し出だったんだと思うだけに少しばかり同情を感じてしまった。そして、その言葉の真意を考え出す前に「さ、アヤちゃん行こっか。まずは服からかな?」とイルミナさんに右手を掴まれ、そのまま宿の外へ引きずられてしまう。
宿の受付に立っているおっちゃんが視界に入った時、そういえば一泊分しか宿泊費を払っていないことを思い出し、引きずられながらしばらくお世話になりますと金貨(10泊分)を支払った。イルミナさんに引きずられる中、宿屋のおっちゃんから向けられた生暖かい目線はがんばれよ! とこちらを応援しているかのようだった。
そしてイルミナは思った以上にお金を持っているアヤにやや驚きつつも、これなら思いっきりコーディネートできるな、と少し黒い笑みを浮かべるのであった。
やっと冒険者たちとの交流が始まりました。次回はめくるめくショッピング。
それにしても、この街はいい人ばっかりでよかったよね(ゲス顔)
次話は16/08/20 18:00予定です。