息子からの電話
蒸し暑くて目が覚めてしまった。商店街の外れにある小さなこの旅館のクーラーは壊れかけていて、気温が下がらない。汗びっしょりになっている。
明海は堪らず起き上がり、シャワーを浴びた。時計を見ると夜中の二時。丑の刻に目覚め、しかもあんな夢を見たものだからかなり気味が悪い。バスで見た夢の続きのようだったけれど、妙にリアルだった。時代は私たちが子供の頃ぐらいだった昭和四十年代あたりだろうか。でも、あんな風景見たことがないし、身に覚えもない。
明海は布団に寝転がり、無理矢理目を瞑った。明日こそは、大地を見つけ出してやる。私は執念深いのだ。一人で抱え込むなんて、許せない。
気が付くと空が白んで来た。とうとう眠れないまま朝を迎えてしまったようだ。明海は観念して備え付けの歯ブラシで歯を磨き石鹸を泡立てて顔を洗った。日焼け止めを塗り薄く化粧をして髪を整える。荷物をまとめてチェックアウトを済ませると、バス停へ向かった。相変わらず暑い。もうすぐ梅雨入りするだけあって、空気が蒸している。
突然携帯電話が鳴り響いた。和哉からだ。昨日の朝から一度も連絡を寄越さなかった次男が電話を掛けてきたのだ。一大事に違いないと、明海は飛び付いた。
「もしもし?和哉?なに?どうしたの?」
「あぁ。あのさ、思い出したんだ。」
「何を!」
「うん。俺、小さい頃、夏休みにじいさん家にしばらく居たとき、聞いたんだよ。」
「はぁ?それにどんな関係があるのよ?」
「じいさんと二人で、縁側で話したんだ。その時に。」
「何が言いたいわけ?」
「じいさんさ、人生で一度、大罪を犯したんだって。」
「たいざい?」
「ばあさん以外に、好きな人がいたらしいよ。」
あれだけの男だもの。不倫の一つや二つ、経験しているだろう。能天気な次男の声を聞き、明海の肩から力が抜けた。バレないようにため息をつく。
「その好きな人っていうのが子会社の社長の奥さんだったらしい。その当時、じいさんの会社って、中国地方に下請け沢山あったらしいじゃん?だから、岡山県にも何か関わりがあったんじゃないの?」
一瞬、明海の脳裏に昨日の夢が過った。
「ねぇ、和哉。……ちょっと調べてほしいんだけど。昭和四十年代に、社長が肺結核で亡くなって潰れた子会社があるかどうか……」
「そこだよ。確かガキの頃、『けっかく』って聞いたから。気になってさっき調べてみた。そこの潰れた子会社の社長の奥さんらしいよ。その奥さんも結局早くに死んだらしいけど。」
頭がズキンと痛んだ。
「ありがとう。分かった。」
通話を切る。体がよろめいた。あの夢は……。私に、何かを伝えようとしているのだろうか。