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伊山玄太のリアル(2)

 もはや誰も廣田先生に異議を述べようとしなかった。


 廣田先生の説明に納得し、自らの罪を受け入れた者もいたであろうし、そうでなく、単に今朝の出来事に憔悴しきってしまい、彼に反論する気力を失っていただけの者もいたであろう。もしかしたら、大半の生徒は目の前の非現実的な事態の推移について行けず、目を回してしまい、反抗どころではなかったのかもしれない。



 これから事態はさらに非現実的な方向に推移していった。


 ガシャン、と耳をつんざく嫌な音がした。


 廣田先生が花瓶の破片が入ったビニール袋を教卓の上に置いたのだ。奈津美を死に追いやった花瓶の残骸だ。


 「俺は今回の件を警察に通報はしない。警察ではこの事件を正しく裁けないからだ。警察はお前らのうちの何人かを逮捕して、その何人かの責任を追及して、それでおしまいだ。それは正しい裁きじゃない。それ以外のクラスメイトが責任を果たせない。」


 警察に通報しない、この言葉を聞いてホッとした者もいたかもしれない。


 しかし、その安堵も束の間だった。


 「だから、この事件はこのクラスで裁く」


 再び教室がざわついた。


 クラスで裁く、とはどういうことだろうか?学級裁判でもやるのだろうか?刑はどうなるのか?まさか便所掃除というわけでは済まされないだろう。


 皆が廣田先生の次の一言を待った。



 「今回の事件の凶器はこの粉々になった花瓶だ。幸いにも血はついてない。だが、今の科学捜査技術を考えれば、この花瓶の破片の一つ一つから、この花瓶が凶器に使われたことが分かるだろう。いいか。この花瓶で宮前を殺したのはお前ら全員だ」


 廣田先生は破片の入ったビニール袋を持ち上げた。


 「だから、お前ら全員にこの花瓶の破片を持ち帰ってもらう」


 ―なるほど。俺は妙に納得した。


 花瓶の破片を持っていることが警察に見つかれば、警察から疑われて追及されるかもしれない。でも、それが廣田先生の狙いなんだ。


 クラスメイト全員が責任を負わなければならないということは、クラスメイト全員が警察に捕まるリスクを負わなければならないということだ。警察に捕まることに怯えながら毎日を過ごすことによって責任を果たす。これが廣田先生の考えるクラス全体の贖罪だ。


 「見て分かる通り、花瓶の破片の大きさはバラバラだ。責任が重い奴から順に大きな破片を持ち帰れ。ただ見て見ぬふりをしていたに過ぎない奴は小さな破片で構わない。ただし、全員が持ち帰れ。クラス全員に責任があるからな。異論のある者はいるか?」



 誰の手も挙がらなかった。


 今考えると、この廣田先生の提案に異論を述べることは、少数のクラスメイトを警察に売ることを条件に自分は責任から逃れたい、と主張することに等しい。手を挙げられるはずがない。



 「で、誰がどの大きさの破片を持ち帰るかだが…」


 ここで大きく手が挙がった。手を挙げたのは、心ここにあらずという様子で、廣田先生の話を表情一つ変えることなく聞き続けていた美月だった。


 「私に一番大きなやつをください。私が一番悪いんです」


 廣田先生は他の生徒の反応を窺った。頷く素振りを見せた生徒が何人かいた。たしかにいじめを主導していたのは美月だし、奈津美が死ぬ間際に奈津美と揉めていたのも美月だった。


 廣田先生は美月の机の上に一番大きな花瓶の破片を置いた。花瓶の底の部分であり、コーヒーカップくらいの大きさがあった。美月はその破片を無表情で見つめていた。



 「よし、桧山が自己申告したことだし、持ち帰る破片の大きさは自己申告にしよう。教卓に袋をおくから、お前ら、破片を取りに来い。自分の責任に応じた大きさの破片を自分で判断して取れ」



 俺の責任の重さはどれくらいであろうか。


 俺は傍観者ではない。奈津美を直接的にいじめていた部類に入るのであろう。肉体的な暴力は振るったことはない。しかし、言葉の暴力は少なからずあった。ブス、ぶりっ子、豚野郎、ゴミ……


 それらの言葉をなんとなく奈津美に浴びせていた。なんとなく、他の友達もやっていたから。


 不思議なことに、そうした言葉を浴びせているうちに、奈津美がその言葉通りの女性に見えてきた。本当に醜く見えてきた。だから、徐々に罵詈雑言を吐くことに良心の呵責を感じなくなっていた。


 でも、俺のいじめは常に口だけだった。暴力を振るっていた奴らとか、奈津美の上履きを花壇に埋めていた奴らとかに比べれば、俺は幾分かマシなはずだ。でも―


 俺は奈津美の死に重大な寄与をしてしまったのかもしれないのだ。


 奈津美の死の引き金を引いたのは、俺かもしれないのだ。

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