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桧山美月のリアル(1)

 私は宮前奈津美の事が大嫌いだ。


 奈津美が視界に入るだけで虫唾が走る。彼女と同じ空気を吸っていると考えるだけでもう耐えられない。そんな私が彼女と同じ年に同じ国、同じ地域に生まれ、同じ中学校に通い、同じクラスで一緒に授業を受ける羽目になっているのは、一体何の仕打ちだろうか。


 思い返してみれば、初めて奈津美と会ったときから、なんかいけ好かない奴だと思っていた。



幸運にも彼女とは違う小学校に通っていたため、私が彼女と初めて会ったのは、今から 十か月前の中学校の入学式の日、式を終えてすぐに行われた最初のホームルームのときだった。


 私と奈津美の出席番号は連続していたので、彼女は私のすぐ後ろの席に座った。そもそもどうして私と彼女の出席番号は連続しているのか。これもどう考えても運が悪い。アイウエオ順で桧山と宮前の間に入る名字なんて無数に考えられる。なぜ私のクラスには、藤田君や星野さんはいないのであろうか。


 初めて奈津美を見たとき、入学したての中学生には到底見えなかった。他のクラスメイトよりも一回り背が高く、彫りの深い異国風の顔立ちをしていたことから大人っぽく見えたということもあるのだが、それ以上に横柄な態度が新入生のそれではなかった。


 おもむろに椅子に座った奈津美は、躊躇することなく私に話しかけてきた。


 「この教室に着くまでにバレー部とバスケ部と剣道部から勧誘を受けたんだけど。私が背が高いからだって。バレーとバスケは分かるんだけど、剣道も背が高い方が有利なの?」


 そのときの私は、入学初日で肩に力が入っていたこともあり、奈津美からの突然の問いかけに答えることができなかった。


 奈津美は私の方ではなく、黒板の方を見ながら続けた。


 「入学おめでとう、の字が汚い。担任は男だったけ?」


 「廣田実、って書いてある。男じゃないかな」


 私は、入学式のときに渡されたクラス分けの書かれた紙を見ながら答えたが、奈津美は私の答えなどどうでもよいと言わんばかりに、ふーんと鼻で返事をすると、今度は隣の席に座っていた男子に話しかけ始めた。


 初対面の相手にはまず名前を名乗るのが当然の礼儀ではなかったのではないだろうか。彼女は自分が名乗る事も無く、また私の名前を訊くこともなかった。しかも、ただ一方的に自分の話したい事だけを話し、用が済んだらそっぽを向いた。傲慢そのものではないか。



 それでも、最初の頃は奈津美と友達だった。いや、友達を演じていた。女子の社交界は建前を上手く使わないとやっていけないのだから仕方がない。


 友達ごっこをやっている間も、奈津美の傲慢で自意識過剰な態度は目に余った。言葉の節々から、自分可愛いでしょ、自分頭良いでしょ、というアピールが感じられた。


 校則を破って学校にこっそり薄い化粧をしてくることもあった。そのくせ、授業では先生に媚びて、積極的に手を挙げて発言するため、先生からの評判はおおむね良かったようである。


 奈津美が口を開くたび、私は愛想笑いをして相槌を打っていたが、心の奥底でははらわたが煮えくりかえっている、ということも稀ではなかった。それでも、一応建前は守り続けた。



 しかし、その建前を壊さずにいられない出来事が起こった。川崎愛未の件である。


 奈津美は愛未を裏切ったのだ。愛未は泣きながらその事件について私に告げた。


 友達を裏切るような奴は最低だ。友達ごっこを演じてあげる義理も無い。


 私は愛未の一番の親友として、奈津美に復讐を開始した。奈津美を恨んでいたのは私だけではなかった。クラスメイトの大半は、私の、そして愛未の味方についた。


 いじめではない。復讐だ。しかし、復讐はなるべくいじめそのものに近付けるようにして行った。なぜなら、奈津美に自分はいじめられているという認識を与えることが、彼女の高いプライドを挫き、彼女を深く傷つけるために有効だからだ。


 上履きを隠す、無視をするなどの古典的ないじめをあえて行った。こういう古典的ないじめの方が、奈津美にとって、自分がいじめられっ子だということが分かりやすい。


 今はSNSを使ったネットいじめというものが流行しているらしいが、そんな陰湿ないじめは、ノー天気な奈津美には通用しないと思っていたので、私はそういったいじめはしなかった。もっとも、クラスメイトの中には SNSに彼女の悪口を書き込んでいた者もいるらしい。



 復讐の効果はすぐに表れた。無神経なまでにおしゃべりだった奈津美が学校でほとんど話さなくなった。以前のように授業中に手を挙げて発言することもなくなった。休み時間も誰とも目を合わさず、自分の机でおとなしく本を読んでいる。


 その様子を見て、私は気味が良かった。愛未も喜んでいるように見えた。




 しかし、復讐はまだまだ完遂していない。


 というのも、奈津美の傲慢で自意識過剰な内面には何の変化もないからである。



 私とクラスメイト数人で奈津美の上履きを隠したときのことである。メンバーの一人の提案により、上履きは放課後に校庭の花壇に埋めた。


 翌朝、奈津美は戸惑う事も恥じる事もなく、来賓用のスリッパを履いて教室に現れた。


 「おい、お前、上履きどうしたんだよ」


 上履きを花壇に埋めることを提案した男子が、半笑いで奈津美に質問した。


 「なくした」


 冷たい声だった。上履きを隠した犯人はどうせお前だろ、と断罪するような響きだった。


 「ちゃんと探したのか?」


 「探さない。上履きは窮屈で嫌いだったの。スリッパの方が履き心地がいい」


 奈津美の興醒めな発言に、男子は半笑いをやめた。


 男子が黙ったので、今度は私が質問をした。


 「学校で上履きを履かないのは校則違反じゃないの?」


 「私、校則って読んだことないの。誰かこの学校の校則に詳しい人いる?他人の上履きを隠しちゃいけないって校則があるかどうか知らない?」


 私は奈津美の自分の立場をわきまえない発言に憤った。彼女は、自分がいじめられていて、私たちよりも弱い立場にいるということが分かっていないのだろうか。


 私は奈津美の方に駆け寄って、 Yシャツの襟に手を掛けた。


 「美月、ストップ」


 教室の入り口に一番近い席に座っていた女子の、ウィスパーな、しかし、はっきりと通る声が聞こえたので、私は手を離した。


 その次の瞬間、教室のドアがシャーっと開き、そこには担任の廣田先生が立っていた。


 私は鎮まらない怒りを抑えて、朝のホームルームのために自分の席に着いた。



 あくる日も、そのあくる日も、奈津美は学校で来賓用のスリッパを履いていた。


 不思議なことに、教員は誰も奈津美が上履きを履いていたことを注意しなかった。彼女が普段から先生に媚びてたからに違いない。彼女が特別扱いを受けているようで、私は不愉快だった。


 そこで、花壇を掘り起こして、泥まみれになった上履きを取り出し、奈津美の下駄箱に戻しておいた。しかし、彼女が上履きを履くことは二度となく、今に至るまで来賓用のスリッパを使用し続けていた。


 本当にイライラする。許せない。

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