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苦手な恋愛短編シリーズ

いけすかないあいつ

作者: 鳥越 暁

 また、「あいつ」に怒られた。全く癪に障る。同じアルバイトの立場なのに、たまたま私より長く勤務しているだけなのに、怒られた。そりゃ、私はちょっと鈍臭いのは分かっているけれど、今までの私の周りの人たちは、それを個性として認めてくれていた。


 なのに、「あいつ」ときたら

 「君は動作に無駄がある。その無駄をなくすようにするべきだ」

 なんて言ってくる。


 それができないから私なのだ。こんな風に一々、小言を言ってくるのだ。「あいつ」の言う事には一理ある……いや、一理ではなく正論なのだろう。それだけに癪なのだ。そりゃ、「あいつ」は少し格好良い、ううん、少しじゃない、イケメンだ。同じアルバイトの女の子達からも人気がある。そのイケメンの口から私に向けて発せられるのは小言だ。


 そんな私の心を反映するように、表では雪が降っている。窓の外から見える景色は雪国のように静かで、「しんしん」と雪が降り積もる。


 「ゆかりさん。君は帰った方がよくないかい? この分だと電車も止まってしまうかもしれないよ 」


 「あいつ」が言う。確かに「あいつ」の言う通りだ、内心で「困ったな」と思っていた。でも、人見知りの私は店長に言いだせなかった。私は「あいつ」の言葉に返答する事も出来ずに、ただ雪の様子を眺めていた。視界の端で、「あいつ」が店長となにやら話しているのが見える。


 「ゆかりさん、上がらせてもらったよ 」


 なんてやつだ。私の事を心配してくれているのではなかったのか。さっさと自分だけ上がるなんて! 私は悔しくて、精一杯、嫌な顔をして睨んでやった。「あいつ」は「きょとん」とした顔をして、小首を傾げた。


 「どうしたの? 帰りたくないのかい? 」


 帰りたいよ! あなたみたいに、上手く切り出せないのよ! 改めて「あいつ」を見ると、もう私服に着替えている。素早いっ!


 「はやく着替えてきなよ。帰りの方向が一緒だから、途中まで一緒に帰ろう 」


 「あいつ」はそう言って微笑んだ。えっ!? 私も上がれるの? 私の事も店長に言ってくれたの? 私は何て言っていいか分からずに、こくんと頷くと、そそくさと着替えに向かった。




 「あ、あの……。ありがとうございます 」


 私は、一応(・・)、お礼を言った。


 「ん!? 何が? 」


 と「あいつ」が不思議そうな顔をして、私の顔をじっとみる。不本意ながら見つめられて「どきどき」してしまった。


 「えっと。そ、その、上げてくれて。店長に言ってくれてありがとう 」


 「ああ、なんだ。僕も上げてもらうように頼む時に、言っただけだからさ 」


 そう言って、「あいつ」はまた微笑んだ。この笑顔に、その辺の女の子は騙されるに違いない。でも私は違うわ。私は騙されるもんか! 新人に事あるごとに小言を言うような、性格の悪いお前なんかに!


 私の心を知らずに「あいつ」は前を歩いて行く。歩道には既に雪が十センチくらい積もっている。反対側を歩いている人が滑って転んでいた。

 私は転んだ人を見て気が付いた。私の歩く道は、歩きやすい事を。そして、その理由にも気が付いた。


 私は、前を歩く「あいつ」の後を歩いている。「あいつ」は歩きやすい、滑りにくそうなルートを進んでいる。「あいつ」はトレッキングシューズのような靴を履いているので、普通に歩けそうなのに。

 私は気付いてしまった。「あいつ」は私が歩きやすいように導いてくれている事を。滑りやすそうな雪の塊をさりげなく脇に蹴飛ばしてくれたりもしている。


 悔しいけれど、私の中の「あいつ」の評価が少し上がってしまった。


 駅に着いて、少し遅れた電車に私たちは乗り込んだ。午後三時、電車内は普段よりも人が多かったけれど、二人とも座る事が出来た。


 「ゆかりさんは神木駅だよね? そこからは歩き? バス? 」

 隣りで「あいつ」が聞いてきた。神木駅はあと駅にして七つ、時間にして二十分くらいだ。そういえば「あいつ」の最寄り駅はどこなのだろうかとふと思った。でも、それを聞くと私が「あいつ」に興味を持っていると勘違いされるかもしれないから、聞かれた事だけ答えたのだった。


 「じ、自転車です 」


 「そう。自転車かぁ。この感じだと自転車は無理だね。今日は歩いて帰った方がいいよ 」


 そうだった。駅に着いてからの事は考えていなかった。「あいつ」の言う通りに自転車など置いて帰りたい。でも姉の自転車を無断で拝借してきたのだ。放っておいては姉に怒られる。


 「あ、姉の自転車なので……。乗れないかもしれないけれど、押して帰ります 」


 自転車を押して歩く我が身を想像して憂鬱になる。


 やがて私は駅を降りた。隣りには「あいつ」がいる。なんだ、同じ駅を利用していたとは知らなかった。


 「先輩はどっちですか? 」


 駅前の駐輪場で自転車を出しながら「あいつ」に聞いた。


 「ん!? 君は? 」


 「私はこっちです 」


 「ああ、同じ方向だね 」


 私と「あいつ」はご近所さんだったのか?

 「あいつ」は私の手から自転車を取り、自らが引いて歩き出す。


 「あかりさん。先に歩いて。家まで送るから 」


 またまた私の中の「あいつ」の評価が上がる。

 普段であれば歩いても十分ほどの距離の自宅まで、どんどん降り積もる雪のせいで、倍の二十分も掛かってしまった。「あいつ」の引く姉の自転車は、雪に車輪を取られて、いかにも重そうに見えた。



 「ここ? そっか。じゃあ、またバイトでね 」


 そう言って、冷え切って真っ赤になった手を振って「あいつ」は去っていった。今まで歩いてきた道を戻って行く。


 


 私は後で知った。「あいつ」の最寄り駅は神木駅ではない事を。


 やっぱり、「あいつ」はいけすかない! だって私の心を奪ったのだから!

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