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あ でい いん ざ あーばんらいふ・2

 もにゅもにゅとパンを食べながら、そっとコハルさんの方を見る。

 こうして落ち着いて見れば思う。

 もしかして、この人結構美人なんじゃあないだろうか。

 疑問系になる理由は簡単だ。

「っはぁ~、美味いッ! やっぱ人間、酒と食い物の為に生きるもんやな!」

 貪る、という表現ががっちりと当てはまる、乱雑・乱暴な食べっぷり。どんな美人でもこんなことしてたらちょっと、なんだか、ダメである。

 けれど、まあ。

 そこを除けば悪くない。

 彫りが深く、目鼻立ちがはっきりしているし、胸が大きいし。

 鼻梁がすっと通って綺麗な顔だし、胸が大きいし。

 うっすらと小麦色の肌は健康的だし、胸が大きいし。

 腕や首はか細いように見えてしっかりと筋肉が着いているし、胸が大きいし。

 そっと、擬音が出てきそうな程にそっと下を見る。

 テーブルが見える。テーブルと、パンを持つ自分の手と、食べ物が入ったバスケットが見える。

 実にすっきりした明瞭な視界だ。邪魔する物なんてなにもない。何もなすぎて視界が滲みそうになるが大丈夫、まだ戦える。

 自分が一体何と戦っているのか、どう戦えばいいのか分からないが、まあ、それはともかく。

 実際、これは良い機会だ。

 率直な話、ギルガメシュ達が言っていた「今後の働き」というのはどの程度積み立てれば認められるのだろう?

 効率の良い仕事だとか、観光名所だとか、そういう生きた情報は経験者ならではのものだ。

 聞いてみるとコハルさんは、

「小麦650リットルってトコやね。時間は……まあ、あんまりゲームゲーム言うのもなんやけど、ゲーム内で二年、リアルで三ヶ月くらいやんな。課金だと100ドル。高いと思うかどうかは人によりけり、と」

 三ヶ月と、一万円前後。

 判断の難しい数字だが、短くも安くもない。普通のゲームなら二本買って両方クリア出来るくらいだろう。

「まー、ウチとしては身分なんか買うんはお勧めせんなあ。そこは腕一本でのし上がってこそやで。結局、アウィールになんならもっと手間やし。あ、それよりユウやん、この辺のこと、どれくらい知っとん?」

 この辺、というのはどういうことだろうか。

 職業斡旋所の周辺か、街中か、それとも国全体のことか。

「あー、すまんすまん。この地域メソポタミアについてやね。時代とか地理とか気候とか。そこらが分からんと観光いうてもちょう、分からんでな」

 メソポタミア――世界史で少しやった、ような気がする。肥沃な三角地帯とか、バベルの塔とか、後は『目には目を歯には歯を』くらいだろうか。

「おー、ちょっとは勉強してんねやな。ま、そんなせんでもできるゲームやけど。一応程度に解説すんなら、メソポタミアってんはそもそも『二つの川に挟まれた土地』やんな。ここらは内陸で雨はあんま降らんけど、川が水と土を運んで来るから作物が育つんやな。麦なんか今のウチの国の3、4倍も取れる言うんやから大したもんや」

 思わず疑問符を浮かべた。ウチの国? そういえば、ドルと言っていたような。

「ん、ああ、ウチがおるんははダラス、テキサス州やね、アメリカの。ユウは?」

 少し驚いた。アメリカと日本では随分遠いし――コハルさんは日本語が変な方向に上手い。言ってみると、

「ちゃうちゃう、ウチ日本語あんま知らんで。hentaiとかtikanとか知ってんけどな。ウェルニッケ野って知らん? 脳ミソの、言葉を使う部分やねんけど。そこから情報を引っ張ってんで、翻訳もなんもいらんのやて」

 確かに、脳に直接情報を出し入れ出来るならそれが一番なんだろう。

 ……ちょっと、気持ち悪いような気もするが。

「で、や。見たと思うけど、あの塔。シュメール語でカ・ディンギル、アッカド語でバベル言うて、ここの神殿や。コレの開始当初にはアレを建設するのが一つの目標だったんやけど、ウチは詳しい所を知らん。自由市民にならんと立ち入りできへんから気ぃつけてな」

 遠くまで歩いて行ってみて門前払いじゃ、正にくたびれもうけだ。ラストダンジョンくらいの気分で、楽しみに取っておくのが良いかも知れない。

「で、同害復讐やんな。その辺、ゲームとしては特に採用してへんけど――ギルやんの隣に居る黒髪、アレなんちゅう人やと思う?」

 黒髪というと、副官の人だ。

 少し考えたが、この流れなら間違い無い。

「そ、アレがハムラビやな。なんちゅうか……いい加減な話やけども」

 いい加減、なんだろうか? 古い時代の話だし、見た目などは分からないと思うのだけれども、

「ちゃうちゃう。ギルは紀元前二千六百年だかの王さんで、ハムラビはその五百年くらい後の王さんや。で、カ・ディンギルが建ったのは紀元前六百年くらい。要するに、時代考証が無茶苦茶なんよ」

 つまり――江戸と鎌倉がごっちゃな所に東京タワーが建っている、とかそんな感じなのだろうか。

 昔のコトだから一緒くたになってしまうにしろ、確かに変な話だ。

 最も、コハルさんはにやにやしていて、どうもこれはお気に入りのツッコミ所と言った様子だが。

「んで。肝心の観光やねんけど、丁度良い場所があるねん。空中庭園言うたら、少しは聞いたこともあるんちゃう?」

 ない。いや、あるような気もするけれど、この辺りの話かどうかは全然知らない。むしろ別のゲームで聞いた様な気がする。

 コハルさんが大げさに肩をすくめた。ああ、この辺りは確かにアメリカ人らしい。

「じゃ、折角や。あそこで出来る仕事を受けて行こうやない。動きのコツとかは追々、行きがてらにでも話すんでね」

 言うが早いか、コハルさんはさっさと立ち上がり窓口に行く。今の今ビールを呑んでたとは思えない足取りだ。そういう設定なのかも知れないけれど。ゲーム的に。

 少し考えて、こちらも窓口に行くことにした。

 その前に一粒、ナツメヤシを口に運ぶ。

 物凄く甘い。酸味を抜いた干しぶどうというか、しっとりした干し柿というか、複雑で重厚な甘さだ。

 なるほど。こういうのを食べて生活出来ていたっていうのなら、当時のバビロニアというのは良い所だったんだろう。なんて、思ってみる。

※脚注:コハルさんの言葉は関西弁っぽいですが関西弁じゃありません。テキサス方言をそれっぽく翻訳した結果、というような理解でよろしくお願いします。

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