あ でい いん ざ あーばんらいふ
人生において最も大事なものと言ったら何だろう?
愛とか勇気とか家族とか、そういうのはまあ、確かに大事だ。
けれど、と思う。
それよりどれより何よりも。まずはこれがなきゃ始まらない。
ぎゅるぎょると、物凄い音でお腹が鳴った。
……ホントの自分はこんな音を出さないと信じたい。
とにもかくにもまずはご飯だ。どんな人間だって飲まず食わずでは生きられない。他の事は全部そこから先にある。
そこまで分かっていれば、今やるべきことは一つだ。
「何処の世界に意気揚々と去っていった次の瞬間戻ってくる人が居ますか」
再び城内である。陽射しがないお陰で空気は冷たく、心なしか副官の視線も絶対零度。まあ、気のせいの範疇だろう。
目一杯の笑顔で自分を、そして足下を指すと、副官の視線がより一層冷たくなって限界突破した気がするが、多分絶対気のせいだ。
「はっはっは、まあどんな英雄も空腹には勝てんものだ。素直にそれを言える性格は財産であろう。ほれ、さっさとせい。小さな武勲とは言え、功労者に与えたのがワルドゥの身分だけとあってはこのギルガメシュ、王としての鼎の軽重が問われかねん」
要するに、面子の問題なんだろうか? 何にしても、貰えるというのなら有り難い。
後ろに下がった副官は一分と経たずに戻って来て、一抱えもあるバスケットを持ってきた。
「報奨として食料を要求した兵は私の知る限り初めてですが……まあ、これくらいならどうぞ、好きに持って行って下さい」
受け取ると、中々どうしてずしりと重い。
茶色いパンと白いパンが二本ずつ、乾パンが一掴みにビンが二本、乾いた肉が何枚か、ブドウとイチジクと何か見たことのない果物が山盛りだ。
余程おかしな顔をしていたのか、それとも単に話したがりなのか。
ともかく、副官は一つ溜息を吐いて、
「パンは大麦とスペルト小麦の物です。四日くらいは保つでしょう。乾パンは戦闘糧食と同じで、濡らさなければ一月保ちます。これはワインで、こちらは大麦のビール。子羊とキジバトとアヒルの干し肉は当分平気です。ブドウとイチジクは今日中に、ナツメヤシは明日の夜くらいまでには食べておいた方が良いでしょう。……言っておきますが、どれも神饌に出来る程の逸品なのですからね」
賞味期限。言われて見れば確かにそうだ、腐った食べ物は色々と不味い。
お礼を言って、今度こそ職業斡旋所を目指すことにする。
去り際に、
「いつか少年が地位を得たら、酒宴にて見えようぞ!」
などとギルガメシュが言うので、振り向いてもう一度礼をする。
副官は何やら批難めいた目をギルガメシュに向けていたが、まあ、流石にもう関係の無い話だ。
外に一歩出て、速攻でパンに齧り付く。とりあえず、柔らかそうな白い奴。
噛んでみると実際、蕩けるようにふわふわだ。食べ応えはあまりないが、ジャムなんかつけたら良いんじゃないだろうか。
あまりお腹には溜まらないような気はするが、食べながら歩くには丁度良い。
しっかり食べるのはしっかり腰を落ち着けてから。
石段を下ってすぐの所。軽く見回してみれば、はす向かいの所に“職業斡旋所”と看板があった。
何とも分かり易くて結構なことだ。
座れる場所もあるかも知れないし、さっさと行こう。
と、道路を七割ほど横断したところで。
ぐにゅり、と柔らかいものを踏んだ。
籠を抱えていた所為で足下不如意だったらしい。いやーな予感と共に籠を横にして見ると、
「だ、誰か……」
案の定、人がいた。長い銀髪の……多分、女子。身なりはやや薄汚れている気もするが、まあ普通の範疇だろう。それよりもこんな漫画みたいな倒れ方をする人を初めて見た。がに股で両手上げなんて、ちょっと余りにも無様過ぎる。
少し考えて、思わずスルーしそうになったが、それは流石に人の道を外れる気がした。
やや投げやりに大丈夫か聞いてみると、
「食べ物……plz……」
行き倒れ寸前らしい。まあ、空腹の辛さは分からないでもないけれど。
そんな風に考えていたのがいけなかった。
彼女はぬらりと手を持ち上げて、こちらの足首をしっかり掴む。
流石にこれを振り払って行ける程の度胸やらなんやらは無いので、素直に乾パンを一枚引っ張り出す。
こちらがどうぞ、と言い終えるよりも先に、彼女は乾パンをかっ攫い、あっという間に食べきった。
それで少しは元気が出たのか、彼女は立ち上がって服に付いた土を払う。
「やー、ほんまおおきにカッコエエおにーさん。危うく飢え死にするところやったわー」
飢え死に。五本の指に入るレベルで嫌な死に方だ。
というか、その危険があるなら一体どうしてこうなったのか。
聞けば彼女はからからと笑い、
「いんやー、あそこで3-2が来ればこんな事にはならんかってん。まさか3-4なんてなあ……」
よく分からないがギャンブルなのは理解した。ホントに助けて良かったんだろうか、この人。
「お、アンタ初心者? よしよし、乾パンのお礼や、いっちょ熟練者たる、このコハルミータさんがここの心得っちゅー奴を教えちゃるとしよう。何遠慮なんていらんて、な。そんかわりその……ビールを……」
思わず籠をずずいと遠ざける。
ギャンブラーで、酒好き。
しかも一文無しになるまでスると来た。熟練者と言って良いんだろうか、この人。
というか仮に熟練者だとしてもその熟練の仕方は見習うべきじゃないような。
「……いや! いやいや! ウチ、マジで熟練者やで?! ほら、ほら、国民証! この通りムシュケーヌや! ちゃんとやっててん!」
ずずいと差し出された国民証は、確かにムシュケーヌ――自由民、とある。
また少し悩んだが、最終的には決めた。
つまり、話くらいは聞いて見よう。
これを一つの旅行と考えれば、そういうのもまた楽しみの一つだろうし。
平たく言えば半信半疑というか、一信九擬くらいの感覚である。
オブラートどころかクレープに包むくらいの感覚でそれを伝えると、彼女、コハルミータさん……ええい長い、コハルさんは満面の笑みで背中をバンバン叩いてくる。何だろうかこの大阪のおばちゃんみたいなノリは。ちょっと疲れる。
「っしゃあ、そんじゃあいっちょ、仕事やらなんやらの受け方をな! 後は競竜場の位置をな!」
後者はいらん。
「……後、その前にビールを……」
そろそろと伸ばされる手をぴしりと叩き、嘆息して歩みを進める。
楽しくなれば良いんだけどなあ、と思いつつ、ブドウを一粒口に放り込む。
まあ、美味しいものがあるのは良いことだ。
食事は大事だよーってことです。