招かれざる客
「ノイン様、実は先ほどお客様が来られたのですが……」
帝都の中心に位置するレンド城の近くに設置され、大きいとは言えないながらも、周囲の建物と比べ一際洗練された造形の建築物。それがこの国の皇太子に用意された執務用の離宮である。
先日、リアルトよりフィラメントの工作員の存在が明かされ、この国の軍事と治安を統括するノインは、一向に犯人像がつかめないことに焦りを感じていた。そんな矢先に、予定にない突然の訪問者の来訪である。彼はその報告に対し、不機嫌な表情を隠さずにはいられなかった。
「客? 今日は誰かと面談する予定など無かったはずだが」
「それが突然来られたお客様でして……その……イスターツと名乗っておられるお方なのですが」
彼の副官として側に使えるメデックは、皇太子の不機嫌を目にして、恐る恐ると言った形で言葉を口にする。
一方、その追加報告を受けたノインは、脳内の人名リストを急速にめくっていくと、赤字で書き込まれた人物名へとたどり着き、驚きとともに目を見開いた。
「イスターツだと……まさか、あのユイ・イスターツか!」
「おそらくは……」
メデックの返答を耳にしたノインは、わずかに考え込む素振りを見せる。
ユイ・イスターツ。彼はその存在をパーティーの際に遠目で目にしたことしか無いが、主に軍政務を地盤として身を置く彼は、先年の戦いのこともありユイ・イスターツを嫌っていた。
しかし感情だけで判断するほど愚かなことはないと自らに言い聞かせると、先日皇帝である父リアルトがユイについて言及していた内容を思い出し、ノインは一つの決断を下す。
「いいだろう。クラリスの英雄殿と会おうじゃないか。ここに連れて来たまえ」
額にしわを寄せながらノインがその言葉が発した瞬間、ユイのことを嫌っていると考えていたメデックは一瞬だけ意外そうな表情を浮かべる。しかし、職務に忠実な彼はすぐにノインの指示を反芻すると、その命令に従うため、急ぎ部屋から退室していった。
「初めまして、ノイン殿下。クラリス外交大使のユイ・イスターツと申します」
ノインの執務室へと通されたユイは、立場に似合わぬ非常に簡素な部屋の造りに意外そうな表情を見せつつも、そのまま前へと進み出て頭を下げる。
「御勇名はかねがね耳にしている、楽にしてくれたまえ。さて、それでお忙しい中わざわざ私の所まで本日足を運ばれたのは、一体どのような理由によるものかな?」
「いや、この国の実質を取り仕切っておられるという殿下に、クラリスの大使として一度ご挨拶させて頂きたいと思った次第でして」
執務席の向かいにあるほとんど飾り気のない椅子を勧められたユイは、それに腰掛けると共に、笑みを浮かべながら見え見えの建前を口にする。
「ほう。あのユイ・イスターツ殿が、挨拶のためだけにわざわざ私の下まで足を運ばれるとは……これは恐縮の限りですな。しかし私も忙しい身でしてね。本日の面談は予定にはありませんでしたので、あまりお時間を取ることが出来かねるのです。申し訳ないのですが、特に差し迫っての御用がないようでしたら、また後日にご連絡頂いた上だとありがたいのですが」
クラリスの外交大使としての正装をしているにも関わらず、どことなくだらしな気で軍人らしからぬ風貌。そんなユイの姿を目の当りにして、本能的な嫌悪感を覚えたノインは、真の来訪目的をはっきりさせるために嫌がらせの意味も含めた揺さぶりを掛ける。
ノインとしては突然自分に会いに来た時点で、ユイが単純に挨拶の為だけに来たという可能性を思考から消去していた。なぜならば、目の前の男は外交大使という役職を担っており、本当に挨拶を目的とするなら、当然のことながら先立っての連絡程度はあるのが儀礼上当然だからである。
そして彼のユイに対する内心の感情と矛盾するようではあるが、彼の軍がただの礼儀知らずに壊滅させられたとも思いたくない心境も、そんな彼の考えを後押ししていた。
それ故にこのタイミングでの来訪は、皇太子である自分に対して何らかの交渉を行うつもりなのだと、ノインは考えていた。だからこそ、彼はこの後に始まるであろう交渉において自らの優位性を得る為、その主導権を握りにかかったのである。
一方、そんなノインの言動を受けたユイはというと、ノインの想定とまったく異なる行動をとった。ユイは皇太子たる彼に向って慌てて話を聞くよう求めるのではなく、あっさりとそのまま席を立ち、部屋を出ていこうとしたのである。
「そうですか、それは残念です。実は先日の件の実行犯が絞れましたので、挨拶のついでにそのことについて少しお話しできたらと思っていたのですが……では、機会を改めさせていただきます」
そう言葉を残して、ユイは部屋の扉に手をかける。そして何の躊躇もなく彼が扉を開けて片足を廊下へと踏み出すと、ノインは苦虫を噛み潰した表情となり、やむを得ずユイの背中へと声を掛けた。
「少し待って貰えるかな。今、実行犯が絞れたと貴公は言われたのか? ……それは先日の陛下と貴公に対する暗殺未遂事件の件についてのことでよろしいかな?」
「ええ、その通りですが、それが何か?」
ユイはゆっくりと時間をとって振り返ると、その動きとは対照的にあっさりした返答を行う。
一方、そのユイの反応に対し、ノインは下唇を軽く噛むと、自身の旗色が悪い事をここに認めた。
「イスターツ殿……この後の予定をキャンセルさせて頂きますので、少しその件についてお話頂けませんか?」
「あれ? 殿下はお忙しいと言われておりましたが、本当に私などの話を聞いて頂けるのですか」
人の悪い笑みを浮かべながら、ユイは視線をノインへと向けつつ頭を掻く。
そんなユイの仕草を目にしたノインは、もう我慢が出来ないとばかりに言葉からも表情からも飾りを取り外すと、そのままユイに向かって素の言葉を発する。
「……いい加減、化かし合いや駆け引きは止めにしないか、イスターツ。どうせ、おまえも本気で帰る気なんてないんだろ?」
「ははは、その通りです。うん、やはり交渉ごとはシンプルが一番ですね。相手のことを探りながら話すのは、どうも私の趣味じゃない」
ユイは苦笑いを浮かべながら再び部屋の中央へと戻ると、先ほどまで掛けていた椅子に腰掛けて足を組む。
「いいだろう。ここからは対等な会話だ。貴様も別に使いたくなければ敬語など使わず、俺のこともノインと呼べばいい。それで、フィラメントの犯人が分かったというのは本当か?」
「ええ。犯人はフィラメントのミラホフに連なるものですよ」
これまでのお互いを探りあうかの様な会話が嘘のように、ユイはシンプルに回答を返す。
しかし、その答えを受けたノインは、ミラホフという単語を耳にして、わずかに言葉を詰まらせた。
「ミラホフ……だと。魔法公国の中でも三本の指に入る魔法公国の本流ではないか」
「もちろん直接犯行に及んだのは、ミラホフにとっては使い走り程度の者かもしれません。ですが、少なくともかの魔法学校で魔法を習ったものではあることは間違いないと思いますよ」
「本当なのか? 敢えて聞くが、仮にそれが真実だとして、どうしてそれが貴様にわかったのだ?」
軍と治安維持部を配下に納めるノインは調査を開始するも、未だ全く成果が上がっていない。しかしながら、他国の者であるユイがあっさりと犯人に行き着いたことに、驚きと悔しさをないまぜにした表情でそう問いかける。
「帝国の諜報部もそろそろ私の能力を調べ上げているんじゃないですか。それに先日、リアルト陛下もあの場におられましたからね。じっと私の方を見ておられたのは知っておりますよ。そう、だからすでにだいたいの予想がついている頃だと思うのですがね」
「……魔法改変能力か」
頭を掻きながら人を食ったような笑みを見せるユイに対し、諜報部からの報告書にその可能性が記載されているも、ノインとしては信じきることができなかったその能力名を口にする。
「ご名答……ふふ、さすがに帝国と言うべきでしょうか」
「ふん、好きに言えばいい……それで、そこまでわかっているのなら、今回はどうして私の所にきたのだ? 貴様は我が父との仲がよいと聞くし、別に父の所に報告しても良かっただろう。というより、別にわざわざ帝国に報告する義務さえ貴様にはないと思うが」
その真意を探るよう睨みつけながら、ノインはユイへとそう問いかける。
一方、その問いかけに対し、ユイは両手を左右に開きながら首を左右へと振った。
「確かにその通りですが、貴方を選んだのには当然理由がありますし、もちろん帝国に伝えたことにも意味はありますよ」
「ほう……もし良ければ、その理由とやらを聞かせて貰えるかな?」
完全に主導権をユイに握られたことを自覚し、わずかな苛立ちを抱えつつも、ノインは意識して自らの心を落ち着かせつつそう問いかける。
「ええ、構いませんよ。まず貴方を選んだのは、たぶん帝国の権力者の中で最も私と気心が合いそうだと思ったことが何よりの理由です」
「……なぜそう思う。この際、正直に言うが、俺は貴様が嫌いだ」
自分の気持ちと全く正反対のことをユイが口にしたために、目の前の男が大使であるという事も忘れ、ノインは正直な心境を吐露する。
しかし嫌いだと直接言われたユイは、あまり気にする風もなく、頭を掻きながら苦笑いを浮かべた。
「そりゃあ、そうでしょう。貴方は軍部を取り仕切る立場だ。私を嫌いになれども、好きになる理由など何一つ無い」
「ならば……なぜ?」
「そう言う貴方だからですよ。正直に私を嫌いだと口にされる貴方だからこそ、私は話を持ってきたのです。貴方は皇族であるが、その思想や考え方は軍人に非常に近いと聞きます。つまり言うならば非常にシンプルな方だ。だからこそ、私は貴方ならば、今回の件を正直に伝えれば協力してくださると考えたのです。同じ軍人としてね」
ユイは苦笑いを浮かべたまま、自分とノインとの共通点を強調する。
すると、その言葉を耳にしたノインは、その軍人という言葉に思うところがあったのか、先ほどまでの険のあった表情をわずかに緩めた。
「……おもしろい見方だな。しかしこの私に対して、お前みたいなふてぶてしい発言と態度を見せる奴は初めてだ」
「はは、殿下が対等な会話と言ってくださったので、お言葉に甘えさせて頂いているだけです。やはり、もう少し歯に衣を着させて頂いた方がいいですか?」
頭を掻きながらユイがそう口にすると、この会談中に初めてノインは笑みを浮かべ、やや柔らかい口調で言葉を発する。
「かまわんさ、イスターツ。貴様も私と同じ軍人ならば、それが無駄だということがわかっているだろ。さて、ならば私を選んだというのは良いとしてだ。帝国の人間に調査結果を伝えようとすることにも理由があると言ったが、それは一体なんなのだ?」
「それは単純ですよ。今度行われる戦いにおいて、帝国に有利に戦って欲しいからです」
ノインの問いかけに対し、ユイは反射的とも言える早さで、極めて簡潔に彼へと回答する。
「……それは一体どういう意味だ?」
「そうですね……先ほども言ったように、今回はフィラメントのミラホフに連なるものが、その引き金を引いたわけです。それでは現在、帝国内に彼らの息のかかった者が、どれほどいると思われますか?」
突然、話の内容を転じて放たれたユイの問いかけに対し、全くミラホフ系の魔法士をマークしていなかったノインは、想像することさえ出来ずに言葉を詰まらせる。
「そ、それは……」
「現在の帝国内の高官に十三名」
「な、なんだと!」
想定していないほどの数の多さに、ノインは思わず眉を吊り上げてながら驚きを発すると、ユイは一度頷いた後にそのまま言葉を続ける。
「そして最高位の者は治安維持部の部長であるゼリアム将軍補。そうだろ、クレハ」
「ええ、その通りよ」
急に後背へと振り返ってユイがそう言葉を発すると、いつのまにこの空間に進入したのか、メイド服に身を包んだクレハが以前からそこにいたかのようにそっとその場に立っていた。
「なっ! き、貴様いつからそこにいた?」
「つい先ほどからですよ。あなたが隣室に兵士を伏せておられるのと同様、この私を警護してくれている者です」
「まさか易々とこの部屋への進入を許すとはな……」
いくら予定外の客を通すという不測の出来事があったとは言え、自らの執務室に簡単に忍び込まれたことを知り、ノインは怒りを口にする。
「まあ、それは今は置いておくとしてですね……クレハ、連中の尻尾はつかめたかい?」
「ええ、貴方の睨んだ通りだったわ。ゼリアムの部下になる治安維持部。そこに所属する連中は尽くフィラメントとの繋がりが疑われる者達ばかりね」
クレハの口にした内容に、目を見開いたノインは、そのまま慌てて口を開きかける。
しかし彼が言葉を発するより早く、ユイがさらにその会話を前へと進めた。
「やはり出元はそこか……」
「ええ、彼は完全に黒ね。今回の執事に化けた男も、彼の手引きで会場内に侵入していたわ。これが彼がでっち上げた書類で、そしてこちらが彼に手元で握りつぶされた皇太子殿下への報告書よ」
完全に予期していなかった自分の部下の名前が挙げられると、ノインはそれ以上言葉を発することさえ出来ず、両目を見開いたまま硬直した。
そんな彼の動揺を目にしたクレハは、ノインを一瞥だけすると、自らの発言の根拠を提示するために、皇太子に向かって書類の束を放り投げる。
「こ、こんな……まさかゼリアムが」
その十数枚に渡る書類の束を一気に目を通したノインは、書類を机の上に置き、両手で頭を抱え沈黙した。
ゼリアムは元々帝国貴族ではないにもかかわらず、努力によって治安部の部長職にまで上りつめたと言われる、庶民の立身出世のモデルケースである。
しかしそんな努力の人というイメージとは裏腹に、クレハの調査書類には、彼の出世街道は賄賂と脅迫と要人失踪という汚れた手段によってその道を歩いてきたことが記載されていた。そして、当然のことながら彼一人でそのような工作を行うことなどは出来ず、その書類の最後には彼の長年の活動を支えたスポンサーの名前、つまりフィラメントのミラホフ家の名前が記されてあった。
「……殿下。その資料をお読みになったところで、私からちょっとしたお話があるのですが?」
「これ以上、まだ何か有るというのか……」
予想外の衝撃であったためか、なかなかノインは頭を抱えたまま顔を起こすことができなかった。それ故、ユイは目の前のうなだれた皇太子に向かい、少し間を置いた後にそのまま話しかける。
「いや、別に大した話ではないのですが……実はたしか来月予定されている貴方の誕生パーティーですがね、どうもその食料品の納入を委託されている業者が提出した書類に多数の不備があるようです。それでですね、よくよく調べてみれば、それらもゼリアム将軍補により選定された業者のようなのですよ」
「な、なんだと! それは本当か。ということは、奴が次に狙っているのは……」
ゼリアムの名前を耳にするなり、ノインは自らが次のターゲットであると感づき、途端に表情を強ばらせる。
そんなノインの反応を目にしたユイは、そろそろ頃合いだとばかりに穏和な笑みを浮かべると、優しい口調で彼へと語りかけた。
「さて、殿下。そこで私から一つ提案とお願いがあるのですが……もしよければ少しお聞き頂けますでしょうか?」






