怪しい仲
「なぁ、兄貴。今日も隊長は部屋に引きこもりですかね?」
ユイ達がこのレムリアックに到着してから、はや十日。クレイリーとカインスはそれぞれに割り当てられた仕事を淡々とこなしていた。
そして彼らの上司であるユイは、彼らしくもなく朝にたまに姿を見せることもある。しかし昼以降、正確には毎日セシルが部屋を訪問した以降の時間は、部屋から出てくる姿を全く見かけなかった。
「ああ、またか……やっぱりサボっているんじゃねえだろうな」
「部屋でいつも一体何してるんでしょうね?」
「さあな。旦那に限ってはと思うが……セシル六位は美人だからなぁ」
クレイリーが頭を数回撫でつけながらそんなことを口にすると、カインスはやや戸惑った表情を浮かべる。
「ええ、まさか……でも、隊長だって男ですから、いや、でも……」
「なあ、試しにちょっと覗きに行って見ないか? 別に部屋に入るなと言われたわけじゃねえんだし」
クレイリーはやや下世話な想像を膨らませると、仲間を誘うようにカインスを勧誘する。
「ですけど、この時間はオイラ達二人とも、仕事をいつも出されているわけでしょう。こりゃあ、立ち寄るなってことを意味しているんだと思うんですが……」
「だからこそ、この時間の旦那たちの姿を見てえんじゃねえか。わかんねえかな?」
「いや、わかりますけどね」
カインスは困った表情を浮かべながら、一応クレイリーの発言に相槌を打つ。すると、クレイリーはちょっと視線を逸らして口を開いた。
「そうか。お前が行きたくないっていうんだったら、俺が一人で行ってくるぞ」
「待って下さいよ。オイラも行きますって」
「なんだ、やっぱりお前も見たいんじゃねぇか」
共犯ができて嬉しかったのか、カインスの返事を耳にするなり、クレイリーはやや下卑た笑みを浮かべる。
「でも、中に入ってですね、見てはいけないものを見てしまったらどうします?」
「そん時はだ……そりゃあ、すぐに王都に早馬を走らせるさ。旦那にも春が来たってな」
あの上司あってこの腹心あり。そんな言葉が脳裏をよぎったカインスは、大きな溜め息を吐くと首を左右に振る。
「……さすが兄貴ですね。こういう事をさせたらやっぱり鬼です」
「へへ、そんなに褒めるなよ」
「いや、全く褒めてないんですけどね……」
カインスの弱ったような発言を耳にしながら、クレイリーは満面の笑みを浮かべると、そのまま足取り軽くユイの執務室へ向かう。
途中で、最近彼らの部下となった者達と何人かすれ違い、簡単な挨拶を済ましながら、二人はあっという間にユイの部屋の前に到着した。
「じゃあ、お前がノックしろよ」
「待ってくださいよ、積極的に入りたがったのは兄貴じゃないですか。ここは兄貴がするべきでしょう」
「ばぁか。もし何かあったら、ドアを開けた奴は逃げれねえじゃねえか」
クレイリーが心外だと言いたげな表情でそう口にすると、カインスは呆れたように首を左右に振り、抗議の声をあげる。
「やっぱりオイラを見捨てて逃げるつもりだったんですね。この薄情者!」
「おい、あんまりうるさい声を出すな。中にバレちまうじゃないか。じゃあ、仕方ねえから二人同時に中に入ろう。幸いにも、旦那に報告するための資料が、ちょうど手元にあるしな」
クレイリーはレムリアックでの納税関係の調査報告書をカインスに見せつける。するとカインスは、そのあまりのタイミングの良さに、クレイリーに向かって疑念を抱く。
「それ、わざと昨日出さなかったんでしょ。違いますか?」
「へへ、でも期日は明日までのやつだ。別に今日渡そうとも構わねえだろ。とにかくだ、これを見せびらかすようにして、一気に中に入るぜ」
クレイリーはそう口にすると覚悟を決め、ノックするなり返事を待たずにカインスを引っ張り中へ入りこむ。
「旦那、頼まれていた仕事ができやしたぜ……って、だ、旦那!」
好奇心で一杯であったクレイリーの表情は、部屋の中に入るなり一瞬で凍りついた。彼の目の前では、ユイが荒い呼吸で胸を抑えながらセシルに膝枕をされつつソファーに横たわっていたのである。
「あ、ああ、クレイリーか。はは、早かったな。ちょっと待ってくれ、今起きる」
「ダメよ、ユイ君。まだ無理しちゃ」
急に起き上がろうとするユイに向かって、セシルは慌てて彼を押し留めようとする。しかし、ユイの動きの方が早く、セシルの手は空を切った。
「大丈夫だって、よっと……あれ?」
ソファーから身を起こして立ち上がったユイは、急にバランスを崩すと前のめりに転倒した。
「旦那!」
転倒したユイに向かって慌ててクレイリー達は駆けつける。
しかしユイは片手を前に突き出して、焦る彼らを静止させる。そして片膝をつきながらゆっくりと身体を起こすと、ソファーへとその身を移した。
「はは、大丈夫さ。ちょっとだけ疲れが残っていてね」
「本当に大丈夫ですか、隊長?」
カインスは心配そうな瞳でユイを見つめる。すると、ユイはカッコ悪いところを見せたとばかりに苦笑いを浮かべながら、ゆっくりと呼吸を整えた。
「ああ、心配させたね。私は大丈夫さ。それより君たちに任せている仕事の方はどうなっているんだい?」
「え、ええ。一応、これがレムリアックの納税関係のまとめになりやす」
突然、仕事の話を振られたクレイリーはわずかに戸惑うような表情を浮かべたが、この時のために手に持っていた資料をユイへと渡す。
「ふむ……なるほどね。まぁ、こんなところか。それで、カインスの方も順調かい?」
「はい。ここの兵士たちは少し気性が穏やかすぎますが、素直でいい奴ばかりです」
ユイからの問いかけに、カインスは大きく一度頷き返事を返した。
「……そうか。だとしたら、そろそろ動くことにしようかな」
「ダメよ、ユイ君。せめて体の状態が戻ってからにして」
ユイの発言を耳にしたセシルは、すぐに彼に向かって自重を促す。ユイは彼女の気持ちを理解して、僅かに困ったような表情を浮かべるも首を左右に振った。
「ありがとう、セシル。でもさ、あまり悠長にしていられないのさ。なんせ彼らのこともあるからね」
そう口にしたユイは、セシルに伝えるかのように、目の前の二人に向かって順番に視線に動かす。
「あっしらが、どうかしやしたか?」
「いや、別に大したことじゃない。それよりもクレイリー、僕の住処のことなんだが、流石にこの市庁舎に住むのも飽きてしまってね。そろそろちゃんとしたところに引っ越したいんだが、手配をお願いできるかな」
突然話題を切り替えたユイに対し、訝しげな表情を浮かべるも、クレイリーはすぐさま返事を返す。
「はぁ、それはかまいやせんが……何処か住む当てでもあるんで?」
「ロマオウリ地区に家を手配してくれ。大きさはどんなものでもいいから。あと新築じゃなく、適当な空き家を見繕ってくれればいい」
レムリアックでも比較的国境に近い南部地域の名前をユイが口にすると、クレイリーはわずかに考えるそぶりを見せた。
「ロマオウリ地区でやすね……って、旦那! 本当にあっしの資料をちゃんと見やしたか?」
「ああ。君が一昨日提出してくれたルゲリル病の発生地域は、先日読ませてもらった。だからこそ、ロマオウリ地区に住もうと思ってね」
一昨日に提出されていたルゲリル病の発生数をまとめた地図を、ユイはその脳裏に浮かべる。その中で、他地域に比べ圧倒的にルゲリル病の発症者の多い地域が、ユイが口にしたロマオウリ地区であった。
「旦那のことですから、何か考えがあってのことと思いやすが……でも止めてくだせえ。はっきり言って、未感染者があそこに住むなんて自殺行為でやすよ」
「そうかもしれないね。でも、いや、だからこそあそこに住むんだよ。あとカインスは王都に連絡してくれ。例の準備が予想より早く必要になりそうだってね」
「連絡は構いません。ですが……」
急に話を向けられたカインスは戸惑いの表情を見せる。
すると、ユイは疲労の残る顔ながらも、カインスに向かって精一杯の笑みを浮かべた。
「大丈夫だって、私なりに考えがある。それにだ、君たちが王都に有ること無いこと好き勝手に吹聴することより、私の連絡を優先してもらいたいってのは無理なお願いなのかな?」
「えっ……まさか外の会話を聞いていらしたんですか」
突然、ユイから放り込まれた爆弾に、カインスは思わず動揺して身じろぎする。
「そりゃあ、部屋の前であんな大声で騒いでいたら嫌でも聞こえるさ。というか、このボロボロの建物のどこに壁の薄くない部屋があるというんだい?」
「いや、それはですね、その、あの、事情がですね、ありやしてーー」
必死に脳内で言い訳を考えながら、時間稼ぎするように途切れ途切れ言葉を発するクレイリーに対し、ユイは首を左右に振って笑いかける。
「あ、いいよいいよ。気にしていないから。それよりも、さっき言ったことを少しでも早く進めたいんでね、できれば二人とも今すぐに動いてくれるかな。私のことを覗きに来れる程度には、君たち暇なんだろう?」
ユイのその笑顔を目にした二人は、困った表情で顔を見合わせる。そして彼等は受け入れ難いユイの指示を、目を伏せながら承諾することとなった。






