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やる気なし英雄譚  作者: 津田彷徨
第5章 レムリアック編

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セシル・フロンターレ

 呆然と立ちつくしているセシルに対し、ユイは困った表情を浮かべながら頭を掻くと、彼女に向かって口を開く。


「えっと、あれ? まだ王都から連絡が来ていないのかな……一応、今日から私もここで働くことになるから、またよろしく」

「よろしくって……でもユイ君って、今はもう三位で閣下待遇でしょ。こんな田舎の軍務長なんて五位か六位の仕事じゃない。変だよ」

 このレムリアックは僻地であるとはいえ、この地でもユイ・イスターツの名前を知らないものはいない。ましてやユイと共に学生時代を過ごしたセシルは、彼の情報に一喜一憂しながら、これまでこの地で過ごしてきた。それ故、ユイの立場や階級については、王都とレムリアックという距離の壁ゆえの時間差は生じてはいたが、ある程度把握していた。


「いや、今回私が来たのは軍の仕事じゃなくてね……実は、ここレムリアックを貰ったんだよ、このあいだね」

 ユイが頭を掻きながらそう口にすると、セシルは彼が何を言っているのか理解できず、一瞬呆然とする。


「へ……もらった……え、ええ!」

 ゆっくりと脳内にユイの言葉の意味が浸透し、その事実を咀嚼するや否やセシルは驚きの声をあげると、思わず目を見開く。


「いやぁ、嘘みたいな話だけど、本当のことでさ」

「……まぁ、ほらユイくんはクラリスの英雄だしさ、別に貴族になってもおかしくないと思うよ。だけどさ……なんでよりによって、このレムリアックなの?」

「これには色々と複雑な事情があってね……とりあえずここで立ち話も何だから、どこか適当な部屋に案内してくれるかな。私だけじゃなく、彼らもたくさん荷物を持ってきているからね」

 ユイは目の前で動揺を隠せずにいるセシルに向かいそう告げると、後ろの彼の部下たちを指差した。







「なるほど、そんなことがあったんだね。でもさ、やっぱりユイ君が貴族って違和感あるよ。そりゃあ、君の活躍は聞いていたけどさ」 

 放心状態であったセシルはしばらく呆然としたままその場を動くことが出来なかったが、困った表情でユイに促されると、どうにか理性を回復させて一同を空室となっている軍務長室に案内する。

 そして人数分のコーヒーを運んで来た後に、ユイから簡単な説明を受けると、彼女は首を左右に振りながらそう口にした。


「はは、違和感か。まあ、仕方ないよ。だって当の本人もまだ慣れていないんだからさ」

 そう返事をしたユイは、運ばれてきたコーヒーに口をつけてわずかに満足げな表情を浮かべ、思わず頭を掻く。


「うん、それはわかる。君がそんな簡単に貴族らしく振る舞える人じゃないって知っているからさ」

 セシルはユイの頭を掻く仕草を変わっていないなと感じると、ようやくかつての彼女が見せていた明るい笑みをこぼす。


「旦那ぁ、それで先ほどから親しげにしていやすけど……こちらの方はどなたですかい? そろそろ紹介して頂いてもいいんじゃないかと思いやすが」

 二人の会話を大人しく聞いていたクレイリーは、ユイとセシルに向かって交互に視線を送ると、呆れたような表情を浮かべながらそう口にする。

 すると、隣のカインスも同じ気持ちであったようで、彼も大きく首を縦に振った。


「ああ、ごめんごめん。実は彼女は士官学校時代の戦略科の同級生でね。セシル・フロンターレ六位だよ」

「はじめまして、セシル・フロンターレです。現在はこのレムリアックの駐在武官と軍務長代理を務めています。よろしくお願いいたしますね」

 セシルは二人に向かってそう自己紹介すると、ゆっくりと頭を下げた。


「それで、こっちの怖そうなのがクレイリー六位で、そっちの筋肉がカインス六位だ。同じ階位だから仲良くしてやってくれ」

 ユイはラインドルより帰国後に昇進した二人を新たな階位で紹介すると、クレイリーが不満そうな声を上げる。


「なんか、あっしらの紹介が雑じゃないでやすか? 旦那、あっしらも長い付き合いなんでやすから、いくら美人さんと再会出来て嬉しいからって、オマケ扱いしないでくださいや」

「いや、だって今回は来なくていいって言ったのに、付いてきたのはお前たちだろ。まあ、それはいいとして……セシル、君がこのレムリアックにいるとは思わなかったよ」

 ユイは首を左右に振りながらクレイリーにそう反論すると、すぐにセシルの方へと向き直る。


「あら、でもユイくんのことだからうちの下調べはしたんじゃないの? リュート君とかミーシャにイタズラする時なんか、準備に骨惜しみしていなかったじゃない」

 昔の思い出を懐かしむようにセシルはふんわりとした笑みを浮かべると、ユイは弱ったような表情を浮かべ、笑ってごまかす。


「はは、あの頃とは違うよ。確かにこの土地に関する資料は取り寄せていたけど、全然時間がなくてね。ここに来る直前まで、偏屈なおじさんに缶詰にされたせいでさ、軍に関してはリュートやアレックス達に任せっきりだったん……あれ? ああ、あいつらは知っていたはずじゃないか! くそ、私を驚かせようと黙っていたんだな」

「ふふ、リュート君最近少し変わったからね。昔は少し棘々していたけど、去年の終わり頃に王都に報告に行った際に偶然会ったんだけど、すごく雰囲気が柔らかくなっていたわ」

 学生時代には滅多に目にすることのなかった、ユイのしてやられた表情に、セシルは思わず白い歯をこぼしてリュートの事を口にする。すると隣にいたクレイリーは、冷静な声でセシルの言動を補足した。


「リュートの旦那に関しては、たぶんセシルさんの目の前にいる困った人の影響だと思いやすよ……」

「なんだい、なんだい。私が一体何をしたっていうんだい。ともかくだ、セシル。どうして君がこのレムリアックに……というか、そういえば君はレムリアックの出身だったか」

 田舎の出でありながら、いつも長期休暇の際にユイと同じように帰省していなかったことを思い出し、彼女に理由を尋ねた際にレムリアック出身と言っていたことをユイは思い出す。


「ええ、その通りよ。軍務省でもさすがにここの赴任希望者がいなくてね。だから地元出身の私は、戦略科を出て少し経ってからは、ずっとここの勤務よ。去年はいよいよ動かす気もなくなったみたいで、六位の階級と軍務長代理という肩書きをもらったわ。まあ、僻地手当のようなものでしょうけどね」

「なるほどね。まぁ、ここはあの悪名高いノバミム自治領との国境にあるし、いくら人材を送りたくなくても零にすることはできないってことかな。まあ、最低限の治安の維持もしなければならないしね」

 帝国の中でもその治安の悪さと元々他国であったという理由から完全な併呑はされず、帝国より隔離された土地であるノバミム自治領はこのレムリアックの南部にある。

 それ故、彼の地から悪党が大量に流入して来た場合の対処や連絡要員も兼ねて、軍は最低限の人員をこの土地に配属させていた。


「その通り。今みたいにルゲリル病が有名になる前は、何度もこの土地を狙って侵攻してきたことがあるみたいよ。もっとも最近は侵攻どころか、近づこうとさえしていないみたいだけどね」

「そりゃあそうだろうね。誰だって、病にはかかりたくないものさ。あれ、でも君がレムリアック出身で、この土地で働いているってことは……」

「その通り。私も昔はルゲリル病に罹ったの。もっとも二歳ぐらいの頃の話で、私自身は記憶にないんだけどね」

 本当に記憶が無いためか、なんでもない事のようにセシルはその事実を口にする。すると、ユイは頭を掻きながら彼女に向かって口を開いた。


「そっか……でも、君がいてくれて本当に助かるよ。ここの領主になったのはいいんだけど、当地には全く伝手がなくてね。どうしたものかと思っていたところだったんだ。しかし、これでしなければいけないと思っていたことも捗りそうだ」

「……一体何をするつもりなの?」

 ユイの発言を耳にしたセシルは、彼の能力と気質を知るだけにやや不安そうな表情を浮かべる。


「いろいろなことさ。でも、まず差し当たってしなければいけないことは、クレイリーとカインスの今日の寝床を確保することだね」

 苦笑いを浮かべながらそう返答したユイは、お供の二人に向かって視線を向ける。


「ああ、そういえば王都からは不可能だったので宿の手配とかしていやせんでしたね。あれ、ちょっと待ってくだせえ……旦那はどうするつもりでやすか? まさかセシルさんの家に留まるつもりじゃないでやしょうね?」

「え、うち!? ……うちに来るつもりなの、ユイ君?」

 思わずどきりとした表情を浮かべたセシルは、驚きの声を上げる。しかしユイはあっさりと左右に首を振ると、すぐさまそれを否定した。


「ないない。取り敢えず、私は私が住みたいと思う場所が決まるまでは、ここの一室を借りさせてもらうつもりだよ」

「ええ、でもここ市役所だよ。しかもボロボロだし……ねぇ、もっといいところ探してあげるからさ、ちゃんとした所に住もうよ。なんだったら別にうちでもいいからさ」

 セシルがユイに向かって心配そうにそう口にすると、ユイもやや弱った表情を浮かべながら頭を掻く。


「うん、それも悪くないんだけどね。でも、取り敢えず住む場所には色々条件があるから、しばらくはここでいいさ。それにこれから君にはもっと他のことでお世話になるつもりだから、こんなどうでもいいことで迷惑を掛けたくないんだ」

「迷惑だなんて……というか、他のことでお世話? 私が?」

 一瞬だけ少し照れた表情を浮かべたセシルであるが、ユイの発言に引っかかりを覚え首を傾げる。


「うん、さっきも言ったけどさ、君に手伝ってもらいたいことがあるんだ」

「何を手伝えばいいの?」

 セシルはなにか言い知れぬ胸騒ぎを感じながら、覚悟を決めてユイに尋ねる。すると、ユイはわずかに考えこむと、言葉を選びながら彼女に向かって説明を口にした。


「えっと、この土地をさ、活気溢れた人混みにあふれた街に変えたいと思っているんだ。あの魔石狂時代のようにね。もっとも当時と同じ結末にさせないためにも準備が必要だからさ、そのための手伝いをお願いできないかな」

「それは無理よ。だって、ルゲリル病の蔓延する土地になんて、今どき人が来るわけないじゃない」

「そう、そこだよ、問題は。だからさ、それを何とかしようと思っているんだ」

 いつもの苦笑いを浮かべながらユイが皆に向かって宣言すると、その場にいた三人は一斉にユイを凝視する。


「ま、まさか旦那。あんた……」

「うん、取り敢えずこの土地でルゲリル病に罹る者を無くしてみようか。全てはそこから始まる。そういうわけだからさ、君には明日から協力してもらうよ、セシル」

 頭を掻きながらこれまで誰一人考えもしなかったことを口にする男を目の前にして、セシルは驚きと不安と期待と戸惑いの入り混じった表情を浮かべる。


 しかしながら、彼がこれまでいつも自分の期待以上のことを実現してきたことを思い出すと、彼女はユイに向かって一度首を縦に振った。

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