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やる気なし英雄譚  作者: 津田彷徨
第4章 ラインドル編

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宰相

 ユイがムラシーンとの会談を示唆してから、十日間があっという間に過ぎていった。ユイは会談を実現させるため、大使への着任翌日にムラシーン宛に着任の挨拶と会談の要望を記した手紙を送っていたが、ようやく一通の返書がユイの元へと届けられた。


 短時間であるならばという内容がことさら強調してあるその受諾の手紙を読むと、ユイは頭を掻きながら苦笑いを一つ浮かべる。そうしてさらに七日間の調整と準備を要して、ユイは護衛の三人と秘書のノアを引き連れて、ムラシーンの待つ王宮へと足を運ぶ事となった。


 王宮へ到着した一行は、ムラシーンの執務室の隣にある控え室にて待機するよう依頼され、一同は同部屋にてしばらく待つこととなった。


「旦那、本当に護衛はいらないんですかい?」

 控え室に着いて椅子に腰を下ろすなり、クレイリーは心配そうな様子でユイに向かってそう確認を行った。それはユイがムラシーンとの会談を前にして、一人で会談に臨むと明言したためである。


「ああ、今の段階で私を害する理由はないさ、ムラシーン氏にとってはね」

「ですが……」

 ユイの説明を聞いても、なおクレイリーは落ち着かない様子で食い下がった。


「はは。心配してくれてありがとう。だけどここまでで十分さ。多忙な中、会談の時間を割いてくれたんだ、あまり非礼に当たることはできないし、それに一人二人護衛が増えたところで、周りを取り囲まれたら一緒だよ。私の主義じゃないけど、たまには腹を括らないとね」

「……わかりやした。お気をつけて、何かあったらすぐに飛び込みますので」

 ユイの発言に、渋々といった様子でクレイリーが引き下がると、ユイは苦笑いを浮かべながら一度頷いた。


「ユイ閣下、私もご同行させて頂くことはできないのでしょうか?」

 クレイリーが引き下がるのを確認したノアが、ユイに向かって尋ねてきた。ユイは思わぬノアの要望に、やや意外そうな表情を浮かべるも、あっさりと首を左右に振った。


「気を使ってくれてありがとう。君のこの国に関する知識には期待しているけど、今回は私一人で行くことにするよ」

「そうですか、わかりました」

 ユイは秘書官なら同席しても支障はないと考えたものの、クレイリーを断った手前、やはり自分一人で会談に向かうことを決断する。そうして、ユイが会談での話すべき内容を頭で整理し始めたタイミングで、ちょうどムラシーンの部下が、ユイを呼びに執務室から出てきた。

 ユイはその部下から時間が来たことを告げられると、護衛の三人とノアを順に見渡した。そして彼らに向けてニコッと笑みを浮かべたあと、表情を引き締める。そして椅子から立ち上がると、ムラシーンの部下に連れられて、執務室の中へと入っていった。


「貴公がユイ・イスターツ大使かな。遠路はるばるご苦労。私が宰相のムラシーンだ」

 その豪勢な執務室に入り、ユイが思わず左右に視線を泳がした瞬間、強い意志のこもった声が彼に向けてかけられた。慌ててユイは声の主の方向へ視線を向けると、そこには猛禽類のような目を持った、覇気にあふれる中年の男性が椅子から立ち上がり彼を待っていた。


「初めまして、お初にお目にかかります。ユイ・イスターツです。この度はお目通り叶いましたこと、感謝致しております」

 ユイはムラシーンに向かってそう返答すると、ムラシーンもにやりと笑みを浮かべて、部屋の奥のソファーへとユイを促す。


「ふむ。貴公がこちらに着任されたと聞いて、私も一度会ってみたいと思っていたところだ。まあそう気を使わずに、こちらに掛けたまえ」

「失礼します」

 ユイは礼を述べると、ムラシーンに促されるまま彼の対面に腰をかける。ムラシーンはその動作を確認すると、早速話を切り出した。


「それで、今回の貴公の着任には何か意味があるのかな?」

「意味ですか。と言いますと?」

「とぼけないで頂きたいな。現在のクラリスの軍部における最重要人物だろう、貴公は。なのに、こんな北国の大使などにわざわざ就任されるとは、その理由を教えて頂きたくてな」

 ムラシーンはわずかに首を傾げる仕草を見せたユイに対して、ごまかしは通じないとばかりに射すくめるような視線を放つ。


「ははは、別に深い意味はありませんよ。ただの人事異動です」

 ユイはムラシーンの言葉を笑いながら否定すると、ムラシーンは表情を微動だにさせず、なおもユイに問いかけてきた。


「本当にそうなのかな。いや、別に私がそう考えているわけではないのだが、人によってはクラリスの宣戦布告の準備だと申す者までいるのでな。その辺りをお教えいただければ、お互い無用な警戒をせずに済むと思うのだが」

「それは考えすぎですよ。私が来た程度で軍なんて動きませんから、安心してください。だいたいクラリスの軍内部で嫌われて、外務省に飛ばされたくらいですから。第一、今のクラリスにはとてもじゃないですが、貴国と戦うだけの力がありません」

「そうかな、帝国を単身で退けたという貴公の力を持ってすれば不可能ではあるまい。今はたとえ弱っているとはいえ、クラリス程の国ならば、現在国王の不予されている我が国を打ち滅ぼすことなど容易いと思うのだが」

 ムラシーンの言葉から、思った以上に自分が警戒されていることにユイは気がつくと、内心で溜息を吐く。そして表情は笑みを浮かべたまま、口を開いた。


「いいえ、不可能ですよ。何よりわが国は貴国との平和を第一に望んでいます」

 ユイのその言葉に、ようやくムラシーンは矛を収めると、初めて微笑を浮かべた。


「ふむ、英雄イスターツ殿が言われるのだ、そう信じさせてもらいたいものだな」

「そうですね、私も我が国と貴国との平和の意思を、今まで以上にお伝え出来ればと考えております。ところで話は変わりますが、私どもの方でも一つ心配事があるのですが?」

「なにかな?」

 ユイの心配事の内容がわからず、ムラシーンはユイに先を促す。


「いや、先ほど宰相殿は国王陛下が不予と言われましたが、体調はいかようなものでしょうか? 実は我が国の王女エリーゼ様も最近父親をなくされましてね、以前お会いした国王様のことを痛く心配しておいででして」

「長年国政を背負われた過労などもあり、しばし安静にされているだけですな。担当の医師と治療魔法師からは、陛下の体調に支障はないと聞いている、心配には及ばないだろう」

「なるほどそれは失礼いたしました」

「いやいや、他国の王女さまや貴公にまで我が王の心配をして頂いていること、体調が落ち着かれ次第、私より国王陛下へご報告させて頂こう」

 ムラシーンがそう述べると、彼の部下が、傍まで駆けより、何かを耳打ちする。


「イスターツ殿、申し訳ないのだが次の業務が差し迫っているみたいでな、名残惜しいが、今日はここまでとさせて頂きたい」

「そうですか、残念です。ただしばらくこの国に滞在させていただく予定ですので、また宰相殿とお会いできる機会を楽しみにしております。その際は再び両国の平和と発展について話し合いましょう」

「そうだな。今後も我が国は貴国との同盟関係を望んでおる。今日は短時間であったが、お互いそれを確認することができて非常に有意義な会談であった」

 ユイはムラシーンの言葉を聞いて一度頷くと、ソファーから立ち上がり、執務室から出るためにドアへ向けて歩み出した。そしてドアに片手をかけた所で、なにか思い出したように、突然ムラシーンの方へと向き直った。


「あ、そうだ、一つお伺いしたいことを忘れていました」

「何かな?」

 テスト終了寸前に回答を閃いたようなユイの表情を目にして、ムラシーンはわずかに怪訝そうな視線を送る。


「いや、大したことではないのですが、貴国出身の者で、先日まで我が国の士官学校の教授をしていたワルムという男はご存知ですか?」

「ワルム……さて、記憶にないな」

 ムラシーンはまったく表情を変えることなく、ユイに向かって回答する。


「そうですか。実は彼が士官学校に就職する際、我が国に提出した履歴書があるのですが、そこにこの国の魔法学校出身とありましてね。主に呪術と攻勢魔法を専攻していたようなのですが、たしか彼の指導者の名前にムラシーンという名がありましたので、尋ねてみた次第でして……」

「……そのワルムというものが、どうかしたのかね」

 依然としてムラシーンは無表情を保ってはいたが、ユイはムラシーンの声に微弱な動揺を感じ取ると、わずかに口角を釣り上げる。


「私は大使になる前はそこの校長をしておりまして、ワルムという男が少し問題を起こしたので覚えていただけです。まあ、そんな問題教師の書いた履歴書など信用に足るものではありませんし、これは失礼なことをお尋ねしました。忘れて頂けますとありがたい。では、失礼させていただきます」

 ユイはそう言うやいなや頭を下げると、そそくさと執務室から退室していった。


「奴がユイ・イスターツか、食えなそうな男だな。で、どうだ、奴のことはわかったのか」

「それがソーバクリエンの野戦以降の経歴はたどれるのですが、それ以前は……」

 ユイの立ち去った執務室で、ムラシーンは部下の言葉に怒りの表情を浮かべる。


「何をしておる、そのための諜報部ではないか。そう言った仕事を完璧にこなすために予算を割いているのだぞ」

「しかし何分にもクラリスに敷いたスパイ網が、ワルムの逮捕を契機に壊滅いたしまして。おそらくあやつがしゃべったのではないかと思うのですが」

 部下の説明に、ムラシーンはますます表情を固くすると、ここにはいないワルムに対して怨詛の声を上げる。


「くそ、奴め、師にこれほど迷惑をかけてくれるとは。つくづく使えんやつだ」

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