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やる気なし英雄譚  作者: 津田彷徨
第3章 オルミット編

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朱のアレックス

 魔法実習の翌日、エミリーたちはユイの講義に間に合うよう、少し早めにゼミで待機していた。三人はその休み時間の合間に、この数日間のことを話しあっていた。


「昨日は最悪だったわ。あのキモいワルムには肩を掴まれるし、ユイ先生には慰められるし」

「あら? エミリーは、ユイ先生にいいところを見せたかったの?」

 アンナはニヤニヤしながら、そう指摘した。


「当たり前でしょ。少しだらしないけど、あれでも私たちの先生なんだから」

「だらしないとか、あれでもなんて言うなよ。英雄ということは別にしても、俺はあの人を尊敬しているんだ」

 レイスはエミリーの発言を聞きとがめると、そう言い出した。


「あれ? 貴方はユイ先生の戦い方を、ずるいと思っていたんじゃないの?」

「最初は体術を混ぜて決められたことを、ちょっとずるいと思ったよ。だけど冷静に考えれば、あの人は普通に剣で俺を叩きのめすこともできたと思う。つまり手加減して、なお俺より強い。俺が尊敬して、燃えないわけがないだろう!」

 握りこぶしを作って、そう熱く語るレイスに対して、エミリーは呆れたようにため息を吐いた。


「はぁ、これだから剣術馬鹿は……」

「でも昨日、ユイ先生が私たちの実習に来た帰りに、レイスには別に講師を用意する、って言ってたわよ。なんか私たちにも魔法の専門家を連れてくるとか言ってたけど」

 アンナが実習の帰り際に、ユイが話した内容を告げると、レイスは目を見開き、身を乗り出した。


「講師だと? ユイ先生、あの人は本当にすごい。だが他のやつに俺を教えることなんて、できるとは限らないだろ」

「私にそんなこと言っても、仕方ないでしょ。それに、あのユイ先生が推薦するような方なんでしょ。相当な腕なんじゃないの?」

「あんな人が、何人もいてたまるか。どうせその辺りの筋肉自慢で――」

 レイスが、まさに話している途中に、急にゼミ室の薄いドアがノックされると、一人の見慣れない赤髪の男が、笑みを浮かべながら入ってきた。


「えっと、レイス君という方はいますか?」

 その見慣れないキツネ目の男は、椅子に座った三人を順に眺めていくと、レイスの顔を見た所で視線を止めた。


「俺がレイスですが……あの、失礼ですがどなたですか?」

「ああ、君がレイス君ですか。僕はユイのやつに、君を指導するように頼まれてね。いやぁ、久しぶりにここに来たので、正直言って迷いましたよ」

 細い目をますます細くして、ニコニコそう告げる男に対し、レイスは思わず表情を険しくすると、彼を睨みつけた。


「ふぅん、あなたがユイ先生の言った講師の人ですか。あんまり強そうじゃないですね……貴方に教わる前に、先に言っておきたいことがあります。もしあなたが弱かったら、ユイ先生に僕と稽古してくれるよう言ってもらえますか?」

「ははは、わかりました。僕が負けたら、すぐにでもユイを呼んでくることを約束しましょう。では、僕の拙い実力をお見せしたいと思うので、少し剣術場にでも行きましょうか。ユイのやつが、中庭で君と遊んだら、恥ずかしい目にあったと言っていたのでね」

 そう言って、男は振り返りもせず部屋から出て行くと、レイスは自信満々にその後を追っていった。


「さっきの人どう思う?」

 部屋に残されたエミリーが、アンナに問いかけると、アンナも首を傾げながら答えた。

「何か変よね。ユイ先生のことを名前で呼び捨てにしているし……なんかレイスは自信満々みたいだったけど、本当に大丈夫かな?」

「そうね、とりあえず私たちも見に行きましょうか」

 二人は頷き合うと、ゆっくりとゼミ室を出て行った。





 エミリーたちが剣術場の扉を開けて見たものは、顔に青あざを作って、地面に這いつくばるレイスと、その体の上に右足を乗せ、部屋に入ってきた時と同じ笑みを浮べている赤髪の男の姿であった。

「えっと、もうお終いですか? もう少し頑張ってくれませんと、僕の鍛錬にならないんですけどね」

「すいません……俺、調子に乗っていました。もう限界です……」

 レイスは涙目になりながら、彼を踏みつける男に謝る。


「そうですか。ふむ、たしかに素材としては悪くありませんが、技術以前にまだまだ基本的な体ができていませんね。剣技は技だけではいけません。しっかりとした上半身と、それを支える下半身の筋肉が必要です。どうも君は技術ばかりを追求して、筋力をおろそかにしているようですが、あの練習嫌いのユイでさえ、学生時代はもう少し体を鍛えていたものですよ」

 アレックスはレイスの上に乗せた片足をどけると、レイスに向かってそう語りかけた。


「私は別に練習嫌いじゃないぞ。もちろん好きではなかったけど……それ以上に勝てない相手に挑むのが馬鹿らしかっただけだよ、アレックス」

 背中側から突然聞こえた声に、エミリーたちが慌てて後ろを振り向くと、そこには神経質そうな銀髪の男を連れた、ユイの姿があった。


「えっ! 赤い髪……アレックス……まさか陸軍省の朱のアレックス!」

 髪の毛の色ではなく、その鬼神の如き働きと返り血の量から、朱のアレックスと呼ばれる陸軍最強の男。それが目の前にいる男と同一人物であることを、レイスはユイの言葉から気づき驚愕した。


「ははは、昔の呼び名です。今は親衛隊に所属している、しがない剣術屋ですよ。アレックス・ヒューズと言います。以後、よろしくお願いしますね」

 そう言って、アレックスはレイスに笑いかけたが、レイスは引きつるような笑みを浮かべるのが精一杯であった。


「さて、レイスの指導の問題はこれでいいとして、次は魔法の授業だが、こいつを呼んできた。護衛の順番がどうとか抜かすから、わざわざ親衛隊長に掛けあって、シフト換えを許可してもらうのに苦労したよ」

「はぁ、本当に馬鹿かお前は? 護衛の責任者を脅して、責任者を無理やり働かせる奴がどこにいる。エインスのやつ、俺が抜ける穴埋めの為に、しばらく休みがないって泣いていたぞ?」

 後ろに立つ銀髪の男が、呆れるようにそう告げると、アレックスは笑って口を開いた。


「はは、そうやってリュートも借りだしてきたんだ。そりゃあ、エインスも泣いているだろうね」

「いやぁ、ちょっとライン公に女性の話を告げ口するぞって言っただけだよ。そうしたら、どうぞリュート先輩を連れて行ってくださいって、向こうから私に頼み込んできたんだけどなぁ」

 ユイは、頭を掻きながら苦笑いを浮かべ、そう言い訳したが、それを聞いていた学生たちは、王都防衛司令官を兼務したあの親衛隊長を、顎で使う校長に対して、驚きを隠せなかった。

 一方、ユイの人柄を理解しているリュートは、エインスに同情を禁じえなかったが、それ以上にこの場にアレックスまでいることに頭を抱えた。


「アレックス。お前までここに呼ばれたのか……」

「いやあ、親衛隊の新兵の訓練していたんだけどね。全員へばっちゃって、暇だったところにユイが来てさ。学生にちょっと稽古をつけてくれって言うから」

 アレックスが事情を説明すると、リュートは疲れたように肩を落とした。


「まぁいいじゃないか。こうしてアーマッド教室の三人が揃ったんだ。たまには後輩の面倒を見るのもいいだろ」

「それはそうだが……」

「じゃあ、リュート。明日から彼女たち二人を頼むよ。とりあえず基礎から教えこんでくれたらいい。でも、アレックスくらいの加減はしてくれよ」

 ユイがそう話すと、レイスは驚きとともに声を震わせた。


「か、加減……あれが……」

「まぁ、そのうち慣れてきますから。大丈夫ですよ」

 そう言って笑みを浮かべたままのアレックスに、レイスは再び震え上がる。


「それで、明日から彼女たちを教えるのならば、なんで俺を今日連れてきたんだ?」

 アレックスのことだから、レイスはひどい目にあうだろうとリュートは思いながら、ユイに向かって話の方向を変えた。

「ああ、実はこの学校で誘拐事件と不正経理事件があってね。その調査をしているんだが、ちょっと手伝って欲しくてね」

「誘拐? 不正経理? どういうことですか、先生」

 正義感の強い真面目なエミリーが、ユイに向かってそう尋ねると、ユイは弱ったように頭を掻きながら口を開いた。


「ああ、そっか君たちには聞かせるのはちょっと……申し訳ないが、少し三人でゼミ室を使うから、中には入って来ないでね」

 ユイはエミリーたちにそう告げると、アレックスたちを促してそのまま剣術場から出て行った。


 その場に残されたエミリーたちは、三人で顔を見合わせた。

「どう思うよ?」

 レイスが体を痛そうにしながら、二人に歩み寄ってくるとそう尋ねた。


「誘拐なんて……でも最近、魔法科の生徒が二人ほど、学校から姿を消したという噂を聞いたことがあるわ」

 アンナがそう答えると、エミリーは僅かな逡巡の後に、二人に提案した。


「ねぇ、私達の卒業は決まっているのよね。でも何もせずに卒業なんて悔しいと思わない? ユイ先生を驚かすためにも、私たちでこの事件を調べてみましょうよ!」

「といっても、俺達に何ができるよ……」

「確かに、私達にできることなんて限られているけど、学生の話を聞くこととか、私たちにしかできないこともたくさんあるはずよ」

 エミリーのその提案に、残りの二人は黙りこむ。そして少し考えた後に、レイスが口を開いた。


「はぁ、付き合ってやるよ。このままあのおっさんたちに負けっぱなしじゃ、ちょっと悔しいからな。アンナはどうするよ?」

「エミリーがやるって言ってるんだから、私も手伝うわ。それで、具体的にどうするの?」

「先ほど先生は、中に入って来るなと言ったわよね。だったらドアの外で話を聞かせてもらいましょ。幸いゼミ室のドアは薄いから、結構丸聞こえなのよね。話を聞くなとは言われなかったから、早速行きましょう」


 そう言っていたずらっぽい笑みを浮かべたエミリーが、ゼミ室に向かい始めると、二人は呆れながらも、その後に付いて行った。

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