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やる気なし英雄譚  作者: 津田彷徨
第3章 オルミット編

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中庭にて

「やだ」

 レイスの希望に対して、ユイはあっさりと即答した。


「やだって、ちょっと、先生。さっきは協力を惜しまないって、言っていたじゃないですか!」

 レイスは即答したユイに対して、食い下がろうと立ち上がる。


「……どうしても、私と戦いたいのかい?」

「はい、敵将を討ちとったという、先生の東方の剣術と、ぜひ手合わせ願いたいのです!」

「東方の剣術ねぇ……別に私相手に剣を振るっても、あまり鍛錬にならないと思うけどな。君は確か、去年の学内武術大会で優勝したんだよね。それに陸軍科の講師たちの誰よりも強いと、この資料にも書いてある。一方で、私は学生時代に一度も武術大会で優勝したことがないんだ。私の剣なんて、その程度だよ」

 ユイは学生時代、一度も学内武術大会に優勝したことがないことを理由にレイスを説得しようとしたが、レイスはすぐに首を左右に振って、ユイの目をしっかりと見た。


「構いません。俺は陸軍科の連中には飽き飽きして、より強い訓練相手を紹介してもらうために、このラインバーグ教室に来ました。そして今、英雄と手合わせできるかもしれない機会があるんです。これを逃す気はありません」

「やりたくはないが……仕方がない、か。肉体労働は嫌いなんだが、協力するといった手前、相手をしてあげるよ。武道場まで歩くのはしんどいから、そこの中庭にでも出ようか」

 ユイはそう言って立ち上がると、ゼミ室の壁に立てかけられていた木剣を二本手に取り、一本をレイスに放り投げた。





「本当は、先生には刀を使って、お相手願いたかったのですが……みんなの前で、この剣を使ったから負けたなんて、そんな言い訳しないでくださいよ」

 レイスは手に持つ木剣を、両手で握りしめ直しながら、ユイに向かって不敵な笑みを浮かべる。ユイたちが中庭に出てきて対峙しているのは、あっという間に噂となり、周囲は既に人だかりの山となっていた。

 ユイは周囲を見回して、げんなりしたように肩を落とす。


「どちらが強いかなんかに興味はないから、言い訳なんてしないよ。私にこれで勝ったら、君のほうが強い。それでいい」

「ふふ、そうですか。ならば、先生の剣技を楽しませて頂きます。いきます!」


 そう言い放った瞬間、レイスは一気にユイに躍りかかる。上段から木剣を振り下ろし、ユイがそれを受け止めると、すぐに剣を引き、横薙ぎの一撃を放つ。

 ユイはその二撃目も手首をひねって、剣で受け止めると、大きくバックステップを行い、距離をとった。


「さすがに、これくらいではダメですか」

「いやぁ、速い速い。学内最強は伊達じゃないね」

 ユイは苦笑いを浮かべながら、レイスをそう評価した。レイスはユイの言動に含まれた余裕の成分を感じると、若干の苛つきを覚え、目尻がわずかに釣り上がる。


「その余裕がいつまで続くか、試させてもらいます」

 レイスは剣を再度構え直すと、一足飛びにユイの懐へ飛び込み、左下段から逆袈裟斬りの形で、剣を振り上げようとする。

 ユイは、自らの剣にてその一撃を受け止めると、そのまま自らの左後方へレイスの剣を受け流す。そしてわずかに体が泳いだレイスに対して、足払いを放って転倒させた。


 初めて見るレイスの苦戦する姿に、周囲を囲むギャラリーからは、どよめきがあがる。レイスは周りの声を聞き、慌てて立ち上がると、悔しそうな表情を浮かべ、再びユイの方へ向き直った。


「強い……強いですね、先生」

「ありがとう。もうそろそろ満足したんじゃないかい?」

「いえ、まだです。もう一度お願いします」

「そうか、仕方がない。では、来たまえ」


 ユイがそう答えると、レイスは大きく一度頷き、左足を前に出す。そして両腕を前につき出すと、木剣の先端をユイの胸の位置に合わせ、そのまま顔の右まで、剣の柄を引き寄せた。

 そして一度息を吸い込むと、ユイ目がけて猛牛の様にまっすぐに踏み込む。


 ユイは、自分の胸に剣を突き立てようと突進するレイスに対して、その剣が胸に届くか届かないかの瀬戸際の瞬間に、右下方に沈み込む。そうして首の真横を皮一枚で剣をやり過ごすと、自らの剣を手放し、空いた両手でレイスの腕を取る。そしてそのままレイスの勢いを利用して、後方へ背中越しに投げ飛ばした。


 ユイに投げられ一瞬宙に浮いたレイスは、全体重を受ける形で地面に背中から叩きつけられ、一瞬息が止まる。そしてその後に、彼の体を襲った衝撃で咳き込んでしまった。


「はい、ここまで」

 ユイはそう言うと、腰をかがめて手放した剣を拾う。

 地面に大の字になったレイスは、咳き込みながらも、自分がどのように投げ飛ばされたか全く理解できなかった。


「せ、先生。これは剣の技ではないですよね」

「今のでは納得出来ないのかい?」

「負けたことに、どうこう言うつもりはないのですが、ずるいかなと……」

「ふむ、戦場では必ずしも、相手が自分の流儀に合わせて戦ってくれるわけではないよ。そして君の相手は、私なんかよりよっぽど厄介な魔法士かも知れない。そんな時に、相手が剣でないからって、戦わないわけにはいかないだろう。そうは思わないかい?」

 ユイの問いかけに対して、レイスは悔しそうに唇を噛み締めながら、ユイから視線を外す。そして大の字になったまま、空を見上げた。


 ユイの言葉を最後に、二人が黙りこむと、周囲の野次馬も空気の変化を感じて、少しずつ引き上げようとし始めた。その時、突然拍手の音がその場に響き渡った。

 ユイは音の方向を探ると、右手の方向から、やや身長の低い白ずくめの男性が、周囲の人混みの輪から抜け出して来る。そして再度拍手をしながら、ユイに向かって歩み寄って来た。


「いやぁ、素晴らしい戦いでした。お二人の技量には感服しましたよ」

「失礼ですが、あなたは?」

 ユイが訝しげな表情を浮かべて尋ねると、その男は目を細めながら両腕を広げ、そして笑みを浮かべ返答した。


「おっと、これは失礼。ワルム・フォン・ミーゲルと言います。校長はまだご存知ではないと思いますが、魔法科で攻勢魔法分野の教授をしております」

「そうですか。これはお恥ずかしいところをお見せしました」

「いえいえ、あのレイスくんを投げ飛ばすとは驚きです。英雄と呼ばれる一端を見させて頂きましたよ」

 ワルムはレイスを一瞥すると、わずかに首を左右に振り、ユイを讃えた。


「それはありがとうございます」

「そういえば、校長。校長は明日の午前に、事務長と一緒に校内案内として、授業風景の視察をされると伺っております。いいものを見せて頂いたお礼に、良ければ明日は、私の講義を見に来られませんか? 魔法科の最高学年を相手に実習講義を行いますので、そこの二人も参加しますし」

 ワルムは、エミリーとアンナを片腕で示し、ユイは二人が頷くのを見て、頭を掻いた。


「はぁ、考えさせてもらいます」

「そうですか。では、お越しいただけることを期待していますよ」

 ワルムは改めて笑みを浮かべ直してそう告げると、ユイに背を向けて、歩み去っていった。


「有名な人?」

 ユイはワルムの姿が見えなくなるのを確認したあと、近寄ってきたアンナにそう尋ねる。


「ええ、先生を除くと、この士官学校では最年少の教授です。元々は北のラインドル王国の出身で、魔法学の研究のために、三年前からここに来られているのですが」

「へぇ、彼に詳しいのかい?」

 ユイがアンナに尋ねると、彼女はやや答えにくそうにしながら、口を開いた。


「実は以前から、私たち二人を指導したいと、何度か声をかけられているんです。そのたびにお断りしたんですが……」

「なるほどね。そうか、彼があのワルム・フォン・ミーゲルか」

 ユイはアンナの教えてくれた内容から、ラインバーグの引き継ぎ資料の中に、ワルムという名前が太字で記載されていたことを思い出し、大きなため息をひとつ吐いた。

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