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やる気なし英雄譚  作者: 津田彷徨
終章Ω エウレシア編

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西方と東方

「すまない。一応、君にも謝っておくよ。今回の私は手段を選ばないことにしているのでね」

 背後から手にした刀で貫き、そして地面に崩れ落ちた少年。

 そんな彼の背に向かい、ユイはそう言い放つ。


 そしてそのまま彼は刀を握り直すと、改めて地面に横たわったままの少年の体に向かい、刃を振るわんとする。

 しかしその瞬間、ユイの後方からものすごい勢いで迫る人物が存在した。


「先代の息子!」

 ユイが手にする雪切に極めて酷似した一振りの太刀。

 それががら空きとなったはずのユイの背に向かい振るわれる。

 それに対しユイは、わずかに体をずらすことで回避してみせた。


「一瞬でこの距離を詰めてくるとは、やはりリュートに目くらましをお願いしておいて正解だったようだね。ともかく、奇襲をするなら相手の名を呼ぶべきではない……かな」

「貴様のような卑怯者と同じことなど誰がするか。この私、咲夜が貴様のその首を真正面から頂く!」

 言葉とともに、咲夜は再びユイに向けて刀を振るう。


 唐竹。

 右薙ぎ。

 逆風。

 左薙ぎ。

 そして刺突。


 圧倒的手数と鋭い剣撃がユイを襲い、そして彼はその全てを刀で受け止めることは叶わなかった。

 たちまち、彼の纏う帝国の鎧は刀傷だらけとなる。


「素晴らしい……ね。ここまでの剣技はなかなか見れたものではないかな。剣の巫女を名乗るのは伊達じゃないということだね」

「貴様がその名を口にするな!」

 咲夜はユイの言葉を耳にすると、更に怒りをつのらせ刀の速度を増していく。


 それはまさに一方的と呼べる状況であった。

 咲夜に対しユイは防戦一方であり、全ての剣撃を防げずその身を削られていく。



 一方、その光景をわずかに離れた場所から目にして、肩で息をしていた銀髪の男は迷わず介入を決意した。


「まさかあのユイを上回るとはな。だがここは戦場だ。どこかのどいつではないが、済まないが戦いに介入させて……アレックス!?」

 その手に魔法の風を生み出さんとした瞬間、リュートの行為はいつの間にかそばに歩み寄っていたアレックスによって制止させられる。


「不要だよ、リュート」

「卑怯だからか? だがこのままでは!」

 リュートは珍しくアレックス相手に怒りを顕わにする。

 だがそんな彼を前にしながら、アレックスの視線はそんな彼の背後へと向けられていた。


「はは、卑怯なんて言わないさ。一番卑怯な彼を救おうとするにあたってはね。でも、ユイのことにとらわれていると、君の背に襲いかからんとしている敵に隙を見せることになる……かな」

 そのアレックスの発言を受け、リュートはハッとした表情となり背後へと視線を向ける。するとそこには、ショートソードを握りしめながら忌ま忌ましげな表情を浮かべるエミオルの姿があった。


「なるほどな」

「うん。どうせ卑怯なことを行うというのなら、目の前の彼に対し、二対一で戦うという卑怯を選ぶとしないかい。それが最善だと思うんだ」

「だがこのままではユイの奴が――」

「問題はないさ」

 リュートの発言を遮るその言葉は、極めてあっさりとした口調でアレックスの口から発せられた。


「問題はないだと。だが……」

 リュートの目には、明らかにユイが一方的に押され切りつけられる光景が写っていた。だからこそ、理解できないばかりに首を左右に振る。

 しかしそんな彼に向かい、アレックスははっきりと言ってみせた。


「確かにユイは押されているように見える。でもね、やられているのと、やらせているのは違うものさ。つまり何のためにユイが帝国兵の鎧をその身にまとっているのか……それが答えだよ」





「しぶといな、先代の息子。おとなしく首をよこせ!」

「残念ながらしぶとさとか、図太さには多少自信があってね。申し訳ないけど、この首はまだ渡せないんだ」

「背後から不意打ちしかできぬ男が調子にのるなよ!」

 刀を交わらせながら、ユイの軽口を受け咲夜は怒りをつのらせていく。

 それに対しユイは、どこか冷めた口調で彼女を評してみせた。


「不意打ちしか……か。うん、確かにそうだね。彼に対しては卑怯な手を使うことが有効だと思われた。その程度には彼は……修正者は恐ろしい存在さ」

「つまりこの私は卑怯な手など必要ないとそう言いたいのか!」

「えっと……そうだね。うん、そういうことになるかな」

 明らかに一方的に押されている状況下にありながら、ユイは迫る刀を顔面ギリギリで受け止めつつそう述べてみせる。

 途端、咲夜の憤怒はまさに頂点に達した。


「ふざけるなよ。貴様などに、この私の剣を上回れるものか!」

 言葉と同時に、咲夜はユイの心の臓を目掛け最速の突きを放つ。

 それに対し、先程の攻撃に顔をかばうために振り上げたままのユイの刀は、もはや突きに対応することができなかった。


 一瞬で縮まらんとする咲夜の刀とユイの体の距離。

 それは予想外の人物の力によりまたたく間にゼロとなった。


「なっ!?」

 鈍い音が戦場に響き、そして同時に咲夜は驚愕する。

 なぜならばユイの纏う鋼鉄の鎧により、自らの刀の軌道が逸らされたのだから。

 そして何より、ユイの体が自分の真正面まで迫っていたのだから。


 重なる体と体。

 結果として質量と加速度の勝るものが、劣るものを弾き飛ばす。

 

「君は上手く疾い。なるほど、確かに君はこの私よりも刀の技量が上かもしれないね。うん、刀だけを握って真正面から純粋な剣技の戦いをするとしたらどうしようもないかもしれない。でもね、ここは戦場なんだ。それも東方ではなく西方のね」


 もちろん真正面から面に対し点で突かれれば、その鎧は貫かれていたかもしれない。


 だがしかしユイは、体の向きを変えつつ、微妙に咲夜の突きの軌道をずらすように前へと進み出た。その結果が彼女の突きを逸らせることとなり、そして同時にユイによるまるでタックルのような体当たりへと至る。


 結果として、真正面からふっとばされた咲夜は、歯ぎしりをしながらユイを睨みつける形となる。


「この西方かぶれめ!」

「いや、もともと私は西方の生まれだからね。かぶれと言われるのは心外かな」

 苦笑を浮かべながら、ユイは咲夜に向かいそう言い放つ。

 一方、小馬鹿にされたと感じた咲夜は、改めて手にした刀を……星切を握り締め直し、真正面からユイを睨みつけた。


「くそ、くそ、くそ。ふざけるなよ、先代の息子! 貴様に、そう貴様などに剣で遅れは取らぬ!」

「剣で……か。いや、先程も言ったように君はこの私よりも剣では上回るかもしれないね。確かに君の剣は鋭く靭やかで、そして上手い。だけど……君は私より強くはない」

 その言葉ははっきりとそして明確にユイの口から発せられた。

 途端、一人の女性は怒りとともに手にした刀を振るい、そしてもう一方の男性は靭やかさを失った女性の剣を逸らし、はぐらかし、そして防具によって受け流す。



 結果として、攻めていたはずの側は疲労とともにその剣を鈍らせ、またたく間に二人の戦いはその優位を逆転させることとなった。

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