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やる気なし英雄譚  作者: 津田彷徨
第1章 カーリン編

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カーリン

 風の魔法にて気絶したタリムを拘束し、ユイ達がカーリン市へ戻ったのは、もう日が暮れかかるような時間帯であった。


 タリムの身柄は軍の牢屋にて管理するようクレイリーに指示を出すと、ユイは自らの馬の背にエリーゼを乗せ、そのままサムエルの別邸へと向かう。

 一方、クレハから一足早くエリーゼの安否に関する報告を受けていたサムエル達は、自らの邸宅前でユイ達一行を待ち構えていた。


「おや、これはみなさんお揃いで」


 嬉々としてユイ達の帰りを待っていた彼らの歓迎に、ユイは照れたように頭を一つ掻く。

 そして馬上から体をおろすと、後ろに乗っていたエリーゼに手を差し出した。


「ありがとう。それと……」


 馬から降りてもなおユイの手を掴んだままのエリーゼは、それ以上の言葉が出ず、上目遣いで彼を見つめたまま硬直してしまう。

 しかし意を決して再び口を開こうとすると、そのタイミングで侍女達がエリーゼに向かって殺到し、彼女は一瞬にして周りを取り囲まれてしまった。


「エリーゼ様、よくぞご無事で!」


 涙を浮かべながら彼女にすがりつく侍女達の姿。

 それを目の当たりにして、ユイは苦笑いを浮かべながら踵を返す。


 そしてサムエルとエルンストに事務連絡を行うと、彼は自らに用意された部屋へまっすぐ向かい、疲労した身体を重力とともにベッドに委ね、そのまま泥のように眠りについた。


「イスターツ様、イスターツ様」


 部屋の外から聞き覚えのない女性の声が聞こえ、ユイはハッと目を覚ます。

 そして寝ぼけ眼のままドアを開けると、そこにはサムエル伯爵のお抱えメイドが立っていた。


「イスターツ様。伯爵がお呼びです。至急、お越し頂けませんでしょうか?」


 要件を告げられたユイは、ベッドに未練を残しているかのような表情を浮かべるも、仕方ないとばかりに渋々了承する。

 そしてそのまま身支度を行うと、彼は急ぎサムエルの部屋へと向かった。


「イスターツ君かな、入りたまえ」


 サムエルの部屋をノックしたユイに向かい、彼を招く声が発せられる。

 静かにドアを開けたユイが室内へ身を移すと、エルンストとサムエルがソファーに腰掛けて談笑している光景がそこにあった。


 ユイを目にしたサムエルは、笑みを浮かべながらエルンストの隣の席を勧める。

 そして彼がそこへ腰掛けるや否や、サムエルは眼前の若い士官に向かって深々と頭を下げた。


「やめてください、市長。私は私の仕事をしただけです」

「確かに君の部下達は、『隊長は美味しいところを持っていっただけ』と言っていたな」


 隣に腰掛けるエルンストが笑いながらそう茶化すと、ユイは弱ったようにいつもの苦笑いを浮かべる。

 しかしサムエルは首を左右に振り、そんな発言を否定した。


「仮にそうだとしてもだよ。もしエリーゼ様の身に何かあったならば、このカーリンがどうなったか……君ならわかるだろ」

「そう……ですね。それは、まあ」


 サムエルの言葉を受けてユイは頭を二度掻くと、しぶしぶ同意の意を示す。


「しかしエリーゼ様から聞いたが、君は以前からタリム達を調査していたようだね」

「ええ、その通りです」


 その問いかけにユイが頷いて肯定すると、サムエルは若干迷うような素振りを見せながら、彼に向かい疑問をぶつける。


「君はどうしてタリムを調べようと思ったのかね? いや、君がこのカーリンへ内部監査の為に来たことは理解している。だが、君の評判を聞く限り……こういっては失礼だが、そこまで積極的に働くということがイメージできなくてね」


 遠慮がちではあったものの、なかなかに手厳しい問いかけを受けユイは再び苦笑する。

 そして軽く髪を撫でながら、彼はゆっくりとその口を開いた。


「はは、別に隠す気もあまりありませんが、それは事実です。基本的にできるだけ楽に、そして効率的に仕事をするのが私の主義ですから。だから今回のことも、私の主義に反しない行動だったと、そうお考え頂ければ良いかと思います」

「主義に反しない……か。それは一体どういうことなのかな?」


 ユイの回答に対して興味深そうな表情を浮かべると、サムエルはさらに話を続けるよう促す。


「そうですね……タリムの勢力がカーリン軍内部にかなり侵食していたことはご存知かと思います。で、彼等の不正を摘発するのが王都から派遣されてきた私の仕事なのですが、できることなら面倒な彼らをまとめて排除してしまおうと考えておりました。なにしろ軍内部の不正行為を一つ一つ挙げていくことなんて、極めて非効率的ですから」

「ふむ、それで君は実際にどう動いていたんだい?」


 サムエルは一度大きく頷き、彼の行った方法へと話の焦点を移す。


「私が最初に行ったことは、なにもしないことです……いや、むしろサボってだらけることと言った方がより正確でしょうか」

「……それはどういうことかな?」


 予想外のユイの返答にサムエルは目を見開くと、少し前屈みとなって彼に問いかける。


「えっと、もし私が着任早々に、彼らの不正行為を次々と検挙したとすればどうなっていたでしょうか? おそらくそのようなことを行った場合、最初の数件の不正くらいはあっさり検挙できると思いますが、たぶん長続きしなかったでしょう。なぜなら、彼らも馬鹿ではありませんから」

「確かにな。彼らの警戒を解くために、やる気のないふりをしていたというわけだ」


 サムエルが感心したようにそう口にすると、エルンストは首を左右に振りながら茶々を入れる。


「イスターツ君。君の場合は演技だけではなかった気もするが?」

「はは、もちろんそれは否定しません。でも、そういう意図を持っていたことも事実です。まあそうして振る舞っていると、案の定彼らは私の目など気にすることなく、堂々と活動に勤しみはじめましてね、それらの行為を一つずつ調査したというわけです」

「なるほど、つまりは趣味と実益を兼ねた擬態だったというわけだね」


 ユイの話を聞いて納得すると、サムエルは満足気に大きく頷く。


「まあ、そんなところです。ただもう少しで軍上層部に送れるだけの証拠が揃うかなと思っていた矢先に、今回の事件ですよ。いやぁ、エリーゼ様が突然ここに暴れに来られたことは誤算というか、完全に計算外でしたね」


 そう口にしながら、ユイは両腕を左右に広げて肩をすくめる。

 すると、そのタイミングを見計らっていたかのように、サムエルの部屋の側面に取り付けられていたドアが突然開いた。


「……悪かったわね、勝手に暴れて」


 開かれた扉の先。

 そこには、頬を少し膨らませて拗ねたような表情を浮かべるエリーゼの姿があった。


「聞いていらっしゃったんですか……すいません、失言でした」


 少し拗ねたようにしつつも、どことなく申し訳無さそうに俯くエリーゼに向かい、ユイは気まずそうに謝る。

 しかしそんなユイの謝罪に対し、彼女はすぐさま首を左右に振って否定した。


「いいえ、貴方の言うとおりよ。そしてその上で、貴方に助けてもらったこと、このエリーゼ・フォン・エルトブートは心より感謝しています」

「えっ……いや、もったいないお言葉です」


 王族であるエリーゼの言葉に恐縮し、ユイは思わぬ状況にわずかに言葉を詰まらせる。

 一方、そんなユイの様子を目にしたエリーゼは少し表情を和らげ、彼の向かい側のソファーへと腰を降ろした。


「それで褒美と言ってはなんだけど、何か欲しいものはあるかしら? もちろん私の出来る範囲のことだけど」

「はは、そうですね……仮にお金とか利権でも?」

「ええ、貴方がそんなものを欲しがる俗物なら喜んで」


 ユイの冗談を耳にして、少しいつもの調子を取り戻したエリーゼはわざとらしい冷ややかな笑みを浮かべる。


「いやいや、結構ですよ。私自身はそんなもの必要ありません。ただ、もしお言葉に甘えられるなら、一つだけお願いしたいことがあります」

「なにかしら? 言ってみてくださいな」


 どんな内容を口にするか興味深く思ったエリーゼは、ユイを値踏みするようにその両目をしっかりと見つめた。


 そんなまるで宝石のようなエリーゼの瞳を向けられ、ユイは照れたようにスッと視線を外す。

 そして一呼吸息を整えると、彼はその場の誰も想像していなかった内容を口にした。


「今回の警備主任であったリュート・ハンネブルグの首を繋いでもらうことはできますか?」


 その願いを口にした瞬間、その場にいた他の三名は意外そうな表情を浮かべ、ユイに視線が集中する。


「イスターツ君。この姫の申し出は、君が中央に帰る為の好機だと思うのだけど……君は本当に他人のことだけでいいのかい?」


 意外なユイの申し出に対し、サムエルが驚きながらそう確認すると、彼は頭を掻きながら首を縦に振る。


「ええ、構いません。私にはこの街が合っていますし、この土地が好きなんです。それにせっかくタリム達がいなくなったんですよ。これからはもっと大手を振って楽をさせてもらえるでしょうし」

「……確認するけど、貴方は本当にそれでいいの? 王族の命を救ったとなれば、ある程度の昇進を口添えすることもわけはないわよ。それにもし私がお父様に頼めば、あなたを貴族へと取り立てることだって不可能だと思わないわ」


 エリーゼがいくつかの例を挙げながら、ユイに向かってそう問いかける。

 しかし彼はその申し出をあっさりと固辞した。


「いえ、昇進といってもこの年齢で一部隊の部隊長をさせて頂いているんです。正直言って私にはもう十分ですよ。第一、貴族なんて私の柄ではありませんし、なったらなったで余計な仕事が増えるだけでしょう? だとしたら爵位などくれると言われても、むしろこちらからお断りするところです」


 そう口にした時のユイの澄んだ表情。

 それを目にしたエリーゼは、彼が本気でそう考えていることをこの時理解した。


「……なるほど、やはり貴方は面白いわね。ここに来る前に貴方に関して王都で二つの話を聞いてきたのだけど、そのどちらもが本当だったみたいだわ」

「噂……ですか?」


 自らの話には全く無頓着なユイは、予想もつかないとばかりに首を傾げる。

 そんな彼の仕草を目にして、エリーゼはいたずらっ子のような笑みを浮かべた。


「ええ、噂よ。一つは軍務省で聞いた話だけど、誰よりもやる気がなくて怠惰な男っていう噂」

「ああ、なるほど。それだとわかります」


 苦笑いを浮かべながら、納得したとばかりにユイは首を二度縦に振る。

 すると、エリーゼは間髪入れず二つ目の噂を口にした。


「そして二つ目が、無能な昼行灯のふりをした天才。もっともこれは一人からしか聞けなかった話ですけどね」

「……誰ですか? そんな適当なことを言ったのは」


「あら? 貴方のよく知る人よ。今は士官学校の校長をしているわね」

「ラインバーグ閣下……ですか」


 自分のことを買いかぶり過ぎている中でもまさに筆頭と思わしき人物。

 その名を耳にして、ユイは思わず頭を振る。


「彼はこうも言っていたわね、あの男を有効に使いさえすれば、この国は瞬く間に大陸に冠する大国となるでしょう。ですが放置していれば、ただの昼寝が趣味の税金泥棒を、一人この国は抱えるだけでしょうってね」

「はぁ……全くあの人は。あの人は昔から私のことを買いかぶり過ぎなんですよ」


「ふふ、別に謙遜しなくてもいいのに。私も今回のことで、ラインバーグの気持ちが分かったような気がするわ。それはともかく、リュート警備主任に関しては責任皆無とまではかばえないと思います。ですがエリーゼ・フォン・エルトブートの名前にかけて、刑罰はもちろん、彼が軍を追われることがないよう必ず取り計らう。それで如何ですか?」

「ええ、十分です。たぶん彼なら、すぐに降格された分くらいは取り戻すでしょうから」


 そう言ってユイの顔に浮かんだ笑みは、自慢の同期を誇るかの様にどこか自信に満ちあふれていた。




 翌朝、エリーゼ一行は王都へと帰ることとなり、見送りのために苦労してユイは早朝に起きる。

 寝起きのために髪は若干乱れ寝ぼけ眼なままであったが、彼はどうにか出発前の一行の下へと顔を出した。


 すると、彼の存在に驚いたエインスは馬車から転がり落ちるように飛び出して来る。


「う、嘘でしょ……先輩がこんな朝早くに見送りに来てくださるなんて。まずいな、帰り道は大雨になりそうな気がしてきました」

「おいおい、私も軍の人間なんだよ。昔、お前に教えていた頃みたいに、寝坊をして遅刻を重ねていた頃とは違うさ」


 本気で驚いた様子を見せるエインスに向かい、真面目な顔でユイは反論する。

 しかし、寝起きであることが丸わかりのユイの姿を目の当たりにして、エインスはただただ苦笑を浮かべた。


「いや、さきほど先輩の部下の方に話を聞きましたが、彼も『旦那がこんな時間に起きてるなんてことは、普通ありえないでやすよ』って言っていましたけど」


 微妙に口調を再現したエインスの話を受け、ユイはクレイリーを今日一日こき使うことを心の中で誓う。

 そして眠気を追い出すために一度大きく息を吐きだすと、彼はエインスの全身を眺めるように観察した。


 その整った容姿と立ち振る舞いから、王都では常に女性から声をかけられるエインス。

 しかし戦いを終えた今、彼のその服の合間からは擦り傷と火傷の痕が散見される。


 それはどんな言葉よりも雄弁に、彼が戦場に身を置いた勇士であるということを物語っていた。


「しかし今回はひどい目にあったな。取り敢えず王都についたら、しばらくはゆっくり過ごすことだね」

「無理ですよ、先輩。これだけの大事件が起こりましたから、きっと王都に帰れば報告書の嵐です……この土地に逃げている先輩が心底羨ましいですよ」


 王都に帰還してからの日々を考え、エインスは気が重くなったのか憂鬱そうな表情を浮かべる。

 その表情を目にしたユイは、思わず声を上げて笑った。


 すると、そんなユイの笑い声を聞きつけた男がいた。

 彼は集団の先頭で細かく指示を出していたが、ユイの存在に気がつくとそのまま彼の下へと歩み寄ってくる。


「ユイ……エインス共々、今回は世話になった」

「いいさ、お互い仕事だったんだ。お互いがお互いの仕事を出来る範囲で行った。そういうことだろ?」


 気遣うかのようなユイの発言に対し、リュートは一度首を振ると真剣な表情でその口を開く。


「……今まで認めることができず、お前には何度も突っかかっていた。だが今回のことで、俺も覚悟を決めた。ユイ……必ず王都へ帰って来い」

「だからさ、今のところその予定はないって」


 ユイがやんわりと否定的な発言をすると、リュートは彼から視線を外すこと無く再びその口を開く。


「別にそれでもいい。とにかくお前が帰ってきた際は、俺はお前の下で働かせてもらう。そう決めたんだ。例えお前が嫌だと言ってもな」

「……リュート」


「あと一言付け加えるならば……おそらくお前はすぐに王都に戻って来ることになる」

「どういうことだい?」


 確信を持って予言してみせるリュートの発言に、ユイは思わず怪訝そうな表情を浮かべる。

 すると、リュートは何かを示唆するかのように後方を振り返り、その視線を一台の馬車へとまっすぐに向けた。


「お前はまだエリーゼ王女を知らないからな……あの人は自分の気に入ったものを簡単に手放せるほど、大人じゃない」

「なるほど、それは間違いないですね。はは、ユイ先輩。どうもご愁傷さまです」


 エインスまで何かを悟った表情を浮かべると、彼は笑いながらそう告げる。

 そんな二人に向かってユイは反論を口にしかけるが、そのタイミングでエインスとリュートの下に近衛の一人が近寄ってくると、出発の時間であることを彼らに告げた。


「さて、時間だからそろそろ行かせてもらおうか。ユイ、まあせいぜい最後の休暇を楽しむんだな」


 ユイの肩をポンと片手で叩くと、リュートは名残惜しそうにしているエインスを引きずり馬車の中に放り込む。

 そして彼はまっすぐに自らの馬へと向いそのまま騎乗した。


 馬上で一度肩の力を抜き、彼は大きく息を吐きだす。

 そして馬を集団の先頭へと進めると、決して後ろを振り返ることなく、先陣を切って王都へと向かい始めた。


 先頭の護衛兵から順に集団は馬を進ませ始める。

 その後ろ姿を、ユイはぼんやりと眺めていた。


 しかし中央に位置する豪華な馬車が動き出そうとしたところで、突然馬車の扉が開けられると中から一人の女性が姿を現す。


「エリーゼ……様?」


 進み始めようとする馬車を飛び降り、彼女は驚きの表情を浮かべたユイのところへ迷うことなく駆け寄る。

 そして軽く息を切らせながら、彼女は寝起きで髪が乱れたままのユイを目にして見て、年齢相応の少女のように吹き出した。


「まったく貴方って人は……ふふ、今の貴方を見たら、誰も私を助けてくれた英雄だと信じないでしょうね」

「英雄は止めてください。そんな誤ったレッテルが付いた日には、仕事が今以上に増えてしまいますから」


 本当に困った表情を浮かべるユイを目にして、エリーゼは嬉しそうに笑みを浮かべる。そして彼女は、最後に伝えておきたかった言葉を口にした。


「私は王都へ戻ります。そして私にしか出来ない方法で、この国を良くしていくつもりです……今回、貴方に会うことができて本当に良かった。ただ愚直に前進するのだけが正しいことじゃないのだと、身を持って教えて頂けましたから」

「はは、それは良かったです。あと一つ付け加えるなら、今後は晩餐会を途中で帰らないで頂けると助かります。そうして頂ければ、私の教え子の胃痛も少しは減るでしょうから」


 慌てて馬車から飛び出してくるエインス方に視線を向けながら、ユイは苦笑混じりにそう告げる。


「ええ、善処しますわ。まあ、人ってそうすぐには変わらないものですけど……いえ、そんな話がしたいのではなくて、私は貴方にお礼が言いたかったのです。命を助けて頂いたこともそうですけど、貴方の言葉で私は少し救われた気がする、そう言いたかったのです」

「私は私の出来る範囲で、自らの役目を成しただけですよ」


 美しく澄んだ瞳をまっすぐに向けられ、ユイは弱ったように頭を二度掻く。

 それに対しエリーゼは、決してその瞳をそらすこと無く、自らの思いをその口にした。

 

「別にそれでも構いません。私は私の言葉で、そして王女ではなくエリーゼとして貴方にお礼を言いたいと思った。ただそういうことです。だから……ありがとう、ユイ」


 それだけ口にすると、エリーゼは赤らめた顔を隠すよう俯き、そしてあっという間に踵を返す。


 エリーゼの最後の言葉は彼ら二人だけにしか聞こえず、慌てて追いかけてきたエインス達には彼女が何を言ったのかわからなかった。

 しかしその時の二人の様子は、見る人が見れば王女とその家臣というよりも、もっと別な何かに見えたのかもしれない。


「ごきげんよう、カーリンの昼行灯さん。遠くない未来に、またお会いする日まで……ね」


 動き始めた馬車の窓から、エリーゼは顔を覗かせるとそう口にする。

 そして彼女は細く白い腕を、ユイに向かって大きく振った。


 彼女のその腕はお互いが見えなくなるまで、何度も、そう何度も、振られ続けた。


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