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やる気なし英雄譚  作者: 津田彷徨
第9章 キスレチン編

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その者の名は

 自由都市同盟の本部は、首都ミラニールの中心部からわずかに離れた東地区に存在する。

 その三階に存在する執務室の中で、髪を後ろに流した壮年が険しい表情を浮かべながら手元の書類と向き合っていた。


「フェリアム様。少しお時間をよろしいでしょうか?」

「なんだね、ケール秘書官。執務もおおかた終わり、この後は家族と会食の予定なのだが?」

 ノックの後に執務室内へ入り込んできた高齢の男性を目にして、フェリアムは余り歓迎していない声を発する。

 しかし秘書官であるケールは、彼の仕える主がこの時間に仕事を持ち込むことを喜ばぬことは予め織り込み済みであった。それ故、特に気にする風もなく言葉を返す。


「はい。ですが、それでも至急お渡ししたほうが良いかと思いまして」

「お渡し? 何をだね」

「こちらです」

 怪訝そうな表情を浮かべたフェリアムに対し、ケールは一通の開封された封筒を差し出す。

 それを目にしたフェリアムは、不意にまた余計な業務が増え帰宅する時間が伸びることを予期すると、ややためらいがちにそれを受け取った。


「で、これは誰からのものだね?」

「あの男です」

 フェリアムからの問いかけに対し、ケールはただ一言そう答える。

 途端、フェリアムは眉間のしわを深くした。


「あの男? ……まさか!?」

 封筒の裏面を目にしたフェリアムは、そこに書かれた名前を見るや否や目を見開く。

 そしてすぐさま、彼はケールに向かって視線を走らせた。


「はい。それはあのエイスからのものです」

「ちっ、今はなきコニーク商会並のゼニゲバ商人が、舞い戻ってきたというのか」

 フィラメントからやってきた魔石商の顔を思い出すと、フェリアムは思わず舌打ちする。

 そんな彼の心境を理解しながらも、ケールは状況を彼へと説明した。


「そのようです。僅かに席を立って不在にしていた間に、いつの間にか私の机の上にそれが置かれておりまして」

「……おそらくは、あの小柄な女の仕業だな」

 妖しげな商人とともに、二度その姿を見せることがあった小柄な黒髪の女性。

 その能力を知るが故に、フェリアムはこの手紙を置いて行った犯人をあっさりと看破する。


「はい、私もそのように思います。ともかく問題は中身です。どうか、すぐご確認を」

 フェリアムの見解に大きく頷きながらも、ケールはすぐに党首に向かって、内容確認を促す。

 するとフェリアムは、促されるままに封筒の中に入っていた一枚の手紙を取り出し、あまりに短いその内容を読み上げていった。


「友人を連れて、すぐにそちらに向かう。少し待っていてくれると嬉しい……だと。まさか今からここに来るつもりか?」

「この手紙がつい先ほど届けられたことから、おそらくそのつもりなのでしょう」

「ふむ……」

 そう口にするなり、手紙をくしゃくしゃと丸めると、彼はゴミ箱に放り込む。そして胸の前で腕を組みながら、彼は手紙の主の目的をその脳内で計り始めた。

 一方ケールは、この手紙の主との案件に関しては全て目の前の党首に任せると決め、自らは別のことを考える。


 それは喩え相手があの女であろうと、やすやすとこの本部に侵入された事実。それを踏まえての警備体制の見直しであった。

 部屋の中にいた二人が、それぞれの思考を進め悩み込み始めたその時、突然部屋の外から警護の兵士の声が発せられる。


「フェリアム様、失礼致します。ただいま玄関先に、商人のエイス・クローサーなるものが、多くの兵士を引き連れてお越しになっております」

「兵士……だと?」

 手紙を寄越したからには、必ずここにあの男が来るとフェリアムは考えていた。

 しかしながら魔石商人が、兵士を引き連れてきたということは、完全に彼の理解の外である。それ故に思わず彼は、戸惑いを隠せぬ声で、外に向かい聞き返した。


「はい。胸にラインドルの紋章をつけた兵士たちでして、どうも彼の国の正規兵のようなのですが……」

「……どう思う、秘書官」

 眉間にしわを寄せたフェリアムは、眼前のケールにその考えを求める。

 すると、ケールも予想外であったためか、一般的な見解のみを提示した。


「エイスとラインドルですか。妙な取り合わせですな」

「ああ。フィラメントの魔石商人が、なぜラインドルの兵士と共にここへ姿を現すのか……」

 そう口にしたところで、フェリアムは言葉を途切れさせる。

 そうしてわずかばかりの沈黙が場を覆ったところで、ケールがフェリアムに向かって口を開いた。


「だがいずれにせよ、既にあの男が着いたというのなら、敢えて無視する理由もないでしょう。もちろん、フェリアム様のご家族を多少お待たせすることにはなりますが」

「やむを得ん。もともと妻の小言には慣れている。いいだろう、エイスをここに呼べ」

 その言葉が室内から発せられた瞬間、廊下に待機していた警備兵は慌てて返事を行う。


「はっ、直ちに」

 その言葉が室内に向かって発せられた瞬間、続いて慌ただしく廊下を駆けて行く音が周囲に響き渡った。


「さて秘書官。改めて、奴の来訪は何が目的だと思う?」

 先ほどまでのお互いの沈黙を、その考察に当てていたと考えたフェリアムは、ケールに向かって考えを示すよう求める。

 しかしながら警備体制のことを考えていたケールは、適切な回答を有してはおらず、過去の出来事を元にした見解を口にして、その場を逃れようとした。


「……以前は、フィラメントの魔石の売り込みを口実に、ここへと足を運んでおりました。ですが、このタイミングでとなると、おそらく同じ目的ではないでしょうな」

「ああ、既に私はこの国の大統領ではない。となれば、奴の目的は――」

「失礼します。エイス・クローサー殿をお連れしました」

 フェリアムが悩みながらも考えうる可能性を口にしかかったところで、部屋の外から再度先ほどの警備兵の声が響き渡った。

 途端、部屋の中の二人はお互いに顔を見合わせ合う。

 そしてフェリアムが一つ頷くと、彼は部屋の外に向かって声を発した。


「思ったより、早かったな。いいだろう、通せ」

 その声が発せられると、ゆっくりと部屋の扉が開けられていった。

 そして一人の金髪で仮面をつけた男性が、二人の前に姿を現す。


「やぁ、前大統領殿。相変わらずご壮健のようで何より」

 その声が発せられるまで、フェリアムは目の前の男がただの騙りではないかと考えていた。

 だが、聞き覚えのあるその声を耳にするなり、彼は視線を険しくさせると、不快げな口調で金髪の男に問いかける。


「エイス……なんだ、その髪とマスクは?」

「はは、実はちょっとした事情が有りましてね。商売などをしていると、いろんな人の恨みを買うものでして」

 そう口にすると、エイスと呼ばれた男は、顔の上半身を覆っていたドミノマスクを外す。

 マスクの下に隠されていた顔を目にしたフェリアムは、そこで改めて彼の知る魔石商人であることを確信すると、あえて目の前の男を鼻で笑った。


「ふん、悪徳商人が」

「はは、なかなかに否定しがたいところですね。でも、恨みという点では、貴方も少なからず買っておいででしょう?」

「政治屋が恨みを買うのは当然だ。恨み、妬み、嘲笑。それを一身に引き受ける気概がなくては、この国で政治屋なんぞ出来はせんよ」

 魔石商人から問われたフェリアムは、はっきりと自らの信念を語る。

 エイスと呼ばれる男はそれを好ましく感じると、一つ頷くと共に、自らの内心を口にした。


「まったくです。しかし政権を奪われたにもかかわらず、貴方が党首でいてくださってよかった」

「それは皮肉か?」

「いえ、本心ですよ」

 心外だとばかりに男性は、両手を左右に広げる。

 すると、フェリアムはわずかに視線を外した後に、愚痴るかのような口調で言葉を発した。


「……誰も火中の栗を拾いたくなかっただけだ。それ以外に理由はないさ」

「なるほど……でも貴方以外に、同盟派をまとめられる人物がいないことも事実でしょう」

 フェリアムの発言が事実の一端を示していることを理解しながらも、エイスと呼ばれた男は別の事実を口にする。

 それを耳にしたフェリアムは、小さな溜め息を吐き出すとともに、その視線を目の前の男へと向け直した。


「さて、どうだかな。で、今日は何のようだ?」

「ああ、そうでした。危うく本題を忘れるところでした」

 そう口にした男は、右手を頭へとやる。しかし、何かに気づいたかのように、彼はそのまま手をおろした。

 一方、彼のそんな意味不明の仕草を目にしたフェリアムは、わずかに訝しげな表情を見せる。しかしすぐに気を取り直すと、目の前の男の発言に対し、不快感を露わにした。


「わざわざ妻や子供との団欒を遅らせて、貴様に時間を割いてやっているのだ。それはないだろ」

「はは、すいません。最近物忘れが酷くて。実は今回の訪問なのですが、貴方にお会わせしたい人物がおりまして、お連れした次第で」

「会わせたい人物……だと?」

 思わぬ発言を耳にして、フェリアムはわずかに戸惑いを見せる。

 だが彼の眼前の男は、わずかに笑みを浮かべると、そのまま彼に向かい言葉を発した。


「ええ。少し部屋の外で待って頂いているのですが、お呼びしてもかまいませんか?」

「貴様が連れてくる人間だ。ろくな奴ではなかろうが……いいだろう」

「はは、ありがとうございます。それでは、入ってきてくれるかな」

 部屋の扉へと向き直り、男がやや大きな声でそう口にすると、再び部屋の入口が開けられる。そしてそこからは、わずかにくすんだ金髪の青年が姿を現した。


「ん?」

 その彼の姿を目にしたフェリアムは、わずかに違和感を覚える。

 明らかに目の前の商人とは不釣り合いの、整った出で立ち。そして目に見えてわかる備わった気品。

 それらは記憶の片隅にあるおぼろげな何かを、明らかに刺激するものであった。


「それでは僭越ながら私が、お互いを紹介させて頂こうかな。こちらが自由都市同盟の党首フェリアム・グルーゼンパーク氏、そしてこの青年が私の友人のカイラ様だ」

「カイラ……様? エイス、まさかこの方は!?」

 ラインドルの兵士を多数伴って来たと言う報告。

 それを思い起こしたフェリアムは、とたんに金髪のかつらを付けた男に向かって鋭い声を投げかける。

 一方、アインが知らぬ名で呼びかけられたことに気がつくと、カイルは困惑した表情を見せた。


「エイス?」

「はは、前にも言っただろ。ラインドルに行く前には、キスレチンに少し居たって。ちょっと事情があってね、その時使っていた名前だよ。ま、とりあえず私のことはいいさ」

 苦笑を浮かべながら、そう言い訳をしてみせたエイスことアイン・ゴッチは、敢えてそこで話題を一度切る。そして驚きを見せるフェリアムに向かい、彼は改めて視線を向け直した。


「さて、フェリアム様。どうやらお気づきのようですが、改めて紹介させて頂きましょう。こちらにいる私の友人ですが、西方会議に出席するためにこのミラニールに来た好青年でしてね。カイラ・フォン・ラインドルという名です。まあ私の友人同士ということで、仲良くやってくださると非常に嬉しいですね」

 アインはそう口にすると、目の前のフェリアムに向かい、ニンマリとした笑みを浮かべてみせた。

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