盤外への道
ケルム帝国の帝都レンド。
現在この帝都において、とある噂がものすごい勢いで広まりつつある。
その驚くべき噂は一般市民だけではなく、貴族にさえ広がりをみせている状況であり、それ故に謹厳で有名なケルム軍人の耳にも入っていたとしても不思議ではなかった。
「おい、聞いたか?」
「聞いた、聞いた。イスターツ殿の件だろ」
帝都防衛部隊に所属する若き兵士であるヒックルは、同僚のローミーに対してわかっているとばかりに頷き返す。
「ああ。どうもうちの姫さんと婚約して、クラリスを追放になるらしいぜ」
「やっぱり本当かよ! しかしあの花の姫様と結婚か……正直、羨ましいな」
ヒックル・レオミート、二十八歳。
未だ独身の彼であるが、軍人として鍛えられたその体と精悍な顔つき故に、帝都の女性達から好意的な視線を受けることも少なくない。むしろ多いと言う方が正確と言えよう。
しかしながらそんな彼とて、決して手の届かない高嶺の花は無数に存在する。
そう、国中のあこがれとも言って良い、花の姫ことミリア・フォン・ケルムはまさにその代表格であった。
「結婚もたしかに羨ましい話だが……それ以上にさ、これで俺たちはあの化け物と戦わなくて済むんだ。一介の兵士としては、正直言ってその点をこそ感謝したいところさ」
「確かに、その通りだ。何しろ先日の戦いも、実際はイスターツ殿がうちの軍人皇太子殿と共に作戦を立案したらしいからな。だからこその大勝利というわけみたいだが……どちらにせよ、そんな人物と二度と戦わなくて済むってのは、全くありがたい話だぜ」
ローミーの見解に対し、ヒックルもまったく同感であると同意を示す。
ここで見受けられるヒックルとローミーの意見は、決して珍しいものではない。
もちろん先年のクラリスとの戦いで壊滅的な敗北を喫した出来事から、ユイに対して未だに複雑な感情を有する層が一定以上存在することも、紛れもない事実であった。
しかしながら、先年の戦いはあくまで帝国からの侵略戦争であり、そして今回は自国が侵略された戦いである。それ故に、今回の戦いで帝国の勝利を支えたユイに対し、消極的ながらも好意的な感情を示す兵士が、軍の中で着実に増えつつあった。
もちろんそれはリアルトによる情報操作の成果であり、ユイの功績と人柄を実像以上に過剰に脚色した上で、噂をばらまいた結果でもあったが。
「戦わずに済むどころか、俺たちの味方になるってことだろ? これでもうキスレチンだろうが、クラリスだろうが、怖いもんなんてなくなったも同然さ」
「クラリスの英雄が……いや大陸西方の軍神が我が軍に加わるってわけだ。これは我らがケルムにより西方が統一され、いよいよ大陸中央部へと打って出るべき時が来たということかな?」
ヒックルはクラリスの英雄という言葉をあえて言い換えると、今後の帝国の進むであろう道筋を口にする。
「ああ、その可能性は大いに有り得るな。それもこれもイスターツ殿を引き入れればこそだ。しかし……今回のことはやはり陛下のお力なのかな?」
「そりゃあ、ミリア様に惚れてイスターツ殿が自ら願い出た可能性もあるだろうが……止めよう。この話はここではまずい」
話の内容が危険な方向に進みだしたことに気がついたヒックルは、わずかに表情を歪めると声を小さくして発言を止める。
一方、ローミーは周囲を探るように視線を左右させた後、ヒックルにだけ聞こえる程度の声で、再度彼に向かい自らの疑問を投げかけた。
「すまん、変なことを聞いた。だが、正直言ってお前はそう思わないか?」
「ああ、俺もそう思う。さすが我らが陛下ということだろう。英雄たるイスターツ殿でさえ、あのお方にかかれば駒の一つにすぎないということだからな」
彼らは敬愛しそして畏怖する皇帝のことを思い、二人はわずかに体を震わせる。そして表情を引き締め直すと、彼らは再び見回りの勤務へ向かうため、その場から歩み去っていった。
目の前は白い天井。
わずかに力の入りにくい右腕を動かすと、自分が夢の中ではなく現実にいることにユイは気づく。
「お目覚めの気分は如何ですか、ユイさん?」
未だに思考のぼやけた状態のユイに向かって、若い男の声がかかる。
ユイは重い上半身をゆっくりと起こすと、声をかけてきた主に向かって視線を向けた。
「フェルナンド……か。そんなに悪くはないかな。今回は別に病気になったわけでもないしね」
「はぁ、それは何よりですよ……」
自らの身に襲いかかった出来事をなんでもない事のように言ってのけたユイに対し、フェルナンドは額に手を当てながら呆れたように言葉を吐き出す。
しかしそんな彼の仕草を気にする風もなく、ユイは彼に向かって口を開いた。
「それで、どれくらい時間が経ったのかな?」
「あの戦いから今日で十日ですね」
「十日……か。どうりで体が重いわけだ。まあ代償としては、妥当なあたりかな」
そう呟いたユイは苦笑いを浮かべながら、力が入りづらい右腕をゆっくり動かして頭を掻いた。
一方、その声を耳にしたフェルナンドは首を数度左右に振ると、すぐに彼に向かって抗議するかのように口を尖らせる。
「妥当って簡単に言ってくれますね。ユイさんが伏せている間に、周囲の状況は激変していたんですよ。貴方の情報を隠すのにも神経を使いましたし、本当に愚痴を全て語り続けていいのなら、三日三晩はかかりますね」
「ふむ……皇帝が動いたかい?」
ユイの発言を耳にしてフェルナンドは驚きとともに目を見開く。
しかし目の前の人物ならばさもありなんと思い直すと、やや疲れた声で彼に現在生じている二つの問題を告げた。
「ええ……皇女との婚約と、クラリスの貴族院からの追放宣言。それぞれの話の出処は違いますが、おそらくは皇帝の頭の中から出てきた話でしょう」
フェルナンドの口から発せられたその二つの事象。
それをユイはゆっくりと咀嚼すると、わずかに顔を顰める。
「それはやはり私に対する話……かな」
「他の誰がいるというんですか? 追放宣言の文面はまだ大使館には届いておりませんし、婚約に関しても正規ルートから伝わった話ではありません。ですが既に確定情報として、帝国だけではなく、周辺諸国にまで噂は流布されていますよ」
「さすがあのご老人は打つ手が早いな。私が身動きできない間に、情報を部分的にリークさせ、外堀を埋めてきたか……こうなってくると彼に出会ったことが、つくづく悔やまれる。あれだけが完全に計算外だった」
ユイが発した彼という言葉の対象者を理解することができず、フェルナンドは顔に疑問の色を浮かべる。
「彼? 一体誰のことですか?」
「ああ、フィラメントの少し厄介な魔法士のことさ。それはともかく、状況はかなり芳しくなさそうだ。私の婚約話はともかく、貴族院の件から察するに、君以外にも帝国とつながりを持つものがいそうだね」
「ええ、もちろん誰がそうかは帝国も僕には伝えてくれていません。ですが、普段の言動からみるに、外務省のレーベ次官がそうではないかと考えますね」
ユイの先々代となる帝国駐在大使であったレーベの名前を、フェルナンドは忌々しげに口にする。
「なるほど、レーベ次官……か。ありえそうな人選だね。さすが帝国とも繋がりを持ちながら、貴族院を誘導した君の言うことなら説得力がある」
ユイからの皮肉じみた指摘に、フェルナンドは思わず苦笑する。そして、一度肩をすくめるとそのままユイに向かって疑問を口にした。
「もしかすると、今回の帝国とフィラメントの戦いの真の目的は、ユイさんをクラリスから切り離すための作戦の一環だったかもしれませんね」
「私は自分を過小評価すると言われるけど、それでもさすがにそこまでして手に入れたい人材なんてどこにもいないさ。ただ単純に、今回の状況を利用しただけだと思うよ。もっとも例えどんな状況であろうと、利用できるものは全て利用する気ではあるのだろうけどね、あの御老人は」
一度左右に首を振ると、肩を落としながらユイはそう告げる。
一方、そんなユイの言葉を受けたフェルナンドは、一度つばを飲み込むと、一つの問いを口にした。
「それでユイさん……そこまで思惑が予想できた上で、一体どうなされるおつもりですか?」
「できることなら、クラリスに戻ってのんびりしたいけどね。でも私が今戻ると、のんびりするどころか、間違いなく火種になる。王家派と貴族院とのね。そして下手をすれば、それは帝国にとって格好の介入材料になるだろう。例えば婚約者を助ける……なんて口実かもね。とにかく彼らは難癖をつけてクラリスの内紛に介入してくるはずさ。なぜなら彼らの目の上のたんこぶであったフィラメントはすでになく、そして共和国は依然内輪もめの真っ最中だからね」
「確かに、有り得る話ですね」
ユイの予測を耳にして、フェルナンドは僅かに頬を引きつらせる。そして、そのまま口を開こうとするも、一旦躊躇し言葉を飲み込んだ。
「フェルナンド、君はどうして欲しいんだい? 何か言いたいことがありそうだけど」
なにか言いたそうなフェルナンドの仕草に気がついたユイは、彼に向かって言葉を促す。
すると、フェルナンドは一度大きく息を吐きだし、そして覚悟を決めたかのように強い視線をユイへと向けた。
「ユイさん、帝国の思惑がわかった上で言いづらいのですが……今こそ貴族院と戦いませんか? 正直言って、彼らをこれ以上のさばらせておく理由はありません」
「先程も言ったけど、その行動は帝国だけを利することになるかもしれない。君はそれでもいいと思っているのかい?」
「もちろん、それが望ましいとは思っていません。でも、それ以上に僕は貴族院が許せない。貴族院の連中を潰し、妹を救い出すことこそが僕の最大の希望なんです。そしてこれ以上奴らに妹の身柄を預けてなんていられない。ただそれだけです」
いつになく強い口調で、そして強い意志でフェルナンドはユイに向かってそう告げる。
そのフェルナンドの言葉と、彼の瞳に宿る強い光と闇に気がついた時、ユイは一度大きくため息を吐き出し。そして頭を掻きながら口を開いた。
「……君の気持ちは分かったよ。うん、君の問題は私が何とかする。だから安心していいよ」
「なんとかするって……一体、何をするつもりですか?」
まるで安請け合いのようなユイの言葉に、思わずフェルナンドは戸惑う。
しかしそんな彼に向かい優しい笑みを一つ浮かべると、ユイはゆっくりと口を開いた。
「うん。今はまだはっきりとは言えない……かな。でも大丈夫、心配しないでいいよ。その時がくれば君の妹さんのことは、私が何とかするからさ」
まるでなんでもないことのように、あっさりとそう言い切るユイ。
そのユイの言葉に、フェルナンドは困惑して言葉が出てこなかった。
一方、あっさりと何とかすると言ってのけたユイは、すでに思考を次へと進め、そしてこの状況を作り上げた男へと再び思考を向ける。
「しかし今回の帝国への赴任を振り返ってみると、まんまとあの御老人の手のひらで踊らされ続けたと言うことだね。化け物といえるだけの人物にはたいてい会ったつもりだったけど……やはり世界は広いな」
「ユイ……さん?」
突然、独り言を呟きだしたユイに向かい、フェルナンドは恐る恐る声をかける。
すると、ユイはすぐに苦笑いを浮かべ直し、フェルナンドに向き直った。
「ああ、ごめんごめん。まだ寝起きで、少し頭がぼんやりとしていてね」
「そ、そうでしたね。すいません、病み上がりなのに無理をさせて」
「いや、構わないさ」
恐縮するフェルナンドに向かい、ユイはにこりとした笑みを浮かべる。
そのあまりにも爽やかすぎるユイの反応に、フェルナンドは言いがたい違和感を覚えた。しかし、彼はその違和感をうまく言語化できず、仕方なく話題の矛先を少し変える。
「そう言えば明日くらいには王都からリュートさんが来るようです。あの方のことですから、ユイさんのことを誰よりも心配されているでしょうし、今日はできるだけぐっすりとお休みください」
「リュート? ……そうか、レムリアックの一件があったばかりだし、これは感づかれたな」
「もしかして例の世界へのアクセスの件ですか?」
わずかに顔をしかめたユイを目にして、フェルナンドはわずかに視線を鋭くして問いかける。
「まあ……ね。彼には、使わないと約束していたから、これはこっぴどく怒られるな。でもこの際、それはいいか……それでアレックスの奴はどうしているんだい?」
「アレックスさんは、ユイさんの代わりにフィラメントと帝国の交渉の仲介人として、帝国南部に向かわれています。順調に行っていれば、明日か明後日にはお帰りになられると伺っているのですが……」
「へぇ、そうか。アレックスも早くて明日ね……これは決まりだな」
そのフェルナンドの回答を耳にして、ユイは一つ頷く。
しかしそのユイの口にした言葉の意味を理解できなかったフェルナンドは、そのまま彼に問いかけた。
「あの、何が決まりなのですか?」
「別に大したことじゃないさ。それよりも、迷惑をかけて申し訳ないけど、もうしばらくは君とアレックスには大使代行をお願いするよ。しばらく、私は使い物にならなそうだからね」
肩をすくめながらユイはフェルナンドに向かってそう依頼した。
その反応に何か言い知れぬ引っ掛かりを感じながらも、フェルナンドはユイの体調を気遣って彼に休むよう促す。
「え……ええ。そりゃあ、まだ起きられたばかりですから仕方ないと思いますが……ともかく今日はゆっくり休んでください。また明日にでも落ち着かれましたら、尋ねさせていただきますので」
「ああ。ありがとう、フェルナンド。また……ね」
ユイはそう口にするとフェルナンドに向かって笑いかけた。
その笑みを目にしてフェルナンドは言いようのない違和感を覚える。今、目の前で目にしたユイの笑みは、彼がこれまで目にした事があるものとなにかが決定的に異なっているかのような気がしたためであった。
しかし彼は、その理由を自らのうちから見出すことができず、病み上がり故のものだと納得する。そしてこれ以上ユイの負担にならぬよう、そのまま部屋から退室していった。
そうしてユイを残し無人となった部屋。
誰も居ないはずのその部屋で、ユイは虚空に向かい言葉を発する。
「それで首尾の方はどうかな、クレハ」
「ぎりぎり間に合わせたというところよ。計画の最終段階で手伝ってくれる予定だった誰かさんが、存分に寝こけ続けてくれたおかげでね」
「はは、面目ない。皇帝の政略とフィラメントの戦略の相手を同時に相手するだけで精一杯でね、彼らの存在は完全に計算外だった」
頭を掻きながらユイは誤魔化すように苦笑する。
するとそんな彼に向けて、クレハは鋭い視線を浴びせた。
「本当かしら? もしかして貴方は以前から彼らの存在を知っていたんじゃないの。そしてだからこそ、この仕事を私に押し付けた。彼らから私を遠ざけるためにね」
「……それはないさ。さすがに彼らがフィラメントの中に入り込んでいたと知っていたなら、最初から別の手立てを取っていた。私だって、できるならこんな醜態を晒したくはなかったからね」
弱ったような笑みを浮かべながら、ユイはクレハの疑念を否定する。
「醜態……ね。本当なら、このままここに貴方を置いておきたいところよ。明日ここに到着する彼に、貴方を突き出すためにね」
「はは、かんべんしてくれないか。この歳になってさ、真正面から正論で説教されるのは、さすがに堪えるんだよ」
「勘違いしないでね。怒っているのは彼だけじゃないわ。この私もよ」
普段は気配を殺し続けている彼女は、静かな怒気をユイへと向ける。
「……ごめん。心配をかけたね、クレハ」
「貴方はいつもそう。私に謝るときは全てを終えた後。貴方があれまで使わなきゃいけないほど追い詰められたわけだから、想定外であったことは理解してあげるわ。でも、銀髪の彼じゃないけど、もうこんな無茶はやめてよね。そして次から無茶をするときは、先に私に言いなさい」
長い付き合い故にユイの性格を知り尽くしたクレハは、妥協案とばかりに目の前の男にそう提案する。
しかし、ユイはわずかに躊躇しながらも、はっきりと自らの考えを彼女に告げた。
「約束はしないよ。あからさまな嘘は不誠実すぎるからね。でも……できるかぎりそうならないよう善処する。この辺りで許してくれないかな?」
「はぁ……頼む相手が私であることに感謝なさい。貴方のお母様なら、そんなふざけた答えを口にした瞬間、とっくに首を絞められてるはずよ」
誰よりも怠惰を愛する目の前の頑固者の意見は、決して変えることはできないと最初から彼女は理解していた。
それ故にささやかな抵抗とばかり、彼にとってアキレス腱に等しい人名をクレハはあえて口にする。
「君であることに……いや、そんなことは関係なく、いつだって君には感謝しているよ。これまでも、そしてこれからもね」
わずかに視線を外し、やや俯き加減でユイはそう返答する。
そんな彼を目にしてクレハは口を一度開きかけた。しかし、わずかに躊躇すると、彼女は溜め息を一つ吐きだす。
「はぁ……まあいいわ。終わったことに、これ以上費やしている時間はないからね。それで次の一手はどうするつもりなの、英雄さん」
「もちろん予定通りに」
「わかったわ、ならすぐに準備なさい。さっきの話ではないけど、本当に彼と彼がここに来てしまうと、色々面倒でしょ?」
銀髪と赤髪の青年のことを暗に示しながら、クレハはユイに向けてそう告げる。
すると、ユイは迷うことなく首を縦に振った。
「だね。次に顔を合わした時が怖いけど、今は時間がない。それに、やらなければいけない仕事が一つ増えてしまったからね」
「仕事?」
僅かに目を細め怪訝そうな表情を浮かべたクレハに対し、ユイはさきほどこの部屋から出て行った青年との約束を口にした。
「ああ。かわいい教え子のために、一人の女の子を救出する」
「……面倒事ばかり増やすわね、貴方は」
「できない約束をすることは嫌いだけど、約束したことは守る主義でね。ともあれ、どちらにしろエルトブールには寄るつもりだったんだ。君の義父に会いに行く為にね」
「そう……なら、貴方の口からよろしく伝えておいてね」
クレハのその言葉に、ユイは眉をピクリと動かす。そして確認するように、彼女に向かって問いかけた。
「君は会っていかないのかい?」
「誰かさんに押し付けられた仕事が山積みなのよ。王都に先に向かってもらっているクレイリーとも調整が必要だし、貴方とずっと一緒に動いている余裕はないわ。それもこれも、誰かさんがさっきまで寝こけていたせいでね」
さらっとユイに対する小言を交え、クレハはそう口にする。
するとユイは申し訳無さそうに頭を掻くと、わずかに重くなった口を開いた。
「すまない……そしてありがとう、クレハ」
「……いいわ。私は私の誓いを決して破らない。貴方が私を必要としなくなるその日まではね」
クレハの視線を額のあたりに感じ、ユイはわずかに照れたように微笑む。そして彼は一つ頷いた後に表情を引き締めた。
「ならば、予定通り盤外に向かって歩き出すとしようか。そう、リアルト皇帝が築き上げ、既に詰み終えられたこの盤上の外側に向かってね」
「わかっているわ。その為に準備したんだから」
クレハの相槌に対し、ユイは一つ頷いた。
そして彼はその場にいない者達に向かって、はっきりと宣言をする。
「次こそは私が先に布石を打たせてもらう。周りのことを気にすることなく、毎日昼寝だけをして過ごすことができるバラ色の未来。それをこの手で掴みとるために……ね」






