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やる気なし英雄譚  作者: 津田彷徨
第7章 エルムンド編

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敗れし者は

 それはまさに絶望的な光景。


 集合魔法を追いかける形でフィラメント軍へと真っ直ぐに駆けていたトール達は、自然と誰しもが足を止め、エーデミラスが消えていく様を驚愕に打ち震えながら目にすることとなった。


「……なんということだ」

「この防御手段を完成し得たから奴らは我が国に侵攻してきたと……そういうことか」

 呆然としたまままるで放心状態のトールの隣で、パデルはあまりにも信じがたい目の前の光景に、フィラメントの侵攻の理由を見出していた。


「この異様なタイミングでの開戦。いや、それ以前に先日の帝国における皇帝暗殺計画自体が、この防御手段を有するが故のものであったと、そういうことですか」

「おそらくそうではないかと思います。戦争をする覚悟もなく、他国の皇帝暗殺を謀るのはリスクが大きすぎる。おそらくあの時点から、今回のこの絵までを奴らは描いていたのでしょう」

「……なんと悪辣なことを。つまりはあの暗殺計画も、陛下や帝国の首脳部を殺害できれば僥倖と言う程度のもので、全ては今回の戦いのための下準備だったと、そういうことですか?」

 憤りを隠せぬ表情でトールはそう口にすると、パデルは目をつぶりながらゆっくりと首を縦に振る。


「おそらくは」

「踊らされたというのか! 我ら帝国軍が、奴らフィラメントに!」

 自らの拳を強く握りしめ、トールは吠える。普段は極めて冷静で、兄に比べおとなしいと見られがちであったトールの猛る姿に、周囲の幕僚たちは思わずつばを飲み込み、押し黙った。

 そうして一瞬の静寂が訪れたが、その沈黙を破ったのは、さらなる凶報であった。


「トール様! 城塞に駐留していた兵士達は、グレイツェン・クーゲルに呼応して出陣準備を行っていたために、ほとんどの兵が脱出することができず、生存者は存在しない模様。そして敵軍が、敵軍が我が部隊目がけて行動を開始いたしております!」

 その早馬を駆って飛び込んできた報告兵を目にして、その場にいた一同はさらなる失意のどん底へと突き落とされた。






「ヒャーヒャヒャヒャ、いいネ。凄くいいウタだったヨ。死を前にした、彼等の震え、恐怖、それがこの距離でもはっきりと分かるスイート。フフッ、もう今日はボク、快楽に溺れて素敵に眠れそうサ」

 自らの両肩を抱きながら、その場で笑い続けるウイッラ。

 そんな彼の姿を目にして頬を引き攣らせながら、フィレオはゆっくりと口を開く。


「……ウイッラ殿。取り敢えず城塞の方は壊滅したと見てよいでしょうな」

「アア、もうアソコからはウタが聞こえなイ。クズ共はいなくなっちゃったと見ていいだろうネ」

 ウイッラは肩を抱いたそのままの姿勢で、激しく体をくねらせながらフィレオの問いに答える。


「ふむ。であれば、魔力を使い果たした上に、何を勘違いしたのか我らに向かい攻め込もうとしていた小賢しい蝿を、軽く叩き潰してやろうと思うのだが?」

「ああ、その辺りはキミが決めちゃってくれよ、司令官ドノ。ボクはさ、ボクはさ……今のこの興奮、この快楽、そしてこの溢れんばかりの愉悦。もう少しだけ溺れていたいんだヨ」

 両手で顔を押さえながら、歓喜のあまり地面を転がりまわり始めたウイッラは、急に動きを止めると、空を見上げる形で地面に大の字になってそう答える。


「……では、我が軍とディオラム軍で増援部隊を迎撃する。では、ウイッラ殿。城塞の方のあとの処理は任せたぞ」

「ああ、ボクにまかせてヨ。万が一残っているゴミクズがいたら、優しくなでてあげるからサ。こう、首の骨をポキン、ポキンとネ」

 フィレオの言葉に、ウイッラは体の前で人形の首を折る仕草をしながら、楽しそうに引き笑いを繰り返す。

 その返事を受けたフィレオは、内心の感情を表に出さぬよう気をつけながら、すぐに自らの部下たちに向き直り、次なる指示を下す。


「よし、ではウイッラ殿と協議したとおりだ。あそこで棒立ちとなり突っ立っている馬鹿どもを狩りに行くぞ。ディオラムの連中に牽制の魔法を唱えさせろ。奴らの足くらいは止めておけとな」

「はっ、直ちに」

 フィレオの意を受けた兵士は、すぐにその場を駈け出し、ディオラムの部隊が待機する方面へ駆け出す。


「さて、では雑用をディオラムがやってくれている間に、我々は奴らへ迫るとしようか。おそらく連中は魔法士主体な上に、さっきの役立たずを使ったせいで魔力切れだ。つまりはただの弱兵にすぎん。皆の者、安心して狩りを楽しめ!」

 周囲のものに向かいそう告げると、フィレオは獰猛な視線を混乱に陥った帝国の援軍へと向けた。






「まずい。まずいぞ、これは」

「このままでは敵軍二万数千に対し、我軍は一万二千。ただでさえ我らが数的不利な上に、我らの部隊の中心である魔法士隊は既にグレイツェン・クーゲルを使い魔力切れ。残る兵士たちだけで、彼らと戦わなければならない……か」

 隣で状況のまずさを口にしたパデルの声を耳にして、トールは冷静に現在のフィラメントと自軍の状況を比較すると、自軍がはるかに不利であることを悟る。


「敵軍もあの新魔法を使用したことにより、攻勢に出れない可能性もありますが……いや、あの様子ですとそれはなさそうですな」

 黄土色の装いをしたマイスムの一団が明らかに自軍へ向かい行動を開始し、そして後方に位置している群青色のディオラムが魔法を編み上げ始めて入ることに気がつく。


「今、行動を起こそうとしない部隊が一つ。つまり、あの深緑色の一団こそが、先ほどの魔法を編み上げたのでしょう」

「……やはり今回も、あの忌々しいミラホフということですか」

 過日の皇帝暗殺未遂事件の首謀者を裏で操っていたと思われるその家の名前を口にし、パデルは思わず首を左右に振る。


「ええ、もちろんディオラムの可能性もあるでしょうが、現状その可能性が高いと思います。ともかく、今考えねばならないのは我々がどうするかですが、現状ではこのまま正面から戦っても、敗北は必至でしょう」

「ですな。仮になんとか奴らの攻勢を防ぎ、うちの魔法師連中が魔力を回復したところで、それは奴らのマイスムも同じ。グレイツェン・クーゲルという切り札を封じられた時点で、この戦いに勝利はないということでしょう。やむを得ません。ここは撤退しましょう」

 トールの悔しげな表情を見つめながら、パデルは撤退を進言する。

 軍務長官のその判断を耳にして、トールは一瞬躊躇するも、迫り来る黄土色の一団を目にして彼は決断した。


「……わかりました。では、私が殿を努めます」

「殿下!」

 予期せぬトールの発言に、間髪入れずパデルは抗議の声をあげる。

 しかしすぐにトールは左右に首を振ると、彼らしからぬ強い口調で言葉を放った。


「貴方には兄と父にこの軍を引き渡してもらわないといけない。特に魔法士だけは必ず!」

「魔法士を……しかし先ほどの奴らの防御魔法は見ましたでしょう? 我が軍がこれ以上集合魔法を使おうとも、それは敵を利するだけとなります」

 トールの発言に眉をひそめ、パデルはすぐさま彼に反論する。


「確かにそうかもしれません。ですが、敵軍の全ては魔法士であり、その個人個人の技量は、我らの魔法士とは比になりません。それがほぼ無傷で帝都へ侵攻してくるのです。おそらく集合魔法無しでは、我が国の勝利はきっとおぼつかないでしょう。そして何より……今の我が国には、あの方がおられますから」

「あの方? ……まさか!」

 トールが口にした言葉に引っかかりを覚えると、パデルはある人物が脳裏に浮かび表情を引き攣らせる。


「ええ、ユイ・イスターツ……あの最初に集合魔法を破った方ならきっと」

「しかし、あの男はクラリスの人間ですぞ!」

 パデルはすぐにトールに向かい、否定的な声をあげる。

 しかしトールはニコリとした笑みを一度浮かべ、そしてその後に一瞬で真剣な表情となる。


「大丈夫です。そのあたりのことは、きっと父と兄が手を打ってくれるでしょう。とにかく今はなんとしても、この兵士達を一兵でも多く連れ帰ることが私たちの使命です。はやく兵をまとめて行ってください、私が皇族の一員としてこの戦いの責をとりますから」

 そのトールの言葉は強い覚悟に満ちていた。

 敗戦のショックと、少しでもシスプラム達の仇を討つという強い決意。それらの感情が入り混じりながら、彼は皇族に連なるものとして、その責任感から敵軍を睨みつける。


 そんなトールの姿を目にしたパデルは、これまで兄と比べやや貧弱だと考えていた、目の前のかつての教え子の評価を改めた。そしてそれとともに、トール以上に強い覚悟を、彼はその時点で固める。


「……お覚悟を変えられる気はないようですな。やむを得ません。ご無礼を」

「な、なにを……」

 パデルは瞬く間にトールの背後を取ると、そのままその首元に自らの太い右腕を纏わりつかせ、そして一気に頸動脈を締めあげて意識を奪う。


「殿下を頼んだぞ。私はこの後、直属の兵のみを率いて、出来る限り奴らの足を止めてみせる」

「長官……わかりました」

 皇子護衛のために派遣されていた近衛部隊の隊長に、パデルはそっとトールの体を預ける。

 近衛部隊長はその時の軍務長官の表情から、もう二度と目の前の人物と出会うことはないと悟った。


「トール様、立派になられた。ノイン様や陛下に比べれば線が細いと、このパデルずっと見誤っておりましたが、それは間違いだったようですな。貴方様の成長をこれ以上見守ることが出来ないのが、本当に、本当に残念でございます」

 パデルは最後にトールの髪を一度撫でると僅かに瞳を湿らせる。

 しかし次の瞬間、彼は唇に力を込め表情に鬼を宿らせた。





 ここに帝国と魔法公国の初戦として知られるエーデミラス城塞攻防戦は幕を閉じる。

 帝国は南部方面軍を率いたシスプラム将軍と軍務長官パデル、そして膨大な数の兵士を失い、まさに完敗であったと後に評された。


 そして帝国と魔法公国との戦いは、帝都レンドのもはや目と鼻の先となるエルムンドへ、その舞台を移すこととなる。

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