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やる気なし英雄譚  作者: 津田彷徨
第1章 カーリン編
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反乱

「それで規模はどの程度のものなのですか?」


 ユイは素早く思考を切り替えると、エルンストに向けて尋ねた。


「クレハ君の報告だと、人数は 五十名ほど。中身は殆ど傭兵くずれのようだ。一部はうちの軍のゴロツキ連中も引き抜かれているようだが、それよりも問題は風と炎の魔法士が 二名ほど混じっていることだ」


 戦略部所属でタリムの監視任務を今なお継続しているクレハ。

 そんな彼女から送られてきた報告書をエルンストは読み上げた。


「軍務長……ひとつお聞きしたいのですが、クロセオン山脈の魔石工房は山のどのあたりにありますか?」

 魔法士を含む反乱軍の構成に嫌な予感を覚え、ユイは矢継ぎ早にそう尋ねる。


「工房かね? 基本的に魔石はクロセオンの頂上あたりからしか出土しないから、山の中腹のあたりに作られていたと思うが」


 エルンストの口から発せられたその回答。

 それを耳するなり、ユイには最悪の想定が思い描かれる。


「……旦那、何を心配してんですか?」

「運良く王都の近衛兵が三十騎も控えているんです。何も心配いらないと思いますが」


 クレイリーとカインスは、それぞれユイの懸念を不思議に感じていた。


 王都の近衛と言えば一騎で並の騎兵五騎に相当するとされている。

 だからこそ、たかが傭兵混じりの五十人程度では、全く勝負にはならないと彼らは考えていたのである。


「クレイリー、タリムにとっての今回の反乱の成功条件はわかるかい?」

「そりゃあ、王女さんを殺害するか、人質にするあたりですかね」

「そうだね。反乱と言っても、王国に対する反乱を起こすほどの力はタリム達には無い。だとすれば、彼らは最終的にはケルム帝国かラインドル王国に亡命するしかなく、そこまでうまくいって初めて彼らの勝利。だからこそ、当面の目標は手土産となる王女の殺害か誘拐だろうね。では逆に王女たちにとっての、今の勝利条件はなんだと思う?」

「そりゃあ、奴らを全滅させるか、追い払うことでしょう」


 ユイの問いかけに対し、クレイリーは間髪入れることなくあっさり返答する。


「その通り。となれば、近衛は王女を守りながら反乱兵全員を相手しなければならないが、反乱兵たちはただただ王女だけを狙えば良い。これは大きなハンデさ。そして先手を取った反乱兵たちは、おそらく自分たちに優位な状況で戦闘をしかけるだろうしね」

「それは何かな、イスターツ君?」


 その場に居合わせたものが、お互いに答えを探すように顔を見合わせたところで、一同を代表しエルンストが咳払いを一つしてそう問いただす。


「焼き討ち……ですよ。だから状況は一刻を争います。すぐに全軍の出陣の準備を」





「どうやらここも当たりみたいね」

 目前には両手を縛られ放置された二名の工房職員。

 それを前に、エリーゼは満足そうに一つうなずく。


 様々な動力源となる魔石の生産工房。

 それはクロセオン山脈の中腹にあたる木々の合間に建てられていた。


 ここで生産される魔石は、本来カーリン市の専売品として王都等に売られるはずのものである。しかしながらユイたちの調査の資料によると、その半数近くがタリムたちの懐に流れ込んでいることが判明していた。


「エリーゼ様、そろそろ下山しませんか?」

「……そうですね、では物証となる帳簿と、いくつかの横流しされた事を証明する伝票を集めて下さい。それが確認できましたら、すぐここを下山しましょう」


 エリーゼは当初の目的が達成されたことに、満足気な笑みを浮かべてはいた。

 しかしただここで実際横流しが行われていることは、ユイの投げつけてきた資料の内容が事実であることを意味する。

 そのため、事件の決着を喜ぶ反面、どこかその笑みの裏側には釈然としない抵抗感も存在していた。


 そうしてエリーゼのもとに、事件の物証が揃い、帰還の指示を出そうとした時である。

 突然、工房の外から近衛兵たちの慌てる声が聞こえてきた。


「山火事です!」

 工房の外から慌てて中に飛び込んできた近衛は、有らん限りの声で叫び報告する。


「なんだと!」


 報告を受けるやいなや、リュートは慌てて外へと飛び出す。

 またエリーゼのそばに控えていたエインスは、工房の窓に向かうと、周囲から火の手が押し寄せてくるのを確認した。


「間違いありません。火事です! すぐさま脱出の用意を」


 そう叫ぶと、エインスはすぐ周りの侍従に指示を出し、動揺する者を無理やり追い立てるようにして、一同を工房の外へ避難させる。


 そうして工房から飛び出したエリーゼは、工房の周囲を取り囲むように発生した嵐のような炎の壁を目の当たりとした。


「脱出路はあるのか?」

「わかりません。いま護衛用に残した八名の近衛以外は、全て周囲の脱出ルートを探させています」

「よし、脱出ルートが確認出来次第、強行下山を行う」


 部下たちに向かいそうリュートが指示を出すと、返答を行った近衛も炎の弱い場所を探すため駆け出していく。


 エリーゼは一般的に見て芯の強い女性と言えよう。

 しかしそれでも、まだ十七歳の少女であり、まるで壁のように燃え上がる周囲の炎の勢いに、完全にその足がすくんでしまっていた。


 そんな彼女の姿を見たエインスは、すぐさま小屋に戻るとバケツいっぱいの水をくみ、そのまま王女にぶっ掛ける。


「失礼、エリーゼ様。ですが、こんな時でも水も滴る良い女性でいらっしゃいますよ……というわけで、覚悟はよろしいですか?」


 そのエインスの言葉に、エリーゼは我を取り戻す。

 そして未だその足を震わせながらも、どうにか自らの足で歩くことができるようになった。


「……ありがとう、エインス。それであなたは良い男にならなくていいのかしら?」


 エインスに向けて軽口を叩き、エリーゼはどうにか気を持ち直す。

 そして彼女は、動揺を隠し切れない侍従の者達を何度も励ますと、配下の兵士たちに脱出の準備を促した。


「報告します、麓に向かう下山ルートが、やや炎の勢いが弱いかと思われます。このルートから下山を試みるより他に方法はないでしょう」


 近衛の一人がそう報告した段階で、リュートはすぐエリーゼに向かい振り返る。


「報告のとおりです。今からこのまま麓に向かって駆け抜けて頂きます」

「わかりました。では隊長さんたちは?」

「もちろん我々も同行しますが、事は一刻を争います。近衛四名を先導にエリーゼ様とエインスは先に下山を試みてください。後衛としてあと四名の近衛を付けさせますので、すぐに下山を開始して下さい!」


 リュートの声が発せられると同時に、屈強な近衛の兵士たちがエリーゼを取り囲む。


「……わかりました。隊長、他の侍従たちをお願いします」

「お任せください。全員を無事に下山させるのが私の使命です。先発のエリーゼ様たちに続き、我らも順次下山を行いますのでご心配なく……では、これ以上炎が強くなる前に行ってください」


 リュートの言葉に力強くうなずき、エリーゼはエインスたちに伴われながら、比較的足場の良い道を選びつつ下山を開始する。


 その時、彼らはまだ気づいていなかった。

 燃え盛る炎の裏側で、エリーゼの姿を追いかけ続ける見えざる影が存在することを。


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