六話 二心同体
第六話です。定期更新しようとしてかなり駆け足で書いたので、もしかしたら誤字・脱字があるかもしれません。気づいたらご指摘ください。
では、どうぞ。
「まず、ノゾミから何か聞いてるか?」
話をするために別室にやってきたカナタに、春樹はそう切り出した。
「少しだけなら。変な空間で襲ってきた化け物は妖獣って名前で、人を無差別に襲う獰猛な生物だと。彼女から直接聞いているのは、それくらいです」
そこで一旦言葉を切り、カナタはもう一度話し始めた。
「他に、僕が見たものとしては、彼女……アスノさんが使った、血色の光です」
「……なるほど」
そう呟き、春樹はしばし考え込むように黙り込んだ。そして考えを纏めたのか、話し始めた。
「まず、妖獣についての認識はノゾミが話したことで間違いない。奴らはこの世界とは別の次元に生息している。その世界とこの現世が、まれに繋がってしまうことがある。それによって、巻き込まれた人間を妖獣が襲い、殺す。そしてそれを防ぐために、俺たちの組織は奴らと戦っている。……ま、他にも話せることはあるが、とりあえずはこんなところだろう」
そこまで話したところで、コーヒーを一口飲む。
「では、次にノゾミが使った“力”について話すとしよう」
そこで一息つき、再び話し始めた。
「ノゾミ……まぁ彼女だけではないが、彼女たちのような異能力者を、殲士と呼んでいる。彼女達の持つ血色の異能は、かなり稀有なものだ。そして、その力は妖獣を倒すことのできる唯一の力だ」
「せんし? 戦うに騎士の士、ですか?」
「いや、違う。士は合ってるが、殲滅の殲で殲士。謎の怪物、妖獣を昔から殲滅してきた者達、ということだ」
「昔って……あんな怪物が、以前から存在していたって事ですか? でも、ならなぜ普通の人達はその事を全く知らないんですか?」
「その理由は、妖獣の生息場所にある。さっきも言ったが、奴らは俺達と同じ世界に存在してはいない。別の世界……言ってみれば、異界に生息している。そして、妖獣はその世界に人間を巻き込み、殺す。実際に見た今なら分かるだろうが、妖獣に襲われたら最後、普通の人間には為す術などない。故に目撃者も存在せず、人々にその存在は知られていない、という訳だ」
「なるほど、それで……」
小さく呟いて少し考えるカナタ。そして、ふと思い出したことがあり、勢いよく顔を上げて春樹に問いかけた。
「まさか、最近増えてるっていう謎の行方不明者って……」
「……そうだ」
カナタの言葉を聞いた春樹は、躊躇うような間を挟んで言葉を返した。そして、そのまま何かを考えつつ話し続ける。
「以前までは、ニュースになるほど大量の人間が奴らの犠牲になることはなかった。正直なところ、その要因ははっきりしていない。しかし、妖獣のいる異界……俺達は隔世と呼んでいるが……そこと、この現世との綻んでいる場所が多くなっている事は事実だ」
「そうですか……」
納得した様子を見せるカナタ。しかし、すぐに言葉を続けた。
「では、もうひとつ聞きたいことがあります」
あえて一区切りつけたカナタを見て、彼が何を聞こうとしているのか察したのだろう。顔つきをさらに険しくし、先を促した。
「……何だ?」
「…………“隼人”という人物のことです」
予想通りの言葉を聞いて、しかし春樹はすぐには返事をしなかった。手に持っていたコーヒーを一口含み、ようやく話し始めた。
「……そうなるよな。その隼人って言うのは、俺達の仲間だったやつだ。かなり強力な能力を持っていて、いつも皆の先頭に立って戦っていた。荒っぽい奴でな、突然出現した十五体の妖獣を、力任せに一人で全部倒しちまったこともある」
「……そういえば、アスノさんが言ってました。大雑把で、乱暴で、ぶっきらぼうで……でも、とても優しいひとだ、って」
それを聞いて、春樹は顔を歪めた。そして、もう一度話し出した。
「……そうか。確かに実際、その通りの奴だった。殲士の他の連中も、だからこそあいつの事を認めてた。さっき会ったタイガ、あいつは結構隼人と仲が良くてな。よく組んで妖獣を狩ってた」
「でも……ある日突然、帰ってこなくなった、って聞きましたけど……」
「……あぁ。数ヶ月前、巨大なタイプの妖獣の流れ込んでくる反応をキャッチし、手が空いていた隼人が対応に向かった。しかしそれ以降まったく連絡が取れなくなり、今日まで行方不明、というわけだ」
「そうだったんですか……」
その話を聞いてなお、カナタには疑問点が残った。それは、自分との関連性だ。
「それで、一番聞きたいことなんですが……その隼人くんというのは、僕と何か関係があるんですか?」
その言葉を聞いた瞬間、春樹は悲しげに顔を歪めた。辛そうに、搾り出すように、言葉を返す。
「……どうして、関係があると思った?」
「……こんなところまで連れてきておきながら、それ言いますか? だいたいこの部屋に来る間だって、僕を見た全員が驚いたような顔をしていました。……加えてアスノさんと、……タイガくん、でしたっけ? 彼は僕の名前を呼んで、かつあの反応です。そりゃ、何かあると思いますよ……」
とぼけるつもりかと思ったカナタは少しイラついたように質問に答えた。そのカナタの声を聞いてもなお、春樹は何も答えない。しかしカナタが自分を睨むような目つきで見ていることを感じ、それでも辛そうに話し出した。
「この組織では、機密保持のためにお互いをコードネームで呼び合う。そのコードネームは、名乗る者が自分で考えるんだが……」
そこで区切りをつけ、春樹は意を決したようにカナタを見つめ、言葉を続けた。
「今話していた人物…………“絃神 隼人”のコードネームは…………“ハルカ カナタ”」
「……え……?」
「遥か彼方へと羽ばたく翼、という意味合いでつけた名前だそうだ」
「……なん、で……」
カナタは呆然と目を見開いてそう呟いた。そのカナタの様子を見ながらも、春樹は話し続ける。
「……君は、隼人とまったく同じ容姿をしているし、声も瓜二つだ。……もっとも、性格は真逆なようだが」
「……どういうことですか……?」
「……想像はついてるんじゃないか?」
心当たりがあったようで、しかしカナタは信じられないような表情で呟いた。
「………僕が……その“隼人”だった………?」
否定して欲しかった。自分が、自分でなかったかもしれないなどということは。しかし無情にも、春樹は苦しそうに、肯定の意味を込めて首肯し、言った。
「……その可能性は、非常に高いと俺は思う」
「……でも、僕には彼らが使っている殲士の力を使うことは……」
「いや、もうできるはずだ」
カナタは驚愕して春樹を見つめた。その様子を悲しそうな目で、しかし真剣な表情で見ていた春樹は、カナタを促して立ち上がった。
「試してみよう。俺についてきてくれ」
春樹の後について歩いてたどり着いたのは、学校の体育館ほどの大きさのアリーナのような場所だった。壁はコンクリートでできていてほとんど全面に傷がついている。天井を見上げると、何かの文様のようなものが刻んであった。
「ここは殲士達のための訓練場だ。殲士達はここで戦闘訓練を行い、自分たちを鍛えている。もちろん、能力も使ってな。ちなみに天井にある陣の効果で能力の出力はセーブされるから、相手が死ぬ心配をする必要はない」
「ここに僕を連れてきて……何を?」
「君にはここで、戦闘訓練をやってもらう。相手はあいつだ」
春樹がそう言って指差した先を見ると、先ほど自分に食って掛かった少年、タイガがいた。
「そんな急に言われても……それ、さっきの僕の能力がどうとかっていう話と関係あるんですか?」
突然滅茶苦茶なことを言い出した春樹を睨むカナタ。思い当たった理由を口にすると、春樹はそれに頷き、言った。
「そうだ。君の殲士としての力と、それによって生じる血色の光を俺たちは魔洸と呼んでいるが、君からはその気配がかすかながら感じられる。ノゾミの報告によれば、最初に会ったときには気配はなかったとのことだ。おそらく妖獣と接したことで、力がわずかではあるが目覚めたんだろう。それを完全に取り戻させる。荒っぽいのは認めるがな」
「……他に選択肢はありませんね。分かりました」
カナタは春樹から離れ、アリーナの中央付近に立つタイガに近づいていく。カナタがある程度近づいたところで、タイガが話しかけてきた。
「……戦う前に、先に謝っとく。いきなり怒鳴りつけて、悪かった」
そう言って頭を下げてくるタイガに、カナタは微笑しながら返事をした。
「いいよ、気にしてないから。……正直なところ、僕も訳が分からないから……」
そう言って俯いてしまうカナタだったが、アリーナに設置されているスピーカーから春樹の声が聞こえ、顔を上げた。
『準備はいいな? タイガ、彼は素人だ。ある程度手加減しろよ?』
「……わかってます」
『ならいい。では、始め!』
そして、模擬戦が始まった。
カナタが身構えた瞬間、タイガが両手を広げた。その両手に血色の閃光が収束し、巨大な鉤爪を形成した。そして、目にも止まらぬスピードで襲い掛かってくる。
「っく!?」
「ふっ!!」
カナタはとにかく離れようと横に避けようとしたが、タイガはそれを上回るスピードで接近し、鉤爪を横薙ぎに払った。それはカナタの腹部に直撃し、その勢いでカナタは地面を転がされる。
「ぐはっ!!」
肺の中から空気が搾り出され苦しく感じるが、嫌な感覚を感じてカナタは跳ね起きて走った。その予感を裏切らず、先ほどまでカナタがいた場所にタイガの鉤爪が振り下ろされ、深い穴を穿った。
「…………」
カナタの動きを見たタイガは、険しい表情を浮かべていた。そして、カナタとの距離を一息で詰め、今度は鳩尾の辺りを狙って突きを放つ。
「げふっ!!」
苦しげな声を上げるカナタの反応を気にもせず、そのままタイガは立て続けに鉤爪を振るう。その全てが見事なまでにクリーンヒットし、カナタは為す術もなくやられるがままだった。
「……チッ!!」
猛烈なラッシュの最中突然舌打ちしたかと思うと、タイガはいきなりカナタを思い切り蹴り飛ばした。その勢いは猛烈で、カナタはバウンドせずに壁に叩きつけられた。轟音が響き、瓦礫にヒビが入る。そのままカナタは、血まみれのまま動かない。その様子を見て、最初は搾り出すように、しかし次第に怒鳴るように言葉を発した。
「……嘘だ……冗談だろ……! ……こんな……こんなザコになっちまったのかよ……! ……ニセモノとはいえカナタなんだろ……だったらなんでこんなに弱えぇんだよ……! なんでテメェみてえなニセモノがカナタなんだよ! なんであいつの中にテメェみてぇなニセモノが入ってんだよ! 畜生があああぁぁぁ!!!」
叫び、タイガは爆発的なスピードで飛び出し、カナタに襲い掛かった。その鉤爪がカナタに命中する――――――寸前。
血色の何かに、阻まれた。
タイガが驚きに動けないでいると、カナタが苦しげながらも言葉を発した。
「……ふざけるな……」
「……んだと?」
ガツン!!
「のわっ……!?」
カナタのつぶやきにタイガが反応した瞬間、自分の鉤爪を止めていた何かにタイガは弾き飛ばされた。体勢を立て直してカナタの方を見ると、カナタが血色の輝きを薄く纏い、立ち上がるところだった。
「……たとえ僕がかつて違う人物だったとしても……僕は今ここにいる……! たとえニセモノだとしても、この“僕”は今ここにいる! 僕は僕だ! “ハルカ カナタ”だ!」
そう宣言するように叫び、カナタは自分の纏う血色の光を爆発させるように撒き散らす。その勢いに一瞬タイガは目を閉じた。目を開けたときにタイガが見たのは、血色の右翼を広げ、瞳を真紅に輝かせた、カナタの姿だった。
この話はずっと書きたかったんですが、やっと書けました。長かった……。でもなんか勢いで書いちゃったけど、明らかに流れがクライマックスですよね。この後どうしよ……。頑張ります!
では、次でもお会いできることを願いまして。