三話 戦闘・再会
都合により、一日遅れました。では、どうぞ。
激しく降りしきる雨。しかしそれにも負けずに、隼人は赤い輝きをその身に纏い、血色の翼を広げている。
「ったく、面倒な時に出てきやがって……まぁとりあえず、潰させてもらうぞ!」
「グルルルル……!」
隼人に睨みつけられた妖獣は怯むようにしながらも、隼人から目を離さないようにしている。そんな妖獣と隼人を見て、ノゾミ……いや、“叶”は驚愕していた。
「(どうして……さっきまで別人だったのに、今の口調は明らかに隼人だわ。魔洸も出ているし……でも、さっき公園で会った時には彼の魔洸の気配がしなかった……どういうこと……?)」
しかしそんなことを考えていた叶をよそに、今度は隼人の方から妖獣に襲い掛かった。
「おらぁ!」
「ルゥッ!」
隼人が殴りかかったが、妖獣は横に避け、逆に手の鉤爪で反撃してきた。しかし、隼人はその手を掴み、相手が飛び掛ってきた勢いを殺さずに地面に叩きつけた。そしてそのまま、妖獣の胸部を足で踏みつけ、押さえつける。痙攣しつつも動けない妖獣を見て、隼人はニヤリと笑い、言い放った。
「さて、そろそろ止めだ。“柄”がないから面倒だが……まぁいいか。じゃ、あばよ」
そう言って、右手を上に翳し、指を鋭く揃えると、全身に纏っているのと同じ血色の光が指先に収束し、輝いた。
「……滅光……!」
直後、右手を妖獣の喉元に思い切り突き込んだ。
「グギャァァァ!!」
断末魔の叫びを上げた妖獣は抗うようにもがいたが、やがて動かなくなり、隼人が手を突き込んでいる周辺から青い光の粒子に分解され、空気の中へと拡散していった。
「ハッ!ザコが」
そう吐き捨てた隼人は、ゆっくりと近づいてくる叶に気づいてそちらに顔を向けた。
「よう、終わったぜ」
そんな隼人に叶はふらつきながらゆっくりと近づき、搾り出すように声を出した。
「本当に……隼人なの……?」
その言葉を聞いて、隼人は表情に済まなさそうな色を浮かべて、返事をした。
「あぁ、そうだ。……悪かったな、長い間待たせて……」
その言葉を聞いて、叶は思いきり隼人に飛びつき、抱きしめた。
「隼人……はやとぉ……!」
弱々しく名前を呼び続ける叶を、隼人も優しく抱きしめ返す。どれくらいの時間そうしていただろうか。やがて隼人は叶から離れ、叶に微笑みかけた。しかしその直後、
「ぐっ!?」
突然隼人は大きく体を震えさせ、荒い息を吐き始めた。血色の翼が霧散し、体に纏っていた光が弱まり始めた。
「隼人!?」
「うっぐ……悪りぃ、時間切れみたいだ……」
「時間切れって何!? また……私の前からいなくなっちゃうの……!?」
不安げに語りかける叶に、しかし隼人は苦しげながらも笑いかけ、言った。その間にも、光はどんどん薄くなっていく。
「ばかやろ……俺がお前を置いてどこかに行くわけねぇだろ……。うっぐ……ちょっと……眠るだけだ……。……ガハッ!」
「隼人!」
叶が懸命に呼びかけるが、もう隼人はあまりの激痛に返事を返すこともできない。しかし、どうにか一言だけ搾り出すように言葉を発し、体に纏っていた光が消え失せて世界が元の感覚に戻ると同時に、気を失った。
―――もう一人の俺に、よろしくな―――
カナタは、自分の顔にかかる雨の冷たさに目を覚ました。しかしまだ意識がぼんやりしていて、自分がどこにいるのか、よくわからない。
「……と……は……と……やと……隼人!!」
「……?」
自分の耳元で、自分の知らない名前が呼ばれていることに気づいたカナタ。そちらに顔を向けると、涙を流しながら賢明に呼びかけているノゾミがいた。
「あれ……アスノさん……?」
カナタが声をかけたことでカナタが目覚めたということに気づいたノゾミは、咳き込むようにカナタに呼びかけた。
「隼人!? 大丈夫!?」
「わゎっ!? ……僕は大丈夫だけど……?」
「……“僕”って……隼人……?」
「え~っと……隼人って……だれ?」
「…………!!!」
カナタの言葉を聞いた瞬間、ノゾミは愕然と目を見開き、そして顔をくしゃくしゃに歪めて泣き出してしまった。それを見て、カナタは大いに慌てた。
「え!? ちょっ!? なんで!? どうしたの!?」
カナタが泡を食ってなだめようとするが、ノゾミは泣き続けていて何も答えない。結局ノゾミが泣き止むまでには、雨がすっかり止むまでの時間を要した。
「……落ち着いた?」
カナタとノゾミは、近くにあったベンチに腰を下ろしている。ノゾミがようやく泣き止んで落ち着いたようだったので、カナタは心配そうに話しかけた。それに、ノゾミはまだ少し涙目ながらも、返事を返した。
「……うん、もう大丈夫。ごめんね、驚かせて」
意外にもはっきりした声で返事をしてくれたノゾミに少しほっとした様子のカナタ。しかし、すぐに真剣な表情になって、ノゾミに問いを投げかけた。
「そっか、それは良かった。……それで、聞きたいことがあるんだけど」
「うん……大体分かるけど、なに?」
「あの怪物……君は妖獣って呼んでたけど、あれって何なの? それに、君が使っていた光の刃……君は、一体何者?」
問いかけられたノゾミは、しばらく何も言葉を発しなかった。何かを考えている様子だったが、やがて決心したようにカナタに向き直り、真剣な表情で口を開いた。
「……その質問には、ここでは答えにくいの。事情を説明するためには、一緒に来てもらい所があるのだけれど……結構長くなるけど、今から時間、大丈夫?」
「え……う~ん」
カナタは少しの間首をひねって悩んだが、すぐに返事をした。
「この後はちょっと……。まだ明日も学校があるし、厳しいかな……」
カナタの言葉を聞いたノゾミは、その言葉を予想していたように一つ頷いて、さらに言葉を発した。
「そうだよね。じゃあ、次の週末の夜はどうかな?」
「それなら大丈夫……だと思うけど。ところで、どうして夜なの?」
「……いろいろと、やっておくことがあるから」
カナタは何のことか聞きたいと思ったが、事情がありそうだったのでやめておいた。カナタとノゾミは次の週末の夜に初めて会った公園で会うことを約束し、別れた。
カナタは家に帰ると、まず買ってきたものを冷蔵庫に戻し、自分の部屋へと向かった。部屋に着くなり制服を脱ぎ、そのままベッドに倒れ込む。
「……疲れた」
普通の一日だったはずなのに、最後の最後で謎の少女と出会い、よくわからない現象に巻き込まれた。分からないことだらけで、かなり頭が混乱している。このまま明日まで眠ってしまいたいが、そういう訳にもいかない。なぜなら、
「……体濡れたから冷えてるし、風呂入って温まらないと……」
公園で風邪をひきそうな少女を心配したのは自分だというのに、その自分がこのまま風邪を引きでもしたら、シャレにもならない。カナタはそれだけは回避しなければと思い、疲れた体を引きずりながら風呂場へと向かった。
暗い路地裏。そこでノゾミは、何者かに電話をかけていた。数回コールが鳴った後、相手が通話に出た。
『俺だ。どうしたノゾミ、何か報告か?』
電話から聞こえてきたのは、低い男の声。気さくそうなその声に、しかしノゾミは堅い声を返した。
「すみません、司令。お忙しい時間に」
『いや、構わんさ。もう一番警戒しなければならん時間帯は超えた』
「そう言って頂けると助かります。どうしても、すぐにお伝えしなければならない事があったもので」
『そうか。で、何だ?』
ノゾミはその質問にはすぐには答えず、間を挟んだ。しかし一つ息を吐いて気持ちを落ち着けると、言葉を続けた。
「……カナタが帰ってきました」
『……なに!?』
ノゾミの言葉を聞いて、電話相手の人物は驚愕した様子だった。続けざまに質問を重ねる。
『いつ!? どこに!? そもそも帰ってきたのなら、なぜ俺に連絡がない!?』
「そのことなんですが……」
とノゾミは一瞬言いよどんだ後、続けた。
「どうやら、私たちに関する記憶がないようなんです」
『……喰われた、というのか?あのカナタが?』
男の声には、信じられない、というニュアンスが大いにあった。しかしノゾミはそれには同意しつつも言葉には出さず、そのまま言葉を続けた。
「おそらくそうではないかと。しかも、彼は自分が“ハルカ カナタ”という人物だと思っているようで、以前のカナタとは別人のようです」
『……一体どういうことだ? 普通に“喰われた”だけなら、記憶喪失にはなるが、それだけだ。それとは様子が違う……ということなんだな?』
「はい、先ほども言ったように、別人……別の人格があるかのようです。彼、自分のことを“僕”って言ってましたから」
「……なるほど。そりゃ確かに別人だ」
電話の向こうの人物は、声色に納得したような色を滲ませて、言葉を続けた。
『で、彼の今の居所は?』
「分かりません。ですが、今週末の夜に会う約束を取り付けておきました。そこで、司令にも確かめて頂きたいと思いまして」
『なるほど、な。よし、分かった。その日、カナタをアジトまで連れてきてくれ。そのカナタに対しての見極めと説明は俺がやろう』
「はい、よろしくお願いします」
そう言って、ノゾミは通話を切った。そして、俯いて少しの間涙を流した。しかしそれほど経たない内に顔を上げ、彼女は夜の闇へと消えていく。
少女の悲しみと涙の訳を知る者は、どうやらいないようだった。
隼人くん初戦闘。……まぁ瞬殺でしたけど。いったいこの後どのような展開になっていくのか……楽しみにして頂ければ幸いです。
では、次でもお会いできることを願いまして。