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番外 猪口令糖

 お久しぶりです。一年半も追憶編の完結から経ってしまいましたが……リハビリに、時事ネタということでバレンタインの短編を書いてみました。楽しんで下されば幸いです。

 バレンタインデー。男子に女子がチョコを渡すという、文字にしてしまえばただそれだけの日。だが、そこに込められる思いは重かったり切実だったり……と、なかなか大変な日だったりするのである。とはいえ最近では友チョコや逆チョコといったように意味合いの幅も増え、意味も多様化してはいるので一概には言えないのかもしれないが。


 そしてここにも、そんな激動に巻き込まれる少女たちがふたりほど。


「……で、このあとどうすればいいの?」


「バターとかを混ぜて作ってたやつに、もう一個のボウルに入ってるココアパウダーとかを混ぜた奴を入れて混ぜるの。だいたい合わさってきたら、最初に刻んだチョコを加えてね」


「わかった」


 と、ミチルの指示に従って調理をしているノゾミ。ここはミチル宅の台所。料理上手のミチルに教わりながら、ノゾミも一緒にバレンタインのチョコレートを作っているところだった。バターやショートニング、小麦粉といったものを混ぜたボウルにミチルの指示通りその前の作業で作った材料を混ぜていく。一方その隣のミチルはステンレス製のボウルに入れたチョコレートを湯を張った鍋に掛け、ゴムベラでかき混ぜながら溶かしていた。ちなみに作っているのはノゾミがチョコクッキー、ミチルがチョコブラウニーのようだ。


「……こういうの去年ぶりだね、そういえば」


「そうね。去年はカナタに……“あっち”のカナタに作ったのよね。懐かしいわ」


「そうだったねぇ。カナタ君ってコーヒー飲んでるイメージがあったから甘いの苦手なのかと思ったけど、意外とお菓子好きってわかった時はちょっと意外だったなぁ」


「確かに。普段から食べてたりするわけじゃなかったからね。あいつアジトに住んでたから、渡すのにわざわざ行ったんだもんなぁ……っと、さて。こんなもんかしら」


 均一に生地が混ざっただろうと判断し、ノゾミはチョコチップを取り出した。それを入れ、またゴムベラで混ぜていく。その後も雑談しつつ手を動かし、二人の作業はほぼ終盤と言っていいところまで来ていた。ミチルの方は粉類とチョコレートを混ぜ合わせる行程に入っていた。あとは型に入れて胡桃を入れて焼けば完了だ。そんなことをしつつ、ノゾミの方も作業がひと段落したようでミチルに尋ねる。


「……で、生地の方はこんな感じで良いの?」


「えーっと……うん、これで大丈夫。じゃあ生地をラップで棒状に包んで、冷蔵庫に寝かせよう。それができたらラップ外して切って焼いておしまいだよ」


「了解ー。それにしてもよく本とか見ずに作れるわよね。よく作るの?」


「たまにだけどね。お母さんがお菓子作りとか好きで、それを小さい頃から手伝ってたら自然に覚えたの」


「なるほど……」


 道理で手つきが慣れてる訳だ、とノゾミは納得した。クリスマスの時にも一緒に調理したので、既にその片鱗が見えてはいた訳なのだが。








 そんなこんなで二人は全ての調理工程を終え、ミチルの方は先に出来上がって粗熱を取っていた。オーブンが一つしかない上、冷やす時間が必要だったので後になったノゾミの方も、あとはオーブンから取り出すだけとなった。調理場の片付けも終わって一息ついているところで、ミチルはふとノゾミに尋ねる。


「そういえば、ノゾミちゃんはいつ渡すの? 仕事の時?」


「うーん、それが一番楽だろうけど……持ったまま移動するのも面倒だろうし、もし戦闘になったら気にしてる余裕なんかないだろうから、つぶれちゃったりしても嫌だし……どうしようかしら、確かに」


 二人そろって首を捻ること数分。


「……どこかで待ち合わせる?」


「まぁそれが一番無難よね」


「何て言う?」


「ま、別に特別何か言わなくてもいいんじゃない? どうせ日付で何の用事かわかるわよ、男子なら」


「……それもそっか」


 では今日の夜の仕事が終わった時に待ち合わせのことを言おう、と話し合い、二人は最後の仕上げに入った。








 そして、バレンタイン当日。カナタがいつも通りに学校に向け歩いていると、後ろからやってきた裕人が声をかけてきた。


「ようカナタ、おはよう。今日もさみーな」


「あぁ、おはよう。梅も咲いてきてるし、そろそろ暖かくなっては来ると思うんだけどね」


 玄関で靴を履きかえるため靴箱の箱を開けた裕人。が、何にガッカリしたのか裕人は溜息を吐いて肩を落とした。


「? どったの裕人」


「そりゃーお前……今日が何の日かわかってんだろ?」


「今日……って、あぁ。そっか、バレンタインデーだったっけ」


 と、言われて気が付いたカナタ。そう気づいてから周りを改めて見渡すと、確かに心なしか学校全体が浮かれて色めいているような雰囲気があった。


「そうそう。となれば、男子としてはやっぱ……チョコがもらえるか、気になるもんだろ?」


「まぁ、そりゃ確かにわかるかもだけど……」


「んで、靴箱ってのは割と定番じゃん?」


「そういうイメージも確かにあるけど。でもさ、実際靴のそばに食品って……って、ちょっと思っちゃったけど」


「……なるほど、一理なくはない。とはいえ、人目に付かず渡す定番としてはアリじゃん?」


「それには同意するけどね」


 と、そんなことを離しながら教室までたどり着いた二人。教室に入ると、パラパラとクラスメイトたちがいたが……心なしか、女子の比率が高いような気がした。


「なんでだろ?」


「気付かれずに机に入れるためなんじゃね?」


「なるほど」


 一応聞こえないようにボソボソ言い合った二人。二人の机は離れているので入り口で別れ、それぞれの机に向かった。机に手を突っ込んで再び肩を落とした裕人を横目にしつつ、カナタは肩をすくめつつ自分の机に向かう。


(……と言いつつ、僕も気になってはいたり……)


 何だかんだ気になっていたカナタは、小さな期待を持ちつつこっそりと机の中に手を入れた。すると、


 コツン


 という、何かが手に当たる感触があった。


「ん?」


 手で掴めるサイズの箱だということが感触から分かったカナタは、もしやという期待を抱きつつ、周りに気付かれないようにそっと箱を取り出した。それは白い包装紙に包まれ、赤いリボンが巻かれた立方体の箱だった。


「……やった」


 ボソッと小さく呟いたカナタだったが、内心ではすごく喜んでいた。箱をよく見て誰からのものか知ろうとしたのだが、どこにも名前やカードといったものは挟まれていなかったので知ることはできない。残念、とカナタが思った時、隣の席に直子が座った。


「やぁ、おはよう」


「うん、おはよう。……鞄は置いてあったみたいだけど、どこかに用事でもあったの?」


「ちょ、ちょっとね」


 なんだか普段に比べて落ち着かない様子の直子に、カナタは首を傾げる。すると、直子はカナタが手に持った箱をチラリと見て、すぐに視線を前に戻した。


「……その箱」


「え? あぁ、うん。誰かがくれたみたい」


「そうか。……嬉しいかい?」


「そりゃもちろん」


「それはそれは。良かったね」


「でも、誰がくれたのかわからないのがちょっと残念か、も……」


 と、そこまで話して、カナタはふともしやと思って改めて直子の方を見た。何でもない風を装っているが、やはりどこかそわそわしているような気がする。カナタはそれを見て何かに気付き、クスッと笑った。ちょうどその時チャイムが鳴り、同時に担任の先生が教室に入ってくる。それを見たカナタは箱をそっと鞄の中にしまい、席に座るときに直子の耳元に口を寄せて小さく言った。


「ありがとね」


「~~~~~っ!」


 カナタの言葉を聞いた瞬間、顔をボッ! と火が出るかのように真っ赤にした直子。その様子を見てカナタは心の中で改めてお礼を言いつつ、授業の準備を始めていった。








 学校が終わり、カナタはいつもの待ち合わせ場所になっている公園に向かっていた。仕事終わりに、学校が終わったら来てくれと言われていたからだ。目的地に着くと、既にタイガがベンチに座っていた。彼もこちらに気付いたようで手を挙げ、カナタもそれに応じながら近づいていく。


「タイガ君、早かったね」


「あぁ、珍しいだろ。俺も先に誰もいないとは思わなかった」


 と、いつも時間ぎりぎりに待ち合わせ場所にやってくるタイガが言う。なんでも乗継がうまくいったらしい。カナタもタイガの隣に座る。


「まぁ二人の用事はバレンタインのチョコくれるっていう話なんだろうけどな、たぶん。ありがたいぜ」


「そうだよね。タイガ君はチョコ、もらえたの?」


「妹にはな。クラスメイトはだーれもくれんかった。まぁ基本的には野郎としかつるんでねぇから仕方ねぇけど。お前は?」


「一つもらったよ。クラスの女の子から」


「マジかよ。羨ましいこったぜ……」


 ハァ、とため息を吐いたタイガに苦笑したカナタ。そこに、待っていた人物からの声が飛んでくる。公園の入り口から入ってきたところだ。


「ちゃんと二人ともいるわね。タイガも」


「……俺はどんだけ信用がねぇんだよ」


 文句を返しつつも立ち上がったタイガと同じく立ち上がったカナタ。どうやらノゾミも途中でミチルと会ったようで、二人一緒だ。


「さっきぶりだね、二人とも」


「そうね。……ま、まだ暗くなるまでに早いから仕事まで時間もないし、用事済ましちゃいましょ。ミチル」


「うん」


 と、頷き合った女性陣二人は鞄を探り、それぞれラッピングされた箱を取り出した。ノゾミは青いベースに金色の模様とシールが張られたもの、ミチルは薄ピンクの包装紙に、それよりも濃いピンク色のリボンが巻かれたものだ。それぞれ一つずつ、カナタとタイガに手渡される。


「はい、どーぞ。ハッピーバレンタイン」


「私からも、どうぞ」


「おう、サンキューな二人とも」


「ありがとう、ミチルさんアスノさ……ん?」


 と、二人そろってお礼を言ったのだが、カナタの言葉が止まったのには理由があった。なぜかカナタの方だけ箱が縦長で、高さが倍近くあったのだ。それを見たタイガとカナタは驚いて硬直してしまう。


「こ、これは一体……?」


「これは……差別と言うやつなんだろうか……?」


「当たり前でしょ。私のあんたとカナタに対する友情が同じとでも思ったの?」


「ぐぅう!? さすがの俺でも傷つくんだが!?」


 まさかのノゾミからの攻撃を受けて頭を抱えるタイガ。しかし直後にノゾミはさらっと、


「ま、冗談はさておき」


「冗談かよ!?」


 と、ツッコミを入れてきたタイガを流し、改めてカナタに向き直った。からかっただけからかって満足したのでタイガは放置するらしい。


「理由は開けてみればわかるわ。じゃ、またあとでね」


「また数時間後には会うことになるわけだけど、バイバイ」


「あ、あぁ……」


「うん……」


 なんともあっさりとチョコレート渡し、去って行った二人。まぁ彼らは行事祝日関係なく毎日顔を合わせているので、こんなものなのかもしれないが。とはいえ何やら謎を残して消えた女性陣に、残されたカナタとタイガは顔を見合わせるしかなかった。








 ともあれ家に帰ったカナタは、さっそくもらったチョコレートを開けようと鞄を下ろした。まず最初に、直子にもらったチョコの箱を開けた。中身は生チョコらしく、さらに抹茶のパウダーが振るってある。


「……さすが和風女子……」


 文化祭や端々の会話から和の雰囲気を感じ取ってはいたものの、改めて目にするとすごいなと驚いたカナタ。お茶に習字に、お菓子作りまでできるとは……なんとも女子力の高い女性であった。一つ食べてみたがチョコレートの甘さと抹茶の香りが絡み合い、なんとも上品な仕上がりだった。


 次にミチルの箱を開ける。一口サイズのチョコブラウニーが十個ほど入っており、上から粉砂糖が振られていた。こちらも本格的に食べるのは後にして大事にいただこう、と一つ食べるが、ふわふわとした触感と優しい甘さが広がってカナタは嬉しそうに笑った。なんともミチルらしい味と食感だと思ったのだ。






「さて。結局ノゾミさんのこれはなんなんだろ」


 そう。ノゾミからもらった箱、やけに縦長だと思ったら、包装紙を開けてみればカナタの方は二つ組だったのだ。縦に二つ重ねてあり、さらに水色の紙でラッピングがしてあった。上の方に「カナタへ」と書いてあり、ではこっちはなんだろうともう一つも開封したのだが……開けて、カナタは納得して息を吐いた。


「……あぁ。なるほど」


 そこにはカードが入っており、こちらは彼女の“本命”であることが表されていた。


『ハッピーバレンタイン。いつまでも待ってるわよ。なるべく早い方が嬉しいけど』


「……これは僕は食べられないな……」


 小さく呟き、そっと元にもどしたカナタ。自分宛の分を食べようと箱を開け、中のチョコクッキーを一つつまむ。苦いベースと甘いチョコチップの組み合わせがうまく噛みあっており、美味しく仕上がっていた。


「さて……仕事まであとだいたい、二時間くらいか。少し休んでから出られるな」


 じゃあもらったお菓子食べつつ何か飲もうか、と考えたカナタだったのだが……なぜだか、不意に眠気に襲われた。


「あれ……? おかしいな。特に夜更かし……は、毎日してるけど……さっきまではどうってことなかった、の……に……」


 と、どんどん眠くなったカナタはやがて台所のテーブルに突っ伏し、スースーと静かな寝息を立てて眠ってしまった。








 ややあって眠りから覚めた彼はモゾモゾ動きだし、立ち上がって大きく伸びをした。そしてノゾミのチョコの前に歩いていって箱を開け、中に入っていたカードを手に取る。その文字を何度も、何度も読み……彼は、嬉しそうに笑った。


「……ありがとうな、叶。絶対帰るからよ……」


 そう呟いたカナタ……いや、“隼人”は、おもむろにノゾミのチョコクッキーの箱を開けて食べ始めた。一つ一つ味わいながら。待ち続けてくれている彼女が、自分宛に作ってくれたその味を……帰るという決心と共に、心に刻み込むようにして。






「……んー? ……おっと……」


 寝ちゃってたか、と突っ伏していたテーブルから起き上がったカナタ。伸びをしつつ時計を見ると、三十分ほど眠ってしまっていたようだ。


「やれやれなんだったんだろ……あれ?」


 と、ふとテーブルの上に目を戻すと、ノゾミからもらった隼人宛ての箱が開いていた。中を確認してみると、空になっている。


「おっかしいな、いつの間に。……ん?」


 ふと、カナタは思い当たったことがあった。この家には自分一人。ということは、これを食べていったのは……


「なるほど。渡したい人に渡せたわけだ」


 ちゃんと宛てた人に届いてよかった、と笑ったカナタ。これは後で伝えておこうと心に決めつつカナタはテーブルを離れ、夜の殲士としての仕事のため、自室にスーツと武具を取りに行った。







 いかがでしたでしょうか。正直私自身、彼らを描くのはあれぶりだったのでキャラ崩壊していないか若干不安だったりするのですが。とはいえ、書き始めてからは思っていたよりもキーが軽快に進んだので……案外、染みついているものですね。一応暁の二次創作を書き続けていたりはしたので、そのおかげもあるのかもしれません。あちらも面白いものにしようとしています、よろしければ読んでいただけると嬉しいです。


 今回一瞬登場した隼人ですが、復活した細かな理由付けは特に考えていません。色々考察してくださって構いませんが……こちらとしては、バレンタインの奇跡、というところがしっくり来るでしょうか。


 リハビリという言葉からもわかるかもしれませんが、念のため。今後も不定期投稿に……もしかしたらまた一年ほど時間が開いてしまったりするかもしれませんが、「血色の翼と光の刃」、執筆を再開していきます。一応、完結までの道筋は考えてはいるので……


 今回はこのあたりにしておきましょう。では、次でもお会いできることを願いまして。

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