二十九話 特殊技能
2月に食い込んでしまいました……2月の初旬まで期末試験があったのでご勘弁を。
では、どうぞ。
三人でサンドイッチをつつき始めて一時間ほど経ったころ、談話室に先ほど話題になっていた少年、タイガがやってきた。まだ完全に疲労が抜けきっていないのか、若干ふらふらしている。
「お、来たな」
「……おぅ、カナタか……あれ? 今日平日じゃ……」
「いろいろあってな。……さ、丁度良い。今から模擬戦やんぞ、タイガ」
「うぇ!?」
「広橋、良い機会だからお前も見に来い。自分以外が魔洸使ってんの、あんまり見たことないだろ?」
「ちょ、ちょっと待てカナタ! 俺さっきまでベッドでぶっ倒れ……つかこの女子誰っ……!?」
「はいはい、細かいことは気にしなくていーから。行くぞー」
「おい、話を聞けぇええええ!」
何がなんだか分からないうちにどんどん話を勝手に進められて訓練に連れて行かれそうになり、叫びながら抗議しようとしたタイガだったが、抵抗空しくカナタに首の後ろを捕まれ、ズルズルと引きずられていった。
「……古典的なマンガみたい……」
「さすがタイガとカナタ。ボケとツッコミがはっきりしてる」
「……あれはそういう言葉で済ませていいものなのかな……」
急展開に唖然としつつ、叶がボソッと呟いた言葉にサチがどこか感心したように反応し、ミチルがさらにぼそりと呟いた。
「……あれが、あの二人の普通のやりとりなの?」
「うん。まだ結成間もないけど、良いコンビだと思う」
「……サチちゃん……結成、って……」
思わず聞いてしまった叶にサチが答えたものの、完全に面白がって言ったことにミチルはガックリと脱力して肩を落とした。しかし気を取り直して、ともかく移動しようとミチルが促したのに従い、叶はミチルの先導で歩き始めた。
「武具は? メンテか?」
「……あぁ。力加減考えずに使っちまったから、メンテする! っつって整備の人が持ってっちまった」
「まぁ、そうだろうな。んじゃ、素手でやっか」
叶が二人に連れられて訓練場にやってきたとき、カナタとタイガは動きやすそうな服装に着替えてそんなことを話していた。二人が訓練前のストレッチをしている間に、叶はふと気になったことがあったのでミチルに聞いてみた。
「……えっと……ヒカリ、さん?」
「はい?」
「あの二人が言ってる、訓練、って……やっぱり、あの光を使って……?」
「うん、そうだよ。やっぱり見えるんだね、魔洸が」
「うん。……でもあれ、人間相手に使ったら結構危険なんじゃ……あっちの、タイガ? っていう方の人、初心者みたいな口振りだし……」
「あぁ、それなら大丈夫。天井に文様があるでしょ?」
ミチルに促されて叶が天井を見ると、文字とも記号ともつかないものがビッシリと隙間なく書いてあるのが見えた。
「うん」
「あれが、魔洸の威力を下げる役目を果たしてるの。だからある程度術者が未熟で魔洸の制御が甘くても、大丈夫なんだ」
「……ミチル、意外と酷い。暗にタイガがヘタクソって……」
「……え!? べ、別にそんなつもりで言った訳じゃ……!?」
ボソッとサチがからかうように言った言葉に、ミチルは敏感に反応して慌てた。それを見て、叶はこっそりと思った。
(……うん、こっちも良いコンビみたいね)
と。
「……なーに話してんだ、あいつら」
見学ブースで何やらギャアギャア騒いでいる女性陣……正確には騒いでいるのはミチルだけだが……を見て、カナタは腕を伸ばしながら呆れたように呟いた。
「なぁカナタ、なんなんだあの娘? 初めて見る顔だけど……殲士なのか?」
「いや、彼女は一般人さ。弟ともども襲われて……まぁ助かったんだけど、なぜか両親と連絡が取れなくてな。ここなら取り敢えず話し相手くらいはいるし、連れてきたってわけだ」
「ふーん……弟、ね……」
「……状況は似てるが、少なくとも魔洸の扱いは今のお前よりマシだぞ、彼女」
「うそっ!?」
叶の境遇を聞いたタイガは何か思うところがあるようだったが、カナタが発したタイガにとってはショッキングな事実に、愕然とした表情で一時停止した。
「ちょっと話を聞いた感じ、もともと魔洸が見えたらしいけどな。扱いもそこそこみたいだったぜ」
「……しょうがねぇじゃん……俺使えるようになったの超最近なんだから……」
「だから、後から来た一般人に、現役殲士のお前が負けたらカッコわりぃだろ? ほら、そろそろ始めんぞ」
「へぇーい……」
と、タイガの返事を最後に二人はお互いに少し離れ、構えた。
「よし、まずは固定化からだ。いつも通り、やってみろ」
カナタに促され、タイガはカナタから視線を逸らすことなく魔洸を両手に集中させる。魔洸の扱いに慣れていないというのは本当のようで、魔洸はふよふよとタイガの手の周囲を漂うばかりでなかなか形が定まらない。が、カナタは苛立ちを見せることなく一つ頷いた。
「うん、とりあえず目を逸らさずに集中できるようになったな。少しは進歩だ」
「“どんな状況でも戦場で敵から目を離すな。死ぬぞ”だったよな」
「そ。……オラ、早くしろよ」
「だからっ……! そんな簡単にいくなら苦労しねぇ……っつの!」
と、カナタへ文句を言ったと同時にタイガはようやく魔洸を自分の手の回りに鉤爪のように固定することに成功し、大きく息を吐いた。
「ぜぇ……はぁ……」
「やっぱ武具なしでの魔洸発動はまだ厳しいか……まぁ、方法が荒いのは承知の上だけどな。さ、こっからが訓練の本番だ、いくぜ!」
と、何やら呟いたと同時にカナタはタイガとは対照的に一瞬で手に魔洸を纏わせ、いまだに息切れしているタイガに突っ込んだ。
「いっ!? ……スパルタな教官だぜ、ったく!」
一瞬ギョッとしたもののさすがにカナタのやり方にも慣れてきているようですぐに持ち直し、タイガは顔を狙ってきたカナタの右手を弾く。続けて足を払われそうになるがなんとか後ろに跳んでかわし、お返しとばかりにカナタに突っ込んで腹に一撃食らわせようとする。が、受け流されて思い切りつんのめった。
「おわっ、とっ、とっ……!」
「はい、奇声上げてないでとっとと体勢戻すように」
「へぶっ!!!」
できた隙を見逃すカナタではなく、足を引っかけてタイガを転ばせやすくし、トドメとばかりに後頭部に手を当て思い切り下に叩きつけた。結果、タイガは顔面から訓練場の床に激突する。
「……次からは」
「……てめ……酷くね……?」
「今更気づいたか」
「おい!?」
「命取られてないだけマシだと思え。今のが妖獣なら、命が助かったとしても重傷は確実だぞ」
「うぐ……」
カナタの言い分に立ち上がりながら言葉を詰まらせるタイガ。確かに妖獣相手にあれほどの隙を見せれば、待っているのは確実に死だ。それを認め、頷いてタイガはカナタに向かってもう一度構えた。
「……了解。次からは気をつける」
「上等。んじゃ、続けるぞ」
タイガの言葉にカナタはニヤリと笑って答えた。が、すぐに二人とも表情を真剣なものに変え、再び互いに向かっていった。
それからカナタによるタイガの訓練(というにはイジメに近いようなしごきだったが)は続いた。それを叶含めた女性陣はずっと見学していたのだが、叶はあることに気づいてミチルに話しかけた。
「……あの、ヒカリさん?」
「ミチルでいいよ。なに?」
「……あの二人の訓練、さっきから見てるけど……なんか、ハルカの動きが単純というか、ワンパターンというか……」
「単調に見える?」
ミチルの言葉に頷く叶。叶の素人目にも分かるように、カナタがタイガに仕掛ける攻撃はどれも直線的で、どこを狙っているのかわかりやすいものだった。それに対し、タイガがカナタに仕掛ける攻撃には、拙いながらもフェイントなどが含まれている。技術の巧拙的に見るなら普通は逆じゃないのか、と叶は思ったのだ。
「広橋さんの見立ては間違ってないよ。カナタ君はわざと単調な攻撃を仕掛けてる」
「え……わざわざ? なんで? 普通戦う時って、相手に動きを悟られないようにやるもんじゃ……」
「それは、殲士たちの戦う相手が妖獣という名の”獣”だから」
叶の疑問に答えたのは、サチだった。いまだに訓練を続けるカナタたちから目を離し、叶の隣に座って続ける。
「今のカナタは、いわば妖獣役。相手はほとんど野生動物に近い、本能に従って生きるような奴らばかりだから、攻撃もどこを狙っているか分かりやすい。……もっとも、さっきタイガが床にキスした程度の対応はたまにしてくるけど」
「あ、あはは……それはさておくとしても、いかに相手の攻撃を見切って、回避して、自分が有効打を出せるようになるか。今のタイガくんの訓練は、それに集中してる。……今のカナタ君……言い換えるなら、“人間レベル”の速さについてこれないようじゃ、妖獣との戦いは厳しいからね」
「ふぅん……なるほど……」
二人の言葉に頷き、再びタイガたちに視線を戻す叶。その視線の先では、カナタの繰り出す攻撃を必死で捌いているタイガの姿があった。
(……確かに、ハルカの動きに追いつけてない……風貌に似合わず、意外と喧嘩慣れしてないのかしらね……)
「……もしかして、腕っ節には自信あり?」
「……え? いや、特にそういう訳じゃないけど……」
叶のタイガたちの動きを見ている視線から何かを感じたのか、サチがそう聞いてきて、叶はハッとして慌てて取り繕った。が、サチはそう気にした様子もなく続けた。
「興味が湧いたなら、ちょうどいいからカナタに相手してもらえばいい。タイガ相手にするくらいカナタなら余裕だから、たぶんやってくれる」
「でも……私、殲士とかいうのになるつもりは……」
「別に殲士として戦えるように訓練しろって言ってるんじゃなくて、ただ単に運動だと思ってやってみたら、と言いたかっただけ。魔洸、多少は使えるみたいだし。気晴らしに」
「で、でも……そ、そうだ。ミチルさんはどう思う?」
何やら話が不穏な方向に行き始めたので、ミチルに止めてもらおうと助けを求めた叶だったのだが……
「いいんじゃない? ウェアなら私の予備があるし……」
(ちょい!)
助けてくれるかと思いきや、まさかの裏切りにあって叶は頭を抱えた。しかも、表情を見るにからかっているのではなくて、本気でそう思っているらしい。
(これだから天然ってのは……!)
「俺なら構わないぜー。着替えてきなー!」
「いっ!?」
と、響いた声に叶が慌てて顔を上げると、カナタがこちらに向かって手をメガホンのような形にして返事をしていて、叶は思わず叫んでいた。
「ちょっと! 私は部外者だしこの組織に入るつもりもないんだからそんなもん必要ないでしょうが! ……つかその距離から会話聞こえてたわけ!?」
「俺の聴力をなめるなよ」
「この地獄耳!」
「褒め言葉だぜ! はっはっはぁ!!!」
床に這いつくばってゼイゼイと息切れしているタイガを尻目に、高笑いするカナタ。それを見て、もはや何を言っても無駄らしいと悟った叶はがっくりとうなだれ、諦めてミチルの案内でアジト内の更衣室へと向かった。
ミチルが持っていた予備のトレーニングウェアを借りて叶の着替えも終わり、今叶とカナタは向き合ってアリーナの中央にいた。ちなみに他の女性陣もついでにトレーニングしよう、ということになったようで一緒にウェアに着替えて隅の方で組み手をしていて、疲労困憊したタイガはアリーナ端のベンチまで引きずっていかれた。
「……さて。そういや、魔洸の使い方分かってるんだったっけか。んじゃ魔洸の収束あたりは飛ばして、戦闘に使われる基本的なところだけ教えとくよ。また襲われないとも限らないし」
「……嫌なこと言わないでよ……」
と、カナタの言葉に顔をしかめつつ、叶はひとまず両手に魔洸を集中させる。いつも通り手の周囲にまとわりつかせるようにして、できたことに満足……したところで、ふと思い出した。
(……あれ……そういえば、今は普通に使えてる……)
弟と自分の生命の危機という緊急時に使えず今使えるということは、さすがの自分もそこまで恐怖を感じていたんだろうか、と自分に少々呆れた叶。が、視線を感じて叶が視線を前に戻すと、なにやらカナタが叶の両手を注視していた。
「? なによ?」
「……いや……はて? …………ちょっと失礼」
と、一言断りを入れたかと思うとカナタは叶の両手に……正確に言うと、叶の両手の“魔洸に”触れた。そしてカナタはさらに首を捻った。
「……こんだけの密度がありゃあ、隔世でも普通に使えると思うが……」
「え? そうなの?」
「あぁ。……なんで隔世でできなくて、現世だとうまくいくんだ?」
と、なにやら“?”を飛ばしまくるカナタだったが、とりあえず考えても仕方ないと思ったらしく、切り替えた様子で叶の方に向き直った。
「……まぁいいや。さて、最初は手刀を作って、その周りに魔洸をコーティングする感じだ。やってみろ」
「……りょーかい」
カナタのはっきりしない言い方が気になった叶だったが、とりあえずカナタに言われたように目を閉じて意識を集中して魔洸を手に収束させていく。数秒後、叶が目を開けると手刀の周囲にしっかりと魔洸が固定されていたので、叶は一つ頷いた。
「……よし。こんなもんね」
「うん、上出来。十分実戦で使えるレベルだな」
叶の作った手刀を見てカナタは感心したように頷き、続けた。
「この状態を祓光という。妖獣に攻撃するときの基本中の基本だ。この手刀の状態をベースに、殲士が個人で持つ武具に同じ方法で魔洸を流して具現化する。俺が使ってた武具も……っと、後で武具の説明もいるか」
「そこまではいいわよ、その殲士ってのになるつもりもないし」
「そうか。んじゃ、その状態維持でちょっと組み手やってみよう。どっからでも打ち掛かってきな」
そう言って、カナタは叶から離れて同じく祓光を展開した。それじゃ遠慮なく、と言って叶はカナタに打ち掛かっていった。
(……なんだ……この変な違和感……)
叶との組み手を続けるうち、カナタは何かおかしな感覚を覚えた。
(コイツ……使ってる魔洸が妙だ……単に濃度が薄い、って感じじゃなくて……変に“個性が薄い”というか……)
「なに考えてるのか知らないけど、余裕こいてると痛い目見るわよ!」
「っと! さすがにそこで当たるほど迂闊じゃねぇよ!」
と、カナタは頭を狙って繰り出された回し蹴りを払い、右手を叶の腹めがけて突き出す。が、叶はそれをしっかりと祓光を纏わせた手で防いだ。
「女子の腹狙うなんて、ちょっとえげつないんじゃない?」
「頭に蹴り入れようとした奴に言われたかねぇ……よっ!」
言い切ると同時、カナタは右手の魔洸を弾けさせ、叶の手の祓光を散らした。当然、叶はその衝撃でよろめく。
「きゃっ!?」
「終了だ」
そのまま、カナタは左の掌で叶の腹を突いて、トレーニングを終わりにしようとした。……しかし、その時。
「……はぁっ!」
叶は完全に散らされた魔洸を瞬時に掌に集光させて再生し、突き出されたカナタの掌を防いだ。
「なっ!?」
さしものカナタも動揺して一瞬だけ動きを止めてしまう。そして、その隙に叶は反対の手で祓光を発動したまま、カナタの胸部を思い切り突き飛ばした。
「せぃやあっ!!!」
「ぐぅ!?」
弾き飛ばされたもののかろうじて勢いを殺すことに成功し、一度転がったもののカナタは体勢を立て直す。ふぅ、と息を吐いて構えを解いている叶を見てカナタも体の力を抜くが、それどころではなく頭をフル回転させていた。
(……魔洸の扱いは、確かにうまい。けど、妙な違和感があった……今のもそうだ。……どこだ……どこが引っかかってる……)
カナタは、何事かあったのかと怪訝そうな表情で首を傾げる叶を見ながら、先ほどの組み手を思い出して違和感の理由を探す。
(……今あいつは、俺が魔洸を散らしたにも関わらず瞬時に祓光を張り直した……)
(……それにあいつが使ってた魔洸の、妙な無個性さ……それを、あいつは自分の手に魔洸を集光して行使して……)
そう、“集光”。
「!! そういうことか!?」
はたと思い当り、カナタは叶が驚いて仰け反るのも構わず彼女に駆け寄った。
「広橋、お前、どんなイメージで魔洸を扱ってる?」
「どんな、って……なんて言ったらいいのかしら……」
藪から棒にいきなり何を言い出すのかと疑問に思いつつも、叶は自分の手を見つめて少し考えながらニュアンスを話す。
「……空気中に漂ってる赤い粒子を、手に集めて……っていうか、“引き寄せて”使ってる感じ……かしらね?」
「……そういうことか……」
叶の説明を聞いてようやく合点がいき、カナタは息を吐いて立ち上がった。何かあったのかと、遠い所で訓練していたミチルとサチ、そしてベンチでぶっ倒れていたタイガも回復してはいないものの気になったのかよろよろしながらやってきた。
「さっきの組み手で、お前の魔洸には妙な違和感があった。なんていうか、すごく無個性な感じだったんだが……その理由が、今やっとわかった」
そう言って、カナタは自分は何かおかしいのかと怪訝そうな表情をした叶の顔を見た。
「お前はまだ、自分の中にある魔洸をほとんど使ってない。自分の中の極僅かな魔洸を“呼び水”……要するに触媒にして、空気中の魔洸を“引き寄せて”使ってる。磁石で、砂鉄を動かすみたいにな。……道理で隔世じゃうまくいかないはずだぜ。隔世にはその、“引き寄ることができる魔洸”が一切ないんだからな。自分の中にある……というか、“漏れ出てる”魔洸だけを使ってたんだから、そりゃあ薄くて当然だ……」
「……なるほど。道理で魔洸の気配がしない訳ね」
カナタの話したことに、サチも同意する。彼女曰く、魔洸には強烈な気配があり、さらに個人によってそれぞれ違う気配があるのだという。それが、昨夜カナタが言っていた“固有の周波数”というやつなのだろう。だが、叶からはそれが感じられなかったそうだ。にも関わらず魔洸が見える上に少しは使えるというので、疑問に思っていたらしい。
「へぇ……じゃあ、私って結構特殊なの?」
「そうだね。もともと、生まれつき魔洸が見えるってだけでもレアだし」
「でも、残念ながらあんまり実用性はないかな。妖獣の相手って現世でする訳じゃないし……」
「そっか……」
戦闘に参加するわけではないのでそう残念ではないものの、特殊な人々の中でもさらに特殊だと言われて叶は少々微妙な気分になった。が、気を取り直して叶は肩をすくめた。
「まぁ仕方ないわね、できないものは。そうそう使うようなもんでもないし」
「だな。……よし、これで訓練は終わりにしとくか。タイガ! 行くぞ!」
「……おぅ……」
もはや返事をするほどの元気すら残っていないのか、タイガは小さな声で呟いて先を歩くカナタについて更衣室に戻って行った。それを見て、叶は少々意外に思った。
「あれ? 終わりなの? さっきのあの扱きようだと、てっきりまだまだやるもんだと……」
「まぁ、スポーツ選手ならそれでもいいんだけど。私たちは命を懸けて戦う実働部隊だから、練習でバテて本気で戦えないなんてことは絶対にやってはならないから。さすがにカナタも引き際はわかってるよ」
サチが肩をすくめて言ったことに、叶は納得した。そして同時に、命を懸けて戦うという彼らの日常はここまで気を遣うものなのかと思った。そう見ると、同年代でありながら生活は全く違うのだな、と彼らのことを少し遠い存在に感じた。
はずだったのだが……
「……ミチル。また大きくなった?」
「え? う、うん。まぁ、ちょっと……」
「……ズルい。同じ生活してるのに、どうしてこうも差が出るのか……」
「ちょ、ちょっと!? さ、触らないでぇ~!?」
(……いや、まんま普通の女子高生……)
更衣室に戻って着替えている時の会話が、これである。先ほどの感慨を返せと言いたくなるほど日常的な会話に、叶は少々ガックリきていた。サチの胸部は、目前のミチルに比べると確かにフラットだが……それが一般的だし、むしろ比較対象がおかしいような気もする。……が、そんなことを考えて油断していたのがいけなかったのだろうか。今度はサチの視線がこちらに向いた。
「……広橋さんも、ミチルほどじゃないけど大きいよね……」
「……え」
「……なんで、私だけ……!」
なにやら恨みまで籠っていそうな声を出して俯くサチに不穏な空気を感じ、身構えた叶だったが、時すでに遅く。
「……ズルいっ!!」
「ちょ、待っ……!? きゃあああああ!!」
同年代の少女2人に同時敗北したことがよほど悔しかったのか、叶は涙目になったサチに跳びかかられた。
アジト内の一室、春樹の部屋。司令室、とでも呼ぶべき場所にツルギとソラはいた。昨夜の人的被害についての詳細報告だ。本来はすぐに報告すべきだったのだが、春樹が叶と一緒にいたためにできなかったのだ。
「……よし、概要は把握した。で、遺品はどの程度回収できた?」
「一応、財布と鍵と……腕とか耳とか、体の一部がいくつか。えらく喰い散らかされてしまっていたので、そう多くは持ち帰ってこれませんでしたが……」
「まぁとりあえず、身元が分かるものが見つかっただけでもマシだとあたしは思いますけどね。とにかく相当散らばっちまってたもんで……」
「そうか……指輪があった、といったな? やはり夫婦で襲われたと思うか?」
「えぇ、たぶん。ざっと見ただけですが、同じ色と装飾でしたし……あと、免許証があったので名前は分かりましたね。広橋、って」
「……広橋、だと?」
ソラが言った名前が引っ掛かり、春樹は表情を険しくした。それにキョトンとして目を瞬かせる2人だったが、なんでもないと春樹は首を振った。
「いや。こちらのことだ、気にするな。ともかく御苦労、ゆっくり休んでくれ。……遺品は、保管庫だな?」
「……えぇ。回収できた生身の方は、冷蔵室に届けておきました。指に嵌ってた指輪の方は、もう外して保管庫の方に行ってるはずです」
わかった、と言って2人を部屋から出した後、春樹は自分の嫌な予感が外れていることを願いながら自分も部屋を出て、フロアの奥まった場所にあるブースに向かった。すぐに外から内部を窺うことができないようになっていて、上部の札に「保管庫」と書いてあるブースに到着し、春樹は中に入って職員に尋ねた。
「すまない、昨夜届いた遺品を見たいんだが。ついでに、破損などの状況も教えてくれ」
「了解しました。こちらです」
と、白衣の職員に連れて行かれた先の机の上に、様々なものが広げられていた。一つずつ指しながら、職員が自分の所見を話していく。
「まずこれらのパス系は、こちらの財布に入っていたものです。指紋を調べてみたところ、中に入っていた免許証のものと全て一致しました。この写真の男性が持ち主だと判断して良いでしょう。……次は、こちらです」
そう言って、職員は春樹を別のテーブルに連れて行く。春樹がテーブルの上に目をやると、そこには白い布巾の上にふたつ並んで置かれた銀色の指輪があった。春樹の視線が指輪に行ったことを確かめ、職員は手元のクリップボードに目を落として言葉を続けた。
「次は、やはりこの指輪ですね。同じカラーに同じ装飾、そして内側に同じ苗字。ほぼ間違いなく、夫婦の所持品でしょう。同一場所から回収された指輪が嵌っていた腕と指の指紋を照合しましたが一致しませんでしたし、肉付きも異なっていました。性別が違う2人の人物のモノ、ということは、夫婦そろって襲われたということは確実でしょう。……残念なことですが」
「……そうか。身元の特定は終わっているな? 家族構成は?」
「息子と娘が一人ずつ。こちらが詳細です」
そう言って職員が差し出してきた詳細情報の書かれたシートに春樹は瞬時に目を通し、深いため息を吐いた。一枚目には幼い男の子の顔と「広橋タカト」という名前。そして、二枚目に書かれていた名は…………
「……広橋、叶……クソッ、最悪だな……」
「なんです?」
自分の嫌な予感が見事に当たってしまったことに思わず毒づく春樹。突然の言葉に疑問を持ったらしい職員だったが、春樹は先を促した。
「いや、なんでもない」
その後も他の遺品に関して詳細な説明を受けた春樹は、御苦労、と職員に言って部屋を後にし、次の目的地に向かったが、その途中で大きなため息をついて目を覆った。外れていて欲しかった予感が見事なまでに的中し、暗澹たる気分になってしまう。
(……なんてこった。まさか家族全員が同じ日に妖獣に襲われて、しかも子供二人を遺して両親が死んじまうなんて……しかも、弟の方は意識不明。……誰のせいにもできないが、一夜で家族のほぼ全てを失って、ひとりぼっちになっちまうなんて……少女にはキツ過ぎるだろ、オイ……)
今まで、何人もの妖獣による被害を目撃し、報告を受け、処理してきた。だが……ここまで酷いケースは、春樹は初めてだった。
(……処理やら手続きやらも大変だろうがどうでもいい……ただただ、伝えなきゃならないことが気が重いぜ……)
念のために行う死体確認のため、冷蔵室に向かう春樹だったが……今までに例のないほど気が重くなり、その足取りも重いものになってしまうのであった……
ここのところ叶視点から書いてますが、女性視点ってやっぱり結構難しいですね。感じ方が違うから……いや、違うのかどうかすらも分からないですからね。そこをどうにかするのが物書きってものなのでしょうけど。
さて、次話以降なのですが……正直ちょっと迷ってます。このまま過去を描き続けるか、一旦修学旅行に戻るか。一応どっちでもいけるように、同時進行で書いてはいますが……どうしようかな、ホントに(笑)
もし希望があれば、感想かメッセージででも送ってくださると助かります。
今回はこの辺りで。では、次でもお会いできることを願いまして。